【6】 BACK | INDEX | NEXT
この展望台に来ること数時間。
色々おしゃべりした後、瀬尋さんと羽織ちゃんは先に山を下りていった。

「大分日が傾いてきましたね」

二人が居なくなった後、再び展望台の手すりから下界を眺めていた。
相変わらず先生は、景色を見るつもりはないらしく、手すりに凭れて煙草を吸っていた。
春になったとは言え、まだそんなに日は長くない。
そろそろ綺麗な夕焼けも見れたりするんじゃないかな?

「そうだな」

「今日は楽しかったです。まさか、先生の知り合いに二人も会えるとは思ってなかったし」

「まぁ、祐恭は予定外だったけどな」

そう言いながら、先生は取り出した携帯灰皿に煙草を入れた。

「えっと…何ですか?」

何故か私を見下ろしてくるその目は、スっと細められていて。
見上げる私にその目が段々近寄ってきて…

えっ?ちょ、まって

そう思った時には既にその目は至近距離で。
唇に柔らかいものが触れた感触に、そっと目を閉じた。

二回目のキスは苦い煙草の匂いのする、でもシチュエーションは、山と町並みが夕日で真っ赤に染まる中での結構ロマンティックなものだった。

唇から感触がなくなったので目を開けると、意地悪そうな瞳が即座に飛び込んできた。

「…ペナルティ」

「へっ?」

「言ったろ?学校以外で先生と呼んだらペナルティだって。言う毎にキス1回。10回貯まったら、そっちからしてもらうから」

ニヤリと言った形容がピッタリ合う笑みを向けて、先生の顔は遠ざかった。

「えぇぇぇぇぇぇぇぇ?!無理。自分からとか、ずぇぇぇったい無理!」

恋人経験ゼロの私がそんな事出来るわけないじゃん!!
何を言ってんだこの人は!!!

「だからペナルティなんだろ?自分からするのが嫌だったら、俺の事を先生って呼ばない事だな」

そう言って、先生は展望台から駐車場の方へと歩き始めた。

な、な、なんてことだ。
ロマンティックだとか思った数秒前の自分を呪ってやりたい。
ペナルティでされたキスなんてぜんっぜんロマンティックなんかじゃなーい!!!
「何やってんだ?置いてくぞ」

数歩前を行った先生は振り返って、相変わらずの意地悪そうな目を向けた。
此処で素直に後をついていきたくないんですが?
でもこんな山の中に残されてももっと困る!!!

「行きますよ!」

そう怒鳴り返して、車へと向かった。


「そういや、晩飯どうすんだ?家で食うのか?」

山から麓へと下りてきて、恐らく地元へと向かっているであろう車の中。
先生がふと思いついたように聞いてきた。

「あっと、今日は両親が旅行に行っちゃったんで、一人なんですよね」

「何だ。置いてかれたのか」

そんな言葉に顔を向けると、前を向いて運転しているけど、口元には意地悪そうな笑み。思わず頬が膨れる。

「そうですっ。結婚記念日だからとか行って可愛い娘を置いて行っちゃう万年ラブラブ夫婦なんですよっ」

膨れっ面のまま、拗ねた口調でそう言うと、クックックと笑い声が隣から聞こえてくる。
「なんですか」

「いーや。仲悪いより良い方が良いだろ」

「まぁ、それはそうですけど」

「じゃあ晩飯もどこか行くか。何食いたい?」

えっ?一緒にご飯食べてくれるの?
家で一人で食べるのかと思ってたから嬉しい。

「えーっと、パスタ…は昼間食べてたから…うーん?」

「別に、パスタだって構わないが?」

「せっ、京介さんが構わなくても私が構うんですぅ。麺類ばっかりじゃ身体に良くないですよ」

「ふぅん?俺の身体の事心配してくれてんだ?」

からかいを含んだ声に、思わず顔が赤くなる。

良かった。外が暗くなってきてて…
これをネタにまたからかわれそうだしっ。

「べ、別にそんなじゃないですぅ。あ、オムライス。美味しいオムライスが食べたいです」

「オムライスぅ?!…お子様にはそれで十分か?」

思いがけず先生を驚かせる事に成功して、内心喜んだのもつかの間。
お子様扱いされては面白くない。
私だってもう18歳になるんだもん、立派なレディーってやつでしょう?

「お子様じゃないですぅ…じゃぁ別なのでいいですよ。私、大人ですから先生がオムライス食べたくないんだって言うなら譲りますよ?」

にーっこりと笑みを向ける。
もちろん先生は前を見て運転しているが、視界には入るはず。

「ククッ…ほんと、お前は分かりやすい」

「何がですか」

「別に?…オムライスな?地元に専門店があったはずだから、そこに連れてってやるよ」

「ホントに別のでいいんですけど」

「何だ。拗ねてんのか?ほんっと、お子様」

「だーかーらー。お子様じゃないって言ってるじゃないですか」

そんなにお子様お子様って連呼しなくったっていいじゃない。
本格的に拗ねモードに突入して、ぷいっと窓側へと顔を向けた。

宥める様に頭撫でられたって、機嫌なんて直してあげないんだから。




「おいしいぃぃvvvv」

先生に連れてきてもらったオムライス専門店。
確かに地元。そんなに家からも遠くない。
早めの時間だというのに結構混んでいて、晩御飯時だったら多分待ちとか出るんだろうなぁ。
それなのに、今まで知らなかった私って…。

メニューも凄く豊富。
ソースは基本3種類。ホワイトソース・デミグラスソース・トマトソース。
和風で、納豆かけとか変り種なやつもあったりする。
中のご飯もソースや具材にあわせて味付けが違ってたりするらしい。
卵もふわっふわのとろっとろ。
今日頼んだのは、ホワイトソースにチーズがたっぷりかかっているグラタン風のやつ。
絶対また来て全品制覇してやるんだ。

「すっかりご機嫌だな」

先生が頼んだのは、デミグラスソースで、ビーフが具材のやつ。
ビーフシチューみたいな感じなのかな?
それもまた美味しそう。

「京介さんが余計な事言わなければいつだってご機嫌ですけど?」

にっこり笑って言うと、ニヤリと意地悪な笑みが返って来た。

「苛めて欲しそうな顔して俺を見てるくせに?」

「なっ、苛めて欲しいなんて思ってません」

「そ?」

「そうですっ」

しっかり否定しているのに、まだあの意地悪な表情のまま。
ほんっと、苛めっ子気質!
苛められるより優しくされたほうが嬉しいに決まってるもん。

ムカムカしたまま、オムライスを口に運ぶ。
あぁ。やっぱり美味しい。
思わずへにゃっと表情が崩れる。
やっぱ美味しいものを食べると和むわぁ。
スプーンを何度か口に運んでいると『プッ』と音が聞こえた。


「…何ですか」

「いーや?何でも」

それが何でもって顔ですか。
ニヤニヤしちゃって。
絶対良からぬ事を考えてるんだ。これ以上先生に遊ばれてたまるもんですかーってなもんよ。

見ると先生は既に食べ終えていて、カチン、カチンとジッポライターの蓋を開いたり閉じたりしている。
???煙草吸いたいなら吸えばいいのに。
そう思っても口には出さず、オムライスを味わった。

私も食べ終わって、アイスティを飲んで一息ついた後、先生が煙草を吸いだした。

もしかして、私が食べ終わるの待ってたのかな???

意地悪なんだか、優しいんだか良く分からない人だなぁ…。





「今日はどうもありがとうございました」

結局今日は全部先生に奢ってもらう事になった。
お母さんから一万円貰ったし、全然余裕があったのだけど「別に、稼いでるし。学生サンは大人しく奢られとけ」とか何とか言われ、結局先生に甘えることにした。

「いーえ、どういたしまして」

家の前まで送ってもらい、まだ車の中。
今日はいじられてばっかりだった気がするけど、先生の一面もちょっと見れた気がする。
時計を見ると、まだ7:30。
何となくまだ別れるのが惜しい気がして、口を開いた。

「あのっ、うちでコーヒーとか飲んでいきます?」

そう言うと、先生は一瞬目を開いた後、直ぐに細める。
もちろん、口元にはあの意地悪そうな笑み。

「何?誘ってるわけ?」

「…はい?確かに、お茶を誘ってますけど?」

訳が分からず首を傾げると、クックックと楽しそうに顔を歪めた。

「だから、誰も居ない家に俺を入れて、どうしたい?って聞いてるんだが?」

……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!

そうだった、今日は親が居ないってことは、二人っきりってことじゃない!
いやいや、親が居たら上がっていいかと言うと、それはそれでナシだ。
だって絶対に先生を見た日には、お母さんがうるさいはず。
反対されるとかじゃなくて、私の彼氏ですーとか紹介した日にはうっきうきでお赤飯すら炊きそうだもん。

「いやいやいやいやいや。別に、他意はないっす。ホント、今日色々連れて行ってもらったからお茶ぐらいとか思ったわけですけどっ。でもいいです。おやすみなさい!!!」

逃げるように、車のドアに手をかけると、その上から大きな手が乗せられた。

「やっぱ、逃げるの下手だな」

はい???
楽しそうな声が後ろから聞こえてきて、振り返ると既に至近距離に先生が迫っていた。
私の手に先生の手が乗ってるぐらいだから、至近距離なのは当然なんだけど。

「はわっ?!えっ」

「キスんときぐらい黙ってろよ」

えっ?キスって…

そう言おうとした時には既に、私の唇は先生に塞がれていた。

軽く唇を押し付けるようなキスだけど、それは一回目や二回目とは比べ物にならないくらい長くて。
軽く離れては角度を変えて何度も触れてくる。

時間にしたら数秒かもしれないけど、凄く長く感じられた。

「すっげぇ顔真っ赤」

暗くてもこの至近距離じゃ流石に私の顔色も分かってしまう。
からかう様に言われ、更に顔の赤みが増した気がする。

「そんなことないですっ」

先生から素早く離れて、今度こそ車から逃げ出した。

「ククッ。たまーに逃げ足が速いんだよな。お前は。でも詰めが甘い」

そう言いながら、先生は運転席から降りてきた。

「な、何で降りてくるんですか?」

家の扉まであと少し。
ジリジリと扉までの距離をつめながら、バッグの中にある家の鍵を探す。
なんで、こういう時に直ぐに出てこないかな。

そんなに大きくないバッグなのに、焦っているためかなかなか出てこない。

「お茶でもどうですかー?って誘ったのはお前だろ?」

「ささささ誘ってなんてないですよ」

「さっき言ったことも忘れてしまったのですか?篠崎さんは。これではテストが心配ですねぇ?」

「どどどどどうしてそこで先生モードになるんですか」

ズサ、と後退すると、コツンと足に何かが当たった。
家の扉だ…。
何か、こんな展開見たことあるぞ?
いや、体感したというのか…

「さぁ、どうしてでしょうか?」

「どうしてでしょうね?」

アハハハハと乾いた笑いをしてみるが、逃げ場はなし。
顔の両脇に手を置かれ、さらに逃げ場を失う。
これじゃぁ保健室での二の舞だよ。
ほんっと学習能力ない。

先生の顔が近づいてきて、ギュッと目を瞑る。
不意打ちと違って、ゆっくり来られると自然と身体が固くなってしまう。

…?

いつまでたっても何も起こる気配はなく、恐る恐る目を開けてみると、近距離に口元歪めた先生の顔。

「…何、笑ってるんですか」

いかにも笑いこらえてますーって顔だ。
ちくしょう、緊張した乙女の純情返せ。

「こんな事で固くなってるようじゃ、やっぱりまだまだお子様だな」

そう言って先生は手をドアから離した。

「お子様じゃないって言ってるじゃないですか」

これは条件反射。
お子様って言われたら否定するに決まってる。
でも、この反応が間違っているのかそうでないのか…後になってもこれは判断しかねるものだった。

「じゃぁ、大人扱いしてやるよ。一歩大人の階段上らせてやる」

「へっ?!」

あっという間に腰を抱き寄せられたかと思うと、もう片方の手で顎を持ち上げられる。
そして素早く唇を塞がれた。

さっきまでのキスとは違う。
軽く触れるだけだったのに、今度は唇を軽く挟んでくる。
啄ばむ様に何度も何度も繰り返した。

「ちょ…っ?!」

抗議しようと口を開くと、ヌルリと何かが滑り込んできた。

これ…先生の、舌?!

口内を我が物顔で動き回るそれに、逃げる私は難なく捉えられる。
もう、頭の中はオーバーヒート寸前。
思考回路を奪われて何も考えられなくなる。

「んっ…んん…」

鼻にかかったような甘ったるい声。
これ、私が出してるの…?
そんな事すら認識できないくらいに、意識がどこかに飛んで行ってしまっている。

「はっ…」

苦しくなって背中を叩くと、一旦離れるがまた角度を変えて更に深く重なった。

「んっ…ふ…」

足がガクガクしてきた。
も、力が入らない…

ガクンと膝が折れると、更に強い力で腰を抱かれ、唇がゆっくりと離れた。

「何?感じたのか?」

耳元で囁かれるセクシーボイス。
今日のはいつも以上にフェロモン垂れ流しだ。

ゾクゾクとした痺れが耳から全身に伝わっていく。

「やっぱ…選択間違ったかも…」

先生の問いには答えずそう呟くと、クっと笑いが先生から漏れる。
お願いだから、耳元で笑わないで…

「昼間、イチが言ってたろ?」

「えっ?」

突然変換された話題についていけず、間抜けな声を上げた。

「俺は物持ちがいいって」

あぁ、そう言えば言ってた。
そう思って軽く頷く。

「返品は不可だから」

「それはどういう…?」

「俺への告白を無しになんて出来ないって事」

「いやー、それはちょっと遠慮しときたいかなぁ…なんて」

そう言うと、更に耳に口を寄せる。
ちょっ、耳に唇が当たってるんですけどっ

「俺の声、好きなんだろ?」

「は、はいぃ…」

先生の声は麻薬だ。
一瞬にして私の思考回路を奪っていく。

「その声を独り占め出来るんだぜ?幸せだと思わねぇ?」

確かに、今まさにこの声を独り占めしてる状態。
閑静な住宅街。私以外に先生の声を聞くものは居ない。

「俺の電話番号教えたろ?仕事中以外ならいつでも出てやるよ」

機械越しでも、聞きたくなったら先生の声が聞けるのか…なんて甘い誘惑。
危険な罠でも逆らえない。

「京介さん…」

私ってば、何て声だしているんだ。
とってもとっても甘ったるい声。
自分の声じゃないみたいだ。

「何?」

先生の背中にそっと両手を回す。
普段の自分だったら、こんな事しないんだろうけど…甘い、甘い声の誘惑。
それに逆らうことなんて出来ないんだ。

「返品なんてしないです。京介さんが好きだから」

気づけば勝手に口はそう言葉を発していた。

「当然だろ?」

先生はそう言って、再び私の口を塞いだ。



「イタッ」

キスの余韻にぼうっとしていると、鎖骨の下あたりに鈍い痛みが走った。

「何…?」

「別に?ちょっと摘み食いしただけ」

訳が分からず首を傾げると、グシャっと頭を撫でられた。

「後で分かる。じゃぁ、帰るわ」

スルリとその身が離れていく。
まだ若干ふら付いているけど、もう玄関前だし問題ない。

寄っていかないんですか?とは流石に聞かない。
私だって学習するんだ。

「はい。気をつけて」

そう言って手を振ると、先生も軽く手を上げて車に乗り込んだ。

車が見えなくなるのを確認すると、バッグから鍵を探し出して穴に差し込んだ。


「ぬぁ?!」

部屋に戻って着替えていると、鏡に自分の姿が見えた。
鎖骨の下辺りにくっきりと紅い跡。
「こ、こ、これって…キスマークってやつっすか…?」

摘み食いってこの事だったのかーーーー!!!!!!

先生に翻弄されてばっかりだ。
思わず溜息が漏れる。

「くっそーいつか、先生を見返してやるっ。絶対先生の事振り回してやるんだから!!!」

私の決意の叫びは、誰も居ない家に響いた。

『無理無理。俺に勝とうなんざ100万年あっても足りねぇよ』

そんな声が聞こえたような気がしたが、気づかない振りをしておこう。





Special Thanks!:Premium Box様

ヲトメゴコロ ―美味しい物が食べたいと言う本能に負けて京介の家に行く事になったかなえ。もももももしや、貞操の危機ってやつですか!?

BACK | INDEX | NEXT

Novel TOP



Site TOP 【月と太陽の記憶】

まろやか連載小説 1.41