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修二が道を歩いていると、ポケットに入れていた携帯がブルブルと震えた。
取り出して開いて見ると、南絵からのメールが届いていた。

『今どこーー???』

『駅から出て南絵の家に向かっているとこ』

修二は短い返事を打って送信する。

1分も経たないうちにまた携帯が震えた。

『じゃぁ、後もう少しだね (*^▽^*)早く修二君に逢いたいよ〜〜〜vvv』

返ってきた返事を見て修二は笑みを漏らす。

『ケーキ買ったから楽しみにしてて』

またもや短い文で返信する。
どうやら修二はメールを打つのがスキではないらしい。

『やった♪ケーキ♪ケーキ♪修二君、ダッシューー!!!』

『はいはい』

そう返事は返したものの、ケーキの箱を持ってダッシュすれば中がグチャグチャになることは容易に想像がつく。
修二は決して歩調を変えず、のんびりと南絵の家へ向かった。
…といっても、190cmある修二は普通の人に比べたらのんびりとは言えかなり歩くのは速いのだが。





―――――――――ピンポーン

南絵の家に着くと玄関で呼び鈴を押す。

「はい?」

扉から顔を出したのは、予想に反して南絵の父親、和臣だった。

「こんにちは。南絵居ますか?」

訪問者が修二と分かって和臣は露骨に眉間に皺を寄せた。

「南絵ならいない」

居ないはずは無い。先ほどまでメールで遣り取りをしていたのだから。

父親の複雑な心境を察して修二は心の中で苦笑した。

「今日、約束しているんですけど…買い物にでも行ったんですか?」

取りあえず、角が立たないような当り障りない質問をしてみる。

「ぁ…いや、そういう訳じゃないんだが…」

「ぁーーー。修二君♪いらっしゃーいvv」

和臣が躊躇したところに南絵が階段から降りてきた。

ソレを見て和臣はバツが悪そうな顔をする。

「おじさんが気づかない内に帰って来たんですかね。お邪魔しても良いですか?」

修二は和臣に笑みを向けて尋ねた。

「あぁ、どうぞ」

複雑そうな表情のまま修二を招きいれた。

「はい。ケーキ」

廊下に立っている南絵へと箱を手渡す。
廊下と玄関は段差があるが、それでもまだ修二から南絵の頭を見下ろす事が出来た。

「わーい。ありがとう♪今お茶入れるからパパとリビングに居て?パパもケーキ食べるでしょ?甘いものスキだもんねーー」

南絵はニコニコ顔でそう言うと、パタパタとスリッパの音を鳴らしながら行ってしまった。


南絵が行ってしまった後、二人の間に僅かだが沈黙が流れた。

「……取りあえず、上がりたまえ」

沈黙を破ったのは和臣の方。
修二は言葉に従って、靴を脱いでリビングへと歩いて行った。



「はーい。パパのダイスキなナポレオンパイだよー♪」

リビングへ皿に乗せたケーキとティーセットを持ってきた。

まず最初に和臣の前にケーキを置いた。
狙って和臣から置いている訳ではないのだが、修二より先にケーキを出されて和臣の心が浮上する。

父親キラー南絵。

そんな言葉が修二の頭にふと浮かんだ。

「それで、こっちが修二君のチーズケーキ。これが私のストロベリーショコラ♪」

皿をそれぞれの前に並べ終えると、ティーカップに紅茶を入れていく。

「じゃぁ、修二君頂きますっ!」

元気に言う南絵に修二は微笑んで頷いた。



南絵と修二が美味しそうにケーキを食べている中、和臣は一人食べようかどうしようか迷っていた。

ケーキは好きだ。だが、これが修二の買ってきたものである。
食べてしまったらまるで南絵との中を公認するかのようではないか…。

そんな思いが和臣の中を巡っている。
…なんとも大人気ない理由だ。
しかし、娘の父親とはそういうものなのかも知れない。


「パパ?食べないなら私が貰っちゃうよ??」

未だにフォークをつけていない和臣に、既に食べ終えてしまった南絵が声を掛ける。

「ぁ、あぁ……食べるよ?」

手を伸ばして来た南絵に思わず反射的に皿を南絵から遠ざけた。

その様子に修二は表にこそ出さなかったが、心の中で密かに笑いを漏らした。

「南絵。そろそろ上に行くか?数学見て欲しいんだろう?」

「あ、うん。数学の宿題さっぱり分からなくってー」

修二の言葉に南絵は頷いた。

「じゃぁ、パパ。私達は部屋に行くね?」

「あぁ、しっかり勉強しなさい」

修二は和臣に軽く会釈をすると南絵と共にリビングを後にした。





「ねぇー。今日のパパ、何だか変だねー」

修二に数学を見てもらいながらふと南絵は言葉を漏らした。

「まぁ、おじさんにも色々とあるんだろ」

「んーー。良く分かんない」

「南絵には分からなくて良い事だよ」

微笑んで南絵の頭を優しく撫でる。

「そうなの?」

撫でられて嬉しそうに目を細めながら修二の顔を見遣る。

「そうなの。さ、次の問題」

「ぁーーー…うーーー……ねぇ…ベクトルって何で矢印なのーー?」

既に現実逃避を始めたのか、南絵が突拍子も無いことを聞いてきた。

「さぁな。力の向かう方向って事で矢印なんじゃないのか。大体方向を表す時って矢印使うだろ?」

「ぁー。なるほどねぇ…じゃぁねぇ…」

「なーえ?ちゃんと宿題やろうな?」

「だって数学嫌いだもん」

「だから俺が教えてるんだろ?」

「ぅーーーーー」

修二の言葉に恨めしそうに唸る。
その様子に修二は苦笑いする。

「数学の宿題頑張ったら、何かご褒美をあげるよ」

「えっホント??じゃぁ、頑張るーーー」


『ご褒美』と言う言葉に釣られる南絵は実に単純でまだまだお子様だ。










「修二君、今日はありがとね?」

「あぁ。じゃ、明日学校で」

玄関で南絵と言葉を交わすと扉から外へと出ていった。




「修二君、ちょっと待ちなさい」

少し歩いたところで後ろから声を掛けられた。
振り向けば、そこに居たのは和臣だ。

「はい?何ですか」

ゆっくりと近づいてくる和臣に答える。

「よく週末は南絵が泊まりに行っているようだな。君は今一人暮らしだ。高校生にはまだ早いんじゃないか?」

真剣な表情で修二に詰め寄る和臣。

本当に娘の父親の心境というものは複雑だ。さらに南絵は一人っ子だから余計だろう。

「誰かを大切に思う気持ちは早いも遅いもないと思います。俺は、真剣に南絵と付き合っているし、彼女の事を愛していますから」

きっぱりとそう告げられて、何か言おうと口を開いたが、音は発せられる事は無く溜息が漏れた。

「…もう少し控えなさい。君達はまだ大人の監督下にあるのだからね」

和臣の最大限の譲歩に深々と修二は頭を下げた。
自分の可愛い娘を奪っていく男に南絵との交際を認めたのだ。
和臣は修二が思っていたより器の大きな人だった。


「それでは私は失礼するよ。引き止めて悪かったね」

「いえ。こちらこそ、有難うございました」

そう言いあって二人はそれぞれの方向へと歩きだした。





……実際に修二が南絵と結婚する事になったら一度くらいは反対してやろうと和臣が密かに思ったのは和臣だけの秘密だ。


器が大きいのか、そうでないのか。
良く分からない男である。







余談ではあるが、リビングから南絵と修二がいなくなった後、和臣が大好きなナポレオンパイを食べて幸せそうな顔をしていたらしい。



嵐の転校生 ―南絵と修二のクラスに転校生がやってきた。どうやらその転校生、南絵の知り合いのようで…?*

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