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君の記憶




君の誕生日には毎年二人で、海も、空も、山もとても綺麗な島へと遊びに行く。

海で泳いだり、バルコニーで満点の星空を眺めたり。

とても無邪気に楽しんでいる君を見ているのが僕の幸せ。

遊びつかれた後には、四人はゆうに眠れるほどの広さのベッドの真ん中で、子猫みたいに二人くっ付いて眠る。




楽しい時間というのはあっという間で、帰るときになると決まって君は寂しそうな顔になる。

「また来年に来よう」

そう言うと、君は笑顔を取り戻し頷いた。


僕の誕生日には、いつも君は手料理をごちそうしてくれる。

普段でも料理はしてくれるけれど、この時ばかりは料理の豪華さに目を見張る。

料理の腕前はプロ顔負けだ。

君の料理は美味しくて、つい食べ過ぎてしまうから僕は太ってしまわないように運動は欠かさない。

『幸せ太り』

響きは悪くないけど、いつまでも君に好かれる僕でありたい。

その為にはどんな努力もしよう。

そう、どんな努力でも……。




…でも、どんなに努力しても、どんなに願っても、叶わないものがあるって事、あの時知った。





君はどういう風に笑ってた?

どういう風に僕の名前を呼んだ?

君を抱きしめたときの柔らかな匂いはどんなだった?



君は時の流れに取り残されて、あの頃のまま写真の中で笑ってる。

僕は一人、どんどんと年老いていく。


何かが頭の中をじわじわと浸食してきて、君の記憶が薄れていく。

君の事、忘れたくなんかないのに。

もう、君の声がどんなだったかですら思い出す事もできない。

写真がなかったら、君の顔はのっぺらぼうになっているかもしれない。

君との想い出は、つい昨日のように思い出せるのに。

君の記憶が無くなって行く。





君の記憶を取り戻すため、君との思い出を辿っている。

最後に着いたあの島の、白い砂浜に腰を下ろして君を想う。

思い出を辿っても、君の記憶は取り戻せなかった。

分かったのは、記憶が薄れても揺らぐことのない僕の気持ちだけだ。





いつの間にか、僕は膝を抱えて眠っていて、誰かの声に目を覚ました。

《あ、聡君起きた?》

声の主は…君だった。君が、僕を見て微笑んでいる。

あぁ、そうだ。君の声はこうだった。そういう風に笑うんだったね。

《聡君の家に行っても居ないんだもん。探しちゃったよ?》

悪戯っぽく僕に笑いかけてくる君。君の名はそう…

《麻由美》

名前を呼ぶと、君はにっこりと笑って僕に手を差し伸べた。

《一緒に行こう?聡君。》

君の手を握ったら、僕の身体が軽くなって空へと昇り始めた。

《よく僕だと分かったね。年をとってしまって、昔の面影もないだろうに。》

君はふふっと笑って、僕の手を強く握った。

《何言ってるの?聡君はあの頃のままだよ?ほら。》

君の指差す方向を見ると、水面に映った僕の顔があった。

そこに居たのは歳をとって、仕事に疲れ果てている顔の僕ではなく、君と一緒だった頃の僕だった。

《長い間離れ離れだったけど、これからはずっと一緒だよ。》

君の言葉に頷いて、ぎゅっと君を抱きしめた。






空に昇って行く途中、下を向くと僕が棺の中に入っているのが見えた。

友人たちが僕の棺の前で泣いているのが分かる。



僕の中から君の記憶が薄れて消えて行ったように、僕の記憶も彼らの中から消え去ってしまうのだろう。



それでもいいんだ。寂しくなんてない。
僕は君の記憶を取り戻したのだから。

取り戻したくて仕方がなかった君の記憶を。

ずっと、色褪せる事のない君と一緒に居られるのだから。






――久しぶりに会えた君とまずは何をしようか。








サ○○クロ○○に願いを ―一人きりのクリスマスイブ。願ったのは素敵な出会い。 なのに目覚めたら知らないベッドの上だった。

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