【14】イエス マイマスター BACK | INDEX | NEXT
「ジル!ジルは居るか!」

屋敷へ戻るとヴラドはジルを探した。
部屋に居るというメイドの話を聞き、ヴラドはジルの部屋へと急ぐ。

「あ、ヴラド様。リンネ様はいらっしゃいましたか?」

部屋から出てきたジルは、向かってくるヴラドに気付くと笑みを浮かべて声をかけた。

「いや、居ない。バスケットは丘の上にあったんだが全く姿が見えねぇんだ。嫌な予感がする。ジル、お前探索能力に長けていたよな?悪いが至急リンネの居場所を探してくれ」

そう言うヴラドに僅かに驚いた表情を浮かべる。

「分かりました」

直ぐに元の表情に戻ると、自室へと再び戻った。
ジルは部屋に入ると、机の上に地図を広げ目を閉じた。
ヴラドもまた、ジルの部屋のソファに座ると目を閉じる。ジルほどの探索能力は無いが何もしないで居るよりはましだ。

この世のものがその身につけている魔力は、それぞれ違っている。
誰かの元へ空間移動を行う場合、その相手の魔力を頼りに移動するのだ。
リンネの気配さえ見つけられれば瞬時にその場まで移動する事ができる。

リンネの探索を始めてから数分経った頃。

「…おかしいですね…」

ジルがポツリと呟いた。

「あぁ」

独り言のような呟きにヴラドも頷く。

「リンネ様みたいに白い魔力を持っている者はは今現在ここには居ません。他と違って探しやすいはずです。それなのに見つけられないと言う事は…」

「誰かに捕まってる可能性が高い、か」

「或いは…」

「その可能性は無い」

ジルが言おうとした事をヴラドは遮る。

「リンネは俺が居る限り死なないからな」

「そう言えば、そんな事を仰っていましたね」

ジルは地獄の門からリンネが出てきた時のことを思い出した。
その時にそのような事を言っていたような気がする。

「あぁ。だから誰かが意図的にリンネの気配を消しているとしか考えられない。ジル、リンネを探している時にどこか気になる場所は無かったか?」

「そう…ですねぇ…」

ジルは地図に視線を落として、口元に手を当てる。
暫く考えた後、地図の一点を指差した。

「ここ。ここ一帯だけが何も無いように感じました」

「何も無い?それはどういう事だ」

「えぇ、ですから何も無いんです。魔力を纏うモノ全てが」

「ふぅん、怪しいな。見たところ、荒野って訳じゃなさそうだが…そこには何があるんだ?」

「ここ一帯は一族の集落の一つがある場所ですが…あぁ、リズさんが住んで居ますね」

ヴラドはジルの言葉を聞いて溜息を付きながら立ち上がった。

「ヴラド様、どこへ?」

「どこへって、リンネを迎えに行くに決まってるだろ?」

「ですが、そこだって決まった訳ではありませんよ?」

「そこに居るに決まってる。リズは、アスヴェルの恋人だからな」

アスヴェル。その言葉を聞いてジルは息を呑んだ。
ジルの表情に頷くと、地図を眺める。

「リズの家はここから北東…約8000てところか」

呟くと、頭の中にその場所を思い描く。
大体のあたりを付けると扉へと向かった。

「私も行きます」

背後から声が掛けられる。

「いや、俺一人で十分だ。お前はまだやる仕事が残ってるだろ?そっちを片付けておけよ」

「しかし!」

「二度も言わせるな。必要ない」

冷たい響きを持つ声でそう告げると、部屋から出て行った。

ヴラドの声にジルはゾクリと背筋が震えるのを感じた。
リンネを攫われてヴラドが何も思ってないわけが無いのだ。
あれは相当怒っているのだろうなとジルは思った。
自分が付いていったら足手まといになるのは必至だった。

今のところヴラドに殺気は見られない。
だが、相手の出方によっては…。

「リズさんがアスヴェルさんの恋人とは知りませんでしたね…」

アスヴェルはヴラドの次に一族で実力のある人物だ。
ただ、本人の性格から党首になる気など少しも無い事もあって、ヴラドとも結構仲が良い。アスヴェルは現在、召還されて人間界へと行っている。
噂によると召還した人間が病に伏しており戻ってくるのはまもなくだと言う。

問題はアスヴェルよりもその恋人だ。

アスヴェルが人間界に行っている間、一族での地位を次期党首にしようと躍起になっていると聞いた事がある。

つまりそれはヴラドを次期党首の位置から引きずり下ろすという事。
それには方法が三つある。

一つはアスヴェル本人がヴラドと戦ってそれに勝ち、ヴラドよりも実力が上だと示す事。
これはアスヴェル本人が党首になる気がないので非現実的だ。

もう一つはヴラドが党首の変わり目に魔界から居ない事。
人間界でも何処でも魔界でなければ何処でもいい。

そしてこれもまた非現実的だった。
ヴラドは人間に召還され、その人間に使役されるほど弱くは無かった。
たまたまリンネが召還したが、魔界に戻ってきた今となってはこの先当分は無いだろう。

そしてそれをのんびりと待つには時間が無い。

最後の一つはヴラドがこの世から居なくなる事。
方法は何でも良い。

恐らくリズはその為にリンネを攫ったのだろうとジルは予想する。

「そう言えば、アスヴェルさんが召還されてから次期党首にしようとしていると噂が立ち始めましたね…」

ふむ。と口元に手を当ててジルは考える。
暫く考えを巡らせているとある事に考えが辿り着き納得顔で頷いた。

「恐らく召還されないため、ですね」

遠い昔、世界は一つだったという。
魔界も人間界も無い、一つの世界。
それがいつの日か魔界、人間界というようにお互いが干渉できないように分かれた。
その二つだけではなく幾つかの世界が存在する。

そして干渉できない世界を結ぶのが『召還』。
召還用の魔方陣を使うと世界を結び、呼び出すことが出来るのだ。
主に人間が行う行為だが、だからといって魔族が出来ない訳ではなかった。
人間を呼び出す事に特にメリットが無い魔族はそれを行わないというだけだ。

呼び出されるものは決まっておらずランダムであり、相手を指定する事は出来ない。
リンネが使用した魔方陣のように呼び出す相手を定めているものもあるがそれは極稀だ。
ランダムという事は、何時誰が呼び出されてもおかしくないという事。

それを防ぐ方法は一つだけ。
魔界の重要人物の一人になる事だ。

ヴラドの一族では党首とその近しい者一人だけである。
党首となる儀式を行うことにより、召還されないようになるのだ。

リズは恐らくそれを狙っているのだろう。
以前から彼女は人間を嫌っているという事をジルは聞いたことがあった。
彼女にとって人間に使役され、その力になる事が屈辱的なのかもしれない。
だが、その為にアスヴェルの恋人になったわけではないだろう。
アスヴェルとて愚かな男ではない。そんな理由で近づいてきた事など直ぐに分かる筈だ。二人が本当の意味で恋人同士なのだと言うことは間違いないだろう。

元々人間が嫌いだった上に、恋人のアスヴェルを呼び出されてその気持ちが強くなったのではないだろうか。あくまでも想像だが。
「アスヴェルさんと戦った時、ヴラド様とは言え無傷で済むはずが無い。アスヴェルさんがこちらに戻って来た時に恋人に何かあったと知ったら、何があるか分からないですからね…何事も無い事を祈ってますよ」



ジルの部屋から出たヴラドは、屋敷の外へ出てきていた。
リズの家の前まで空間移動するために。
空間移動は便利だが、欠点が一つだけあった。
それは同じ空間でないと移動できないと言う事。
家のように囲まれた場所はその中で一つの空間とみなされる。
家の扉や窓が開いている場合は別だが、家から瞬間移動で外に出たり、またその逆も出来ないのであった。

「リンネ、待ってろ。今そこに行く」

もう一度移動する方向を頭に浮かび上がらせると、ヴラドはその場から姿を消した。







「そろそろ…時間かしら」

「リズさん?何か言いました?」

「何でもないわ。リンネさんはワイン飲めるかしら?」

リズは椅子から立ち上がると、扉へと向かう。

「いえ、お酒はちょっと…」

その言葉を聞いて、僅かに頷くとリズはキッチンへ向かった。
キッチンの棚から紅い液体の入ったビンを取り出す。

「ワインは駄目…か。アルコールの匂いがすると飲まないかもしれない。効力が弱くなってしまうけれど、これで代用するしかないわね」

グラスにたっぷりと紅い液体を注ぐ。
そしてナイフを取り出すと、自分の指先を切った。

ポタリ、ポタリと液体の中に数滴リズの血液が落ちる。

棒で液体を混ぜた後、自分用に注いだグラスを持ってリンネの元へと戻った。
「リンネさん、これ出来たばかりの赤葡萄のジュースなの。アルコールは無いから飲んでみてはいかが?」

「あ、ありがとうございます…」

リンネはグラスを受け取ったが、それを口に運ぼうとはしなかった。
此処に連れて来られてから数時間。
特に危害が加えられるわけでもなく、ただリズと話をするだけだった。
興味がある、と言った通りリズはリンネからヴラドや人間界の話を聞き、そして彼女も一族の話や昔のヴラドの話などを聞かせただけだ。

魔界の事は何も分からないリンネが信用できるのはヴラドから紹介された相手だけだ。
未だにリズに対して警戒を解いた訳ではない。

「ふふ。毒なんて入っていないわよ?人間界のものと違った美味しさがあるの。作りたては今の時期しかないから、機会を逃したら一年後になってしまうわ」

そう言いながらリズは葡萄ジュースを一口飲んだ。
リンネはそれを見て、恐る恐ると言った風に一口口に含む。

「…美味しい…」

「そうでしょう?まだあるから沢山飲んでね」

にっこりと笑みを浮かべるリズに、リンネも小さく笑みを浮かべて頷いた。



「さて。そろそろ効いてきた頃かしら?」

全てグラスの中身を飲み干してから少し経った頃。リズはテーブルに頬杖を付いて、口元に笑みを浮かべながらリンネを見遣やった。

「効いて…って何がですか?」

「リンネさん、私は誰かしら?」

「誰って、リズさんですよね」

突然の問いかけに戸惑う。
何を当然な事を言っているのだろうか。

「その通りね。でも…私はあなたの『マスター』よ。違ったかしら?」

「マスター?…リズさん、何を言って…いえ、その通りです…」

そう言ったリンネの瞳がうっすらと赤みを帯びる。

「そうでしょう?」

「はい」

ぼんやりとした表情で頷くリンネへと近寄った。

「マスターから貴女に一つお願いがあるの」

「はい、何でしょうか?」

「それはね――――」

唇を耳に寄せると、囁くように言葉を発する。
その言葉が脳に染み込んでいく様な感じがした。

「はい。マスター」

「いい子ね。活躍、期待しているわ」

ふふふ、とリズは笑みを浮かべた。

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