【13】囚われの乙女 BACK | INDEX | NEXT
ヴラドの家へと来てからの数日間。
ヴラドとリンネは夜しか会えない生活を続けていた。
昼間に会えたとしても直ぐに誰かが現われてヴラドを連れて行ってしまう。
頭首が完全に交代するまでの辛抱だとは言え、ここまで忙しくさせられているとわざと忙しくさせられているのではないかと言う気になってしまう。
ヴラドのフラストレーションは溜まる一方で、夜になると毎晩リンネを抱いていた。
その分ヴラドの睡眠時間は削られてしまうわけで、良くも身体がもつものだとリンネは変に感心していた。

ヴラドに会えない昼の間リンネは何をしているのかと言うと、屋敷周辺を探索していた。
とは言っても、魔界に居る人間、しかもヴラドの唯一ともなれば良くも悪くも目立ってしまうので、屋敷の敷地内から外に出るのはヴラドに止められていた。
リンネ自身もフラフラと外に出て迷わないという自信は無かったので、大人しくヴラドの言う事を聞いていた。
リンネの行く場所は、大体決まっていた。
病で寝ているヴラドの父親の元か、屋敷の裏にある小高い丘の上だ。
周りに何も無く、街が一望できる丘の上は特に気に入っていて、殆どの時間をそこで過ごしていた。


「今日もいい天気ですねぇ…」

丘の上に立っている一本の木の下に座って、空を眺めていた。
用意して来たバスケットをあけると中からサンドウィッチを取り出す。

周りは慌しくしているのに、自分だけこんなにのんびりしていいのだろうか。

そうは思うがヴラドが頭首に就くための準備に、自分に出来る事など何も無いのだと分かっていた。
ふぅ。と息を吐き出して、手に取ったサンドウィッチを一口食べた。

こんな時、自分に出来る事は魔術が上達するように訓練する事ぐらいでしょうか?

じっと広げた掌を見つめる。
掌にポッと小さな青白い炎が生まれる。

自分が居た世界に比べて断然魔術が使いやすい…もっと頑張って練習すれば、何かあった時にヴラドさんの役に立てるかもしれない。

決心するかのようにギュッと拳を握り、掌にあった炎を消した。





「あなた、リンネさん?」


不意に声を掛けられハッと顔を上げた。
いつの間に目の前に立っていたのだろう。気配など微塵も感じなかった。

太陽を背に、髪の短い女性がリンネを見下ろしていた。












その頃。
ヴラドは屋敷の一室で、先代、先々代と党首の補佐をして来た男の話を聞いていた。
今まで他の部族と戦って来た歴史や、現在の魔界における一族の位置付けなど。
詳しい事までは知らなくても、大体の事は分かっている。
それを改めて聞かされるというのは、ヴラドにとって苦痛以外の何物でもなかった。
何度目かのアクビを噛み殺す。

「ヴラド様、聞いておられますか。ここは重要なところですぞっ」

目聡くヴラドのアクビに気づき、バンと机を叩いた。

「あー、聞いてるって。早く続き話せよ」

一体幾つのポイントが重要だっていうのか。
彼に言わせれば話している事全てが重要なのだろう。

続きを促され、コホンと一つ咳払いをすると、続きを話はじめる。


早く終わらねぇかな…たまにはリンネとゆっくり過ごしてぇ…


話が長くなりそうな気配に、うんざりとした表情になってしまう。


ヴラド様。それが終わったら次は就任式の衣装合わせですからね。


不意にジルの言葉が頭をよぎる。
いやにゆっくりと時間が過ぎていく一日に溜息を付いた。


やっぱ、こっちに戻ってこない方が良かったか…?


そんな事を思いながら、退屈な話を右から左へと聞き流していった。








「あの…ここは、どこですか?」

可愛い形をした椅子に座り居心地が悪そうにキョロキョロと周りを見渡す。
何のへんてつも無い普通の家の普通のリビング。
飾りっ気の無いリビングではあるが、家主の趣味なのか揃えられたテーブルと椅子は可愛らしいデザインになっていた。

「私の家よ。突然連れてきてしまってごめんなさいね?ゆっくりして行って」

にっこりと笑いながらティカップを差し出してきた女性を見遣る。


ゆっくりして行ってと言われましても…


困ったように僅かに眉を潜め、じっと出されたカップを見つめる。

リンネがそう思ってしまうのも無理は無い。
木の下で声を掛けられた時―――



「あなた、リンネさん?」

「えぇ、そうですけれど…貴女は?」

「私?私はヴラドの昔からの知り合いよ。リズって呼んで?」

「リズさん、ですか。初めまして」

手に持っていたサンドウィッチをバスケットに入れた刹那。
気づけば風景が変わっていて、今居るリビングに来ていた。



「何も言わずに連れてきてしまって驚いたでしょう?私、空間移動は得意なの」

ウフフと笑うその顔には何の邪気も無くて。

「はぁ、そうですか…」

怒る気にもなれず、気の無い返事を返した。

「それで、私をここに連れてきたのはどうしてなんですか?」

「興味があったから、かしら。あのヴラドの唯一なんてどんな方なのかなと思って」

「興味、ですか…ヴラドさんとはお知り合いなんですか?」

「えぇ。同じ一族だし、生まれた年も近いから」

「そう、ですか…」


悪い人には見えないですけど…ヴラドさんの元恋人なのでしょうか…?


リンネがそう思ってしまうのは無理はないだろう。
幾ら興味があるからといって、なんの断りも無く連れてくるなんて普通なら考えられない。
悪い人には見えないが、初対面の相手だ。
気を引き締めなければ…とテーブルの下で拳をギュッと握った。


ここがどこにあるかも分かりませんし、リズさんに送っていっていただかないと帰れませんね…ヴラドさん、心配していますでしょうか…


そっと息を吐き出して、窓の外へと視線を移した。












「やっと終わった…」

つまらない話、そして衣装合わせも終わりヴラドは伸びをしながら屋敷の中を歩いていた。

「リンネは何処に行ってんだ?」

父親の所に行ってみたが、そこには居なかった。
だとすると、裏にある丘だろう…そう思って丘へと向かった。

途中ジルと会い、リンネがお昼をバスケットに詰めて出かけたと聞き、やはり丘の上に行ったのだろうと確信を深めた。


丘の上の木のところへ来ると、確かにリンネは来ていたようでバスケットが置いてあった。
だが、リンネの姿は見当たらない。

「リンネ、どこだ?」

周りに何も無い丘の上。
もしも近くに居るなら見渡すだけで直ぐに見つかるはずだ。

念のため浮遊術で木よりも高いところに上がり、辺りを見渡す。
が、その姿は何処にも見当たらない。
周りに危険な場所があるわけでもない。例えば、崖から落ちて怪我しているとかそういう事態には陥っていないだろう。

「リンネ、何処に行ったんだ…リンネッ」

嫌な予感が胸をよぎる。
ヴラドは急いで屋敷へと戻った。

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