白衣+眼鏡=天使?悪魔


―――ふわふわ浮かんでいる雲を見上げながら、立ち上っていく白い煙。
実際初めて吸ったときは、肺の中に落ちて咽てかなり苦しかったけど、
それでもやめられないのは、きっとこれが「麻薬」だから。

体に悪いって解ってる。
今の私の体に、まったくもって合わないってことも解ってる。



…それでも吸っちまうんだよなぁ…。



解ってて吸うやつが私なら、私みたいな思考回路を持ってるやつなんて、
この世にゴマンといるわけで。
どこにいて、どこで生きてようか私がタバコ吸ったって、別に誰も嫌にならないし、
ちょーっとキスがヤニ臭いってだけで、我慢してくれればいいだけの問題だし。

「はぁ。……かったりーぃ」

長く伸ばした黒髪。
真っ黒なマニキュア。
穿き慣らした短いスカートに、そろそろ着収めに…なるであろうYシャツブレザーの組み合わせ。
日常で交わされる会話がつまらなくて、勉強も面倒くさくなって、
なんもかんもめんどっちぃー、とか思ったのが運の尽き。

気付いたらクラスで浮いてて、根っからの不真面目根性出てたのか、
クラスメイトや教師からは「不良」のレッテルを貼られていた。



ま、別にいいんだけどね。
だって、不良だし。
おかげで変な男に付きまとわれることもなくなったし。
全然へっちゃら〜。



――――ぷかー。



もう一度、深く煙を吸い込んで、気持ちよく流れている雲に吹き付けるように吐いた。
先ほどと同じように煙は空に吸い込まれていく。


その様子をぼーっと眺めていた 仲西あかね の耳に、四時間目が終了するチャイムの音が聞こえた。
聞きながら忌々しげに舌打ちし、かったるそうに上半身を起こした。
手に持っていたタバコは、携帯灰皿の中に乱暴に突っ込み体を伸ばすために両腕を空に上げる。
寝ながらタバコを吸うと、変にまどろむ。そのまどろんだ気持ちが、背筋を伸ばすことによって、
多少は抑えることができた。

「はぁ」

つまらない感情を少し端に置いて立ち上がったあかねは、思い切り両腕を伸ばした。
見渡すと体育の授業が終わった後輩たちが和気藹々と、校舎の中へ駆けて行くのが見える。
自分もそろそろ行かなければならないかもしれない、ひっそりと授業への焦りを感じたあかねは、
屋上のドアの上にあるちょっとしたスペースから、降りた。
身長が170センチある分、そこそこ高い場所から飛び降りても、あかねは体をいためることはない。
もともと運動神経が良い分、高い場所から降りたくらいで怪我なんてしないように、
人間の体はできているのだ。

「さぁって、くそつまらない授業でも聞きに行きますか…」

心底つまらなそうに呟いて、あかねはすらりと伸びた指を、屋上のドアにかけた。




「――――っだぁぁあああっ」


やーっぱりつまんなかった…!


机に突っ伏すように上半身を机にへばりつかせた。
もともと一回は同じ授業を聞いている分、彼女の授業への飽きは早かった。
そのため、授業を聞きながら別のことを考えてみたり、ノートに落書きなんかしてみる。
実に不真面目な生徒の見本になっていた。

「………」

大きな声を出していたのか、あかねから数歩離れたドーナツ状の距離に
クラスメイトたちが楽しそうに話をしている。
まるで自分なんかいないようだ。
無機質に楽しい笑い声が響いても、自分に向けられる「優しさ」なんてこれっぽっちもなかった。
みんな、自分が可愛くて、自分がいかいに良い大学に行くか、しか考えてないやつらなんだ。
クラスにいても「孤独」を感じるのは、周りから壁を立てられてるから。
まるでベルリンの壁だ。資本主義と、民主主義。
自由に憧れながらも、「自由」になろうとしないクラスメイトと、
自分に素直に自分自身楽になるために「自由」を振りかざしてるあかね。

そう考えると、実にこの関係が滑稽に思えた。

あかねがクラスでこっそり、周りに見られないように笑っていると、
軽快な音楽に乗って全校放送が響き渡る。


「―――2年4組 仲西あかね、2年4組 仲西あかね。至急、職員室の小田のところまで来なさい」


―――担任だ。
…あいつ、かなりうざいんだよなぁ…、かったりぃ。


かったるい体を起こすように立ち上がる。
放送が終わってから、とどまることを知らない「ひそひそ話し」。
どうせ自分の事で優越感を浸ってるやつらのやっかみだ。
しかし、ひそひそしているだけで自分に直接言ってこないのだけは、めちゃくちゃ腹が立った。
ひそひそと、聞こえるように話すぐらいなら、タイマンで文句のひとつでも言ってみろ、と思う。

「……」

とりあえず、小田ンとこに行って、………いつもの場所でフケるか…。
頭をぽりぽりかきながら、とりあえずうざったい教室を出て職員室に向かった。


―――そもそも、あかねは学校での集団生活でほんの少し「違った個性」を見せびらかしただけだ。
そりゃ、タバコなんてものは法律上成人にならなきゃ駄目、だと記されているけど、
それをちゃんと守ってる高校生が世の中にどれだけいるのか、
っていうのを考えてみろよ教育委員会、と思う。
それなのに、こうして周りの生徒から「異質」な目で見られるのはあかねの本意に反する。

吸ってる奴は吸ってるんだし。
公で吸ってる自分だけが罰せられるってのも、おかしな話だ。
隠れて吸うのも良いけど、自分が好きなときに吸っちゃいけないっていうのか?
他の奴らだって隠れて吸ってるし、自分みたいに授業だって聞いてない奴はたくさんいるのに、
どうして自分だけが罰せられる?

しかし、教師はそんなあかねの話に耳を傾けようとはしないし、
自分を外見から「不良」だと決め付けていた。
そういう差別が反吐が出るくらいに嫌なあかねは、
諦めたように教師のお小言を聞き流していた。大抵の教師はこうしていれば気がすむ。

それを熟知している自分も自分なんだけど。

と、密かに自分に突っ込みを入れるあたり、ヤニみたいな気持ちが胸中に広がった。
職員室を出て、お昼ご飯も適当に済まして、あかねはまた屋上にいた。
いつもの場所でいつものように寝転がる。
それでも心にぽっかり穴が空いて。
むなしい気持ちが心の中心を食べちゃったみたいだ。
タバコを吸っても楽しくないし、空を眺めても何も感じない。
まるで麻痺したように過ぎ去る時間がとてもくだらなくなってきた。

「………行こうかな」

ぽつり、出てきた一言。
会いたい、と思った。

こういうときは、「会いたい人」に会いに行く。
それが、あかね流の「自分の慰め方」だった。










「―――これはこれは、酷くやったものですね…」

ドアの向こうから聞こえるのは、明るくて丁寧な言葉遣いをしている男の声。
そのまま無遠慮にドアを開けて、中に入る。すると、そこには気弱そうな男子生徒が、
膝小僧にある血を泣きそうな顔で見ながら、保健医の治療の手を見ていた。
相当痛いんだろう、あかねが入ってきたのが解ったのは保健医だけだった。
目が合って、眼鏡の奥にある瞳だけ微笑ませた保健医は、また泣きそうになっている男子生徒を見る。

「はい、大丈夫ですよ。グラウンドに戻って体動かしても平気です」

にっこり、不安そうな彼の「気持ち」を取り除くように笑った。
男子生徒も嬉しそうに笑って、楽しそうにサッカーしているクラスに
保健室の校庭側にあるドアから出て行った。
「ありがとう」と一言、保健医に投げかけて。

「―――で?仲西さんは、どうかしたんですか…?」

ふぅ、と下に下がった眼鏡を人差し指で押し上げて、戸口で立っているあかねを見る。

「…えーっと…、その…」
「ん?」
「………ううん」
「……なんですか?」
「や、なんでもないや…」

どうせ、顔見に来ただけ、だし…。

「気になるじゃないですか。そういうこと言われると」

にっこり笑った天使の笑顔のまま、眼鏡を取った保健医・高杉遼平は立ち上がった。
そして、そのままあかねの元へ少しずつ近付いて、あかねを抱き寄せる。

「――――そんなに潤んだ目ぇして、ナニ、抱かれにでもきた?」



――――白衣の天使は、邪悪な悪魔の笑顔に変わった。



「…そ、そんなわけないじゃん…っ」

顎を持たれたまま、耳元でささやかれるように意地悪な声があかねの聴覚を刺激する。
瞬時に真っ赤になった顔を背けるように横に振った。

「…あそ。…じゃ、どうしてこんなに顔が赤いわけ?」
「……は、しってきたから…」
「へぇ。走ってくるほど、俺に会いたかったってわけか…」

かぁっと顔に血が上って、遼平を睨み付けるように見上げた。

「ん、やっとこっち向いた」
「なっ、……っ!!!?」

打って変わった意地悪な微笑で、見上げた彼は自分の唇をあかねのそれに押し付けた。
普通の高校生よりも身長が高いあかねは、180センチ近い遼平と並べばちょうど良い高さになるわけで。
遼平にとっては、彼女の腰を抱いたままキスができるわけで。
彼女を抱きしめたが最後、離さない自信があった。

「は…ぅん、……ふぅ…っ!」

甘い声が鼻から抜けて、保健室の香りに包まれる。
未だ慣れないキスの感触にどきどきしながらも、遼平に教えられた通り、自分も遼平の舌に絡ませる。
口の中に広がる遼平の唾液を飲み下しながら、必死に応えた。

「―――そんなに必死にならなくてもいーのに」
「……う、うるさい…」
「頭が良い子は、ディープキス覚えるの早いっていうけど、本当なんだな」

にやり、顔を意地悪くゆがませて笑った遼平。
抱き寄せていた腰を軸に、あかねの体を回転させそのまま持ち上げた。

「――っ!な、にすんだよっ!!」

あかねが動いたところで体制が変わる遼平ではない。
抱き上げたまま校庭側にある窓にカーテンを引き、
今日は空っぽの保健室のベットにあかねを寝かせた。

「…あのなぁ、ここまですんのになにすんだよ、はないだろーが」
「ちょ、だからってカーテン閉める――――」
「閉めなきゃ、できることもできねーだろうが」

ベットの周りを囲っているカーテンを手早く引いた遼平に、
上半身を起こして文句を言うあかねだったが、やはり解ってもらえなかった。

「ンだよ、文句でもあるわけ」

鋭く射抜かれるような視線に、一瞬言葉を失う。
その隙をついて遼平はあかねを抱きしめるように、ベットの上に足をかける。
驚いて目を剥いているあかねの上に馬乗りになるように、
ベットに縫い付ければ綺麗な蝶の標本の完成だ。

「…いい眺め」
「なにすんだよ!この変態保健医っ!!」
「ふーん。可愛くないことを言うのは、この口?」

二本の腕を抵抗できないように一つにまとめ、あかねの頭上で縫い付ける。
その状態で荒々しくキスしようものなら、あかねには抵抗の余地もない。
唯一足だけが遼平に向かって蹴りの一つでもかませられるのだが、
その肝心の足でさえも上に遼平が乗ってるため、封じられている。
甘んじて激しいキスを受けながら、応えてしまうのは…

「―――俺のこと、好きなくせに。素直じゃないね」

…そう、彼が好きだから。
彼に惚れた弱み、というやつだ。強気でいられないのは。

「う、う、うるさいっ!!!」
「威勢の良いこった…」

真っ赤にして、遼平が言ったことを肯定するように動揺したあかねを見て、
遼平はふぅと一つ息を吐く。

「―――ドア」
「…」
「鍵、閉めたのかって聞いてんだよ」
「………閉めた。―――外出中って札下げて」

悔しくてそっぽを向いていたあかねから発せられる言葉に、思わず笑みを浮かべてしまう遼平。

「…へーぇ。やっぱり俺に会いたかったんじゃん。素直じゃねーの」
「素直が性に合わないんだよ…っ!」
「…まだまだガキだな…」
「な…―――っんむぅ!!!」

反論しようとした唇を、塞いだ。
一度塞いでしまえばあかねの唇は好きなようにして、といわんばかりに応えてくるからだ。
あかねを黙らせるには、キスするのが一番の解決方法。それを遼平は知ってて、
あかねをわざと怒らせたりもする。
整った唇に自分の唇を合わせるように、撫ぜる。
触れ合った唇から次第と口が開くから、それを見計らって素早く彼女の咥内をかき回すべく、
自分の舌を差し入れる。

「んんっ……、ふっ、ぁ…っ」

咥内を確かめるように蹂躙していく遼平の舌。時には強く、あかねの舌を吸い、
唾液であふれた唇をそっと舐め取る。
一つ一つの行動に、あかねの神経が研ぎ澄まされ、体が反応していく。
応えても応えても遼平のキスはとどまることを知らない。

「ン…ぁ…っ」

舌を蹂躙しながら、遼平の手はゆっくりとあかねの体を制服の上から撫でまわした。
手のひらで確かめるように、ゆっくりと体の形に添って撫でられる感覚と、
唇から与えられる快楽とが混ざり合って自然と体から力が抜ける。
やわわかな胸を撫でながら、口角を上げた遼平はちゅっちゅっ、
と軽めのキスで音を立てながら、あかねの服に手をかけた。
セーターを捲り上げ、その下にある学校指定のYシャツのボタンを丁寧に一つ一つはずしていく。
キスをしながらの芸当だから、確実にやり慣れている彼の手付きに、
半ば呆れながら「拒否」ができないあかね。
気持ち良い快楽に身を委ねていると、自然と自分の両腕は楽しそうにボタンを外す遼平の
首の後ろに回る。―――無意識に、彼を欲している証拠だ。
ボタンを外されたシャツが観音開きになる。もちろんその下は、ブラだけ。
ひんやりとした空気の中で、細くて冷たい遼平の指が滑らかなあかねの肌に触れる。

「ふっ…、あ…」

遼平が唇を離してやると、自分の唾液で淫らに濡れてるあかねの半開きの唇、
誘うように懇願する瞳が見えた。

「…これでも、素直が性に合わないって言うワケ?オマエ」

意地悪く耳元でもう一度ささやいてやると、ぴくんっ、と僅かに体を奮わせる。
自分の首に纏わりついたあかねの両腕に、力が篭もった。

「つっても、オマエ……、やっぱり俺のこと誘ってるだろ」
「…そ、んな…」
「―――フロントホック。これじゃぁ、俺に襲ってくれと言わんばかりだろーが」

嬉しそうに口角を上げた遼平の顔を眺めながら、彼の瞳を見るあかね。
途端に、訪れる開放感。


――ぷち


「ほーら、簡単に取れた」

一言一言ゆっくり、撫でるように唇から放たれる言葉達。
ぞくぞくと背筋を上っていく快感に、思わず体に力が入らなくなる。
外されたブラから差し込まれた大きな手が、柔らかく白い肌を包むように触れた。

「―――あ…っ!!」




――――ドンドンドンッ!!!!!




「!?」

あかねの感じた声を境に響き渡ったのは、保健室をノックする騒がしい音色。

「せんせー、いないのー???」

女生徒達の声に、体が思わずびくんと、反応する。
しきりなしにドアを叩く音が聞こえる。
不安げに上にいる遼平に目を向けると、遼平も苦笑したようにあかねの気持ちを
読み取った顔で彼女を見ていた。

「……そんな顔すンなよ。――すぐ戻る」

にっこり笑ってちぅ、とあかねの唇に唇を寄せた遼平はカーテンに手をかけた。

「…りょ、…へー…」

体の自由が微妙に利かない体を押して、咄嗟に掴んだのは白衣の端っこ。
驚きの顔を向けたのは、他でもないあかね自身だ。

「……あ、その……」

気まずそうに言葉を濁したあかねと、掴まれた白衣の端を交互に見た遼平は、
掴んだあかねの手をそっと握る。

「あ…」

それから小さく手の甲にキスを落とし、

「…良い子にしてろよ?」

と、にやり、と笑った。
離された手から滑り落ちる遼平の白衣。
机の上に置いた眼鏡をかけ、そして、ほどなく聞こえる鍵を開ける音とドアを開ける音。
…それから、嬉しそうに怪我の具合を話す女生徒達の話し声。

締め付けられるように痛い心臓を、どうにか正常にするために、あかねは上半身を起こした。


「―――ねー、せんせー?」
「なんですか?」
「いつになったら私と遊んでくれるの?」
「おや、私は君原さんと遊ぶ予定なんて、ありませんよ?」
「もー、そうやってにっこり笑ったら全部すむと思ってー。
先生ってば女の子の扱いに慣れてるっしょ」
「いやいや。これでも結構、純情保健医なんです」



「あ…」



「―――高杉先生、気分も良くなったんで教室に戻ります」


カーテンを開けて合ったのは、遼平の目じゃなくて、君原の目。
彼女は私に驚きの色を見せながら、遼平の方へまた目を向けた。―――色目だ。

「おや、もう良いんですか?…もうちょっと寝てればいいのに」
「いえ、もう大丈夫ですから…。それじゃ」
「あ、仲西さ――――」

あかねは、そのまま遼平を見ずに保健室から出て行った。
ほどなくして、五時間目が始まるチャイムが学校中に響き渡った。