【4】 BACK | INDEX | NEXT
「あのぅ…」

沈黙に耐えられず声を出したのは私。
基本的に黙ってるとかあんまり得意じゃない。
静かなところも何だか落ち着かないのだ。

「何?」

ううう。まだ機嫌悪いんでしょうか?

「えっと…さっきのお店、OZ?の住所教えて欲しいんですけど…」

信号が赤になって車が止まる。
それと同時に先生がこっちに顔を向けた。

うっ…すっごく怖いんですが。
何ていうの?めっちゃくちゃ冷たい目っていうか。

「…何?住所聞いて俺の居ない時に一人で行くつもりか?」

やっぱり口から発せられた声も、それはそれは恐ろしく低いもので。
怒ってる…のかな?

「えーっと、一人というか。ケーキが美味しかったから、今度恵美と一緒に来たいなぁって…駄目ですか?」

恐る恐る聞いてみる。

信号が青に変わって車が発進される。
先生の顔も当然ながら前を向いた。

「恵美って言うと…」

「あ、同じクラスの斉藤恵美デス」

そう言うと、先生は恵美の顔が思い当たったのか、「あぁ」と頷いた。

「結構駅から離れてるけど、何て説明するつもりだ?しかも、店だと分かりにくい外観してるしな。偶々見かけて立ち寄ってみました、なんて言えないだろ」

そう言われると、そうかぁ…うーん。

「あっ、そうだ。恵美に言ってもいいですか?」

「何を?つーか、どこまで?」

「えっと…流石にDJやってます。とかそんな事は言うつもりないですけど、お付き合いしてますとかそのくらい?」

お付き合いとか自分で言ってちょっと照れくさくなった。
そうなんだよね。付き合っても良いって言って、今日は初デートだったりするわけで。
何でか良く分からないが、今更ながらに実感してきた。

「ふーん」

ふーん、て。

「あっ、大丈夫ですよ?恵美の口は金剛力士像並に固いですから」

そう言ったら先生が噴出した。

ぅあ。そう言う笑い方も出来るんだ。
いっつも意地悪そうな笑み浮かべてるイメージしかないから何だか意外。

「何だよ、その金剛力士像って」

「いやぁ。金剛って言ったら、ダイヤモンドじゃないですか。何か、固そうなイメージ沸いて来ません?」

「沸いてこない」

そんなきっぱり言わなくても。

「でも、まぁ…いいか」

「ん?何ですか?」

「後でOZの住所メールしてやる」

「えっ、ホントですかー?やったー!」

あのケーキが食べられるのかと思うと、思わず頬が緩む。
きっと開店時間には別のケーキもあるに違いない。

「あ、そだ。それって恵美に話しても良いって事ですよね?」

「あぁ」

「ありがとうございますっ」

いやー、もう何か嬉しい。
やっぱ教師と生徒なんて秘密の〜って感じだし。
それを誰かに話せるとか、気持ちが凄い楽になるもん。
それに、恋バナってのを友達と話すのが楽しいわけだし。

「あ?…あぁ」

先生はちょっとだけこっちを見て、また前を向いてしまった。
車運転してるから当然だけど。

ん?もしかして、何か照れてる?…まさかね。



先生の運転する車は、どんどん町並みから外れて、仕舞いには車がやっと二台通れるくらいの狭い道へと来ていた。
周りには沢山の木が生えていて、いかにも山に来ましたって感じだ。

「流石にこれだけ木が生えてると涼しい感じがしますね」

「あぁ、日が遮られてるしな」

「ちょっと窓開けても良いですか?」

「どうぞ?」

許可も貰ったので遠慮なく窓を開ける。
途端に山特有の匂いのした、新鮮な空気が車に入ってきた。

うーん、気持ちいい。

思わず目を細めて、木と空しかない景色を眺めた。
流石に身を乗り出したりしないけど、窓の淵に手をかける。

「そうやってると、ドライブに連れて行って貰ってる犬みてぇだな」

「え?何か言いました?」

風の音で先生の言葉が良く聞こえなくて、振り返る。
運転している先生はこっちなんて見ているはずも無く。

「いーや。そろそろ目的地に到着だ」

細い道を登っていくと、拓けた場所に出てきた。
駐車スペースになっているそこは、恐らく展望台か何かだろうと想像が付く。

停められた車を降りて、歩き出した先生の後を付いていく。
少し歩いた先に、木の柵がついた展望スペースがあった。

「うっわぁ…凄い」

目の前に広がるのは山の緑と、その先にある町並み。
きっと夜此処に来たら、夜景が綺麗なんだろうと想像してみる。

「凄い綺麗ですねっ。空気も新鮮だし、久しぶりに自然に触れたーって感じ」

「あんま身を乗り出してると落ちるぞ?」

柵から身を乗り出して、眼下の景色を眺めている私の頭をポンと叩く。

「流石の私でも、そこまでじゃないですよ?」

「そうか?…いつでもどこでも転べる篠崎かなえさん?」

「むぅ…」

今のは絶対わざとだ。
人に嫌味を言うために羊モードとかずるい。

「そういう先生だって、身長高いんだし、柵を乗り越えて落ちたって知らないですよー?」

先生は景色を眺めるつもりは無いらしく、柵に凭れて煙草を取り出してる。
ちょっと足が滑ったら、そのまま後ろ向きに真っ逆さまだ。

「俺はそんなドジな事はしない」

「いやいや。幾ら先生でも、何が起こるか分からないのがこの世の中ってやつですよ?慢心はいけませんて」

そう言った私を見下ろして、先生はふかーく溜息をついた。

「何ですか?」

「だからさ、いい加減先生っつーのやめねぇか?京介でいいだろ?」

あぁそうだった。
すっかりそんな事忘れてた。

「う゛〜〜〜だって、葛岡先生は葛岡先生だし…」

「だからさー、俺は先生じゃないし」

「現に先生してるじゃないですか」

そうよ。紛れも無く私の担任。
国語担当の癖に白衣着て、しっかり授業やってるじゃないの。

「あれは成り行き上ってやつだ。普通の生活に戻っても先生とか言われたらたまんないね。ほら、言ってみ?き ょ う す け」

そう言われましても。

「きょ、京介…さん?」

苦し紛れに出てきたその言葉は、疑問系。
私ってば素直じゃない。
でも何でこんなに呼び方にこだわるのか、いまいち分からないのよ。
まぁ、大抵『先生』って呼んでいれば、学校の教師だって思うだろうけど、先生には色々種類があるでしょ?
医者とか弁護士とか。
幾ら秘密の関係だからって、そこまで何度も訂正する事じゃないと思うんだけど?

「何で疑問系なんだよ。わーった、じゃぁケイでいいから」

「えー、それは…まずくないですか?ほら、ばれたりとかしたら、ねぇ?」

「なんでお前はいちいち反抗するんだっての」

「ほら、反抗期ってやつじゃないですか?ハハハ」

「ふーん?俺に向かってそう言うこと言うわけだ?…分かった。今度からプライベートで先生って呼んだらペナルティな」

「ふぇっ?!ぺ、ペナルティーって…何ですか?」

「それは、後でのお楽しみってやつだ」

こ、怖い。
内容言わないだけに怖すぎる。
何をされるんだ?私は。

思わず身震いをしたところに、第三者の声が聞こえてきた。

振り返ると、一組のカップルが立ち止まってこっちを見ていた。
男の人の方は何だか肩が震えているけど…?

「祐恭!」

そう驚いたように声を出したのは先生。

「…知り合い?」

ぼそりと呟いて、そのカップルと先生を交互に見るが、先生はあまりに驚いてるのか、私の声は聞こえなかったみたいだ。

「久しぶり、さっき丁度京介のラジオ聞きながら来たんだけど、仕事じゃなかったのか?」

近づいて来た二人のうち、男の人が声を掛けてくる。
女の人…女の子??結構若そうだけど…そっちの方は表情見る限り、知り合いじゃなさそう。

「おぅ、久しぶり。数ヶ月ぶりか?…あぁ、今日のは録音。ゲストの都合でな」

「ふぅん、そう言うものなんだ。そっちに居るのは彼女?面白い会話繰り広げてたな」

「いいや、俺のペット」

「ちょっ、ペットって!」

ペットってなんですか?
窪田さんの時といい、何でちゃんと彼女だって紹介してくれないんだ。

……もしかして、彼女だって思ってるのは私だけ?

抗議しても、楽しそうに先生は笑うだけだ。

「そっちは隣に居るのは彼女?」

あぅ。私の抗議はやっぱりスルーですか?そうですか。

「そう。羽織ちゃん。彼は葛岡京介、さっきラジオで聞いてたケイだよ」

「あ、瀬那羽織です。初めまして」

お辞儀をされて、私も慌てて頭を下げる。
すると、頭上から降ってくる、セクシーボイス。

「初めまして」

見上げると、そこには素敵な笑みがあったわけで。

「私の時と全然笑顔が違う…」

そう呟いてしまうのは、仕方の無い事じゃない?
それが恨めしそうな声だったとしても。

「で?そっちの彼女は紹介してくれないわけ?」

「あぁ、彼女は篠崎かなえ。俺の、ペット」

「まだいうか!…えーっと、篠崎かなえです。けっっっっしてペットなんかじゃないんで、誤解無きようお願いします」

「こちらこそ、よろしくね?」

私の言葉に面を喰らったような表情をした後、直ぐに笑みを作った彼女はとても愛らしかった。
何か、優しそうっていうか、私と違ってがさつそうじゃないって言うか。
私もこの人みたいだったら、先生もあんな笑みを向けてくれたのだろうか?

そう思ったら自然と頬が膨れてくる。
じっと先生を睨みつけたら意地悪そうな、でもいつもと違う感じの笑みが返って来た。

ん?何だろ…?

「えーっと、葛岡せ…き、京介さんとはどういった知り合いなんですか?」

やっぱり名前で呼ぶことが出来なくて、またジロっと睨まれる。
答えてくれたのは先生じゃなくて、祐恭さん?だ。
ん?良く考えたらこの人の名前聞いてないぞ?

「俺と京介は良く行く車屋で知り合ったんだよ。色んな意味で意気投合ってやつ?」

「へぇ、そうなんですかぁ…」

納得して、うん、と頷く。

…あれ?何?色んな意味でって。
あんまりいい意味じゃ無さそうな気がするのは何でだろ?

チラリと瀬那さんに視線をやると、彼女の表情が心なしか引きつっているような気がするのは気のせいだろうか?

うーん??
「かなえ。何やってるんだ?」

「はっ?え?」

いつの間にか皆移動していて、瀬那さん達は広げたレジャーシートの上に座っていた。
先生も、そこに座るみたいで傍に立って私の方を見ていた。

もしかして、皆で座ってお喋りタイムなのかな?

慌ててそちらの方へと駆け寄った。

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