【7】前途多難 BACK | INDEX | NEXT
次の日から、葵の作戦が実行された。
作戦、と言ってもたいした事は計画していないのだが。
とにかくひなたと海斗を会わせない、ひなたに自分の気持ちを気づかせない。
それだけである。




「葵ちゃん〜。家庭科室イコ?」

「えぇ、そうね」

今日は家庭科で調理実習がある。
品目はプチケーキだ。
朝から女子生徒は作ったケーキを誰にあげるかという話題で盛り上がっており、男子生徒も自分が貰えるのかとそわそわしていた。

男子生徒は技術、女子生徒は家庭科と授業が分かれているためこの時間は2クラス合同となっていた。
調理実習は全学年がほぼ同時期にやるため調理実習があるたびに男子生徒はそわそわしている。なんとも落ち着かない話だ。




「それでは皆さん、今回は包丁は使いませんが、順序を守って安全に調理実習をしましょう」


そう家庭科教師が告げると、それぞれの班に分かれ調理を開始した。

「そう言えばひなたは誰かにあげるの?」

葵は粉をふるいに掛けながら隣で卵を泡立てているひなたに声を掛けた。

「えー、うーん。特に決まってないよ?葵ちゃんは龍次さんにあげるんでしょ?」

「えぇ、そうね。他の人に上げたなんて言ったら拗ねるから」

葵は一度ふるった粉をふるいに戻し、もう一度ふるいに掛けた。
龍次が拗ねた姿を想像したのか、口元には笑みが浮かんでいる。

「へぇ〜〜。龍次さん、拗ねるのかぁ〜。頼れるお兄さんて感じなのに、想像つかないー」

ひなたも手を休める事無く楽しそうに言う。
ボールの中の卵も大分泡だってきている。

「あ、そうだ!作ったら中之条君と透君にあげようかなぁ〜」

良い事を思いついたとばかりにひなたはにっこりと笑みを浮かべた。
それに驚いたのは葵だ。
ふるう手に力が入り、テーブルに敷いたシートの上から僅かに粉が飛び出た。

「あっ、ひなた!」

「ん?なぁに?」

「ほら、校舎も離れてるし渡すの大変だと思うよ?それに二人とも結構人気あるから沢山貰っても食べるの大変だと思うわ」

「あ、そっかー。そうだよね。じゃぁ、パパにあげよーっと」

あっさりと納得したひなたに、葵は胸の内でそっと安堵の息を吐いた。
何気ない会話のつもりだったがそれが墓穴を掘る羽目になってしまった。
これからはもっと自分の言動に気をつけて行かないと、と固く決心する葵であった。



プチケーキが出来上がると、味見もそこそこに各々が持ってきた包装紙でケーキをラッピングしていく。

「あ、そっか…誰かに渡すなら綺麗にラッピングしなきゃ駄目だよねぇ。そういうの持ってきてないからどっちにしても渡せなかったね」

周りの様子にひなたは呟くように言った。
ひなたが持ってきたものといえば、持ち帰りようのタッパーだけだった。

「あー、そうか。ひなたはこの学校で調理実習するの初めてだものね」

「うん。次からは包装紙もってこよーっと」

そう言って微笑むひなたの頭を葵は優しく撫でた。




昼休みにお弁当を持って屋上に向かう途中、廊下の窓からふと中庭を見遣ると大勢の女生徒に囲まれた海斗が目に入った。
相変わらずの無表情で、今日の調理実習で作ったプチケーキを渡されて…いや、押し付けられているようだ。

「やっぱ、中之条君てモテルね」

その光景にひなたは無意識の内に溜息をついた。
その様子にまずいと思った葵は、内心焦るも表には出さず立ち止まったひなたの背中を軽く押した。

「ま、性格はともかく見た目は良いからね…それより、早く屋上行こう?お腹空いちゃったわ」

「あ、そうだね。行こうか」

急かされるように背中を押されひなたは歩き出した。
横目に中庭の様子をもう一度見る。
相変わらず入れ替わり立ち代り女の子にケーキを渡されている姿を見てひなたの胸が痛んだ。


(…あれ?まただ…なんでたまに心臓が痛くなるのかな?もしかして何かの病気なのかなぁ…)


恋愛に疎いひなたはそんな的外れな事を考えていた。





放課後、今日は龍次とデートだと言う葵と別れ、いつものようにひなたは音楽室でピアノを弾いていた。

「……はぁ…」

時々手を休めては溜息を付く。
ひなたは無意識のうちに付いている溜息に気付いていなかった。
何時も楽しいはずのピアノが今日は楽しくない。
悶々としたものが胸の内を支配していた。
脳裏に浮かぶのは昼間の光景。
そしてまた溜息を一つ吐いた。

「何だろう?さっぱり分んないよ…」

ブンブンと頭を横に振って、大きく息を吐き出す。
ゆっくりと息を吸い込むと再び鍵盤に指を落とした。


「やっぱり、お前か」


扉が開くと共にそう声を掛けて来たのは海斗だった。
声に気付いてひなたは指を止め海斗を見遣った。

「あ、中之条君。こんにちはー」

海斗の顔を見た途端、ドキンと心臓が跳ねた。
それを不思議に思いつつも、ひなたはにっこりと笑みを向けた。

「何時もピアノ弾いてんのな」

「あ、うん。ピアノ弾いてると落ち着くから」

「そうか」

会話終了。
二人の間に沈黙が落ちた。
気まずい雰囲気がひなたを落ち着かなくさせる。

「あ、えっと…そろそろ帰るね」

ピアノの蓋を締めると鞄を手に持つ。
慌てたように扉へと足を動かした。

「……何か、いい匂いするな」

ひなたが海斗の脇をすり抜けた時にふわりと甘い香りが漂った。

「?…あぁ、調理実習で作ったケーキかな?」

鞄をゴソゴソと探り、ケーキの入ったタッパーを海斗に見せた。
その飾り気の無いタッパーに海斗は目を細める。

「腹減った…一つくれ」

抑揚の無い声でそう言う海斗に不思議そうに見た。

「え…でも…」

「誰かにあげる予定だって言うなら無理にとは言わないが?」

「あっ、いえ。そんな予定はないので。どうぞ?」

タッパーの蓋を開け、一つ海斗へと手渡す。

(昼間あれだけ貰ってたのに、もう全部食べたのかな?)

プチケーキを食べる海斗を見てひなたはそんな事を思った。

「ご馳走さん。美味かった」

そう言った海斗の顔に、僅かに笑みが浮かんだように見えた。
いつもは動かない海斗の表情の変化にひなたの胸がドキドキと高鳴った。
僅かに頬も紅潮したように思える。


(あっ…あれ?…今度は動悸が…家に帰ったらキュウシン飲もうかなぁ…)


やはりひなたはとことん鈍いらしい。
恋心を自覚するには決定的な何かがどうやら足りないようだ。


「あ、じゃぁ私はこれで…」

ペコリと頭を下げて海斗に背を向けて歩き出す。

「待て」

そんなひなたの背中に海斗の声が掛り思わず足を止めて振り返る。

「大分暗くなってきたから駅まで送る」

素っ気無い言い方だが、その言葉が嬉しくてひなたの表情が綻んだ。

「え、いいんですか?」

「あぁ。どうせ通り道だからな」

相変わらずの無表情。だがひなたの心に暖かいものが流れ込んできた。

「じゃぁ、お願いします」


ひなたと海斗は駅までの道のりを二人で歩いた。
会話は相変わらず無く終始無言ではあったが、気まずい雰囲気は無かった。


葵の作戦は行き成り初日に失敗していた。しかも葵の関知していないところで。
しかしまだもう一つ『ひなたに気持ちを気付かせない』というものは守られているようだ。

そして葵の頭から失念している事項があった。
それは、ひなたがLUNAの新曲を聞くという約束だった。
龍次の方は既に言ってあるから新曲発表に呼ぶ事はないだろうが、海斗とひなたをくっつけようとしている透と暁の二人はそうも行かないだろう。

葵の作戦が前途多難であることは間違いなかった。

BACK | INDEX | NEXT

Novel TOP



Site TOP 【月と太陽の記憶】

まろやか連載小説 1.41