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葛岡先生につい口を滑らせて告白しちゃって、しかも何の間違いなのか付き合うことになっちゃってから早2週間。 その間に何があったかというと…何もなかったりする。 実はあれは夢なんじゃなかったのかとさえ思えてくる。 いや、むしろ夢であってくれ。 だってだって、草食動物だと思ってたら実は肉食獣で、まさに羊の皮を被った狼ってやつで。背中のファスナー開けたら狼が出てきましたってやつのがまだましだとか思っちゃうわけで。だってファスナー開けなきゃ狼出てこないじゃない? あの人の場合は、羊の皮を被ったまま狼になっちゃうってやつだ。 騙された、とかは言わない。 だって先生は騙してたわけじゃない。 勝手に私が信じ込んでいただけ。いや、むしろ舞い上がってた。あの声に。 2週間ちょっと前の私に告ぐ! 告白しちゃうとか馬鹿なことはやめて、即行退避しなさい!! とか思っても後の祭りだ。 悪い夢なら覚めてくれっっっ 夢じゃないならせめて、今の状態がずーーーーーーーーっと続きますように!!!! 「う゛〜〜〜〜〜」 思わず漏れたうめき声。 自然とギリギリと指先に力が入っちゃうってもんですよ。 「篠崎さん?どうかしました?」 ハッ…しまった、今は国語の授業中だった… 「あ、何でもないです。授業、続けてください」 にっこりと笑みを返し、ささどうぞ。と手を差し出す。 「そうですか?体調悪いようなら、遠慮なく保健室に行って構いませんよ?」 そう言って、先生が黒板に振り返った一瞬、こっちを見た気がした。 気がした、というのは先生のビン底メガネのせいで先生の目が見えないからなんだけど、その瞬間ぞわぞわ〜〜〜っと鳥肌が全身を駆け抜けていったのだから、気のせいじゃないと思う。気のせいであって欲しいというのは私の切なる願い。 平穏だった2週間がこれで終わりを告げるんだ。 そんな予感がするのは気のせいなんかじゃないはず。 いや、ね?別に葛岡先生が嫌いだって言ってるわけじゃないよ。 むしろ好きなんだけどさ、先生が実は狼だったからって嫌いになったわけじゃないんだけどね。って、誰に言い訳してるんだ私。 「あ゛〜〜」 「し の ざ き さん」 「あ゛っすいません」 またやっちゃったよ…本日2回目の失態だ。 「さっきから授業に集中していないようですが…」 とかなんとか先生が話し出したところで天の助け。 チャイムが授業の終わりを告げた。 た、助かった… 「…それでは、今日の授業はこれで終わりにします…引き続きこのままHRを始めます。その前に。先週も言った通り、本日は国語のノートを集めるので、篠崎さん?」 「は、はいっ」 条件反射のように思わず立ち上がってしまう。 「HRが終わったら皆さんのノートを準備室に持ってきていただけますか?」 「私が、ですか?!」 そんなの普通日直にやらせるべきでしょ?! 何で私なのよーっ 「さっきの国語の授業の件…これで目をつぶってあげますよ?」 うっ…それを言われると… 「はいぃ…お心遣い、ありがとうございます…」 ガックリと肩を落として椅子に座る。 「それと、ノートはHRが終わったらすぐ集めて持ってきてください。私もあまり長く準備室には居ませんので」 「わかりました…」 あぁ、平和ってこうやって終わりを告げるんだなー。 しかも、その発端が自分だなんて… バカバカ。私の馬鹿〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!! ……ってあぁぁぁぁぁっっっ 国語のノート提出?! どどどどどどどうしようっ 今日の授業、殆ど写してないじゃん!!!! 集めたら即行持ってこいとか、無理。絶対無理。 恵美にノート写させてもらう時間ないじゃん! 早く持って行かなかったら何されるか…でも今日の分写してないとか分かったらそっちも何されるか分かったもんじゃないよー。 門前の虎、後門の狼…絶体絶命のピンチだ… 「きりーつ」 っええええっっ 号令に慌てて立ち上がる。 礼をすると、葛岡先生はそのまま教室から出て行った。 「恵美〜〜〜」 慌てて恵美の席へと移動する。 「ノート集めとは災難だったね。ま、これも運命と思って諦めたまえ」 「いやいや、そんな殺生な〜〜。ってそんなこと言ってる場合じゃない!恵美ぃ…今日の授業分、写させて?」 顔の前で手を合せ小首傾げて見せる。 「そんな可愛くおねだりしたって無駄よ」 「そんなぁ…ちょっとくらい見せてくれても…」 「もちろん、可愛い親友のために見せてあげたいのは山々なんだけどね?」 そう言いながら恵美は教室の前の方を指差した。 振り返って差した方向を見やると、そこに見えたのは、私の机の上に積み上がるノートの山、山、山。 「ちょっ…何でこんな時に限って皆協力的なのよぉ」 「バイトとか部活とか遊びとか色々予定があるんでしょー?今日、ノートを提出だって事忘れて授業中に考え事して唸ってるかなえが悪い」 「う。それを言われると辛いものがあるわけですよ、恵美さん」 「そうでしょうともかなえさん。じゃ、私は部活あるから」 そう言ってポンと私の頭の上にノートを置いた。 「いやいやいやいやいや。恵美、ノート運ぶの手伝ってくれても良いと思いませんか?思いますよね?」 「世の中そんなに甘くなくってよ?かなえ」 「そんなぁぁぁ、あの量を一人で運べと?そう仰るのですか?あなた様は!お願い、運ぶの手伝って。恵美、恵美さん、恵美さまぁぁぁぁ」 クラス全員分のノート運んだら腕だけマッチョになっちゃうよ。 無情にも出て行こうとする恵美の腕にしがみつき、本気でお願いする。 願いが通じたのか、恵美の動きが止まった。 よし、いけるかな? 「……金魚鉢パフェ」 「っ…それは…」 金魚鉢パフェとは地元で人気の喫茶店にあるメニューのこと。 パフェが金魚鉢を模した入れ物に入っていて、とにかくでかい。 そしてお値段も、高い。一個5千円する。 ちなみに、世の中でも流行ってる大食いチャレンジメニューって訳じゃないから、完食してもしっかり料金は取られちゃうのだ。 それを奢れと言っているのか、この私の大親友様は。 どこまで食いしん坊なんだ! 「無理?じゃぁ、交渉決裂だね」 にっこりと笑って、私の手を両手でつかんだ。 「私部活、あなたノート運ぶ。二人とも頑張る!おーけー?」 「お、おーけー…」 何で片言… 恵美は爽やかそうな笑顔と共に颯爽と教室を去って行った。 「くぅっ、友達甲斐のない奴めっ」 しょんぼりとして自分の席に戻る。 積み上げられたノートにうんざりしながら、無造作に置かれているのを綺麗に揃える。 「篠崎、手伝おうか?」 声を掛けてきたのは隣の席で準備をしていた須藤君。 これぞ天の助けっ…とほいほい飛びつきたいところだけど… 「あ、須藤君。ありがとー。でも大丈夫、須藤君部活でしょ?サッカー部、遅れたら煩いでしょ?」 そうなんだよね。須藤君はサッカー部のキャプテンだったはず。 運動部も夏になったら引退になるわけだし、今が一番気合の入っている時だと思うわけよ。 3年間部活に入ってない私には縁のない世界だけど。 恵美だって部活入っているけどそれはそれ。 大親友様の恵美に言うのとクラスメートに言うのじゃ訳が違う。 それに…同じ学級委員として、何かとドジをする私を毎回フォローしてくれてるし、こんなところで迷惑は掛けられないわ。 「少しぐらい遅れたって構わないぜ?」 「もー、キャプテン自らがそんなじゃ部活の士気が上がらないよー?だいじょーぶ!こう見えても力持ちだからね」 おどけた口調で言って力こぶ作る真似をする。 とはいえ実際はそんな力持ちな訳はない。 「そうか?…一度に持ちすぎて転ぶなよ?」 「もー、そんな事ないない」 アハハと乾いた笑い。 あながち、あたってなくもない。 何て言ったって何もないところで転びそうになるのは大得意だ。 「じゃぁな?」 「うん。部活頑張ってー」 なぁんて、笑顔で送り出したものの。 「はぁ…準備室、遠いんだよね…」 目の前のノートの山が勝手に移動するわけもなく。 「よしっ…行きますか」 よっこいしょ…と積み上げられたノートを全部持ち上げる。 「流石にこれは…重い…全部はやりすぎたかな…」 若干よろけながらも教室を後にする。 何度かに分けて持っていくという手もあるけど、往復するには距離が…ねぇ。 「はぁ、はぁ…何で、階段がこんなにあるんだ…そもそも、一人に、運ぶの、任せる…葛岡先生のせいだ…鬼…悪魔…ぜぇ…はぁ…」 準備室がある階まで後少しだ。 全く、私ってば体力なさすぎ。ちょっとは運動しようかな…はぁ…。 「誰が、鬼、悪魔ですか?」 「うっひゃぁぁぁぁぁっ。く、く、く、葛岡、先生…」 突然声を掛けられれば誰だって驚くよ。 絶対今、20センチは飛び上がった。間違いない。 でもノートは落とさなかったよ。えらい。 「遅いと思って様子を見に来てみれば、私の悪口ですか?感心しませんねぇ?」 こ、こわい… 階段の上で腕を組んで見下ろしてくる姿は地獄の閻魔大王様。 煩い舌をひっこぬかれたりとか…しないよね? 「え、いや。あははは…」 やっとの思いで階段の上にたどり着いた。 「一度に全部持ってこなくても」 「いやぁ、何度も往復するのは面倒ですから」 言いながら、よたよたと廊下を歩いていく。 さっと先生の机にノートを置いて、ダッシュで逃げれば何とかなる!…はず。 「全く…」 隣から腕が伸びてきて、軽々とノートの束、2/3が葛岡先生のもとへと移動した。 「あ、ありがとうございます…でも、すぐそこですしここで全部持っていただいても…」 重さに開放されて、口も軽くなる。 まずい、と思っても後の祭り。 「…甘ったれんな」 低く、小さく囁く。 やばい。狼発動?! でもそれ以上のことは何もなくて、ちょっと拍子抜け。 いやいや、何か期待していたとかそんな事は断じてない。 「はい、ご苦労様でした」 ようやく準備室に到着。 先生の机にノートを置いて一息ついた。 「いえ…次からは、二人以上で持ってきて貰う事を希望します」 「おや?次も篠崎さんが運んでくれるのですか?」 「滅相もない!」 「即答ですか?まぁ、いいでしょう」 そう言って、スっと腰をかがめてくる。 みみみみ耳っ、近い、口が近いっっっ 「次からは、ちゃんと俺の授業聞いてるんだな。俺の授業を受けといて、前より国語の成績が落ちたなんて日は…お仕置きするから、覚悟しとけ」 「は、はいぃ…」 「よし、いい子だ」 ニヤリと口端に笑みを浮かべて、体を起こす。 こんな時ですら「やっぱいい声…」なんて考えちゃう自分の思考回路が恨めしい。 どうにかなんないのかな…はぁ… 「あぁ、そうだ。篠崎さん。携帯持ってますか?」 突然の質問に、思考回路は停止する。 それでも体は言葉を受けて携帯を取り出した。 「あ、ありますけど…って、あぁっ」 取り出した携帯は簡単に先生に奪われてしまう。 私の携帯をいじって、なにやらピコピコ操作している。 さらに先生の携帯を取り出して… 「何、やっているんですか?」 「何って、見りゃ分かるだろ。赤外線通信」 「そりゃ、見れば分かりますけど…ってえぇぇ?!」 「いちいち驚きすぎですよ」 ぽいっと放り出されて宙に舞う携帯。 慌ててそれをキャッチする。 「せんせぇ、投げるのはやめてください」 「それは悪かったですね?」 ぜんっぜん悪そうな口調じゃないんですけどっ 「私もそろそろ退室しますので。篠崎さん、お気をつけて」 「あ、はい。さようなら…」 有無を言わさぬ無言の圧力に負けて、何も言えずに準備室からすごすごと退散。 「あー、貴重な金曜の放課後を無駄遣いした気分だ…気づけば夕暮れ時だし」 葛岡先生がやっぱり羊の皮を被った狼だったって事、認識させられただけじゃない。 でも… 「不思議と嫌いになれないんだよねぇ…困った。やっぱ、あの声は麻薬が入っているに違いない。うん」 さーて、明日は土曜で学校は休みだーー! 今日の事は忘れて、ぱーっと行きましょ。パーッと。 「恵美でも誘ってショッピングとかいいなぁ…薄情ものには何か奢って貰わねば…」 明日の事に思いを巡らせながら家に向かっていると、鞄の中から携帯の着メロが聞こえてきた。 「ん?着信設定していない人から…?誰だろ」 メールを空けるとそこには【京介】の文字。 「これって、まさか…」 送信者:京介 題名:無題 本文:明日、仕事休みだから家の近くの駅まで迎えに行く。10時に来いよ。 「…ってか、私の予定はお構い無しですか?!」 携帯に向かって思わず叫ぶ。 「返事しないと、まずいよ、ね。拒否した日には、もっとまずいよね…」 むぅ… ピコピコと携帯で文字を打って行く。 手馴れたもので、返事を書くのにそう時間は掛からない。 「送信っと」 パタンと携帯を折りたたんで、バッグにしまう。 あれ?これって、もしかして、もしかすると…おデェトってやつですか?! |