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「かなえー起きなさい。朝ごはんできたわよー」

ん…?朝…?

「はぁ?!朝って今何時?」

お母さんの声で目を覚まし、慌てて壁にかかっている時計を見上げる。
針は丁度7時を指したところ。

「七時…良かった…九時とかだったら泣いてるとこだった」

はぁ、と息を吐き出してベッドからヨロヨロと這い出す。
カーテンを開けて、外の天気を見てまた一つ溜息。

「とーっても良い天気ですこと」

空は雲ひとつない、澄み切った青色で、絶好のお出かけ日和ってやつな訳で。

「気が重いなぁ…」

とは言え、楽しみじゃないって言ったら嘘。
服が散乱しているこの部屋を見れば一目瞭然だもんね。
って、しまった…結局服引っ張り出すだけ出しといて、まだ決めてないじゃん。
まだ時間あるし、ご飯食べたらでいっか。

「はぁ。これを後で片付けるのかと思うと、それもまた気が重いなぁ…」

部屋を出て1階のリビングに行くと、お父さんがソファで新聞を読んでた。
お父さんが土曜日のこんな時間に起きてるのも珍しいなぁ。
いつもはもっと遅くまで寝てるのに。

「おはよー」

声を掛けると新聞から顔を上げてこっちを見てくる。

「あぁ、おはよう」

「今日は珍しく早いね。どこか出かけるの?」

朝食が並べられたテーブル。
今日はトーストとサラダと卵焼きかぁ。

椅子に座って、いただきますと手を合わせる。

「あら?今日はお父さんとお母さん、出かけるって言わなかったかしら?」

お母さんがそう言いながら、ホットミルクの入ったマグカップを持って来た。

「え?聞いてないよ?」

「あらあら。言ったつもりだったのだけど」

「つもりでも実際に聞いてないし」

「あらあら」

あらあらじゃないって。
ほんっと、お母さんてのんびり屋なんだから。
しっかりしてそうに見えてかなりのマイペース。
一緒にいて疲れることもしばしばだったりする。

「それで?どこに出かけるの?」

トーストにバターを塗って、その上に卵焼きを乗せる。
半熟よりも若干焼けた卵焼きは私の大好物なのだ。

「北海道よー」
……は?
「北海道って、あの北海道?」

「他にどの北海道があるの?」

「いや、ないけど。ってか、何で私を置いて行くのよーっ」

「だって、今日結婚記念日ですもの」

「結婚記念日?確かにそうだったような気も…ってかお父さんもそこで頷かない!娘が一人で留守番とか心配じゃないの?!」

「いやぁ、そんな事もないんだけどな?かなえも大きくなったし、久しぶりに二人っきりで旅行もいいなぁっと思ってね」

にこにこ顔で言われてしまってはもう何も言えないじゃない。
はぁ、と今日何度目かの溜息をついてガクリと肩を落とす。
この、万年ラブラブ馬鹿夫婦めっ
恨めしく思いながらも用意された朝ごはんを完食。
時計を見ると、いつの間にか30分も時間がたってた。

「準備しなくちゃ」

そう言って立ち上がると、お母さんが近寄って来た。

「これで今日と明日、ご飯食べて頂戴ね?」

そう手渡されたのは1万円。

えっ?こんなに貰えるの?ラッキー♪

「うん、ありがとう。楽しんできてね?」

「お土産楽しみにしててね」

うふふと笑みを浮かべるお母さん。
どう見てもウキウキしてますね?

「それはそうと」

ポンと手を打って私を指差した。

「何?」

「今日出かけるんでしょ?頭、凄い事になってるわよ?」

「えっ?!」

慌てて洗面所に駆け込み、鏡を覗き込む。
お母さんの言う通り、髪は寝癖がガッツリついてた。
何故か毛先が釣り針のように曲がって重力に逆らっている状態。

「もしかして、昨日髪乾かさずに寝たのかな…」

実のところ昨日お風呂入った後の記憶があんまりない。
お風呂上りに恵美と電話してたところまでは覚えてるのだけど…。
もしかして、そのまま寝ちゃったのかな?

軽く息を吐き出して、水道からお湯を出す。
シャンプードレッサー付きの洗面所で良かった。
念入りにブローして、寝癖一つ無い完璧な仕上がりだと自分で満足する。
時計を見ると既に9時を回ったところだった。

「やばいっ」

慌てて自分の部屋へと駆け上がる。
家から最寄り駅まで徒歩10分。まだ十分間に合う。

部屋にまき散らかされた服を上から眺める。
さて、何を着て行ったら良いのやら。

「ん?…先生って…どっちモードで来るんだろ?」

羊なのか狼なのか。
どちらにせよ良く考えたら先生の私服が分らない。
いつもヨレヨレシャツにジーンズ、そして白衣。
羊モードだったら白衣を脱いだだけの格好なのかな?
でもカモフラージュだとかなんだとか言ってたから普段からその格好ってのも何だか違うような気がする。
狼モードだったら?
ラジオをやっている時の先生はスーツだった。
安物では無いと見ただけで分かるような素敵なやつ。

「…困った」

あまりラフな恰好をしていって先生がカチっと決めてたら変だし、逆でも同じ。
どう転んでも見た目が釣り合っていない気がするのに、服装までチグハグだったら泣きそう。

「あー、もう何でこんなに悩まなくちゃいけないのっ」

こんな事している間にもどんどん時間が過ぎていく。
もう悩むのやめよう。そうだ。そうしよう。
とりあえず黒っぽい服を合わせれば少しは大人っぽく見えるかもしれない。

丈が膝より少し上の黒いフレアスカートにキャミソール。その上に水色のボレロカーディガンを合せる。
胸元がちょっと寂しいからお母さんから誕生日に貰ったネックレスを付けてみる。
高3にもなって未だに化粧はしていないから、色付リップを唇に塗った。

「少しは、ましかな…?」

全身鏡に姿を写し、前と後ろを念入りにチェック。
うん。悪くない。

一応初デートな訳だし?
少しは気張っていきたいというのが乙女ってものだよね?

水色で、白い花がワンポイントの小さいバッグにお財布と携帯を詰める。

時計を見ると、9時30分。

少し早いけど遅れて行ったら恐ろしい目に合うに違いない。

「じゃぁお母さん、お父さん行ってくるねー?二人とも気をつけて!」

とリビングに顔を出すと既に二人の姿はない。
他の部屋を見てみたけど同じで。

「出かけるなら一声掛けてくれればいいのに」

またもや溜息をつく。
昨日から何度溜息をついたことか。
これじゃぁいくら幸せがあっても足りない。
踵の低いミュールを履いて、玄関にある鏡で最終チェック。
よし。いざ、出陣!



若干のんびりと歩いて来たおかげで約束の時間まで後10分というところで駅へと到着。
さすがにまだ来ていないよね?と思いつつロータリーを見渡した。
ふとある一点が目に留まる。

もしかして、もしかするとあれ、先生ですか…?

黒っぽいような青っぽいような色した車に凭れるように立っている男性。
深い青のジーンズとシャツ。薄手のジャケットを羽織っている。
狼でもなく羊でもなく。中間といった服装。
それはいいんだけど…

「何だ、あのくそ似合すぎるサングラスは」

似合いすぎて怖いくらいだ。
はっきり言えば普段の私なら絶対お近づきにはならない。

帰って…いいかな…

そう思ったら回れ右。
もと来た道を引き返そうと体を反転させた時。

「かなえ」

対して大きくない声が鼓膜を揺らす。
ビックーンとなって直立不動。

か、かなえって今…言った?

ギギギと音が聞こえてきそうなくらいにぎこちなく振り返った。

やっぱりあれが先生だったんだっ

車から離れこちらに向かってくる。

逃げるなら、今のうち。

そうは思っても体がいうことをきかない。
あれよあれよと言う間に先生が目の前に立っていた。

「あの、おはようございます?」

なんだ、この間抜けなセリフは。
しかも疑問形だし。

「あぁ。おはよう」

そう言いながら、先生は私の頭から足先まで視線を動かした。

もしかして、チェックとかされてたり…

「馬子にも衣装、だな」

ニヤリと口端を上げる。

「なっ…そういう時は、可愛いとか似合ってるとかそう言うのが紳士ってものじゃないですかぁ?!」

仮にも彼女…だよね?…を捕まえてそのセリフはないんじゃない?

「あいにく俺は紳士じゃないんで。行くぞ」

先生は私の頭をポンと叩くと車に向かって歩き出した。

「あっ、待ってくださいよー」

慌てて先生の後を追いかけ、車の助手席へと乗り込んだ。

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