幾千の時を越えて 15
「紗那!あんまりはしゃいでると転ぶわよー」
「だいじょぶぅ。しゃな、転んだりしないもん…うきゃぁっ」
「ほらぁ、だから言ったじゃない」
転んだ紗那に駆け寄って抱き上げた。
あれから四年の月日が流れ、私は生まれ育ったアクアリスを離れ紗那と二人、風の都・ウィンディアで生活している。
この時代に戻ってきてから間もなくして、私は雷焔との子供を身篭っている事が判明した。
こんなところまで、おばぁちゃんと同じ道を辿らなくてもいいのに…とかちょっとだけ思った。
父親の居ない子供だと両親に言った時は猛反対にあった。
でも、雷焔との絆を結ぶこの子を堕胎するなんてどうしても出来なかった。
ううん。出来ないんじゃない。したくなかった。
でもどうしても説得する事が出来なくて、両親の元を飛び出した。
あれから、両親とは一度も会ってない。
紗那も大きくなった事だし、一度くらい帰ってもいいかと思ってはいるのだけど…。
ウィンディアに着いた時、もちろん住む場所も働く場所もあてはなかった。
まだお腹は出ては居ないと言っても、身重の女性が働ける場所なんてあるのかどうかも分からなかった。
ふと立ち寄った食堂に張られていたウェイトレス募集のチラシ。
女将さんに事情を話したところ、快く承諾してくれた。
仕事だけでなく、二階の一室に住まわせて貰えることになった。
初めての出産。たった一人産む事に不安がない訳じゃなかった。
だけど、女将さんがまるで母のように包み込んでくれた。
オヤジさんも実の娘のように可愛がってくれた。
おばぁちゃんが死んで以来、この時代で久し振りに触れた人の暖かさに涙が出そうだった。
「ママぁ…下ろして?」
紗那を抱いたまま黙り込んだ私に、紗那は不思議そうな表情を向ける。
にっこりと笑みを向けて紗那を下へと下ろした。
「もぅ、あんまりはしゃいじゃ駄目よ?」
「はぁい」
言った傍から忙しなく動き回る紗那に思わず苦笑いを漏らしてしまう。
ほんと、元気なんだから。
目を細めて紗那の動きを見守っていると、長く腰まで伸びる紗那の髪が太陽に照らされ光り輝く。
漆黒の髪が日に透けて、紫色に見えた。
今は食堂では働いていない。
女将さんもオヤジさんも、気にするなとは言ってくれた。
だけど、客商売なのに黒い髪をした紗那が居るのは良くないと思った。
好奇の目で見る人、畏怖する人。
反応はそれぞれだったけど、やっぱりいい目で見られることはなかった。
引き止めてくれる優しい二人に別れを告げた。
ギルドに登録して、二歳の紗那を連れても大丈夫なくらいの簡単な仕事をこなし、小さい部屋を借りた。
簡単な仕事と言ってもギルドの仕事は危険が付きまとう。
それでも仕事をこなす事が出来るのは、雷焔と時雨さんの特訓のお陰。
紗那は雷焔の血の所為か、結構魔力があり、センスもいい。
コツを掴むと簡単な魔術は直ぐに扱えるようになった。
三歳になった今では十分戦力になって、前以上に仕事の量を増やす事が出来ている。
私に似て、ちょっとドジなところが欠点なんだけど…。
もう少し大きくなったらいつか来る時のために魔法や剣術を教えようと思っている。
雷焔と時雨さんがしてくれたように、厳しく、そして優しく…ね。
「紗那?何描いてるの?」
しゃがみ込んで地面に何か描いているのが見えた。
近寄って見ると円を描いているところだった。
「えっとね。まほーじん」
「魔方陣?そんなの、誰から教わったの?というより…何の魔方陣?」
サラサラの髪を撫でながら、紗那の顔を覗き込む。
キョトンとした表情で、クリクリとした瞳を向けてくる。
「えっとね…んー。わかんない」
「分からないって…」
「ずっと前からまほーじんがね。頭にあったのぉ」
ずっと前??ずっとって、どれくらい前??
紗那が生まれてからまだ三年しか経ってないのに…。
「それでね。んとね。やっとね、まほーじんが使えるくらいになったの」
子供だから仕方がないけど、イマイチ意味が分からない。
やっと使えるようになった…って事は、魔方陣を発動させるだけの技術を身に付けたって事??
寝ている時以外は私がずっと傍に居るのに、何時の間に?
…なんて将来有望なのかしら。
「かーんせーい♪」
紗那は嬉しそうに両手を上げる。
その姿に思わず笑みが零れる。
……あれ?この魔方陣、どこかで見たことがあるような気がするんだけど……?
パン、パン、と紗那が二回手を叩くと魔方陣が光り始める。
目を開けていられないくらいの光が辺りを照らして、上空へと光が突き抜けた。
妙に胸がドキドキする。
何だろう?デジャビュ?
前に、似た様な事があったような…。
嬉しそうに紗那が振り返る。
――――――雷焔。
紗那が一瞬、雷焔とダブって見えた。
ギュっと目を閉じると、上空から風が吹き付けているのに気づいて目を開けた。
砂煙のその向こうに黒い影。
「ヴィン…ディール…?」
そう、砂煙のその向こうに居るのは紛れもない、高位級のドラゴン。
「娘ヨ。久シイナ」
そう言ったヴィンディールは、私に笑いかけた―――ような気がした。
「ヴィーvv」
紗那は嬉しそうにヴィンディールの足に抱きつく。
その様子を不思議に思いながらも近寄っていく。
「ヴィンディール、紗那を知ってるの?」
「イヤ、初メテ会ウナ。雷焔ニ呼バレタト思ッテ来テミレバ二人ガココニイタ。コノ娘…雷焔ノ血ガ入ッテイルヨウダナ」
「あ、うん。雷焔の子供なの…」
「ソウカ…娘、我ノ背中ニ乗ルガイイ」
「え…?何で…?」
尋ねて見るけど、ヴィンディールは優しい色をした瞳で私を見つめるだけ。
…乗れ、と言われても…何処に行くつもりなの…?
乗ろうかどうしようか考えていると、紗那が服の裾を引張って私を見上げてきた。
「ままぁ、ヴィーに乗せて」
「え、でも…」
「ヴィーに乗るのぉ」
服の裾を引張ったまま駄々を捏ねるように左右に身体を揺らす紗那に困ってしまう。
これは、乗せない限りこの場から動かないかもしれない。
結構頑固で我侭なんだから。
育て方、間違えたかな?
「分かった」
溜息を一つついて紗那を抱き上げると、そのままヴィンディールの背中へと浮遊術で移動する。
「乗ッタカ。行クゾ」
え??って、何処によ?!
声を出す間もなくヴィンディールは空高くへと飛び上がり、そのまま何処かへと移動を始めた。
こうなってしまうと、出来る事はただ落ちないように掴まってるだけ。
紗那はと言えば、楽しそうにヴィンディールの首に掴まっている。
山を越えて、海を越えてずいぶん遠くまで来た様に思える。
ドラゴンの力を持ってすれば、一日とかからずに世界を一周出来てしまう。
遠くに海にぽっかり浮かぶ島が見えてきた。
どんどんとそれが近づいてくる。
もとい、どんどんとそれに向かってヴィンディールは飛んでいく。
「あれって……魔王の城?」
肉眼ではっきりと島が見えたとき、島の真ん中に城があるのが分かった。
ヴィンディールは城の前へと下降し、地に降り立った。
「やっぱり…魔王の城だわ…」
四年前、見上げた城は今も変わらず建っている。
あれから500年以上経っているにも関わらず、朽ち果てる事無く。
「ねぇ、ヴィンディール…」
振り返った時、ヴィンディールは既に宙に飛び上がっていた。
「えっ?!ヴィンディールっっっ!!!」
叫び虚しく無常にもヴィンディールは飛び去ってしまった。
「ちょっとぉ…こんな場において行かないでよぉ…」
あっという間に見えなくなってしまったヴィンディールを恨めしそうに見詰めても戻って来る気配はない。
「あっ…紗那!!」
すっかり存在を忘れてしまった紗那を慌てて探す。
見ると、500年前雷焔が開けた穴がそのまま残っていて、そこから紗那が中へと入っていくのが見えた。
「紗那!勝手にうろうろしないで!魔族とかが居たらどうするのよー」
見失ってしまいそうになり、慌てて後を追いかけた。
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