【5】 BACK | INDEX | NEXT
時間も時間だけに二人はお昼がまだだったみたいで。
持ってきたお弁当を広げていた。

「えーっ、それ羽織ちゃんが全部作ったの?凄い!!」

美味しそうなお弁当を前に思わずそんな感想を漏らす。
食べるのが好きな私もそれなりに料理は出来るのだけど、どうもお弁当ってやつは得意じゃない。
だって少ないおかずを作るって言うのが難しいのよね。
私が作るとどうしても量が多くなっちゃうんだ。

「そんなに凄いって訳じゃないけど…かなえちゃんは料理、苦手?」

羽織ちゃんとは実は同い年だって事が判明して、下の名前で呼ぶことにした。
折角知り合えたし仲良くしたい。なれそうな気がしたんだ。

「んー、苦手って訳じゃないんだけど…お弁当のおかずって言うのが難しいっていうか」

「あ、何となく判る気がする。色合いとかも気にしなきゃならないしね?」

「そうそう。そうなのよー」

にっこりと笑みを向けられて、うんうんと頷く。

「かなえの場合は、包丁で指切ったり、調味料間違えたりしそうだけど?」

やっと名前を教えてもらった瀬尋さんと、車話で盛り上がっていた先生が、そう横槍入れてくる。

「失礼な。これでも料理は得意なんですっ。今度美味しいの作ってギャフンと言わせてやるんだからっ」

「へぇ?料理作ってくれるわけだ。胃薬用意して待ってるわ」

「胃薬なんて必要ないですー」

そう言い合いしてると、クスクスと笑う声が聞こえてくる。
その声の主は羽織ちゃんだ。

「仲いいねー」

そう言われて、思わず頬を膨らました。

「これを見て、仲が良いとかどこから出てくるの?」

「どこって…どう見ても恋人同士がじゃれあってるようにしか見えないよ?ね?先生」

「あぁ」

そう言って、羽織ちゃんと瀬尋さんは頷き合う。

…ん?
「…先生?」

思わずそこで引っかかってしまった。
羽織ちゃんが瀬尋さんを呼んだのはこれが初めてだったわけで。

二人の顔を見ると、苦笑し合ってた。

「こっちは、俺と違って正真正銘の、教師」

「は?!ぅへぇぇぇ?!」

驚きのあまり、思わず反り返る。

教師と生徒の恋愛ってそんな珍しいものじゃないの?
実は巷では流行してるとか?

「うへぇって、お前…」

あきれたような声が降ってきて、姿勢を元に戻した。

「いやー、うん。京介さんも正真正銘の教師ですって」

自分でも良く分からない返答をした。
ちょっと動揺しているのかもしれない。

「何?京介、教師なんてやってんの?」

「あぁ、断れない相手から誘われてな…」

そう言って、先生は事の成り行きを話し出した。



「…やっぱ、教師と生徒って驚くよね。普通」

ポツリと漏らされた言葉に、先ほどの自分の反応が傷つけてしまったのだと理解した。

「いやいやいや。私が特別驚きやすいだけだって。まー、私も先生と何を間違えたかこんなだし?…デッ」

「こんなって何だ?ペットの分際で、生意気な口きくのはこの口か?」

「ひょっ…ひょうふへはん、いはいいはい」

私の口調が可笑しいのは仕方のないことだ。
先生にほっぺ摘まれて横に広げられたのだから。

ふん。と鼻を鳴らして、先生は立ち上がった。

「どちらへ?」

「便所」

…さいですか。

駐車場にあった公衆トイレに向かう先生の背中を見送った後、羽織ちゃんへとまた向き直る。

「京介さんに邪魔されて話が途中だったんだけどね?」

「うん」

「別に、相手が教師だろうがなんだろうが、好きになっちゃったらしょうがないと思わない?卒業したら、そんなの関係ないし。私なんて卒業したって、あの人は芸能人な訳だけどさ」

「うん、そうだね」

自分でも何が言いたいのか、要領まとまらない。
それでも羽織ちゃんは頷いてくれる。

「うちらもう18歳になるんだよ?自分でちゃんと考えられる歳だよ?親の脛かじってるけど、自分の行動だって自分で責任取れる。誰かを好きになる気持ち、たとえ想っている相手だとしても、やめさせる権利なんてない」

思わず握り拳作って力説した私に、目の前に居た二人は驚いた様子。

ちょっと、熱弁しすぎたかな…?

「まーあれですよ。周りのこと考えずに突っ走れるのって、若者の特権ってやつ」

そう言ったら羽織ちゃんがクスクスと笑い出した。

「それ、さっき言ってる事と逆の事だよ?」

あれ???

自分でも分からなくなって首を傾げると、頭をポンと叩かれる感触があった。
見上げてみると先生で。
何だかいつもと違う穏やかな笑みを浮かべてた。
ますます分からなくなって更に反対側に首を傾げる。
すると、直ぐにいつもの意地悪そうな笑みに戻ってた。

「熱弁するもその辺にしとけ。お前はうっかりいらん事まで言いそうだしな」

強ち間違ってはいないんだけど。確かに私ならうっかり、何も考えずに墓穴掘りそうだ。
でも、言われた相手が先生だというのが何だか悔しい。

頬を膨らませると、可笑しそうに目を細めた。

何ですかっつーの。
「もー、かなえちゃんてば可愛い」

「ほぇ?!」

笑いながらそう言った羽織ちゃんを見ると、瀬尋さんも隣で頷いている。
突然の言葉に照れてしまうのは、仕方のない事だと思う。

「いやぁ、羽織ちゃんのが断然可愛いと思うけど?」

本気でそう思う。料理も上手いし、いいお嫁さんになりそうだ。
そう言い返すと、またも瀬尋さんは頷いている。
相当ラブっすね?

二人で可愛いって言い合って、何だか二人とも照れちゃっていると、なごやかーな雰囲気をぶち壊す一言が。

「別に、お前の見た目の話してる訳じゃねーと思うが」

「どーいう意味ッすか」

「どーもこうも、言葉通りだけど」

「言葉通りって」

どう言う事?
先生の言ってる事だから絶対良い意味じゃないはず。
ホントにこの人と私は付き合ってるのかな?
まだ一度も好きとかそういうの聞いたことないし…まさか…ホントにペットだなんて思ってるわけじゃないよね…?

「何、人の顔見て考え事してんだ?」

「えっ?いや、何でもないっす」

慌てて首を振る。
じっと見ながら考え事してたなんて無意識だったし。
それに、流石にこの場で言える訳もないしねぇ。

「やっぱり、仲良し」

クスクス笑いながら言う羽織ちゃんを思わず恨めしそうな目で見てしまう。

「そっちの方が、仲良しさんだと思う」

声まで恨めしそうになっているのは私の僻みなのか。
だって、ご飯食べ終えた二人の距離がいつの間にか縮まっていて、しかも瀬尋さんの手が羽織ちゃんの腰に回ってるし。
どう見てもそっちの方が仲良し。ラブラブでしょ。
でも、何となく瀬尋さんが、挑戦的な目で先生を見ているような気がして、不思議なんだけど…???

「俺は京介と違って素直ですから」

しれっと言った瀬尋さんに、先生は苦い顔を向けた。

「俺はいつだって素直だ」

「そ?そう言う事にしておいてやるよ」

そう言った瀬尋さんの顔は、どこかで見た表情。
隣に居る羽織ちゃんは、困ったような表情を浮かべてる。

「あぁ。先生だ」

「あぁ?」

ぅわお。思わず声に出していたらしい。
しかも、先生とか言っちゃって不機嫌そうに返された。

「いや。何でもないです」

慌てて首を振るが、そうは問屋が卸さないらしい。

「そうだよ。俺の顔を見ながら先生だとか言われても、こっちとしても気になるな」

瀬尋さんまでそんな事を言い出して、私の逃げ道がなくなってくる。
これは、言わなきゃまずいのか…?

じっと私を見つめてくる、4つの瞳。
羽織ちゃんに助けを求めようと視線を送るが、申し訳なさそうな笑みを向けられた。

なんと!私ってば敵地に単身乗り込んでしまったってやつですか?

「いや、えと…あのですね。さっきの瀬尋さんの表情が、どこかで見た事あるなぁ…と思ってですね?それで、その…さっきの言葉です」

仕方なくさっきの言葉の理由を話す。
こんなにじっと見つめられては、シドロモドロになってしまうのは仕方のない事だと思う。

「ほーぅ?俺と祐恭が似てる、と?」

ほら、それ。その顔が似てるんですってば。

「全く心外だなぁ。京介と俺が似てる、だなんてね」

そう言って来る瀬尋さんもやっぱり似た表情。

うーわ。私、もしかしていらん事言っちゃった?
瀬尋さん、優しそうな人だとか思ってたのに、実は先生と同類なの?
羊で狼ってやつ?
マジでそうなの?そうだったら、羽織ちゃん、ご愁傷様。

って、そうじゃなくって。

今の状況まずい。非常にまずい。

「えっ、いや。そんな事、言ってないですぅぅぅ」

頬を引きつらせながら立ち上がると、全員が見上げてくる。

「どこ、逃げる気だ?」

先生に手首掴まれて、また座らされそうになったけど、慌てて手を振りほどく。

「トイレですっ。付いて来ないでくださいねっ」

そう言って、靴を履くとダッシュでトイレへと逃げ込んだ。





「珍しく逃げ足がはやいな」

「二人とも、かなえちゃんを苛めちゃ駄目ですよ」

「別に苛めてなんかいないよ。それにしても、いい勘してるな」

「だろ?耳も勘も動物並。逃げ足が遅くてどんくさいのは人並み以下だけどな」

「楽しそうにしちゃって」

「楽しいに決まってる。俺の可愛いペットですから?」

「あー、はいはい。ご馳走様」

「あっ、あの。私、ちょっとかなえちゃん見てきますね」



そんな言葉が交わされていたなんて、トイレに逃げ込んでいた私は当然知るわけもなく。
「かなえちゃん?大丈夫?」

トイレに逃げ込んだだけで、当然トイレに来たかった訳じゃない。
羽織ちゃんの声が聞こえてきて、トイレの個室から外へと出た。

「もー、何でいっつもいらん事口にするかな。私ってば」

苦笑い浮かべて羽織ちゃんの正面に立った。

「まぁ、それがかなえちゃんの良い所なんじゃないかな?」

「そー?墓穴掘ってばっかりだけど」

ガクリと肩を落とす私の背中を羽織ちゃんは、ポンポンと叩いてくれた。

はぅ。同い年なのに私がすっごく幼い気がする。
羽織ちゃんみたいだったら、私も先生ともっと良い雰囲気になるのかな?

「なぁに?」

またもや人の顔を見ながら考え事していたらしい。
不思議そうに羽織ちゃんに尋ねられた。

「…やっぱ、瀬尋さんて苛めっ子気質なの?」

「あっ、うーん。えーと」

こんな質問、初対面の人から聞かれたら困るのは当然だよね。
私も、何聞いてんだろ。

「何でもないです。忘れて」

あはは。と笑うと、羽織ちゃんは困ったような顔を向けた後、口を開いた。

「…ちょっと、だけ?」

「おおう。まさかホントに答えてもらえるとは。ちょっとだけ、か。いいねぇ。ちょっとだけで」

私の勘だと、ちょっとどころじゃなさそうなんだけどね。
何て言ったって、先生と同類だ。あれは。
でも、羽織ちゃんがそう言うならそうなんだろう。

「さって。いつまでもここ居ても仕方ないし、もどろっか?迎えに来てくれてありがと。じゃなかったら、いつまでも此処に居たと思うよ」

「いえいえ。私も、あそこにちょっと居づらかったし」

「あー、それは私のせいだね。ごめんね」

「いいのいいの。気にしないで」

二人のところに戻る間に、羽織ちゃんの携帯番号とアドレスを聞き出すことに成功した。
住んでるところはちょっと離れてるけど、また遊ぼうねって約束もして。

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