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「かなえ、今日も国語準備室に行くの?」

放課後、恵美が私の席に来てそう声を掛けてきた。

「うん。今日も」

「はぁ〜。頑張るねぇ」

「まぁね」

授業が始まってからずっと放課後は国語準備室にいる葛岡先生の所に通っている。
もちろん、雑談しに行くわけじゃなくてちゃんと授業の質問をしに行くの。
授業中に聞くことを決めて、毎回一個だけ質問をしている。
おかげでちょっとは先生と仲良くなれたかなぁって思うんだけど…葛岡先生がまたつわものなんだよね。
なんて言うのかなぁ。丁寧な口調と笑顔は絶やさないのになんか壁を感じると言うか。
打ち解けてる素振りしてそうじゃないって言うか…。
やっぱ、生徒と教師ってのはどんなに頑張っても難しいものなのかなぁ??

「そろそろ行くね。恵美も部活頑張って」

「部活かぁ。メンドクサイけど頑張りますか。じゃぁまた明日ね」

「ん、バイバイ」

部活へと向かう恵美の背中を見送って、恵美が行った方向とは逆に向かって歩き始める。

目指すは国語準備室。

って毎回息巻くんだけど、教室から遠いのはちょっと難点だなぁ。
生徒の数も敷地の広さも地域ナンバーワン。
職員室に行くのだって一苦労だわ。
おかげで授業の合間の休み時間がちょっと長めなのは嬉しいけどねぇ。



やっと国語準備室の前に到着。
教師にはそれぞれ小さな部屋が与えられていて授業で使う教材を置いている。
主要教科以外の先生は一つの部屋に居るみたいだけど、国語教師の葛岡先生は当然ながらこの部屋に一人なんだよね。
あの声を独り占め出来るかと思うと嬉し過ぎるっ。

…いかんいかん。この浮かれた頭をどうにかしなくては。

ふぅ。と一呼吸置いて、ドアをノックする。


――――コンコン

小気味のいい音が静かな廊下に響いた。

中から先生の声が聞こえて来たので扉を開けると、部屋には先生ともう一人。


保健医の遠山先生?何でここに居るの?


「あぁ、篠崎さん。質問ですか?」

「あ、はい」

「お、京介の生徒か?ちゃんと先生やってんだなぁ」

「ちゃんととは何ですか?失礼ですね」

「ははっ悪い悪い。じゃぁ、保健室に戻るわ。またな」

そう言って遠山先生は戻って行った。
ポケットに手を突っ込んで白衣をなびかせて歩く姿は保健医には見えない。
女の子に結構人気があるみたいだけど…

「篠崎さん?そこに立ってないで、入ってきたらどうですか?」

ボケっと遠山先生の事を考えていたら葛岡先生に声を掛けられた。
慌てて中に入って扉を閉める。

「葛岡先生、遠山先生と知り合いなんですか?」

鞄から国語の教科書を取り出しながら思わず聞いてしまう。

だって気になるじゃない?赴任してきて間もない葛岡先生とあんなに仲良さそうで…羨ましい…って違うか。

「えぇ。高校時代からの友人なんですよ」

「えぇっ?!そうなんですか??」

凄いビックリなんですけど。マジで。
葛岡先生と遠山先生が友人?一緒に遊んでいるところとか想像できない組み合わせなんだけど…。

「それはそうと。今日は何処が分からないんですか?」

「あっ、はい。今日は古典なんですけど…いいですか?」

「えぇ。構いませんよ…でも、古典の先生に聞いた方が良いんじゃないですか?」

「あー。古典の先生、苦手なんですよ」

ハハハとわざとらしい笑いを漏らす。

古典の先生が苦手だなんて真っ赤な嘘。
あのおじーちゃん先生が苦手だなんて生徒居ないんじゃないかな。
まぁ、授業中に居眠りしてて顔を合わせずらいなんて生徒は居るかもしれないけど…

「そうですか。私でよければ古典もお答えしますよ」

「有難うございます。えっと、ここの一文なんですけど…どうしてもしっくり来る訳し方が出来ないんです」

そう言いながら教科書の一文を指し示す。
先生は少し考えた後、私の約した文を見て頷いた。

「そうですね…ここの単語を別の意味で訳しているからおかしな訳になっているんです。この場合は…」

はぁ〜…やっぱ、良い声だよぉ…も、ずっと聞いていたい…

なんて変態クサイ事を思いながら先生の説明をノートに書いていく。

先生の説明って分かりやすくて好きなんだよねぇ。
この分だと、一学期の中間はいい点数取れるかも。

「なるほど…こう訳せば良かったんですね。有難うございました」

先生の説明もあっという間に終わってしまって、ここに居る理由は無くなってしまった。
一日質問は一個までと自分で勝手に決めてるから仕方ないんだけど…。
流石に、沢山質問したら後々質問する事がなくなっちゃうもんネ。

「いえ。どう致しまして。また分からない事があったら聞きに来てくださいね」

「はい」

「それにしても、篠崎さんは勉強熱心ですね。国語、好きなんですか?」

「はい。国語も好きなんですけど、先生が好きなんです」

出していた教科書とノートを仕舞いながら、先生の声に聞き惚れていた。


……あれ?今、私なんて答えた?


鞄から先生に視線を移すと、驚いたような顔をして…と言っても眼鏡で良く表情が見えないから大部分は推測なんだけど…私を見ていた。


うそっもしかして、私…先生に告った?!

「いやっ、あのっ」

先生じゃなくて先生の声が好きなんですとか弁解すればいい?
や、それじゃ後々困るよっ。
こんなの予想外だよぉっ。
勝手に何言ってるの?!私の口ってばよーぅ。

何かフォローを入れたいけど、頭がパニックに陥るわ顔はどんどん真っ赤になっていくわで「いや」とか「あの」とか訳分からない事しか出て来ない。

も、泣きたい…



「篠崎さん…今の、本気ですか?」

もう言葉が出なくって、先生の言葉にコクリと頷いた。

「高校生ぐらいの時は教師に憧れるって事は良くありますし…こんなおじさんじゃなくてもっといい相手が男子生徒に居ますよ」

「先生はおじさんなんかじゃないです。それにっ先生の見た目に憧れる要素なんて無いと思いますっ」

…ギャァ。
私ってば何口走ってるのよぉ。
憧れる要素ないなんて、全然フォローになってない。
大失言もいいとこだよ。


チラリと先生の顔を伺うと、表情が固まったまま私を見ていた。

当然の反応だと思います。


「すみません。失礼な事を口走りましたっ…でもっ、先生の事本気ですから…って、すみませんいきなり変な事言っちゃって。すみません。失礼しましたっ…失礼しますっっっ」


自分でも訳分からない事を言って国語準備室を飛び出した。










「…何で、あんな事言っちゃったんだろう…」

全力疾走で家に帰ってきて、制服のままベッドへと倒れこんだ。
クリーム色の天井を見上げながら、思わず溜息が漏れる。


「もぉ、先生のところに行けないよ…」

そう呟いてもう一回溜息。

明日からしんどいなぁ…なんて言ったって、クラスの担任だし。机は一番前だし…一日中顔を見ずに済むなんて出来ないもんね…


「はぁ…」


もう一回溜息をついた時、一階からお母さんの声が聞こえてきた。

「かなえ〜!ご飯よ!降りていらっしゃい」

「はぁい」

大きな声を出して返事をする。
それに呼応するかのようにお腹が鳴った。

…こんな時にでもお腹がすく自分の体が恨めしい…



明日からどうしたら良いんだろう…


結局、良い解決策なんて見つからなかった。

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