追憶の風
「伽羅!やっぱここに来てたか〜」 そう遠くない距離から自分を呼ぶ声が聞こえて、木の下で本を読んでいた伽羅は顔をあげた。 「ケイト」 走ってきたせいか、はぁはぁと肩で息をするケイトを見上げた。 「ほんっと、ここ好きだね」 「うん」 隣に腰を下したケイトから視線を前に移して頷いた。 「なんかね、ここが懐かしいっていうか、安心するっていうか・・・そんな感じがするの」 「ふぅん・・・ここってあれでしょ?伝説の頭首が住んでたとこ」 「そうらしいね」 どうでもいいといった口調で伽羅は返した。実際、彼女が言っている伝説の頭首の事などどうでもよかった。 「ほんっと、何もない場所だよね。折角土地があるんだしもっと有効活用すりゃいいのに」 「それは所有者に言ったら?」 「確かにね。でもこの街に居ないやつにどう言えっての」 「それもそうねぇ」 伽羅は笑って、読みかけの本にしおりを挟むと表紙を閉じた。 大きな木が生えている丘の上。 「まぁ何もなくってもチビッコ共の遊び場だったり、ピクニックしたりする人も居るんだから十分有効活用されているんじゃない?」 「確かに」 頷くケイトを横目に見ながら、伽羅は立ち上がってスカートに付いた砂を払った。 「それで?ケイトは私に何か用があったんじゃないの?」 「あー、そうそう。忘れてた」 ケイトも立ち上がると、思いきり腕を上げて伸びをする。 「世界のどこかに、私の求めている誰かが居るの。いつか『唯一』に必ず会うわ・・・なぁんてさ、実際に会えずに消滅する事だって少なくない『唯一』を夢見ている伽羅ちゃんに、出会いの場を提供してあげようと思って」 「大きなお世話。それに、この街の人達なら違うもの」 全く思案する様子も無く切り捨てた伽羅にガクリと肩を落とした。 「だーっ、もうたまには飲み会付き合えっつーの」 「だって、優しいだけの男も強いだけの男もそこら辺に捨てるほどいる。そんなのには興味ない」 そう言って、伽羅はケイトを置いて歩き始めた。 「もー!『唯一』に逢うことを夢見てるなんて、魔族のくせに人間くさいと思えば、そうやって他を切り捨てる辺りはしっかり魔族だよねー」 慌てて追い掛けて、伽羅の隣に肩を並べると、自分より幾分高い位置にある横顔を見上げた。 「それにさ、『唯一』が男とは限んないじゃん?飲み会には女も来るしさぁ。会って話してみなきゃ『唯一』かどうかなんて分からないっしょ?」 「逢うだけで絶対分かる」 「かーっその自信はどこから来るんだか」 呆れたように肩を竦めたケイトの言葉に、ピタリと足を止めた。 「伽羅?」 「それに、絶対男よ。・・・あの人が約束を破るわけありませんから」 「へ?あの人?」 「・・・え?何?」 ケイトの言葉に不思議そうな顔を向ける。 「何はこっちの台詞!だからあの人って何よ」 「私、そんな事言った?」 冗談では無く本気でそう言っていると分かる伽羅の表情に、眉間を指で押さえた。 「とにかく、飲み会なんて行かないから」 そう言って再び歩きだして、丘を下って行く。 伽羅の背中を追いかけながら、途中で下から一人の男が丘を登って来ている事にケイトは気付いて、首を傾げた。 「あんな人、この街に居たっけ・・・?」 ぽつりと漏れた呟きを聞き止めて、伽羅は下を見てた視線をケイトに移した。 「何?」 そう言った時、男が伽羅の横を通り抜けた。 「えっ?」 伽羅が立ち止まって振り返ると、その男も振り返った体勢で伽羅を見ていた。 「伽羅、知り合い?」 ケイトが話しかけるが、二人の世界に入ったように全く無反応。 「おーい。伽羅ぁ?」 何度か声を掛けても反応なし。 伽羅が他人に興味を示すなんて珍しい。これって、もしかして、もしかしたりする? ケイトはそんな事を考えて、一人のんびりと坂を下って行った。
「あの・・・何処かでお会いした事・・・ありますか・・・?」 長い長い沈黙に、やっとの思いで搾り出した声は酷く掠れていた。 「いや。今日この街に来たばかりだ・・・だが・・・」 そう答えた男の声も掠れている。 男の気配が直ぐ傍に来たのを感じ、睫が震える。 「白い魔力・・・珍しいな」 そう言った男の紅い目に、吸い込まれそうな感覚に陥る。 唇に感じる暖かい感触。 ずっとこれを待っていたのだと、心の底から湧き上がる喜びに身体が自然と震えた。 「いつか・・・私の唯一の人に会える・・・そう信じてました」 「俺は、何かがいつも足りなくて、それを探すために旅に出たんだ・・・」 唇が触れ合うほど至近距離で、語り合う。 「やっと会えた」 「やっと見つけた」 鼻を擦り合わせてクスクスと笑う。
「取り合えず、お互いの事を知るためにも、お茶でも?」 「はいっ」 笑いながら差し出された男の手を強く握り返した。
――何年経っても、何度生まれ変わっても、君の事を愛してる。 永遠に続く愛の物語。
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