orange calcite


好きな人に出会えた事。
好きな人に愛された事。

ずっと一緒にいたくって……そばにいてほしくって。
何度も肌を重ねてるのに……何かが満たされなくって。

そして……プロポーズ。

だけど……どことなく不安になる。

こんなに幸せなのに……どうしてなの?



「………ん」
「あ、起きた?」
その声に寝ぼけていた思考が覚醒する。
そっと目を開けてみると……幸せそうな笑顔で見ている愛しい人。
「……ひょっとして……寝てた?」
「うん、久しぶりだったからじゃない?」
さらっと言ってくれた言葉が、あたしにはさらっと流せなかった……。
「いや、だから……あ、のね……咲人(さきと)……」
「うろたえてるね、逢夢(あみ)」
わかってるのなら言わないで〜!


ここはあたしの住んでいるマンション。
その一室でお互いシーツに包まりながら話す。
とはいっても……あたしはシーツと咲人の両方に包まってるけど。
「でも……少しずつ準備出来てるみたいだな」
視線を部屋の片隅に移しながら感慨深げに言う咲人。
「うん。だって、もう少しだから」
あたしも視線を咲人と同じ場所に移しながら言葉を紡いだ。


部屋の片隅には甘い雰囲気に似つかわしくないダンボールが積み上げてある。
そこには時期的に着ない服や、季節品など。
ここのマンションを今月いっぱいで引き払うからなんだけどね。
こうやって、あたしの部屋でシーツに埋もれながら話すのも、あと何回なんだろ?
次の住居も決まってるしね。


彼……咲人と結婚するから。


大学時代に出会って、友達から恋人になり……。
そして、恋人から夫婦となろうとするこの時期。

あたしも寿退職する事が決まってるから、会社絡みの引継ぎがあったり。
咲人と時間を調整しながら新しい新居を決めたりもした。
お互いの親への挨拶も済ましたし。
それに挙式の準備もあったりと……毎日が一瞬で駆け抜けていった。
だから、今日は久しぶりに咲人と一緒に過ごせる日。


玄関で咲人を出迎えて、甘いキスを1つ。
一緒にお昼を食べて、結婚式に関するパンフレットを見る。
それから……なんとなく、くっ付きたくなって……。
だけど……どことなく不安なのはどうしてなんだろ?
あんなにいっぱい抱きしめあったのに。
お互いの温もりを伝え合ったのに。
なんで、こんな時にも不安に襲われるんだろ?
帰る身支度をする咲人をベッドの中から見ながら……不安を考える。

「じゃ……帰るけど、今度の土曜に来るからな」
「うん、美味しい夕食作るからね」
靴を履き、笑顔でそう言う咲人に笑顔で応える。
ぎゅっと繋いでいた手を解き、唇に温もりを残して彼は扉の向こうに消えていった。


「……はぁ」
身に纏っていたシーツのまま、またベッドにダイブする。
今もベッドに残る咲人の残り香、温もり。
それを精一杯吸い込み……。
「……はぁ」
また溜息となって体から出ていった。

不安……何に対して不安なのかってのは、つい最近わかってきた。
結婚を決めた時は、色々とバタバタしてゆとりがなかった。
だけど……こうやって不意に時間が余ると……その度に込み上げてくる不安。


『恋人のあたしは良くても……妻のあたしはどうなんだろ?』


そればっかりが頭の中を駆け巡っていく。
友達から恋人になる時はこんな事思わなかったのに……。
恋人から夫婦となる今……そればっかりが不安として心を蝕んでいく。
一緒にいられる事への幸せと期待感。
そして……一緒にいるからこその不安と戸惑い。

これが俗に言う……マリッジブルー?



咲人が来る土曜日。
いそいそとご飯支度をする……けど、何かする度に手が止まる。

今も……不安は拭えなかった。
咲人が望む『奥さん』って何だろ?
咲人が望む『奥さん』になれるんだろうか?

そもそも……『奥さん』って何?

…………混乱中。

小さい頃は、ウェディングドレスを着て……なんて夢見てた。
そして、今実際にそれが叶おうとしてる。
なのにも関わらず……こんなにも幸せだけを実感出来ないのはどうしてなんだろ……。



「逢夢〜?」
「えっ?!」
猫が飛び跳ねるかのように、体をビクッとさせたあたし。
慌てて声のした方向を見たら……ネクタイを緩めながら、今にも吹き零れそうなお鍋の火を消す咲人が視界に映った。
「ちょ、いつの間に?」
「チャイム鳴らしても反応無いし……で、鍋は吹き零れそうになってるしで……」
その言葉にハッとしてお鍋の中身を確認する。
…………お芋が幾分小さくなってる気がするけど……大丈夫。
「料理得意な逢夢がめずらしいな……疲れてる?」
小皿で味見をしてた時、後ろから腰に手をまわすように抱きしめられる。
「なんで?」
「ここんトコ、悩んでたっぽいから」

ガバッと勢いよく振り返る……と、咲人が全てをわかってましたと言わんばかりの笑顔で見ていた。
「言っとくけど……オレは逢夢がいいんだからな」
ちょこんと、あたしの肩に顎を乗せて話す咲人。
一言一句あたしに言い聞かせるように話し、その度にあたしを抱きしめる腕の強さが強くなっていく。
「逢夢は?」
「え?」
「逢夢はオレが旦那でいいのか? 夫でいいのか?」
くるっと、あたしを咲人の方に向き直らせ……視線を合わせる。
その瞳には……少しの不安を漂わせて。


「あたしは咲人がいいの! 咲人じゃなきゃイヤなの!」
ぎゅっとネクタイを外しただけのワイシャツを掴み力説する。
「恋人も旦那さまも……咲人じゃなきゃイヤ!」
言い切ると同時に、咲人の胸に顔を埋める。

咲人が不安に思ってたなんて……。
あたしは咲人としかイヤなのに。
付き合う事だって、結婚だって……咲人だからなのに。
咲人の不安に気付けなかったって事と、どうすればこの想いが伝わるのかがわからなくって……。
瞳を潤わせていく涙を止められなかった。


「なら……逢夢もわかるだろ?」
顎に指を絡ませ、上を向かせられる。
滲んだ視界に、咲人の優しい微笑みが映った。
「オレは恋人や奥さんが欲しいんじゃないんだから」
チュッと唇に温もりを残し、頭を撫でられる。
「逢夢だから欲しいんだから……ね」



本質が見えてなかったのかもしれない。
結婚なんて、一緒にいる為の手段であって……。
一番大事なのは、お互いの心。

それが一番大事だったんだね……。


オレンジカルサイト……情緒不安に陥ったとき、心を穏やかにして恐れや不安から解き放ち幸福感を高める。