【7】 BACK | INDEX | NEXT
朝ごはんを食べた後、雷焔に連れられて来たのは、いつもの図書室ではなくて訓練所と呼ばれるところ。
普段は兵士が鍛錬をしているけれど、今日は特別に私一人だけらしい。
そんでもて、ここは昨日迷い込んで来ちゃった場所で、目の前にいる赤髪の男性は昨日ココで雷焔と一緒に剣の打ち合いをしていた人で、つまり私とばっちり目が合っちゃった人な訳で。

「フィーア、こっちは時雨。今日フィーアに剣術を教えてくれる先生」

雷焔がその赤髪の男の人を紹介してくれて、それに対して頭を下げる。

「あ、フィーアです。よろしくお願いします」

「おぅ。コチラこそ」

時雨さんは、ニっと笑みを向けた後、意味深に目を細めたのだった。
うー。昨日のこと、何か言われるのかな?
出来れば黙ってて欲しいんだけどな。

「じゃぁ、俺は今日一日別の仕事で居ないけど、しっかり時雨に教わるんだぞ?」

「あ、うん。分かった」

そっか、雷焔は居なくなっちゃうのか…。
時雨さんに剣術を教わるって…何で?魔王を封印する術すらまだ完璧ではないのに。
私が微妙な表情してたのか、雷焔はクって喉を鳴らした。

「今、何で剣の使い方なんて教わるんだって顔したろ?確かに、魔導師だから剣が使えなくったって…って思うかもしれないけど、もし、戦っている途中で魔力が途切れたらどうやって戦うんだ?味方が戦っているのに放り出して逃げるか?それも、まぁ人それぞれの考え方があるだろうけど。俺は、なるべく魔力を温存して本当に必要な時に使えるようにしたいんだよ。必要な時に役にたってこその魔導師だろ。それに、剣の訓練て体力も集中力もつくから一石二鳥だしな」

「はぁ…なるほどねぇ…」

今度は納得した顔で頷いたので、雷焔もにっこりと笑みを浮かべて頷いた。
そっか。雷焔が魔術だけじゃなくて剣術にも精通しているのはそういう理由があったからなんだ。
雷焔て凄いんだって改めて思った。実力もそうだけど、その考え方も。
自分の事だけじゃなくて、他の人の事もちゃんと考えているんだ。
やっぱり、雷焔て優しい人なんだ…もぅ、ますます好きになっちゃうじゃない。
どうしてくれるの?


「んじゃ、頑張れよ」

「うん」

ヒラヒラと手を振って、雷焔は訓練所から出て行った。

「さて。フィーアちゃん?」

「はい?」

雷焔が居なくなった後、扉から私に視線を戻して時雨さんが目を細めた。

「何で、昨日目が合ったら逃げたんだ?別に、悪いことしてた訳じゃねぇんだろ?」

やっぱり…昨日の事覚えてたのね。
何か、あまり騎士っぽくないなぁ、特に口調とか。

「あ、はい。……何となく、見ちゃいけないものを見たような気がして」

「ははっ。フィーアちゃんは優しいんだな。確かに、あの場面でフィーアちゃんが入ってきたら雷焔も微妙だったろうな。自分が訓練してる姿なんて見られたくねぇだろうし」

私も、同意するように頷いた。

「ところでさ、雷焔なんてやめて俺と付きあわねぇ?」

「は?」

いきなり何言い出すの?
ほんっと。この時代の人って突拍子もないっていうか、話の展開が早いって言うか。
ここから500年、時代が流れるだけで人は変わるものなのね……。

「雷焔の事が好きなんだろ?まだ付き合ってるって訳じゃなさそうだし。女とっかえひっかえやってる奴じゃなくて、俺にしておけば?」

自分の気持ち、指摘されて思わず顔が赤くなってしまう。

「え、遠慮しておきます」

慌ててお断りする。
だって、会ってから数秒で口説こうとするなんて雷焔以上にプレイボーイじゃない。

「そ?ふーん……今までの奴らとは違うわけか。他の女は、雷焔がダメとなると俺のほうに飛びついてくるんだがな」

やっぱり!
かなりのプレイボーイなんじゃない!!
しかも、すっごく自信過剰。
確かにね?時雨さんてかっこいい人だと思うよ。
ちょっとワイルドな感じで、自分に自信持ってて。
そういう人に惹かれる女性って多いと思う。
でも私は無理。
もぅ……今日一日不安なんだけど……。

「さって、んなことは置いといて。早速始めるか」

うわ〜。なんて話題変換の早さ。
私としてはもう、直ぐにでもこの話題は終りにして早く訓練に入りたかったからいいんだけど…。
それに、自分で言っておいてんなことって何よ…。
急に真剣な顔つきになった時雨さんを見て、文句は言えなかったけど…、どうなの、これ。
いろんな意味で付いていけるか、微妙になってきた…。

「じゃぁ、まずは武器選びからな」

「はい」

先生の顔をして時雨さんが言うのに頷いて、武器庫まで時雨さんの後ろについて行った。





「フィーアちゃんの体格から言えば、持ちやすくて軽いレイピアとかちょっと細めの片手剣とかだな」

そう言いながら、幾つか剣を取り出していく。

「は、はぁ…」

「はぁ。じゃなくて。とりあえず、柄を握ってみたりちょっと振ってみたりしてやり易いもの選んでみ」

そう言われて、慌てて渡された物を握ったり振ってみたりする。
これは、ちょっと重たい…?これは、ちょっと軽すぎる…かな?
これは…太くて握りにくいし……。
武器庫の中にある目ぼしいものをどんどんと試していく。
うーん…どれがいいのか良く分からない。
悩みながらも室内を見渡していると、隅っこの方にある細身の剣が目に入り、それを取り上げてみる。
お、これは…中々、イイ………かも?
それを何度も振っていると、後ろから声がかかり振り返った。

「どうよ?イイ感じのはあったか?」

「えぇっと……これ。かな」

選んだのはレイピアよりも若干太め。
長さは私の身長の3分の1くらい。
何の飾り気もない、至ってシンプルなもの。

「なるほどな。見習いでも、流石魔導士ってところか」

「え?どういうことですか?」

「それはな、普通の剣としても使えるけど、魔力を込めれば魔法剣にもなる優れものだ。敵の属性に合わせて火や水とか色んな属性に変化させられる。まぁ、それは追々……つか、フィーアちゃんの魔力の量がもっと増えてからの話だな」

「はぁ…なるほど」


何気に痛いところついてくるわね。時雨さん。
もー、泣いちゃうぞ?


「んじゃ、武器選びも済んだし。まずは訓練所100周走るぞ」

「えぇっ!ひゃ、100周〜〜〜!!」

「苦情は一切うけつけねぇから。体力つけるんだろ?だったらつべこべ言わずに走る!俺も一緒に走るし、ペースは自分の好きなようにすればいい。ただし、昼飯までには走りきれよな」

「はっ、はいっっ!」

時雨さんの迫力に押されるように、武器庫から飛び出した。

雷焔以上のスパルタ先生らしいです。
もぅ〜〜〜。おばぁちゃん、ちょっと恨んでいいですか?





「はぁ…はぁっ…」

あ、後…一周……っ…。

最初の走り出しは順調だったものの、段々ペースが落ちてきて、今じゃ歩いた方が速いんじゃないかってくらいのペースになってきてしまっている。
普段、いかに運動してないかって言うのがバレバレ。

「ほら。フィーアちゃん。後一周!」

隣では時雨さんが涼しい顔をしながら足踏みするように、私を急かしている。
ほんっと、この人タフだよー。
幾ら騎士だからって、私のペースが遅いからって、汗一つかいてないってどういう事?
この広い訓練場をもう99週もしてるんだよ?
私は大分ふらついてきた足に叱咤をして、最後の気力を振り絞る。

ぁー……後、少し……。

「フィーアちゃん、あと少し。終わったら、歩いて一周すること」

「っ……はぁ…はぁ…」

一周歩くの?って抗議したいけど、喉が乾いて、胸も苦しくて言葉にならない。
恨めしい視線だけ時雨さんに送る。

「そんな視線送ったってダメ。つか、行き成り止まったら心臓に悪いんだよ。一周歩いて、身体と心臓を落ち着かせんの。分かった?」

あぁ、そういうことか…。
力なく了承の意を表すようにヒラっと手を振る。
100周終えると、無言のままゆっくりと歩き出した。

「ぉーっし。終了!フィーアちゃん、お疲れさん」

…ぁ…もぅ、終りか。
時雨さんの言葉に、一周歩いたんだと理解する。
その場にしゃがみ込もうとして………。



そのまま、私の意識は真っ暗になった。











「フィーア、久し振りだね?」

「お、おばぁ…ちゃん?」

目を開けると、そこには昔のままの変わらない姿をしたおばぁちゃんが居た。

「フィーア。すまないね。大変な役目を押し付けてしまって」

ふわりと、優しい香りが鼻腔を擽る。
あぁ、今おばぁちゃんに抱き締められているんだ。

「ううん。私なら大丈夫だよ。…だって、本当なら会えるはずのない人達に会えたの。凄く素敵な事だよ」

「あぁ、フィーアは優しい子だね」

そっと、額にキスをしてくれる。

「いいかい。フィーア。誰であろうと、何があろうと、憎んではいけないよ?そう。例え相手が魔王であっても」

「え?どういうこと?」

「憎しみからは、何も生まれやしないんだよ。後に残るのは虚しさだけ」

「……うん。分かった……」

「いい子だね。さぁ、もうお行き。フィーアを待っている人が居る」

「えっ…おばぁちゃんともっと一緒に居たいよ!」

そう叫ぶのに、段々とおばぁちゃんの姿が遠ざかっていく。
どんなに追いかけても、おばぁちゃんの姿が小さくなっていく。


――――――――いいかい?フィーア。自分に正直におなり。後悔のする事のないように。女の子は、素直なのが一番さ。



おばぁちゃん。待って!フィーを置いて行かないで!











目を開けると、白い天井だった。
………ここは………?
ゆっくりと辺りを視線だけで伺う。
来たことの、ない場所…。

「お。気がついたか?」

声に顔を向けると、雷焔と時雨さんが座って私を見ていた。
瞬きをゆっくりとして、どうしてこんな場所に居るのか考えてみるが思い出せない。

「あれ…私…?」

「走り終わって、気絶しちまったんだよ」

「ぁ、そうなんだ……」

さっきのは…夢、だったの……?
あれ…どんな夢だったんだっけ…思い出せない…。
とても、懐かしくて、暖かい夢だった気がする……。

「それにしても、よく頑張ったな。半分も走らないうちに音を上げると思ったんだがな」

時雨さんが優しい色をした瞳で、私の頭を撫でる。

「結構、根性あるな」

雷焔も、とても優しい表情をしている。

「えっと…?何で、雷焔が此処に?…お仕事は?」

「今はもう夕方だぜ?もう、仕事も終わったよ」

「え、ゆう……がた?」

窓に目をやれば、空は赤くなっていて日が沈んで行く事を伝えている。

私、半日近くも気を失ってたって事?

「フィーア、起きれるか?」

「あ、うん。大丈夫」

頷いて、起き上がる。
頭もくらくらしないし大丈夫。とりあえず上半身だけを起こして彼らを見ると、椅子に座っていた時雨さんが立ち上がって、私の頭を撫でた。

「こんな時間だし、訓練の続きはまた今度な。じゃ、フィーアちゃん。しっかり飯食ってちゃんと寝ろよ?」

そう言って、時雨さんは部屋から出て行き、その背中を見送る。

「じゃぁ、俺たちも行くか?」

どうもここは医務室らしい。
部屋には薬品棚とかがあって、意識して匂いを嗅ぐと薬の匂いもする。
頷いて、ベッドから足を下ろして立ち上がるものの、ガクガク膝が震えて上手く立てない。
100周も走ったのだもの、足が疲労してて当然だろう。

「何だ?フィーア、立てないのか?」

「う、うん。足がガクガクしちゃって…」

「しかたねぇな。運動不足だからそうなるんだぞ?」

「そんな事言ったって……キャッ!」

視界が急に動いて、思わず声を上げる。

「わっ…ら、雷焔!!降ろしてっ。自分で歩けるよーーー」

そう、雷焔は私を抱き上げたのだ。
いわゆる、お姫様抱っこってヤツ。
恥ずかしくって、顔に血液が集中していく。
これで二回目な訳だけど、恥ずかしいものは恥ずかしい。

「遠慮するな。それに、医務室は緊急以外は夕方までしか開いてないんだ。フィーアが歩けるの待ってたら、先生に迷惑だろ?」

「えっ、でもっ…重い…でしょ?」

雷焔の顔が至近距離にあって、直視できずに思わず下を向く。
あの時は靴履いてなかったし仕方なかったっていうか、突然だったからパニクってたというか…。
つまりは、今、すっごい恥ずかしいのよ。

「馬ァ鹿。フィーアぐらいどうってことない。むしろ、痩せすぎなんじゃないか?ほら。しっかりつかまれ」

「えっ。しっかりって……」

「首に腕、回せよ」

えぇぇーー!!そんなの、無理!!
首に腕回すなんて!!恥ずかしすぎる!
雷焔の顔を直視できないまま、胸元の服を掴む。
雷焔は小さく息を吐くと、ゆっくりと歩き出した。

「って、雷焔、今足でドアあけた?」

「両手塞がっててどうやって手で開けるんだよ?」

「や、確かにそうなんだけど……」

言えば私が開けたのに。




私の部屋に帰るまでの道のり、色んな人にジロジロ見られた。
特に女性から、キツイ視線を浴びせられて結構辛かった。
それはそうだろうと思う。だって、雷焔に抱き上げられているんだもん。
もぅ…目立つなって言ったの雷焔なのに…これじゃ目立つなって方が無理があるんじゃない?




「あぁ、そうだ。明日の訓練は休みだから」

私を部屋に連れてきて、ベッドに降ろした後、部屋から出る時に雷焔がそう言った。

「え?何で??」

「明日は外に出るから。朝、着替えて待ってて」

「あ、うん。分かった」


私が頷くと、雷焔も時雨さんみたいに私の頭を撫でて出て行った。


あれ…外に出るって……。
うそっ!もしかして、デート?!
あ、でも勘違いだったら凄い恥ずかしいな…
でもでもっ
デートだったらどうしよう。可愛い格好したほうが良いかな?
動きやすい格好の方がいいのかな???
結局、服の事考えたり、明日の事を考えると興奮しちゃってすっかり夜ご飯を食べるのを忘れてしまった。
今日一日、朝ごはんしか食べてなくって、悲鳴を上げるお腹を無視して眠りにつく事になったのだった。

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