【4】スタジオ見学 BACK | INDEX | NEXT |
スタジオはちょっと古いビルの地下にあった。 1階には飲食店が入っていて、2階から上は居住スペースになっている。 「ちーっす」 透はその言葉と共に、スタジオの扉を開けた。 ビルの外観は古臭いが、中は意外と綺麗で、防音設備もしっかりしている。 「ちーっす。じゃねぇよ。今何時だと思っているんだ?」 「まぁ、まぁ。龍次さん、今日はお土産ありだから許してよ」 透はヘラっと笑って、スタジオの中に入った。 「土産……って、葵!」 中に入ってきた透の後ろに現れた葵に、龍次は驚いた。 「やほ。拉致られたわ」 ヒラヒラと龍次に向かって手を振る。 「何で此処に……っと、隣に居るのは?」 龍次は葵の隣に立っているひなたへと目を遣った。 「ひなたよ。何時も話してるでしょ?」 「あぁ、君がひなたちゃんか。葵がお世話になってます」 ひなたへと近寄って、にっこりと笑顔を向ける。 「あ、初めまして。こちらこそ、葵ちゃんにはお世話になってます」 ひなたもペコリとお辞儀をする。 まるで、初めて家に遊びに来た娘の友達に挨拶する父親のようだ。 「龍次さん。中、入れないんで話するなら中に入ってからにしてもらえます?」 挨拶をして、話に花を咲かせようとする龍次に、海斗は冷たい一言を浴びせた。 「…ったく。海斗は相変わらず冷てェな?」 龍次は苦笑いして葵とひなたをスタジオの中へと招きいれた。 次いで、海斗も中へと入る。 「ひなた。あそこに居るのが河瀬暁よ。暁君、こっちはひなたよ。仲良くしてね?」 葵は部屋の端でベースのチューニングをしている暁へと声を掛けた。 「どうも」 暁はチューニングする手を止め、ひなたへと頭を下げた。 「あ、初めまして」 つられる様にひなたも頭を下げた。 ライブで見たとおり、眼鏡を掛けた暁はLUNAでは見た目的に浮いているような気がする。 色々なタイプのメンバーが居る事も、LUNAの人気の秘密なのかもしれない。 「んじゃ、面子も揃った事だし練習始めるか」 龍次の一声でそれぞれが楽器の元へと移動した。 「さて、ひなた。私たちは隅に座って見学でもしてましょうか」 「うん」 葵の言葉にニッコリと笑って頷いた。 二人は壁際にあるパイプ椅子に腰を下ろした。 メンバーは軽く音合わせをした後、テンポの良い曲を練習し始めた。 「あら…これ、新曲ね」 曲を聞いて、葵は呟いた。 「へー。そうなの?うん、この前買ったCDの中には入ってなかったね」 冒険するような、ちょっとファンタジーちっくな歌詞が耳に聞こえてくる。 それでもやはり何か違和感があるのは海斗の歌い方の所為だろう。 無意識なのか、音楽に合わせて膝の上でひなたの指が鍵盤を叩くかのように動いている。そんな様子を見て葵は小さく微笑むのだった。 「ひなたちゃん。どうだった?音楽家的感想は??」 新曲の練習が一通り終わると、透がひなたにそう声をかけてきた。 「えっ…音楽家なんてそんな…単なる趣味だから…」 透の言葉に反応してブンブンと首を振る。 「そー?趣味で曲のアレンジとか出来れば十分過ぎると思うけど?」 「へぇ…ひなたちゃんてアレンジとか出来るんだ?何やってるの?ピアノ?」 暁が透の言葉に反応してひなたに尋ねた。 「あ、はい。小さい頃からピアノと声楽をやってました」 最初に挨拶した時は、ちょっと素っ気無い感じがしたのだが、案外社交的なようでひなたは心の中で安堵の息を漏らした。 「やってた?じゃぁ、今はやってないの?」 「はい。引っ越して家にはピアノもありませんから。放課後たまに音楽室で引いてるくらいです」 そう言うひなたの表情に少し影が落ちた。 それに気づいた暁は話題を元に戻す。 「そう。それで、どうだったかな?この曲。客観的な意見が欲しいんだよね」 「えっとー…そうですね。サビの部分、キーを半分だけ下げた方が良いかもしれないです。ちょっと、中之条君が歌い難そうでしたし」 「半分?…そうか」 「あ、ちょっと弾いてみます。中之条君、ちょっと楽譜貸してもらえますか?」 ひなたは立ち上がって海斗へと近寄る。 「あぁ、どうぞ?」 海斗から楽譜を受け取ると、部屋の隅にあるキーボドの電源を入れた。 「えっと、今のメロディがこれなんですけど…」 言いながらひなたは楽譜を見ながら曲を奏でる。 「それをこういう感じで…」 原曲から半分キーを落としたメロディがキーボードから流れる。 その様子をじっとそこに居るメンバーが見詰めている。 「…どうでしょうか……あっ。すみません。でしゃばった真似しちゃって…」 キーボードから目線を上げると、全員からの視線に気づき、恥ずかしそうに、申し訳無さそうにひなたは俯いた。 「いや。そんな事ない…うん、そっちの方が良いかもしれねぇな…な?暁?」 「そうだね。僕もそう思うよ」 「はいはーーい。俺もそう思うな!ね?海斗もそう思うだろ??」 「…俺は別にどれだっていい」 「海斗の馬鹿は放っておいて…ひなた。私もそっちの方が良いと思うわ」 それぞれがひなたに賛同を示す。海斗は別だが。 「じゃぁ、それに決まりだね。ひなたちゃん。悪いんだけど、海斗の楽譜に今の音書き込んでおいて貰えるかな?」 にっこりと笑みを浮かべて暁は言った。 「えっと……はい。分かりました」 少し考えた後、ひなたは頷いた。 「ひなたちゃん、LUNAに入らない??キーボード担当ってことで!」 パイプ椅子に座って楽譜に書き込んでいるひなたに透が声を掛ける。 その言葉にひなたは慌てて顔を上げた。 「いえっ。そんなのダメです。私が入ったらファンの子に怒られちゃいます。…それに、LUNAは皆さん4人だから素敵なんですよ?」 そう言ってひなたは笑顔を向けた。 他のLUNAのファンの女の子だったら、LUNAのメンバーになれるなんて事になったら即答で頷いた事だろう。 邪な理由であろうと、メンバーと知り合いになりたいと思っているのが殆どだから。 何とかして近づこうと躍起になっている女の子達に疲れ始めていたので、ひなたのそんな姿にそれぞれ感じるものがあったようだ。 それが皆の表情に表れていた。…と言っても、海斗は相変わらずの表情だったが。 「そっか。それならたまにこうやって新曲の意見聞くのは良いかな?」 「…えと、それくらいなら。…でも、お役に立てるか分かりませんけれど…」 暁の言葉にひなたは自信なさそうに答えた。 「役に立つ立たないって話じゃなくてさ。第三者の意見て重要だから曲を聴いてもらって意見貰えるだけでも十分だぜ?あんまり難しく考えなくていいから。…おっし。この話は此処まで。皆、練習再開するぞ!」 龍次の言葉でその話は終り、今までの曲の練習へと移った。 「今日はありがとうございました。凄く楽しかったです」 ひなたは龍次に家まで車で送ってもらった。 「いや、こちらこそありがとうな?」 「いえ。大したことしてませんから。それじゃぁ、おやすみなさい。葵ちゃん、また明日ね?」 「おやすみなさい。また明日ね」 ひなたはにっこりと笑って二人に手を振った。 車が発進すると、見えなくなるまで手を振っていた。 そんな姿を龍次と葵はバックミラー越しに見ていた。 「ね?凄くいい子でしょ?」 「あぁ。ちょっと葵の友達にしちゃ、出来すぎなくらいだな」 「りゅーう?それってどういう事かしら??」 「さぁ…どういう事だろうな。…それより、今日は俺のうちに来る?」 「…明日体育があるから嫌よ」 「体育に差し障りなければ良いんだろ?」 「ほんっと、龍ってば馬鹿よね」 「どーいう事だよ」 「そういう事でしょ」 「……」 どうやら、龍次は完全に拗ねてしまったようだ。 葵は信号で車が止まった時に葵は頬にキスをした。 「もぅ、何時まで拗ねてるの?」 「……・ちゃんとしたら許してやる」 「ほんと、龍って…」 葵は続く言葉を口にせず大人しく龍次の唇に自分のソレを合わせた。 信号が青になると龍次が運転する車は、一人暮らしの龍次のマンションへと走り出した。 |