【8】葛藤 BACK | INDEX | NEXT
海斗が家に帰ると、暁がソファでくつろいでいた。

「おー、海斗お帰り」

まるで我が家のように振舞う暁だが、海斗はなんの気にも留めない様子で制服を脱ぎ、私服に着替えた。

海斗は1DKの部屋に一人暮らしをしていて、LUNAのメンバーの溜まり場になる事が多々あった。
特に幼馴染である暁は合鍵を持っており、時々こうやって家主の居ない部屋で時間を過ごしていた。




「海斗さ、ひなたちゃんの事どう思ってる?」

海斗がソファに座って珈琲を飲んでいると、突然暁がそう質問した。
透に話していた作戦を開始したという事だろうか。

「別に。どうとも」

何の感情もこもっていないような声色で、暁の方も見ずに答えた。
その答えに暁は苦笑して肩を竦めると、更に言葉を続けた。

「ふーん。じゃぁ、僕がひなたちゃんにアタックしてもイイって訳だ?」

その言葉に、海斗はゆっくりと暁へと顔を向けた。
じっと暁の顔を見詰めた後、小さく息を吐き出した。

「それは俺に聞く事じゃないだろう?好きにしろ」

それだけ言うと、再び暁から視線を外し、珈琲カップに視線を落とした。
それを見た暁の口端が上に上がり、笑みを浮かべた。

「海斗、素直じゃないね」

「は?どういう意味だよ」

海斗は暁に視線を向ける事無く淡々と言葉を吐き出した。
珈琲を飲み干すと、もう一杯飲むために立ち上がりキッチンへと向かった。
歩き出した背中に暁は言葉を投げた。

「さっき、自分がどういう顔をしたか分かってる?海斗の鉄仮面も、僕の前じゃ被りきれないよね」

キッチンの手前で立ち止まり、振り返って暁を見遣った。
眉間に皺を寄せて暫く無言で立ち尽くした後、まるで兄のような笑みを浮かべる暁に小さく息を吐き出すとキッチンへと入っていった。


先ほどの表情。一瞬海斗が垣間見せたそれは、ライバルに向ける表情そのものであった。



「なぁ、海斗。ひなたちゃんを見てるとどんな感じがする?」

海斗がついでに入れてきた珈琲を一口飲みながら穏やかな声色で尋ねた。

「どんなって…イライラする。自分じゃなくなる感じがして、不安になる」

海斗が一番信頼をおく人物は暁であろう。
海斗にとって暁は、絶対に自分を裏切らない信頼できる相手なのだ。
幼い頃から一緒に居るせいか、暁には隠し事が出来なかった。
出来ないというよりは、暁が他の人では分からないような海斗の僅かな感情の動きを読み取るのが上手で、直ぐに見破られてしまうのだ。

「…海斗。自分で気がついて居ないのか?傍に居て居眠りが出来るくらいにひなたちゃんを信頼してるって言う事。それに、気付くとひなたちゃんを見てるぞ?それって、ひなたちゃんが好きだって事じゃないのか?」

「はっ。俺が誰かを好きになるなんてありえない。それはお前が一番良く知ってるだろ?それに、あいつを好きなのは俺じゃなくて暁だろ」

冷たい瞳で暁に一瞥くれると、グイっと珈琲を飲み干して、カップをテーブルに置いた。
「海斗が誰かを好きになるのは難しいって事、多分僕が一番良く知ってるよ。でも、それが今変わろうとしている。無意識にそれを感じ取っているからイライラして不安な気持ちになるんだろう?素直に認めたらどう?」

海斗は一瞬強張った表情をしたが直ぐにまた無表情に戻り、無言で立ち上がるとカップをシンクへ置き、洗面所へと消えた。

海斗の姿が見えなくなるのを見遣った後、暁は深くソファに沈みこんだ。

「ホント、素直じゃないね…ひなたちゃんが海斗の氷の心を溶かしてくれる事を願っているよ」

そう呟くと、溜息を一つ吐き出してソファから立ち上がった。

「とりあえず、ひなたちゃんにアタックする振りは続けてみようかな。海斗は気に入ったものは誰にも見せずに閉まっておくタイプだって知ってるからね。自覚したら、執着心は凄そうだよね。何て言ったって、誰かを好きになるなんて10年ぶりぐらいだし」

暁は楽しそうな、嬉しそうな笑みを口元に浮かべて静かに海斗の部屋から出て行った。




熱いシャワーを身体に浴びながら、海斗は心に染みがジワジワと広がっていくような感覚に苛ついていた。

「ックソ…暁の奴、余計な事を…俺は誰も好きになんかならない…愛なんて幻想だ…」

ダン!とタイルの壁に拳を打ちつけてイライラをぶつけた。

追い払おうと思っても暁の言葉が頭を回り、更に苛つきは増すばかりだ。


『ひなたちゃんが好きだって事じゃないのか――――素直に認めたらどう?』


「違うッ…そんなんじゃない…」

何度も壁に打ちつけ、擦り切れた拳から血が滲んでもその行為を止めようとはしなかった。

それでも、暁の言葉は記憶から消えることは無かった。

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