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「…来週のテーマは、『眠れない夜に聴きたい曲』。エピソードを添えて、手紙かファックスでリクエストを宜しく!それでは、また来週この時間に。midnight party 火曜日担当は、ケイでした」

番組からCMへと切り替わったのを確認すると、席を立ちミキサールームへと入る。

「ケイさん、お疲れさまです」

「おー、お疲れさん」

片付けをし始めているスタッフと挨拶を交わし、ドアノブに手を掛けた時、スタッフの一人が後ろから声を掛けてきた。

「あ、そうだ。ケイさんさっき携帯鳴ってましたよ。本番中は音鳴らさないようにしてくださいよー」

「わりぃ。音消しておいたつもりだったんだが…今度から気をつけるわ。んじゃ、お先」

苦笑いを浮かべながらヒラヒラと手を振ると、スタジオを後にした。


スタジオの地下にある駐車場へ向かいながら、携帯電話を開く。
着信アリと書かれた液晶を見ながらボタン操作をし、電話を掛けた。

「あー、俺。あの時間は仕事だって知ってるだろうが。終わってから電話しろよ」

『わりぃ。オヤジが電話しろって煩くてな』

「オヤジさんが?何か用なのか?」

『家にこれから来れるか?』

「今からぁ?まぁ、構わないけど…」

『んじゃ、そういう事なんで』

一方的に切れた電話を睨みつけ、大きく息を吐きながら携帯をポケットに仕舞う。
何やら嫌な予感がする。
そうは思っても今更行かないなどとは言えないであろう。

駐車場の片隅に停めてあるCELICAに乗り込むと、電話の相手の家へと車を走らせた。





高級住宅街に建つ、他の家よりも一際大きな家の前へと車を停めた。
家の大きさもだが、敷地も他とは比べ物にならなかった。
この場所にこれだけの敷地を所有するとなると、どれだけの財力が必要になるのか。
そんな事を初めてこの家に来たときは思ったものだ。
10年の付き合いともなれば、そんな事は今では思わなくなったが。

車から降りてインターフォンを押すのも面倒で、相手へと電話を掛ける。
自動で門が開き、中へと車を入れた。





「おー、京介君。良く来てくれた!わざわざすまないね」

家に入った途端にいかにも人が良さそうな顔をした50代の男性に出迎えられた。
しかも抱擁付きで、だ。

「オヤジさん、お久しぶりです」

抱き締められて苦笑いを浮かべつつ、そう言葉を返す。

「本当に久し振りだね。立ち話もなんだし、リビングへ行こうか。直哉も居るからね」

「えぇ」

背中をポンと叩かれて促されると、二人でリビングへと向かった。

リビングへと入ると、男性が一人ソファに座ってタバコに火をつけているところだった。

「おう、京介」

「おう、じゃねぇよ。直哉、明日学校は?」

「明日は休み。祝日だぜ?ま、座れや」

ニヤニヤと笑みを浮かべながら、ポンポンと隣を叩く。
その笑みに再度嫌な予感が脳裏をよぎるが、家まで来てしまったら今更である。

「あぁ、そういや祝日か」

ソファに身を沈めると、先ほどの男性――遠山和也がグラスと氷の入ったバケツを持って入ってきた。

「一杯どうかね?」

「すみません。頂きます…って、それナポレオンじゃないですか…しかも、ブック」

「あぁ、この間頂いてね。折角京介君が来てくれたんだし、飲んでしまおうかと思ってね」


一本何万円もするものを貰って尚且つ人に飲ませようなんて…どういう金銭感覚なんだ…


慣れたと思っても、やはり庶民には付いていけないと思う時があるというものだ。
今や人気DJとして活躍している京介は、それなりに稼ぎもある。
だが、子供の頃から染み付いたものはそうそう抜けるものではない。


「それで、話ってなんですか?」

なみなみと注がれたグラスを受け取り、口を付けながらそう尋ねる。
前のソファに座った和也はにっこりと笑みを浮かべた。


「京介君。4月からうちの学校で教師をやってくれないかな?現国の先生が産休に入って1年間お休みなんだよね」

穏やかな口調で、だがお願いをしているのに何故か強制力を持った話し方だ。
それを聞いて思わず口に含んだ液体を噴出しそうになった。

「ッ…教師?!ちょっと待ってくださいよ!確かに教免は持ってますけど、一回も教師なんてやった事ないんですよ?DJの仕事だってあるし、星陵なら教師やりたいって奴沢山居るでしょう?」

「私は君にやってもらいたいんだよね。他の教師ではなく。それに、まだDJが駆け出しだった頃塾の講師をやっていたろう?たいして学校の教師だって変わらないよ」

にこにこと笑みを浮かべながらサラっとそう言う和也に口端がヒクリと震える。


たいして変わらないって…勉強を教えるだけの塾とそれ以外も指導しなきゃならない学校じゃ全然違うだろうよ


そうは思うが、それを言って通じる相手では無い事は十分過ぎるほど分かっている。
喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。

「夜中にDJの仕事がある時は次の日の朝は職員会議は行わないようにしよう。もちろん、部活動の顧問を任せる事はないしね…給料だってちゃんと出るんだし、引き受けてはくれないだろうか?」

隣で黙ってタバコを吸う直哉をチラリと横目で見遣ると、ニヤニヤと笑いながら肩を竦めた。


…こいつ…知っててここに呼んだな?!


沈黙がリビングを包む。カランと氷がぶつかる音だけが響く。

もうこれ以上言う事はないとでも言うかのように、和也は黙りじっと京介を見つめた。
その視線を受け止めつつ、黙って琥珀色の液体を嚥下する。
たっぷりと間を置く事数十秒。
諦めたかのように京介は大きな溜息を付いた。


「…分かりました。やりますよ。オヤジさんには色々と恩があるし。だけど一つ言っておきます。俺が優先するのはあくまでDJですから。何かあったら、教師は辞めますよ」

「分かったよ。まぁ、ばれないように上手く変装して欲しいな」

「変装…ですか。やってみましょう」

「我侭言ってすまないね。教科書とか必要な道具は後で家に配送するから…今日は車だろう?泊まっていきなさい」

そう言うと和也はリビングから出て行った。

「直哉、てめぇ…俺を嵌めやがって」

「嵌めたなんて人聞きの悪いこと言うな。それに、事前に知っていても、お前は家に来ただろ?」

「確かに、そうなんだがな…納得いかねぇな…」

「恨むなら、高校時代の自分を恨むんだな」

「ソレを言われると、何も言えねぇ…」

ガクっと肩を落として、グラスの中身を飲み干した。

次を注ごうとして瓶に手を伸ばした時ハタと気づく。


…もしや、これって賄賂?


瓶に手を伸ばしたまま固まってしまった京介の肩を直哉は笑いながら叩いた。








「変装…ねぇ…」

自分のクローゼットを開けてみて、思わず独りごちる。
クローゼットの中にあるスーツはブランド物。
教師として着ていくにはどうも気が引けてしまう。


星陵の教師はスーツ着用を義務付けられていないから下はジーンズでいいとして…上か…


クローゼットを閉じると、財布を手に取り部屋を後にする。
シャツを買おうと近所の商店街へと歩いて行った。



「まぁ、これだけ買っておけば問題ないだろ…後は顔をどうするかだよなぁ…」

買った袋を両手に抱え、悩んでしまう。
服装などはどうにでもなるが、顔は変えようが無い。
悩みながら歩いていると、ふと小さな眼鏡屋が目に入った。

「コンタクトを眼鏡に変えるってのも、アリ、か」

そう呟くと、眼鏡屋の扉を押した。





「それにしても、このレンズすげぇな…今時、ビンゾコなんて売ってるんだな」

出来上がった眼鏡を見てどこか楽しそうに呟く。
乱視が酷く、視力も良くない。
思いっきり分厚くしてください。なんて頼んだものだから、出来上がった眼鏡は漫画のキャラがしてそうなものだった。

「これで前髪下ろせば完璧だろ。あと声も若干変えれば…まぁ、滅多な事じゃばれないな」

うん、と頷いて眼鏡をケースに戻した。


――ピンポーン


不意にチャイムが鳴ってインターフォンを取る。
学校の教科書等が届いたようだった。
本が多いせいか、嫌に重たい箱をリビングへ運び込み中を開く。

思っていた通り、教科書が入っていたのだが…。


「なんだこれ?!3年の教科書じゃねぇか!!!」

思わず京介は叫び声を上げる。
出てきたのは3年の教科書と、クラス担任を受け持つという辞令だった。

「初めて教師やる俺に3年のクラスを受け持てだと?!んな事一言も聞いてねぇぞ!!…んの、狸オヤジーー!!!!!」


日曜の昼下がり。
京介の叫びがこだましたのであった。


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