幾千の時を越えて 14
待っていたぞ…?
どういうこと?此処まで来れないようにしてたんでしょ?
そのために今まで私たちは魔物と戦わなければならなかったんでしょ?
それなのにその台詞は…。
ゆっくりとした動作で魔王が玉座から立ち上がった。
そして、こちらに手を翳して――――――。
「フィーア!」
ドンと身体に衝撃が走って、気づいたら床に雷焔に抱えられるようにして倒れてた。
「…え?」
顔を上げれば間近に雷焔の顔。
「馬鹿!ぼさっとしてるな!あのまま立ってたら今ごろは死んでたぞ?!」
「!」
その言葉にびっくりして立っていた場所を見ると、床が抉れてた。
「ふ…避けたか。まぁ、アノ程度の攻撃ぐらい避けてもらわなければ困るがな」
ゆっくりとこちらへと魔王が近寄ってくる。
慌てて私たちは立ち上がった。
「フィーア、何時でも封印の術が使えるように準備しとけよ?」
「うん。分かった」
魔王を睨んだままそう言う雷焔の言葉に頷く。
頭の中で封印の術の構図を思い浮かべた。
「イイコにしてろよ?お前がやられたら元も子もないからな」
「えっ?雷焔?」
その言葉に戸惑っているうちに雷焔は魔王に向かって走り出し、慌てて追いかけようとしたら顔を何かにぶつけた。
何時の間にか私の周りには見えない壁が存在していた。
雷焔が傍を離れる瞬間に結界を張ったんだ…。
「雷焔!!!私も一緒に戦う!!見てるだけなんて嫌だよーーー!!!」
力いっぱい壁を叩いて叫ぶけど、結界が消えることはない。
私の声が聞こえていないわけが無い。
だって、私には外の音が聞こえてくるのだから。
魔王もさして私の事を気にする様子はなくて、雷焔に冷たい笑みを向けるだけだった。
私はただ見守る事しか出来ないまま、二人の戦いは始まった。
雷焔の手から炎が放たれ、それに対応するかのように魔王からも魔法が放たれる。
ことごとくお互いの魔術は相殺され、決定的なダメージを与える事は出来ていない。
剣を持って切りかかれば、魔王も魔術によって作り出した剣で受ける。
お互いがお互いの体力をどんどんと消耗させているだけ。
でも…力は決して互角じゃない。
多分、魔王の方が力はずっと上。
それなのに、魔王は雷焔を殺そうとしない。
それが出来るはずなのに…。
どうして?
ううん。雷焔が死ななくて済むのならそれに越した事はない。
それでも…。
ずっと感じる魔王の気。
怒りなんて全く感じない。伝わってくるのは切なくなるほどの深い悲しみ。
「あ!」
雷焔が切りかかり、魔王と接近したときに魔術を発動させた。
至近距離で術を放たれ、魔王はそれをまともにくらったようだ。
あれだけの攻撃をあの距離からくらったのに、魔王に致命傷を負わせる事が出来ないの?
魔王が冷酷な笑みを浮かべて、そして――――――。
「いやぁぁぁぁぁぁ!!」
魔王の攻撃を受けて一瞬だけ気が飛んだのか結界が消えた。
私は、雷焔へと向かって走り出した。
「フィーア来るなっ!俺は大丈夫だから!」
近寄ろうとする私に雷焔の叫び声が飛んで来て、思わず足を止める。
「だって!凄い怪我だもん!私も一緒に戦うよっ!!!」
もぅ、これ以上怪我して欲しくない!
誰も傷ついて欲しくない!!!
強くそう願った瞬間、私の周りに風が起きて上空に封印のための光の玉が浮いていた。
え…私、発動なんてしてないのに…どうして…??
今戦いの途中だという事をすっかり忘れて、光の玉を見詰める。
今まで作ったものとは違い、それは七色に光輝いてた。
――――封印に必要なのは、血と強く願う心――――
不意に頭の中にいつか聞いたおばあちゃんの言葉が浮かんでくる。
小さいころによくおばあちゃんが私に言っていた言葉。
「…人間とは、愚かな生き物だな…」
魔王の声にハッとなって二人の方へと視線を向ける。
戦う気が無くなったかのように、魔王の両手は下へと下げられていた。
「自分が傷ついても、相手を思う…自分が一番大切な魔族とは大違いだな」
そう言った魔王の瞳は、何故か寂しそうで、悲しそうだった。
「雷焔!」
魔王の手から術が放たれ、不意を付かれた雷焔は避ける間もなくそれをくらった。
「っ…何故、回復の呪文を」
「回復の呪文なんかではない…いずれ分かる」
魔王の術により、雷焔の身体から血が止まり傷が消えた。
「我が名はギルティス。名は、何と言う」
「…雷焔だ」
「雷焔、か。覚えておこう。娘」
「は、はい!」
急に戦意喪失したかの様な魔王に戸惑いを隠せない。
声を掛けられて思わず身体が硬直する。
「それで、私を再び封印するんだろう?好きにするがいい」
えっ?!…どういう、事?
「やらぬのなら、私はこの男を殺すぞ?分かっているだろう?私は、雷焔とは比べ物にならない位強い。その気になれば一瞬にして存在を消し去る事は容易い」
ゾクっとするような冷たい視線を向けられ身体が僅かに震える。
「早くしろ」
「は、はいっ」
どうしてこんな展開になるのか分からない。
でも、今がチャンスだという事は確か。
慌てて剣で指を切ると、宙に浮かんでいる光の玉に血を垂らした。
血は光の玉の中で渦をまくように光と混ざり合い、そして光と一体となり消えた。
「お前は中々見込みがあるな。雷焔よ、次に会う時までにもっと強くなっていろ」
そんな言葉を残して、魔王、ギルティスは光の玉に封印された。
「ど…どういう事?」
手元に残った黒く光るオーブを見詰めて思わず呟く。
折角復活したのに、また封印しろだなんて…。
「さぁな。気まぐれじゃねぇの?」
「気まぐれ、ねぇ…あれ?」
近寄ってきた雷焔を見上げて一点で視線が止まる。
「どうした?」
「雷焔の目が…」
右はいつもの通り綺麗な青。
だけど、左目はギルティスと同じ、紅い色をしていた。
誰一人、欠ける事無く戦いは終わった。
魔王の言葉、雷焔の瞳。
僅かな疑問を残して。
「じゃあ時雨、先に俺とフィーアは城に戻る。向こうで空間を繋げて貰うから後から戻って来いよ」
「あぁ、分かった」
時雨さんがポンと雷焔の肩を叩いた後、少し離れて雷焔は呪文を唱え始めた。
「時雨さんは、このオーブを封印する部屋には来るんですか?」
「いや、俺は行かない。多分、雷焔と王だけだろ」
「そう、ですか…時雨さん、今まで訓練してくれてありがとうございました。時雨さんのおかげでちゃんと戦う事が出来ました。辛かったけど、凄く楽しかったです」
「おいおい、フィーアちゃん。まるで別れの言葉みてぇじゃねぇか」
時雨さんは苦笑しながら私の頭をグシャっと撫でた。
「あ、そうですね…じゃぁ、雷焔が呼んでいるので先にお城に戻ってますね?」
「あぁ、また訓練してやるよ」
その言葉にはただ微笑んで。
雷焔の元へと向かった。
「フィーア、ちゃんと掴まってろよ?」
「うん」
ギュっと雷焔の腰にしがみつくと雷焔も私の肩に腕を回した。
一瞬にして視界が変わり、気づくとお城の謁見の間に来ていた。
「王、ただいま戻りました」
玉座に座っているデューク王へと跪く。
「雷焔か。よく戻ったな。して、魔王は?」
「はい。こちらに」
雷焔はデューク王にオーブを差し出した。
「戻ったばかりで悪いが、さっそくこれを元の場所に戻したい。二人とも着いてきてくれるか?」
『はい』
地下の部屋に来て、オーブを元の位置に戻す。
「ふむ…これだけじゃ足りないようだな」
前のようにオーブは宙に浮かず、台座の上にただ置かれただけ。
「何か、さらに封印が必要って事か…フィーア、読んだ本の中に何か書いてあったか?」
雷焔の言葉に反応しようとして……それは叶わなかった。
「フィーア?」
身体が勝手に動き出し、私でない誰かが私の口から言葉を発する。
これは、恐らく封印のための呪文。
いやだ。勝手に私の身体を使わないで。
誰?おばあちゃん?それとも神様なの?
お願い、もう少し待って。
いやだ、いやだよ…。
幾ら願っても身体は言う事を聞かず呪文と踊るような動きを続けていく。
涙が溢れて止まらなくて、視界がぼやけても、呪文を唱えるのは止まらない。
やだ…まだ終わりたくない。
もっと此処に居たいのに、どうして?
ずっと此処に居たいの。
お願いだから、元の時代に戻さないで…
呪文が終わったのか、急に身体の自由が利いて慌てて雷焔の元へと走り寄る。
「雷焔!」
行き成り抱きついた私に、雷焔は驚きながらもしっかりと私の背中に腕を回してくれる。
「無事に封印も終わったから、私は先に戻ってるよ」
デューク王がそう言って部屋を出て行ったけど、私には見えていなかった。
「雷焔、好き」
「どうしたんだ?急に」
「雷焔は、私の事好き?」
しっかりと雷焔に抱きついたまま涙に濡れた瞳で見詰める。
「あぁ、好きだよ…愛してる」
求めてた以上の言葉に、また涙が溢れ出す。
「ありがとう、雷焔。別の誰かを好きになってもいい。愛してもいい。…でも、時々でいいから私を忘れないで?」
言葉を紡いでいる間にも段々と雷焔の姿がぼやけてくる。
涙が理由じゃないことは分かってる。
何かを言おうとする雷焔を遮ってそっとその唇に自分の唇を寄せる。
お互いの唇が触れ合った瞬間、私は意識を失った。
「フィーア、何時まで寝てるの?もう昼よ!!学校が無いからって怠けてないで手伝いでもしなさい!」
母の声が聞こえて来て、意識が覚醒した。
目を開けると、飛び込んできたのは良く知っている天井。
小さい頃から住んでいる、私の部屋。
「夢…だったの?」
顔には涙の痕が残っていて、それを拭いながら起き上がる。
シャラ…と音がして、首に掛っているネックレスに気がついた。
雷焔が買ってくれた、魔力増幅のマジックアイテム。
着ている服も、魔王と戦う時に着ていた服。
腰には、時雨さんと一緒に選んだ剣があった。
「夢…じゃ、ない…」
涙が溢れ、膝に顔を埋めようとして…気づいてしまった。
髪が…。
おばあちゃんと同じ、蒼く光る銀色になっていた。
もう、私の役目は終わりなんだ…。
「…っ……」
母が再び部屋の扉を叩くまで、膝に顔を埋めて声を殺して泣いた。
雷焔から貰ったネックレスを握り締めて。
|