【2】初めての BACK | INDEX | NEXT |
今日は待ちに待った土曜日だ。ひなたは朝からそわそわした様子で、来て行く服を選んでいた。今や部屋の中はクローゼットをひっくり返したような状況になっていた。 「うん、今日はこれにしよう」 ようやく来ていく服が決まったのか鏡の前で頷いた。水色のワンピースに白のカーディガンを合わせた。 明日は日曜なので、ライブの後は葵の家に泊まることになっている。泊まる準備もしたし後一時間で出かける時間だ、と一息ついたひなたの目に部屋の状況が映った。 「出かけるまで一時間しかないのに部屋がすごいことになってるぅ…」 呆けたように呟くと、慌てて部屋を片付けたのだった。 「じゃぁ、ママ。いってきま〜す」 「行ってらっしゃい。坂下さんのご家族に迷惑掛けないようにね」 「うん、分かってるよ」 玄関まで見送りにきた母親に手を振って駅へと向かった。 葵の家は学校がある駅の反対側の出口から徒歩20分ほどの閑静な住宅街にある。いつもは混雑している電車も人はまばらだった。 駅につくと、葵が改札口で待っていた。 「あ、葵ちゃん。待たせちゃった?」 「そうでもないわ。さっき来たばかりだから。さ、取り合えず荷物を置きに家に行きましょうか」 「うん、レッツゴ〜♪」 「今日もひなたは可愛いわ。水色のワンピースが良く似合ってる」 「ホント?何着て行こうかすっごく迷ったんだぁ」 「でも、せっかく可愛い服着てるのにスニーカーなの?そのスニーカーも可愛い柄だけど…」 「うん。最初はもう六月だし、サンダルにしようかとも思ったんだけど、今日行くのってライブハウスでしょ?サンダルよりスニーカーの方が良いかなって思ってこっちにしたの」 「そうね。そうして正解かも。あそこには椅子が無いもの」 「やっぱりそうなの?よかったぁ、スニーカーで来て。葵ちゃんはその服で行くの?」 葵の格好を見るとチャイナ風のシャツにブラックジーンズと言ういたってラフな格好だった。 「そうよ?別に着飾っていく必要もないもの。中にはLUNAのメンバーに近づこうと着飾ってくる人も居るけどね」 「へぇ…そうなんだぁ…でも、葵ちゃんは美人さんだから何着てもさまになるよねぇ」 ぽわっとした表情で葵を見上げた。 「あら、可愛い事言ったって何もでないわよ?」 ふふっと笑ってひなたの髪を撫でた。 「そういえば、LUNAの曲ってどんな感じ?」 「そうねぇ…しっとり系からちょっと激しい感じ 明るいのから暗いのまであるわね。ラルクとか、グレイとか…そう言った系かな?」 「そっか〜……うん。楽しみになってきた」 嬉しそうに葵へと笑顔を向けた。葵はそんなひなたの笑顔にいつも癒されるのであった。 話しながら歩いていると、20分というのはあっという間だった。 「さ、ひなた入って?」 「うん。おじゃましまぁす」 「私の部屋、二階の一番奥だから先に行っててくれる?直ぐ行くから」 「うん。分かった」 ひなたは頷くと玄関上がって直ぐにある階段を登っていった。 「えっと〜一番奥の部屋だから…あ、ここかな?」 二階の廊下の一番奥にある扉を開けるとそっと中へと足を踏み入れた。ベッドの脇にバッグを下ろし部屋の中央にあるクッションに座っていると直ぐに葵が紅茶セットを持って入ってきた。 「私ね、ライブハウスって初めてだから凄い楽しみなんだ〜〜」 「そうなの?じゃぁ、今日がひなたの初体験てところね」 葵はフフっと笑みを浮かべた。 「なんか…その言い方すごくヤラシイ…」 「あら。そう考えるひなたがヤラシイんじゃないの?」 意地悪そうに葵は言う。 「ぁ〜〜〜っ葵ちゃんの意地悪!」 拗ねたように頬を膨らませてプイっとそっぽを向くひなたに、葵は堪えきれないというように、肩を震わせて笑い出した。 二人はケーキとスコーンでアフタヌーンティーを楽しんだ後、ライブハウスのある街へと出かけていった。 ライブハウスに到着すると一時間前だと言うのに既に人が集まっていた。 「思ってたよりライブハウス広い〜。それなのにこんなに人が居るなんてすごい人気なんだね」 二人は人に揉まれるのを避け、壁に寄りかかってライブを見ることにした。 「そうね。プロデビューするって言う噂もあるみたいだけど…」 「へぇ〜。すごいんだね」 「今はデビューする気はないみたいだけどね」 そう言った葵をひなたは眼を大きくして見つめた。 「葵ちゃん、何でも知ってるんだね〜。どこからそういう話聞いてくるの??」 「ん?まぁ、いろんなところからよ。色んなところに情報網を張り巡らせてないと新聞部部長は勤まらないわ」 「部長さんってのも大変なんだね〜。私何の部活にも入ってないからそういうの分かんないや。やっぱ、部活に入ったほうがいいのかなぁ?」 さらっと話題をそらされた事にひなたは気づいていない。そんなひなたに葵は、愛しい人を見るかのような眼差しで微笑んだ。 「うちの学校は部活が強制じゃないからいいんじゃない?」 「そっか、うん。そうだね」 たかが学校内の新聞部にそれほど広い情報網が果たして必要なのか。 そんな疑問は尊敬の眼差しで葵を見ているひなたにはまったく浮かんでこないのだった。 室内が暗くなってステージにライトが灯る。開演の時間だ。 ステージの端からメンバーが登場すると、観客のボルテージは一気に上がり耳が痛くなるほどの黄色い悲鳴が上がる。 何の前触れもなく曲が始まった。 一曲目からテンポのある、客のボルテージを高めるにはもってこいの曲だ。 「皆、今日は来てくれてありがと〜!ここでメンバーの紹介をするね。まずはこの僕、ギターのTOHRU〜」 ライブも終盤に差し掛かった頃ギターを弾いてた茶髪の人がマイクを取って喋り始めた。 (あれ?なんでボーカルの中之条君がメンバー紹介しないんだろう?…そういえば、歌うだけでMCとかしてないなぁ…) 「そして、ベースのAKATUKI!」 TOHRUはメガネを掛けて知的な雰囲気を身にまとっているLUNA唯一の黒髪のベーシストを紹介した。 「そして、我らがリーダー。ドラムのRYU!」 次にメンバーの中で一番大人な雰囲気のドラマーを紹介した。実際、一番年上なのかもしれない。 「最後に、皆さんお待ちかね…ボーカルのKAI!」 海斗が紹介された途端、今までの中で一番大きな黄色い悲鳴がライブハウスに響いた。 「は〜…葵ちゃん、中之条君てすごい人気なんだねぇ…。でも、ボーカルなのになんでMCやらないんだろうね?」 ひなたは隣にいる葵に耳打ちした。 「そうねぇ…もともと話さない奴だしね。中之条よりTOHRUがMCやった方が盛り上がるからじゃない?」 「ふぅん…そっかぁ」 葵の言葉に頷いたところで、今度はしっとりとした曲が流れ出したのでステージに集中することにした。 (あ…すごく素敵な曲…ラブソングだよね、これ。…でも…どの曲もそうなんだけど…どこか違和感あるなぁ…なんでだろ?すごく歌は上手いのに……。) ひなたは流れてくる曲に瞳を閉じて聞き入りながらも、違和感の元を探していた。 (わかった…歌い方…どの曲も歌い方が一緒なんだ…どんな曲でも感情がないの。楽しい歌も、悲しい歌も、ラブソングも…。) そう感じたひなたは、なんだか胸が締め付けられるようだった。 ひなたはぎゅっと、胸の辺りの服を握ったまま、じっとステージの海斗を見つめていた。 そんなひなたの様子は薄暗いライブハウス内で誰にも気づかれることは無かった。隣に居た葵ですらも。 「ひなた。どうだった?LUNAの曲は」 「うん。すごい良かった!素敵な曲だったよ〜。CDとかって売ってるの?」 (…もしかしたら、わざとああいう歌い方してるのかも知れないし…葵ちゃんにわざわざ言うことでもないよね。) そう思ったひなたは、あえて海斗の歌い方については触れなかった。 「えぇ、CDならあっちで売ってるわよ。買うの?」 「うん。ちょっと買ってくるね!」 その後、CDを買って葵の家に戻った二人はそのCDを聞きながら明け方までベッドの上でお喋りに夢中になったのだった。 |