Engagement
全ての準備を終え、ヴラドの就任式が今日執り行われようとしていた。 「とうとう、今日が就任式・・・」 鏡に映る自分の姿を見遣り、リンネは緊張の面持ちで息を吐き出した。 だが、リンネは気が重かった。 鏡に映る着飾った自分の姿に再び溜息を付く。
「リンネ、準備は出来たか?」 ヴラドがノックもせずに部屋に入ってくる。 「あ、はい。準備は出来ましたが・・・本当に私も出席するのですか?」 就任式の当日になって尚、戸惑いを見せるリンネに苦笑を浮かべる。 「あぁ。ただ立っているだけでいい。式の間はジルが隣に居るよう計らったから心配するな」 「そう、ですか」 リンネは不安げに俯く。 「その服、良く似合ってる」 「ヴラドさん・・・」 ヴラドにそう言われると不思議とそんな気になってしまう。 「あぁ、この場で押し倒したいくらいにな」 ニヤリと笑うヴラドにほんのりとリンネの顔がピンクに染まる。 「んっ」 思うが侭に口内を蹂躙する。 暫くして唇を離すと、艶やかにぬれたリンネの唇を親指でぬぐった。 「んな顔してると、ほんとに襲うぞ」 開いた胸元に見えるリンネの刻印に指を這わす。 刻印とは反対側の胸元に唇を寄せると、キツク肌を吸い上げる。 「そろそろ行くか」 ヴラドに腰を抱かれ促されると、コクリと首を縦に振った。 ヴラドに伴われ廊下を歩いていると、こちらに向かって来たジルに出会った。 「ヴラド様まだそんな格好をして。早く着替えてください」 そういえば。とリンネはヴラドの格好を見遣る。 「リンネ様は私がお連れいたしますから。ヴラド様が居ないことには始まらないんですからね。式が終わるまで、リンネ様はしっかりとお守りさせていただきますのでご心配なく」 その言葉にヴラドの目が細められる。 お前が、リンネを守る?出来るのか? そうその目が語っているのがジルにも分かった。 「心配ならさっさと着替えてさっさと終わらせればいいんですよ」 その言葉にヴラドは息を吐き出した。 「アスヴェルは?」 「まだこちらに着いたと言う話は聞きませんね」 「そうか・・・リンネを頼む」 そう言うとヴラドは足早にその場を後にした。 「さ、リンネ様。参りましょうか」 「あ、はい」 ジルに案内されるままに会場へと向かった。
「うわぁ・・・」 ジルに連れて来られた場所を見て思わず感嘆の声を漏らした。 既にカーペットを挟むようにして人がずらりと並んでいた。 緊張の面持ちであたりを見渡していると、祭壇の一番近くに居る人物と目が合った。 「ジルさん。お父様、立っていて大丈夫なのですか?」 ヴラドの父親は病気で普段は床についているのだ。 「式はそんなに長いものではないので、恐らく問題ないでしょう」 「そう、ですか?」 「えぇ。それに現党首にはヴラド様にその座を受け渡す大事な役目がありますから。居ていただかないと困るんです」 病人を相手にそれは非情ではないのか?そう思って眉を顰めるが、敢えて口には出さなかった。 「現党首が居ない場合は仕方ありませんが、これは一族のしきたりですから。誰も変えられません」 そう言い切るジルにリンネは内心溜息を付いた。 なんだか、私が暮らしていた世界より規律が厳しい気がしますね。 そんな事を考えて居ると、周りのざわめきが収まった。 いつの間にか閉じられていた扉が開き、党首の補佐である男が入ってくる。 入ってきたヴラドに一瞬リンネは目を細めた。 リンネの横を通り過ぎる時、一瞬ヴラドが視線をよこした。 全身真っ黒だと思った衣装は近づいてみるとそうでもなかった。 ヴラドが祭壇へ向かっているのを見送った後、何気なく入り口の方へと目を向けた。 ―――リズ、さん・・・? 初めは着飾ったその姿に遅刻してきたのだろうと考えた。 ヴラドからリズの事は掻い摘んで話を聞いていた。 リズの次の行動に目を見開く。 リンネはとっさにカーペットの上に飛び出した。 リンネが飛び出したと同時にリズから魔力の玉が放たれた。
ズドーンという物凄い爆音と爆風が室内を襲った。 突然の出来事に、参列者は皆身体をその腕で防御する。 煙が消え、視界がクリアになった刹那、ヴラドは駆け出した。 「リンネッ」 目に映ったのはカーペットの上に膝を付くリンネと、入り口で呆然としているリズの姿。 膝を突いたリンネを抱き上げると、顔を覗き込んだ。 見たところ怪我はしていなそうだった。 「はい・・・大丈夫です・・・ちょっと魔力、使いすぎちゃって・・・疲れているだけです」 布越しに伝わってくるヴラドの体温に、ほっと息を吐き出した。 「なんで、こんな・・・」 リズが最後のチャンスとばかりに不意打ちを狙ってきたのは、リズが魔力を集中させていた時から分かっていた。分かっていてリズを敢えて止めようとはしていなかったのだ。 「私が、ヴラドさんを守るんです」 はっきりとした意思のこもった、凛とした声が静かな室内に響いた。 「リンネッ」 きつくリンネの身体を抱きしめた。 リズは失敗に終わった事を悟り、ガクリと膝を突いた。 ヴラドはリンネを抱いたまま、リズの元へと歩み寄る。 「リズ。何か言うことはあるか?」 酷く冷徹な声。 「いいえ。何も」 そう言ってリズは静かに目を閉じた。 「そうか」 ヴラドが一つ息を吐き出した時。
「あれ?もう式終わっちゃった?」
突然降って沸いた第三者の声。 ヴラドは声に顔を上げて入り口に居た人物を見遣る。 「遅い」 ヴラドはそう一言だけその人物に言葉を投げると踵を返して祭壇へと向かった。 「ヴラドさん。あの方ってもしかして・・・」 腕の中で己を見上げてくるリンネに頷く事で考えている事を肯定する。 「アスヴェル。そこのリズをしっかり捕まえとけ。式が終わるまでな。話は後だ」 入り口に居た人物――アスヴェルは当然ながら何が起きたのかは理解していなかったが、ヴラドの言葉に頷き、リズを立ち上がらせた。 「アスヴェル・・・」 先ほどの失敗と、思いがけない人物の登場にリズの頭は混乱状態だ。 リンネはヴラドの父親の傍に連れて来られた。 先ほどの出来事など無かったかのように式は淡々と執り行われていく。 その瞬間、ヴラドは一族の新しい党首となったのだった。
その後、リンネもヴラドの伴侶として紹介された。 今まで反対して来た者たちは、リンネが居ることで一族、ヴラドのアキレスになるのではないかと懸念していたのだ。 ―――現金なやつらだ。 ヴラドは冷たい視線で出席者を見渡すのだった。
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