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「今日は君達の新しい仲間を紹介する。入りなさい」

呼ばれて教室へと入ってきた転校生は制服を着崩して髪は金に近い茶。
ガラは悪そうだが、顔の創りは上の中といったところだろうか。
人気が出そうな事は間違いなかった。
クラスの女の子もにわかに色めき立っている。

「片瀬嵐君だ。みんな仲良くするように」

「片瀬です。よろしく」

担任に紹介されると、あまり良いとは言えない愛想で、僅かに頭を下げた。

「じゃぁ、席は一番後ろの席だから」

担任が指した場所は南絵の後ろの一席だった。

「あれ、お前谷口南絵だろ?」

自分の席へと向かう途中、嵐は南絵の前で立ち止まりおもむろにそう言った。

「…あぁ。もしかして、小学校一緒だった片瀬君?久し振りだぁ〜」

南絵も思い当たったらしく、ふにゃりとした笑みを向けた。

「決めた。お前、今日から俺と付き合えよ」

転校生、行き成り爆弾投下。
南絵の隣の修二は相変わらず眠そうだ。
『キャー――!』クラスに響く黄色い声。

南絵はにっこりと笑って頷いた。

「うん、いいよ。どこに行くの?あ、この学校広いし案内して欲しいの?迷っちゃうもんネー。私もたまに迷うんだけどねぇ」

『その付き合うじゃないから!!』

ほえっと見当違いの事を言う南絵にクラスメート一同思わず突っ込む。
皆の叫びにキョトンとした表情をしてキョロキョロと回りを見詰める。
気付けば、HRそっちのけで、クラスメイトはジワジワと南絵周辺へと近寄り、すっかり包囲網が出来上がってしまっていた。



「はぁ…だれも連絡事項聞いてくれない…」

すっかりHRそっちのけになってしまった生徒達に担任はトボトボと教室を後にした。



「ハハッ。相変わらずぼけてるな。俺が言いたいのはこういう意味だ」

そう言って嵐は屈みこんで南絵へとキスをした。
もちろん、唇に。

「?!」

南絵は驚いて言葉も出ない。
と言っても声を出そうにも塞がれているのだが…。

流石にクラスメートもこれには驚いたようで、言葉を失った。
そして、誰もが二人の隣に座っている人物へと目を向けた。

そう。塚本修二に。

当の本人はと言えばいまだに眠そうで、瞳が半分しか開いていない。
修二が周りの様子にチラリと隣へと目を向けた。


転校生が殺される!!!


そんな言葉が皆の頭を巡った。


だがしかし、誰も予想していない出来事が起こった。

「何するのよーー!!!」

唇が離れた瞬間、その言葉と共に南絵は嵐を殴ったのだ。
しかも、グーで。

その行動に、修二は口端に小さな笑みを浮かべて喉の奥を鳴らすように笑った。


塚本修二が笑った!!!


微妙に皆ショックを受けたように修二を見詰めた。

「ぅわ〜ん!お嫁に行けなくなったーーー!!!」

南絵は泣きながら、教室から出て行った。
呆然とその後姿を皆見詰めた後、再び修二と嵐へと視線を戻した。

「相変わらず、泣いた顔も可愛いな」

そんな言葉が嵐の口から飛び出し、皆の表情が強張った。
恐る恐る修二へと視線を向けると、相変わらず何を考えているのか分らない表情の修二が立ち上がった。


今度こそ殺される!!!


再び皆の頭にこんな言葉が。


「……」

修二は高い地点から無言で嵐を見下ろした。
怒りを露わにしていない表情は、それはそれで恐ろしいものがあった。

「何だよ?」

170センチもない嵐は190センチの修二に無言で見下ろされ僅かにたじろいだ。
しかし修二は何もする事無く、無言のまま教室から出て行った。

途端に皆の口から安堵の溜息が漏れた。


殺人の瞬間を見なくて済んだ!


そんな気持ちでいっぱいだったのだろう。
騒ぎが終わると皆自分の席に戻り、掃除のために机を後ろに寄せ始めた。

「なんだったんだ?」

一人何も分っていない嵐は、首を傾げながらも自分の机を持ち上げた。

誰も南絵と修二の事を言わないあたり、ある意味無情なクラスメートである。
どうやら皆、最近退屈していたらしい。
こんな面白い出来事をみすみすなくすような事はしたくないのだ。






変わってココは、音楽室や家庭科室などが並ぶ特別棟。誰も居ない理科実験室からすすり泣くような女性の声が聞こえてきた。
理科実験室のある階には他に準備室があるだけで他の教室は使われていなかった。


「ック…ぅえ…太郎君、修二君以外の人にキスされちゃったよぅ…」

泣いているのは言わずと知れた南絵である。
ちなみに、太郎君というのは人体模型。
理科室に良く居る半分しか皮がないあれである。

南絵は『太郎君』に抱きついて泣いているのだ。
端から見たら異様な光景であろう。


「南絵、やっぱりココに居たのか」

修二の声が聞こえて、バっと『太郎君』から顔を上げた。

「修二くぅん…ゴメンネ…他の人に…ッ」

修二の顔を見た途端、更に涙が溢れ出した。
そんな南絵に小さく苦笑を浮かべると、南絵へと近寄ってそっと南絵の唇にキスを落とした。

「…消毒。もう、泣くな?」

南絵はコクコクと頷くが、一度流れ出た涙は止まる事を知らず、どんどんと溢れてくる。修二は屈み込んで南絵を抱き上げると、背中をポンポンと叩いた。
修二の背中に腕を回して肩口に顔を埋めた南絵は、思う存分涙を流し、修二の制服を濡らした。

落ち着いたのか、泣き止んだ南絵は修二と鼻がくっつくほどに顔を近づけた。

「修二君、ありがとう」

にっこり笑うと、チュっと可愛く音を立てて、修二の唇に自分のそれをくっ付けた。

「南絵、今日学校サボるか?」

「うん!」

そう言う修二に、南絵は嬉しそうに頷いた。

「じゃぁ、鞄取ってくるから下駄箱で待ってて?」

「分ったー」

床に下ろされた南絵はそう言うと、玄関へと向かって走って行った。
その後姿を見ながら、修二はのんびりと教室へと向かって歩き出した。




「―――――この時の私の心情はどうだったと推測出来るでしょうか…えぇと、出席番号17番…」

教室では既に1限目が始まっていた。

修二は躊躇すること無く教室の扉を開けると、自分の席へと戻っていった。
無言で自分と南絵の鞄を持つと、教鞭を振るっている教師へと視線を向けた。

「先生、南絵は調子が悪いので早退します。俺はその付き添いなんで」

「あ、あぁ。分った。担任には言っておこう」

教師は面食らったように頷いた。
何時も以上に言葉を発する修二に、クラスメートも驚いたようだった。

修二はそれだけ言うと、教室から出て行った。
正確に言えば、出て行こうと思ったが「おい」という言葉のために足を止めた。

ゆっくりと振り返ると声を発した人物、嵐へと視線をやった。
見ると嵐は挑発するかのような目で修二を睨みつけていた。

「南絵はどうした?何でお前が付き添いなんだよ」

本日二度目の爆弾投下(?)

「南絵?…誰かさんのお陰で体調が悪くなったみたいだな」

すっかり目が覚めたのか、修二は学校では珍しく笑みを浮かべた。
ただ、笑っているのは口元だけで目は笑っていなかったが。

「誰かさんて、お前か?」

嵐は分っていながらもそう言葉を返した。
修二は、それには答えず、口元の笑みを更に深くした。

「何で俺が付き添いかって言うと、俺が南絵の恋人だから、だな。ついでに言うと、南絵の両親は共働きなんでね」

それだけ言うと、修二は踵を返して教室から出て行った。
今度は嵐の呼ぶ声にも耳をかさずに。





「南絵、お待たせ」

玄関で待つ南絵の元へと来ると、修二はさっきとは打って変わって優しい笑みを向けた。

「あ、修二君〜」

南絵も嬉しそうに笑顔を向けた。

「とりあえず、ウチでいい?近いし」

「うん」

二人は修二の家へと向かって肩を並べて歩きだした。






『転校生、塚本修二と一触即発?!』

こんな噂が昼休みには校内を巡っていた。

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