【3】音楽室にて BACK | INDEX | NEXT
月曜日の朝、ひなたはいつもの通り満員電車に揺られていた。
いつもと違っているのは、無意識の内に背の高い人々の中に赤髪の人物――――中之条海斗を探していることであろう。
―――――――――無意識の行動なので、ひなたはまったく気づいていないが。

目的の人物は見当たらず、ひなたは無意識に溜息を吐いた。






放課後、ひなたは音楽室に居た。
以前は家で毎日ピアノを弾いていたのだが、引越しの都合でピアノを処分しなければならなくなった。
そのため、ひなたは放課後、毎日欠かさず音楽室でピアノを弾いているのだった。


「は〜〜〜やっぱり、技巧が重要視される曲は上手く弾けないや…う〜……ちょっときゅうけ〜い」

ひなたは休憩といいながらもピアノを弾き始めた。先ほど弾いていた曲ではない。
楽しそうに歌いながら弾いているこの曲はそう――――



「あっれ〜?これってもしかして、俺らの歌?」


そう廊下から声がしたが、ひなたは歌を歌うのに夢中で気づいていない様子だ。
ひなたはLUNAの曲をアレンジしてアップテンポなものにしていた。オリジナルよりもずっと明るい曲になっているので、あまりこの曲を知らない人が聴いたら別のものだと勘違いしただろう。 



廊下に居た二人は、曲が終わらないうちに音楽室の扉を開けた。

扉の開く音にようやく人が居たことに気づいたひなたは、驚いたように肩を揺らして鍵盤を叩く指を止めた。
恐る恐るといった感じで扉へと顔を向けたひなたは、入り口に立つ二人を見てさらに跳ね上がった。


「とっ…TOHRU君に…中之条君…」


その言葉を聴いてTOHRUはにっこりと笑みを向け、海斗は無表情のままひなたを見やった。


「はじめまして〜。知ってると思うけど、俺は普通科8組の渡会透。んで、こいつが中之条海斗。今弾いてたのって、俺らの曲っしょ?アレンジしてたみたいだけど、自分でやったの?」

そう言いながら、TOHRU − 透はひなたの方へと近寄っていった。

「あっはい。私がアレンジしたんですけど……あっ、はじめまして。私、1組の蒼井ひなたです」

ひなたは慌てて立ち上がって、ペコリと頭を下げた。

「えっと…今の曲、聴いてたんですよね…すみません。勝手にアレンジしちゃって…」

「あぁ、別に謝ることないよ。今の、俺らのより明るめだったけどどうして?」

「えぇっとですね、この曲って本当は明るめの曲だったんじゃないかなぁって初めて聴いたときに思ったんです。でも、歌ってるのが中之条君だからあぁいう雰囲気にしたのかなって思って。だったら、明るい曲にしてみたらどうなるのかなって気になって…ぁっ」

ひなたはしまったと言うように口を押さえた。

(やだっ…この言い方じゃまるで中之条君が暗いって言ってるみたいじゃない?!誤解されちゃったかな…)


ひなたは恐る恐る透と海斗を交互に見遣った。

すると、透は『プッ』と噴出して、仕舞いにはお腹を抱えて笑いだしてしまった。
言われた当の本人はといえば、相変わらずの無表情で眉ひとつ動かしていない。


「いいね!海斗は暗いって?本人目の前にして言う台詞じゃないよ〜。ひなたちゃんサイコ〜!!」

目に溜まった涙を拭いながらグっと親指を立てた。


「や、えっと、そういう意味で言ったんじゃないです!ただ、感情が無い風に歌うなぁ…って思っただけです!」

慌ててひなたは否定した。

「へぇ…そんなこと言う子、初めてだよ」

透は感心したような口調だ。

「ホント、失礼なこと言っちゃってゴメンナサイ」

ペコリと海斗に頭を下げる。

「いや、別にどうってことない」

無表情なまま、海斗は答えた。

「ホント、こいつ愛想なくて悪いね。こんな顔だけど、全然気にしてないからさ。ひなたちゃんも気にしないで?」

「あっ、はい」

ひなたが頷いた時、二人がいるのとは反対側の扉が開いて、葵が入ってきた。

「ひっなた♪そろそろ帰ろ!」

その声に音楽室に居た三人は揃って顔を向けた。

「…あら。透に海斗じゃない……何?三人て知り合いだったかしら…?」

そう言いながら、ひなたの方へと歩いていく。

「いや、さっき知り合ったばっかり。教室の前通りかかったら俺らの曲が聞こえてくるから誰だろうなって思ってね」 

「ふぅん…そうなの?ひなた」

「うん。恥ずかしいところ見られちゃった」

照れたようなひなたに、葵は納得したようだ。

「ま、いいわ。それよりひなた、暗くならないうちに帰ろう?…二人は、これからバンドの練習でしょう?良いの?行かなくて」

時計を見ると、既に5時を回っている。

「あ、やっべ。スタジオ6時からじゃん。海斗、遅刻すると龍次さんに怒られる!」

「あぁ、そうだな。…ま、どうせ怒られるのは透だけだと思うけどな」

そういう会話を聞きながら、ひなたはピアノの蓋を閉じ帰る準備をしていた。

「……あれ?そういえば、どうして葵ちゃんは練習の日だって知ってるの?」

きょとんとした表情で葵を見つめた。
その質問に葵は少し困ったような顔をした。

「あれ?ひなたちゃん知らないんだ?葵ちゃんは龍次さんのハニーだよ」

「ちょ、ちょっと。何勝手に質問に答えてるわけ?!」
「えぇ〜〜!あの、ドラムの人が葵ちゃんの恋人!」

ひなたと葵の叫びが見事にハモった。

「凄い。葵ちゃん凄い〜。…そっか、そうだよね〜。葵ちゃんくらいの美人さんだったら、ありえない話じゃないもんね」

頬を薄くピンクに染めて、ひなたは興奮気味に言う。

「ひなた、興奮しないの。……まったく、後でひなたに紹介して驚かそうと思ってたのに……誰かさんのせいで台無しだわ」

ひなたの頭をポンポンと優しく撫でながら、透へ鋭い視線を向ける。

「わ、悪かったって…」

「透。そろそろ出ないと、ホントに遅刻するぞ」

その場の空気を凍らせるような冷たい声が割って入った。

「ヤバ。マジで龍次に怒られる。…あ、そだ。折角だし二人も練習見にスタジオ来ない?」

「……透。私を連れて行けばどうにかなると思っているんじゃないの?」

呆れたような葵に透は小さく舌を出した。

「バレタカ。…俺が怒られない為に、この通り!」

「はぁ…しょうがないわね。この借りは高いわよ」

「やった。葵様様。このご恩は必ず!」

お調子者の透に、ヤレヤレと言った様子で葵は緩く首を振った。

「…ひなた、そういう事らしいけど、遅くなっても大丈夫かしら?」

「えっ?あ、うん。電話すれば平気だけど……って、私も行くの?!」

「そうらしいわね。練習なんて滅多に見れるものじゃないし、行ってみたら?」

「ホントに?嬉しい!」

一緒にスタジオへ行けると知ってひなたは大興奮で、今にも走り出さんばかりの勢いだ。

「はいはい。興奮してないで、行くわよ」

「はぁい」

成り行きを見ていた海斗は小さく息を吐き出した。

「…ま、なんだっていいけどな…」

その声が聞こえているのか居ないのか、ひなた・葵・透の三人は前を歩いて楽しそうにしている。

「…とりあえず、遅刻は確実だな」

海斗は時計を見遣って呟いた。

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