【3】 BACK | INDEX | NEXT |
「南絵。こっちにおいで?」 お風呂から上がった後、ソファーに座った修二がキッチンで水を飲んでいる南絵を呼んだ。ドライヤーと櫛を手にして。 「うん。今行く〜〜」 使ったコップをシンクに置いて、修二の元へ。 修二に背を向けて、開いた足の間、床の上に座り込んだ。 お風呂上りに修二に髪を乾かして貰う。南絵のお気に入りの時間だ。 「やっぱ、修二君の手って魔法の手だよね〜〜。凄く、気持ちいいの」 南絵は気持ちよさそうに、うっとりとした表情で瞳を閉じる。 「そ?…こうやって南絵の髪乾かすの好きだし。気に入って貰えてるなら嬉しいけどな」 「うん。凄く好きだよぉ。美容師さんより絶対上手いもん」 「そか」 南絵の言葉に小さく笑って、まだ湿っている髪の毛にそっとキスをした。 それからは二人ともずっと黙ったままで。ドライヤーが風を送る音以外何も聞こえない空間。音楽も、人の声も無くゆっくりと時が過ぎていく。 カチっとドライヤーのスイッチが鳴って、ドライヤーから送られてくる風が止まった。 「はい、お終い」 「ありがと〜」 にっこりと笑みを向け、南絵は修二の隣へと移動した。 修二の髪はと言えば、タオルで拭いただけで8割方は乾いてしまう髪質をしているので、南絵にドライヤーをかけている間に乾いてしまったようだ。 「…あぁ、そういえば」 不意に修二が思い出したように呟いた。 「どうしたの?」 キョトンとした表情で隣を見上げた。 「ん?…あぁ、今日の打ち上げの時にさ、また師範にクギさされたよ。『2年前の約束は絶対違えるなよ?』ってさ」 「2年前って…初段取った時の?」 「そう」 「『喧嘩になりそうだったら、走って逃げろ』…だったよね」 言ってその言葉が可笑しかったのか、南絵は小さく笑った。 知らない人が多いだろうが、武道において初段を取った時点で警察に名前を登録する事となる。当然のことながら、武道をたしなんでいる者とただの一般人が喧嘩したら勝つのは武道をたしなんでいる者だ。初段までともなると、その人自身が『凶器』とみなされる。つまりは、素人と喧嘩をしたら『丸腰の相手に凶器を持って戦った』と警察はみなすのだ。 それを知っていれば、学園で流れている修二の噂など嘘だと分かるのだが、残念ながら学園には武道系の部活が無いために噂が消える事は無いだろう。 「そ。なりふり構わず走って逃げろ。ってね。でもさ、南絵」 「なぁに?」 「それには続きの言葉があってさ、『もしも、例外があるとすれば、それは大事な人を守る時だけだ』って」 「そっか〜〜。お師匠様格好いい事言うね〜〜」 「だな。……南絵。もし、南絵が危険な目にあったら絶対俺が守るから」 「うん」 照れたように、嬉しそうに顔を綻ばせた。 その顔に大きな影が差して。ゆっくりと、まるで誓うかのようなキスが南絵に降りてきた。 次の日の朝、覚ました南絵の目に飛び込んできたのは、規則正しく動いている修二の胸。見上げれば、まだ眠っている修二の顔が見える。 『もし、南絵が危険な目にあったら絶対俺が守るから。』 その言葉を思い出して、南絵の顔は自然と綻んだ。 「えへへ。修二君、大好き。ずっと傍に居てね」 修二は眠っていて聞こえていないだろう。小さな声でそう呟いた。 修二の顎にチュっとキスをすると、再び修二の胸に顔を埋めて眠りについた。 終 |