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日の光を受けて青く光るブルーブラックのCELICAが星陵学園の教師用の駐車場へと滑り込んできた。
車から降りてきたのは、今日から教師として働く事となった京介だ。

「星陵学園か…ここに来るの、何年ぶりだ?」

大きな校舎を見上げながら、懐かしそうにそう呟く。

掛けていたサングラスをメーターの前へと置くと、校舎へと向かって歩き出した。

安物のシャツにジーンズという服には恐ろしいまでにサングラスとCELICAが似合っていなかった。
首から上を見たら問題はないが、全身を見るとアンバランスな事この上ない。

半ば無理やり教師を引き受けたとはいえ、教師とは思えない服装であった。





職員室へ向かい、他の教師の視線などさして気にした様子も無く、自分の机に荷物を降ろした。
退屈な職員会議の後、直哉の居る保健室へと向かった。


「直哉、ちょっといいか?」

「おー…って、お前その格好!!ック…」

直哉は京介の姿を見た途端、口を押さえて肩を震えさせる。
近づいてくる京介に押さえきれなくなり、仕舞いには大きな声を上げて笑い出した。

「笑うな」

目に涙を貯めながら笑っている直哉の額を指で弾く。

「だってよお…それ、笑うなってのが…ブッ…」

収まりつつあった笑いが再びこみ上げてきて、仕舞いにはおなかを抱えてしまった。
それもムリはないだろう。
普段はさり気なくブランド物を着こなしている京介が、よれよれのシャツにジーンズ。それに目が見えないくらいのビンゾコ眼鏡だったのだから。
そんな直哉に溜息を一つ付くと、眼鏡を外してシャツの胸ポケットへと仕舞った。

「いい加減笑うのを止めろ。この笑い上戸が」

ベシっと強く背中を叩くと、直哉は咳き込んだ。
が、笑いは止まったので心配した様子もなく京介は満足気に頷いた。

「んで、こんな時間に何か用か?もう少しで教室に向かう時間だろ?」

「あぁ、白衣を一枚借りようかと思ってな」

「白衣?何に使うんだよ」

思わぬ単語を聞いて怪訝そうに眉間に皺を寄せる。

「何にって、着るに決まってるだろうが」

「はぁ?お前、現国担当だろ?何で着る必要があるんだよ」

「服が汚れるからな」

「……はい?」

「何度言わせる気だ。服が汚れるから白衣貸せ」

「服って…その着てる服に白衣で守る価値があんのか?」

「確かにシャツは安物だけどな、ジーンズはそれなりに高いんだよ。それに、汚れたシャツと一緒に別のもん洗ったら色移りするかも知れねぇだろ?」

「んな貧乏っちい事を…」

「俺はお前と違って庶民派なんだよ」

「わーったわーった。白衣渡せばいいんだろ?」

「そうそう。初めっから大人しく渡しとけばいいんだ」

保健室の隅にあるロッカーへと向かう直哉の後姿を眺めながら偉そうな態度で頷いた。
人にものを頼む態度ではない。

「ほらよ」

「サンキュー」

「ったく、うちの女王様は我侭だな」

「誰が女王だ。誰が」

「お前以外の誰が居る。ほら、そろそろHR始まるぜ?」

「あぁ。じゃぁな」

受け取った白衣を羽織ながら保健室から出て行った。

「幾らなんでもあの格好はねぇだろ…あれが人気パーソナリティだって誰も気づかねぇだろうな」

また思い出してしまったのか、クックックっと肩を揺らしながら机に向かった。








担任を受け持つ事となった3年2組の教室へ入ると、生徒の話し声がピタリと止んだ。
が、その直後京介の姿を見た途端に教室中がざわめいた。


―――何あの格好

―――すっげぇ、ビンゾコ眼鏡だぜ?

ヒソヒソ、クスクス。

チラホラと教壇に立った京介の耳に入ってくる。


まぁ、当然の反応だよな。俺が生徒だったらこんな担任嫌だわ


生徒達の反応も当然だろうと元凶は京介なのにまるで他人事のようだ。
落ち着かない生徒を気にする様子もなく、京介は出席簿を教卓の上に置いた。

「はい。皆さん静かにしてください。HRを始めます。えー、まず私の自己紹介をしたいと思います。今日からこの学校で現国を教える事になった葛岡です。どうぞよろしく」

真新しいチョークを手に取って、綺麗にされた黒板に自分の名前を書いていく。

どうも板書は苦手だ。
真っ直ぐ書いているつもりで、若干曲がってしまう。

手についたチョークをパンと叩き落とすと、出席簿を手に取った。


白衣借りて正解だな。普通に授業してたら絶対汚れるな


直哉から借りた白衣は、どうやら今日返すつもりはないらしい。

「では、出席を取りたいと思います」

一度で30人強居る生徒の顔と名前が覚えられるとは思っていないが、なるべく頭に叩き込むように一人一人の顔を見ながら出席を取っていく。


星陵の生徒の割には、意外と大人しいな。俺の様子を見て徐々に表に出てくるのか…


そんな事を考えながら、一人の生徒の名前を呼んだ。

が、返事が返って来ない。

目の前に座っている女生徒だ。
考え事をしているのか、表情がクルクル回っている。

「―――篠崎かなえさん」

もう一度名前を呼ぶと今度は目が合った。
慌てた様子で返事を返してくる。

何事も無かったかのように次の生徒の名前を呼んでいくが、如何せん座っているのが目の前だ。
嫌でも視界にその姿が入ってくる。

返事をし終わった後も、何やら赤くなったり青くなったり表情を変えていた。

笑いがこみ上げてくるのをぐっと堪えて、出席を取り続けた。







就任式が終わった後のLHR。

委員会を決めるためにまずは学級委員長を…とセオリー通りに話を進めていた。
立候補者を募るが誰一人挙げる者はいない。


まぁ、当然か。誰だって三年になって雑用みたいな学級委員長なんてやりたくねぇよなぁ…
んじゃ、勝手に選ばせて貰うかな


「立候補者なし、か。じゃぁ、先生が決めてもいいな?」


当然ながら生徒から反対の声はあがってこない。
ここで反対しようものなら委員長に指名される事は目に見えている。


さて、誰にするかな…


ゆっくりと教室内を見渡していく。
指名されたくないからか下を向いている者や自分は関係ないと思っているのか隣の席の生徒と話している者など様々だ。

ふとある一点で視線が止まった。

かなえである。

相変わらず考え事をしているのか、表情を変え時には溜息なんか付いたりしている。
端から見れば委員会以外の事を考えているように見える。

そんなかなえを見遣ってニヤリと心の中で笑みを浮かべると口を開いた。


「じゃぁ、目の前の二人。学級委員やってくれるかな?」

そう言うとすかさずかなえの隣の男子生徒が非難の声を上げる。
誰も気づく事はないが、彼はとばっちりを受けたようなものだ。

「タダ単に私が覚えやすいって言うだけですね。何しろ赴任してきたばかりですし、名前と顔が一致する生徒が一人も居ないので」

もっともらしい理由を言う。


いいから、素直に頷いとけよ。クソガキが。

そんな気持ちを込めつつ、口だけは笑顔を向けてじっと見つめると、渋々と言ったように男子生徒―須藤は教壇へと上がってきた。

「篠崎さん?もう一人はあなたですよ?」

「あっ、はい」

相変わらずかなえの反応が遅い。
慌てて立ち上がって教壇に上がろうとするが、僅かに足が引っかかってこけそうになる。


…やっべぇ、何かこいつ、ツボだわ…苛め甲斐ありそうだな…まぁ、ただの生徒を苛めるつもりはないけどな


かなえの行動を見てるとなにやらS気質の虫が疼いてくる。
京介の何かに触れるものがあったらしい。


適当に選んだ割には二人ともそつなく委員長を務め、スムーズに委員が決まっていった。


HRが終わると、そわそわしたような様子で生徒が教室から出ていくのを見遣りつつ、A4サイズの紙を手に持って教壇から降りた。


「篠崎さん」

帰りの準備をしているかなえへと声を掛ける。

「あ、はい」

「申し訳ないのですが、今日決めた委員をこの紙に書いて持ってきて欲しいのですが」

「はい、分りました」

そう言ってかなえが顔を上げた。
結構な至近距離でかなえを見遣る。


ふぅん…普通にしてたら、別に何ともねぇな


普段のかなえはS心を擽られないらしい。
そんな事を考えながら、かなえに紙を渡すと教室を後にした。







一日の仕事が終わった後、京介は帰りの支度をして保健室へと来た。

「直哉、飲みに行こうぜ」

「おー、ちょいまってな。もう少しで終わるから。そこら辺に座ってろよ」

患者用の丸椅子に腰を下ろしてぼんやりと保健室の中を見渡す。

「どーよ。教師一日目は」

「あー、まぁ普通」

「普通かよ。面白くねぇ感想だな。あ、そうだ」

直哉は京介に手を差し出した。
ソレに対して手をパンと合わせる。

「お手じゃねぇよ。白衣、返せ」

「誰が今日返すって言ったよ。教師辞めるまで借りておくから」

「はぁ?んなに使うなら買えよ」

「教師辞めたら必要ねぇし、借り物で十分」

「要らなくなったら俺にくれればいいだろ」

「嫌だね。白衣が足りねぇなら親父さんにでも買ってもらえ。全ての元凶はそこだろ」

未だに差し出されてる手を力強くベシっと叩くと、椅子から立ち上がった。

「もう仕事終わったんだろ?行くぞ」

「へーへー」

白衣を脱いでロッカーへ仕舞うと、京介と共に保健室を後にする。

京介の車へと向かいながら「そういや」と直哉が口を開く。

「お前、何か良い事あったか?」

「あ?何で」

「なーんか、楽しそうだぜ?」

「あぁ…見てて飽きない奴がクラスに居てな」

「へぇ、お前がそんな事言うなんて珍しいな」

「まぁな。ま、生徒に手を出すつもりなんて毛頭無いけどな」

「へぇ…」

車に乗り込むと、眼鏡を外して胸ポケットへと仕舞う。
タバコに火を点けながら助手席に座った直哉を見遣ると、ニヤニヤと笑っているのが目に入った。

「…んだよ」

「別に?お前の本職は教師じゃねぇし、何か起こらねぇかなぁ、と」

「言ってろ」

車のエンジンを掛けると、まずは直哉の家に向かって車を走り出した。

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