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「…はぁ」

どんなに憂鬱だろうと朝はやってくる訳で。
恨めしい位に外は良い天気で日の光がカーテンの隙間から部屋に差し込んじゃったりなんかしてますよ。えぇ。
「はぁ」

何度目か分らない溜息をついて、ギュゥっと布団を抱き締めた。
一時間以上も前に目は覚めちゃってる。
布団から出るのが嫌で、ずっと布団の中でゴロゴロしていた。
大分前にお母さんの声が下から聞こえてきたのは分っていたんだけど…


「かなえっ何時まで寝てるつもり?学校に遅れるわよ」

とうとう私の部屋まで起こしに来た。
パワフルにもしがみ付いている布団をはぎとった。

「……学校行きたくない…」

「なぁに言ってるの。熱でもあるの?」

そう言いながら私の額に手をあてる。

熱なんて無いけど…なんて言うの。熱に浮かされて…ってこの表現も違うか。

「熱は、無いわね。辛かったら早退してもいいから、とりあえず学校行きなさい」

そう言われてチラリと視線を向けると、にっこりと笑うお母さんと目が合った。

うぅぅ…あぁやって笑う時のお母さんて怖いんだよぉ…

「本当に体調が悪いとかなら無理にとは言わないけど、男の子に振られたくらいで、学校休んじゃ駄目よ」

「えぇっ?!何で知ってるの」


お母さん恐るべしっ。


思わず元気良く跳ね起きると、お母さんは更に笑みを深めた。

「カマ掛けてみただけ。それだけ元気なら学校に行けるでしょ。早く着替えて降りてきなさい」

「ぅぅぅ…はぁい」


まだ…振られて無いもん……多分。









後、一分。

黒板の上にある時計をじっと睨みつけるように見つめて、思わずこっそり溜息をついた。

後一分経ったらチャイムが鳴って、先生が教室に入ってくる。


もー、どういう顔したら良いんだろう…?


溜息をもう一つ付きながら机に突っ伏したところで扉の開く音が聞こえた。


えぇ?!もう来たのっ?!まだチャイム鳴ってないよ?こっ、心の準備が…


そんな事を思っているけど無情にも日直が号令を出して立たなければならなくなった。

立った瞬間、先生とバッチリ目が合って…


やば…今、思いっきり顔反らしちゃったよぉ…


椅子に座ってチラリと先生の様子を伺うけど、先生は何事も無かったように出席を取り始めた。


やっぱ、先生にとってはどうでも良い事なのかな。慌てられてもどうかと思うけど…これはちょっと、切ないなぁ…


HRが終わると、先生は直ぐに教室を出て行った。
今日は現国の授業も無くて、後は帰りのHRの時に顔を合わせるだけ。

明日になったら、普通の顔して先生の顔、見れるようになるかなぁ?










放課後になって、部活に行く恵美と別れた後玄関に向かって歩いていた。


何で私ってばパニクルといらない事まで口走っちゃうかなぁ?
あんなこと言わなければ今ごろ先生の所に質問しに行ってたんだけどなぁ。
…そう言えば、前に好きだった人の時も告白するつもり無かったのに気づいたら告白してたよね…。
私ってば、進歩ない…。


「きゃっ」

俯きながら歩いていたから、前に誰かが居るなんて気づかなかった。
思いっきり顔をぶつけて思わず鼻を押さえた。

「ぃった…すみません、前見てなく…て…」

ちょっと涙目になりながら見上げると、そこには遠山先生が立っていた。

「お。京介のところで会った子だろ?悪かったな俺も余所見してたから。今思いっきり顔ぶつけたろ。大丈夫か?」

遠山先生が身体を屈めて顔を覗き込んできて、思わずドキっとしてしまう。


いやいや。ドキっとしてどうする。私は葛岡先生一筋なんだってば。


「ちょっと鼻の頭擦り剥いてるな。ボタンで切れたかな。保健室直ぐそこだし、寄って行けよ。消毒してやるよ」

「えっ?大したことないから良いですよ」

「生徒が遠慮するなって。それに、そういう小さな傷を甘く見ると後で酷い目見るぞ?折角の可愛い顔が台無しになったらどうする」


かっ…可愛い顔って


言われなれない言葉に思わず赤面してしまうのも仕方の無い事だと思う。
先生ってば、結構タラシなのかなぁ?


「えっと、じゃぁ、お願いします…」

「よし」

満足気に先生は腰に手を当てて、私を保健室まで連れて行った。

保健室に入った途端、消毒液の匂いがした。
殆ど保健室にお世話になる事がないから、ちょっと落ち着かない。

「ま、そこに座れよ」

指差された丸椅子に腰掛けて、キョロキョロと辺りを見渡した。
ベッドがある場所にはカーテンがしまっていて中の様子を伺う事は出来ない。

…誰か、寝てるのかな?もう放課後なのに…


「あぁ、今寝てる奴が居るから静かにな?」

私がベッドの方を見ているのに気づいて先生が人差し指を唇に当てて静かにするようにとジェスチャーする。

「はぁい…イッ…」

「悪い、染みたか?」

「ちょっと」

「はい、お終い」

「あ、有難うございました」

「いえいえ。これが仕事だからな…そう言えば、昨日京介に告白してたろ」

「?!な、何でそれをっ…もしかして、葛岡先生から聞いたんですか?」

突然の言葉に思わず椅子からひっくり返りそうになった。
先生はごく自然な様子でピンセットとかを片付け始めた。

「いや、京介の所に忘れ物しちゃってな。立ち聞きするつもりは無かったんだが、ドアの外まで聞こえて来てな」

「ぅわぁ…は、恥ずかしい…」


って、今誰か寝てるんじゃなかった?!万が一聞かれたら…


慌ててベッドの方へと顔を向ける。カーテンで分らないけど、どうやら起きてきてる気配はなさそう…

「あぁ、安心しろ。薬飲んで今熟睡してるところだから」

「そう、ですか…」

「それにしても、なんで京介なんだ?見た目はあぁだし、好きになる要素なんてないだろ?」


友達の言う台詞じゃないと思うんだけど、それ…


言うかどうしようか迷っていたけど、気づいたら遠山先生に理由を打ち明けていた。
保健医とカウンセラーを兼ねているだけの事はある。
本音を打ち明ける方向にもって行くのが凄く上手い。
一部の教師からも相談を受けているって噂、本当かもしれない…。



「はぁ、京介の声、ね」

「変ですか?やっぱり」

「いや、いい趣味してるよ」

てっきり笑われるんだと思っていたのにそう言われて何だかちょっと拍子抜け。
思わずほっと息を吐き出した。
何時の間にか、息を止めていたみたい。

「いい趣味というか、良い耳、かな」

「?…どういう事ですか?」

「いいや。何でもない。でも、それ京介が知ったら喜ぶかもなぁ」

「そう、ですか?」

「そうそう。まぁ、もう少し頑張ってみなよ。京介ってあんなだろ?女の子から告白されるのに慣れてないから照れてるんだって」


告白されるのに慣れてないって分る気がするけど、頑張ってどうにかなるのかなぁ…?そういうもの?


「生徒だって時点で範囲外じゃないんですか?」

「さぁ。それは頑張ってみないと分らないだろ?」

「まぁ、そうですけど…教師がそういうの応援して良いんですか?」

「別に、ただのしがない保健医ですし」

にやっと笑みを浮かべてポンと私の頭を叩いた。

「じゃぁ、もう少し頑張ってみようかなぁ…なんて」

「いつでも相談に乗るから気軽にここにおいで」

「はい。有難うございます。じゃぁ、そろそろ…」

「あぁ、気をつけて」

「失礼します」

椅子から立ち上がって、保健室を後にする。

朝とは違い妙に気が軽くなっている自分に気づいた。

遠山先生ってなんか、不思議。
言葉使いとか丁寧じゃないのに、何か安心感があるなぁ…
誰かに聞いてもらえたっていうのが良かったのかも?




後になって、遠山先生の策略にはまっていた事を知るんだけど…この時私は、何も気づかずにちょっと軽くなった足取りで家へと帰っていった。

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