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春休みから1ヶ月が過ぎて世間はGWで、ニュースでは交通機関の混雑状況を知らせている。

学年が変わって色々忙しく、春休みが終わってからは一度も龍ニィに会っていない。
会えなかった4年間を思えば、何てことは無い。
押して押して、時には引いて。これが恋愛の駆け引きというやつだ。

今日はもちろん学校は休み。龍ニィも今日は家に居ることはおばさんから既にリサーチ済みだ。



「さぁって、参りましょうか」

今、焼き上がったばかりのキャロットケーキを箱に詰め、イザ出陣!

龍ニィの居る隣の家まではこのリビングから50歩程度。

近くて遠いこの距離がいつも恨めしい。













「こんにちは。コレ、焼いたのでお茶受けにどうぞ」

「あら、葵ちゃん。悪いわね。後で持っていくわ」

「はい、有難うございます。龍ニィは部屋に居ます?」

「もちろんよ。……あぁ、でもお友達が来てるみたい。男の子なんだけどね、凄く綺麗な子だったわ」

「男の子が?龍ニィにそんな知り合いいたかな?」

「1ヶ月前ぐらいに知り合ったみたいよ。葵ちゃんが居ても平気だと思うわ。気にせず上がって?」

「はい。お邪魔します」



靴をそろえて家へと上がる。
階段を上って龍ニィの部屋へ。




「龍ニィ?こんにちは。遊びに来たよ〜」

扉をノックして廊下から声を掛ける。

「おぅ、葵か。入れよ」


その声にドアノブを回して扉を開ける。
部屋を見てまず目に飛び込んできたのは龍ニィ。
それから、隣に居る感情の無いような表情をしているとても綺麗な男の子。






「――――――中之条海斗」






知っている顔がソコにはあった。
この街に住んでいる女の子なら皆知ってるだろうと言っても過言でないはず。
本人を見たこと無くても写真や噂ぐらいなら見聞きしたことがあるだろう。

女の子からの投稿写真を載せている雑誌では『街で気になる男の子ランキング』と言う物があって、彼は毎月1位を取っている。
投稿写真と言うだけあって隠し撮りではあるのだが。

噂の方もまた凄かった。
あの綺麗な顔に寄せられて行く女性は年齢問わず数知れない。
『来るもの拒まず去る者追わず。彼の周りには常に女性が絶えない』
私も一度だけ街で見かけたことがあった。
その時も隣に綺麗な女性を連れていた。
これで私と同い年、中学三年生だって言うんだから世の中間違っていると思う。





「何だ、二人とも知り合いか?」

「いや」

「いいえ。初対面ね」


龍ニィの問いかけに私も中之条海斗も即答する。

「じゃぁ、何で葵は名前を知っているんだ?」

龍ニィの疑問はもっともな事。
つい最近帰ってきた龍ニィは知らないはず。


「名前だけ、ね。女の子の間では有名だわ。彼は」

私の台詞に中之条海斗は軽く肩を竦めた。

「へぇ、そんなに有名なのか。海斗は。すげぇな」

妙に感心した口調で龍ニィは頷いた。

「葵、そんなところに居ないで取りあえず中に入って座れよ」

そう言われてやっと自分の居た場所を思い出した。まだ廊下に居たままだった。

「あ、そうね」

頷いて中に入ると、適当な位置に腰を下ろした。






「…ところで、何で龍ニィは彼と知り合いなの?」

おばさんが持ってきてくれた紅茶に口を付ける。

「1ヶ月くらい前に街で見かけてさ。捨て猫みてぇな顔してたから拾ってきた」

「は?何それ」

捨て猫?拾う?…何だか突拍子もない話ね。

中之条海斗もその台詞には眉間に皺を寄せて渋い顔をしている。

「そのまんまだけど。ま、捨てられてから大分たって警戒心の強い野良猫っつー感じでもあったな」

「…龍次さんぐらいですよ。そんな事言うのは」

「強ち間違っちゃいねぇと思うけどな」

「……まぁ、そう…かもしれませんね」

自信たっぷりな龍ニィに、中之条海斗も諦めたような口調で溜息を付いた。

「あぁ、そうだ。紹介がまだだったな。こいつは隣の家に住んでる坂下葵。海斗とタメだぞ。仲良くしてやってくれな」

名乗らなかった私も私だけど、今更ながら龍ニィが紹介してくれた。

「よろしくお願いします。中之条君」

ペコリと頭を下げる。

「知ってると思うけど、中之条海斗な。これから俺のバンドのボーカルやってもらう事になったから」

『えっ?!』

その台詞に私と中之条君の台詞が被った。

「…龍次さん、俺そんなこと聞いてないんですけど?」

中之条君が驚いているから何事かと思ったら、そんなことか。
…や、『そんなこと』ではないか。

「まぁ、俺も今初めて言ったし。いいじゃん。お前歌うまいし、顔もイイし。バンドのメインのボーカルとしては最適だろ?」

「ボーカルって言ったら、やっぱりMCとかしなきゃならないんでしょう?そんなの、嫌ですよ。あまり喋るの好きじゃないんですから」

「別に、ボーカルがMCやらなきゃならないって事はないだろ。喋るの大好きなヤツをメンバーに入れればいいんだって」

龍ニィに強引に押し切られる形で渋々と言った様子で中之条君は頷いた。

「ハイ。質問」

二人の話し合い(?)も一段落着いたところで気になったことを聞いてみる。

「はい。坂下さん、どうぞ」

手を上げた私に、ノリ良く龍ニィが教師口調で尋ねてきた。

「バンドのメンバーって他に誰が居るんですか?」

「それはいい質問ですね。お答えしましょう。ボーカル、海斗。ドラム、俺。ベース、海斗の幼馴染で葵より一つ年上の川瀬暁(カワセサトル)。以上」

「先生、ベースにドラムにボーカルだけじゃバンドは成立しないと思います」

「君は優秀な生徒さんで先生は嬉しいよ」

龍ニィは泣きまねをして、そっと涙を拭う素振りをする。
隣で私たちのやり取りを聞いている中之条君は感情のない表情をして、黙っている。

「まぁ、つまりそういうことでまだまだメンバー募集中。葵の周りに喋るの大好きでギターが出来る奴が居たらナンパしてきて?」

「まぁ、いいけど…」

「もちろん、俺が気に入らなかったら採用しないけどな」

そう言ってニヤっと笑った。
大丈夫です。龍ニィの好みは男も女も分かってますから。

行き当たりばったりに我が道を行く龍ニィ。
その視界には私も入っているのでしょうか。


今はバンドをすることに夢中になっているみたいで、私の入る隙間はあるのかな。
ぁ〜。かなり私の恋の道のりは遠く険しいようです。


「あ、葵もバンドに入る?」


結構です。


でもまぁ、宣伝部長ぐらいは買って出てあげましょう。

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