【1】満員電車 BACK | INDEX | NEXT |
(満員電車はやっぱり慣れないなぁ……。この街に引っ越してきてもう三ヶ月も経つのに。 なんでこの街ってこんなに人が沢山いるのかなぁ。) ひなたは満員電車の中ドアと人に押しつぶされそうになりながら小さくため息をついた。 ひなたの身長は150センチ。満員電車の中では自分の体が埋もれてしまう。息苦しいし、電車が揺れたりすると顔が潰されそうになるのだ。 ひなたが引っ越してきたのは三ヶ月前。父親の仕事の都合で田舎から都会へとやってきた。 最初はどこに行ってもあふれ返っている人・人・人…それにはかなり驚いたものだ。 (どうして家の近くの高校を受験しなかったんだろう。そうすれば、この満員電車に乗らなくてもすんだのになぁ…。) 本日二度目のため息をついた時、電車がカーブのためひなたの方へと傾いた。それにつられて傾く乗客。 (―――!!潰されるっ) ひなたは次に来る衝撃を想像して思わずギュっと目を瞑って身体を硬くした。 しかし、覚悟していた衝撃はいつまでたってもやってこなかった。恐る恐る目を開けてみると目の前には灰色の制服が。 だんだんと目線を上にあげていく。 (あ、この制服…同じ学校の人だ…) そう思った後ひなたは気づいた。来なかった衝撃、目の前にいる人とひなたの間にあるわずかな空間、そして自分の頭の上で扉に手をついているということ。 (もしかして…この人が支えてくれたの…?) そう思ったひなたはさらに視線を上げて目の前の人物の顔へとやった。 180センチ以上あるだろうか。顔を見上げただけでかなり首が痛くなった。 「あ、あの…ありがとうございました。おかげで潰されずにすみました」 そう言葉をかけると灰色の瞳が見下ろしてきた。 (わ、わ…目が灰色だぁ…カラコンかなぁ…それに髪は赤くて、耳にはピアスしてる…。何か、バンドとかやってるのかな…??) 「別に。偶然そうなっただけだ」 「それでも、私が潰されずにすんだのは貴方のおかげです。ありがとうございました」 ひなたがそう言いにっこりと笑みを向けたのと同時に電車がホームへと滑り込み扉が開いた。 外へと出る人に押されひなたも電車を降りた。 「あ、あれ??さっきの人は??」 人波にもたついているうちに見失ってしまったらしい。きょろきょろとあたりを見渡すと目的の人物は既に階段を登り始めているところだった。 この人ごみではとても追いつけそうにない。同じ学校だしまた会えるだろうとひなたは思い直し学校へと向かった。 「ひなた、おはよう」 校門に差し掛かったところで後ろから声を掛けられた。 「あ、葵ちゃん。おはよ〜」 ひなたは声を掛けてきたた人物にほわんとした笑みを向けた。 「今日も愛いやつよのう」 葵はニヤリとした笑みを浮かべてひなたに抱きついた。 「何言ってるんだか〜。葵ちゃんの方が美人さ〜んvv」 笑いながらひなたも抱き返した。 この学校に転校してきて以来大の仲良しとなったこの人物――坂下葵は大和撫子と言っても過言ではないくらい見目麗しい容姿をしていた。 そう、容姿だけは。中身は大和撫子とは程遠いと男達が嘆いているとかいないとか。 「そういえば、葵ちゃん。聞きたいことがあるんだけど」 昼休みの屋上でビニールシートの上で二人はひなたの作ったお弁当を食べていた。 「ん?なぁに?…あ、このえのきのベーコン巻き美味しい」 「アリガト♪…んとね、この学校に髪の毛が赤くって眼が灰色の人っている??」 「あぁ、中之条海斗ね。同じ学年だけど校舎が違うからひなたはまだ会ったことないんじゃない?」 葵はお弁当を食べ終え、デザートのプリンに手を伸ばす。 「うん。学校じゃ会ったことないんだけど…今朝電車で見かけたの。ちょっと気になったから聞いてみた」 えへへ。とちょっと照れたように言うひなたに葵は思わずプリンを落としそうになった。 「何?ひなた。もしかしてアイツの毒牙にやられちゃったの?!駄目よあいつは。来るもの拒まず去るもの追わず。 他人にはまったく興味を持ってないのにあの容姿につられて女が寄ってくるもんだからって手をだしては捨ててる極悪人なんだからね」 葵のあまりの剣幕にひなたは眼をぱちくりさせた。 「やだなぁ葵ちゃん。毒牙だなんて。ああいう姿してるからバンドか何かやってるのかなぁって思ったの。前の町ではピアノと声楽やってたし音楽が好きだからちょっと興味あっただけだよ?」 にっこりと笑みを浮かべて首を傾げた。 (んー…何となく今朝の事言えない感じだなぁ。でも今言った理由は本当だし……まぁ、いっか。) 「そう。そういうのならいいんだけど…。確かに海斗はバンドやってるわね。『LUNA』って言うんだけど…ここら辺じゃ結構人気あるわよ。私も行った事あるけど、結構いい曲だったわ。作ってるのは海斗じゃないけどね。まぁ、海斗にあんな曲が作れるとは思わないけど」 「いい曲なんだぁ…私も行ってみたいなぁ…」 興味を持ってしまったひなたに、僅かに『しまった』というような顔をした。すぐに表情が戻ったのでひなたが気づく事はなかったが。 「じゃぁ、今週の土曜日行ってみる?ちょうどライブハウスでやるみたいだから」 ひなたは思ったら一直線というところがあった。行きたいと思ったら本人に話し掛けてまでライブに行こうとするだろう。 出会ってから三ヶ月だか既にそれを分かっている葵は、それだけは阻止せねばと先手を打ったのだった。 「え?ホント??行きた〜い♪」 嬉しそうなひなたに、葵はこっそりと溜息をついた。 「チケットは手に入れておくわね。さ、そろそろ教室に戻ろう?」 「うん、ありがと〜。楽しみだなぁ〜」 お弁当箱とビニールシートをトートバッグの中に仕舞い立ち上がった。 嬉しそうな表情のまま階段に続く扉へと歩いていくその足取りは、スキップでもしそうなくらい軽かった。 「…興味ってだけで終わってくれたら良いんだけど…」 後ろからその様子を見ていた葵の呟きは、誰に聞かれることもなく風に流れていった。 |