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先生の運転する車の中。
かけられた音楽がこの狭い空間に流れているだけ。
数分経った今でも会話ゼロ。

チラリと先生を横目に見ると、何やら機嫌が良いようで流れている英語の曲を口ずさんでる。
「それで先生、どこ行くんですか?」

ハンドルを握る先生の顔を見てわずかに首を傾げる。
未だにどこに行くのか目的も告げられていない。

「…京介」

「はい?」

質問とは全く違う答えに思わず声が裏返る。

「だから、学校以外では先生じゃなく京介って呼べ」

どこまでも尊大な言い方。

「はぁ…でも」

「でもじゃない。これはお願いじゃなくて命令。分かったか?」

「は、はいぃ…」

何か納得いかない。
いきなり名前で呼べとか言われても無理に決まってる。
呼び捨てなんてもっての外。

「じゃ、じゃぁ…京介、さん」

とりあえずこの場はこれで凌ごう。うん。我ながら良い考え。

そう言うと、先生の眼は満足げに細められる。
やっぱ何か機嫌がいいらしい。

「それで、どこに行くかって質問だが…どこ行きたい?」

「え?決めてないんですか?」

「まぁ、一応はあるが、念のため」

強引に今日誘われることになったけど、私の意見聞いてくれるの?
なんか嬉しい。

「えっと、動物園」

「却下」

「えぇ?じゃぁ水族館」

「却下」

はいぃぃぃぃ?

「なんっっっでことごとく提案を却下していくんですか?!」

「今日は人込みにもまれる気分じゃない」

そうきっぱりと言われる。
確かに今日は土曜日で休みの人が多いから、どこいっても人は多いだろうけど…。
でもデートって言ったら定番じゃない?後遊園地とか。

「映画館、美術館、博物館、植物園、海、山…」

もうこうなったらやけだ。
思いつく場所をつらつらと並べていく。

「んじゃ、それ行くか」

「は?それって、どれですか?」

沢山言い過ぎてどれを指しているのか全く見当がつかない。

「だから、最後の山ってやつ」

「はぁ!?」

ありえない。今言った中で一番ありえない。
山ってこの恰好で山登りしろとでもいうのっ?!

そんな事を考えている私を見て、先生はクっと喉を鳴らした。

「安心しろ。別に足で登ろうって訳じゃねーから」

「あ、そうですか」

それを聞いてほっと胸を撫で下ろす。

「えっと、それで…もうそこに行くんですか?」

「いや、その前に飯だな。まだ朝飯も食ってない」

お前は?と聞かれて首を横に振る。

「一応、朝ごはんは食べて来たので…あっでも甘いものなら別腹でいけますよ」

にこにこしながらそう言うと、先生もおかしそうに口元を歪めた。

「色気より食い気か?お子様だな」

「お子様じゃないですっ」

「そうやってムキになるあたりがお子様だっつーの」

クツクツと本格的に笑い出して肩を揺らす。
そんな先生の姿に頬を膨らまし、フイっと先生とは反対側の窓に顔を向けた。

「そう拗ねんなって。美味いもん食わしてやるよ」

笑いの含んだ声で言われたって振り向いてやるもんですか。

尚もそっぽを向く私の頭にポンポンと宥めるように先生に叩かれた。
やっぱり、子ども扱いしてるっ




「着いたぞ」

結局あれから先生とは話をしないまま、流れる洋楽を聴いている振りをしていた。
先生は私と居て楽しいのかな?
別に私じゃなくったって先生ならいくらでも彼女が出来るだろうに。

こっそりと溜め息をつきながら、車から降りる。

「着いたって…ここですか?」

住宅街から僅かに外れた小さな通り沿いの一角。
バラの木で囲まれた家だった。
門はなくバラのアーチが入口になっていて、まだ咲いていない蕾がいくつも見られる。
一見するとメルヘンチックな住宅だと勘違いしそうだけど、アーチの上にあるゴシック調な看板に【OZ】と書かれていて、ここは何かのお店なのだと理解できる。
知らない人はお店だとは気づかないかもしれないけど。

「素敵、ですね…」

「気に入ったか?」

「はいっ」

そりゃそうよ。乙女なら一度はこんな家に住んでみたいと思うはず。
天蓋付きのベッドとかありそうで想像しただけでワクワクする。

アーチをくぐって中に入る先生の後についていく。
建物もやっぱりかわいい。

「…あれ?先生、まだ準備中ですよ?」

扉には準備中の札がかかってる。
お昼前だけど、まだやってないみたい。
そもそも、ここって何のお店なんだろう?

先生を見上げると、ギロリと睨まれた。

な、なんですか…

「京介」

「あっ、はい。そうでした」

やっぱ突然呼び方変えろとか言われても無理だって。

「えっと、それで。やってないんじゃ別のところに行くしかないですよね?」

「いや、問題ない。ってか寧ろやってない時間に来たんだし」

はい?

先生はそう言って扉に手をかけた。

あ、開いてるし…
いいのかな?勝手に入っちゃって…

そう思いつつも先生の後に続いて中へと入る。

うわぁ…中も素敵。
アンティークが基調の落ち着いた雰囲気の店内。
カウンターとテーブルと両方あって、カンターにはお酒らしき瓶がならんでいる。

ここってバーか何かなのかな…?

店内をキョロキョロと見渡すけど、店主らしき影はなし。

そりゃそうよね。まだ準備中な訳だし。

先生は人が居なかろうが全くお構いなし。
スタスタと店の奥の席に腰を下ろした。

「先生?」

と言ったらまた睨まれた。
失敗失敗。

そんな私に先生は深く溜息をついた。

「物覚えが悪いペットにはきちんと躾しねぇとな」

…は?
今の、何かの聞き間違えデショウカ?

「イチー!居るんだろ?何か食わせろ」

先生はテーブルの傍の壁にある入り口に声を掛ける。
流石に店内ではサングラスを外すらしい。
胸のポケットにサングラスをかけた。

はぁ。声も良くって顔も良い。
これで性格も良ければ満点なんだけどなぁ。

程なくしてソムリエエプロンをつけた男の人が出てきた。

「あぁ、京介。いらっしゃい」

穏やかな笑みを浮かべたその人と目があって、慌てて頭を下げる。

「こちらはかなえちゃんかな?話通り、可愛い子だね」

話って?
もしかして、先生が私の事何か話しているのかな?
何か、想像できない。

「んな事はいいから。何か飯作れよ。後こいつに甘いもん」

開店前の店に来ておきながらなんて尊大な言い方なんだ。
どこまで俺様なんですか?

「はいはい。うちらの女王様は我侭だね」

「直哉と同じ台詞言ってんじゃねぇ」

じょ、女王様…?何か言い得て妙だわ。

「今作ってくるから、後でちゃんと紹介してよ?」

そう言って男の人は壁の向こう側に消えた。

それにしても…先生、私の事どんな風に言ってるんだろ?

ジーッと見ていると、先生が口を開いた。

「あいつらに話してるのは俺じゃねぇ。直哉だ」

「えっ?!先生読心術でもマスターしてるんですか?」

「お前の顔見りゃ分かる」

「えええ?そんなに分かりやすい顔してますか?」

ペチペチと両頬を叩く。

「あぁ。何考えてるか顔に出るとか言われないか?」

「言われたこと…ない、ハズ」

思い返してみるがやっぱり言われたこと無い。

「そうか?思いっきり分かりやすいけどなぁ?」

うっ…何か物凄く意地悪そうな顔なんですけど。

「とっところで、ここってバーか何かですか?」

無理やり話題を変えてみると、先生は可笑しそうに目を細めた。

「あぁ。夜はな。吸っても?」

「どうぞどうぞ…ん?夜は?」

ポケットから煙草を取り出して火を点けた。
確認してくるなんて意外と紳士なんだなぁ。

「そ。14時から17時まではカフェ。18時からバーになるんだよ」

「へぇぇぇ。カフェの時間、結構短いんですね」

「あぁ。カフェの時間は単なる趣味だから」

「はい?」

趣味って。商売やってて趣味はないでしょう?

「折角本場でお茶の入れ方習って来たんだから、人に出したいって思わない?家がバーを経営していて提供する場所はある訳だしね」

そう答えたのは先生じゃなくて料理を持ってきたお店の人。

「はー。そう言うもんですか?…わぁ。おいしそーv」

先生の前に出されたのはパスタとスープ。
パスタは海老とかトマトとか色々のってる。
私の方はガトーショコラかな?
とろりとした生クリームが添えられててその上にミントの葉がのっている。
さっきの台詞通り、紅茶の入れ方も本格的っぽい。

「いただきまーす」

フォークで小さくケーキを切って、生クリームをつける。

「んーっおいしい〜〜」

甘すぎないガトーショコラと生クリームがすごくマッチしてる。
今まで食べた中で一番美味しいかもっ

「気に入って貰えたかな?」

「はいっとっても」

ニコニコして頷くと、優しそうな笑みを返された。
先生も煙草の火を消して黙々とパスタを食べてる。
「それで?紹介はしてくれないの?」

「まだ食ってる途中だろ」

先生はギロリと睨みをきかせるけど全く気にしていないっぽい。

「別に食べながらだっていいじゃないか」

先生はその台詞に食べるのを中断して息を吐き出した。

「かなえ」

「あ、はいっ」

「こいつ、窪田壱(イチ)高校時からの友達」

「あ、先生のお友達なんですねー。初めまして」

そう言ったらまたもや睨まれて。
やばい。また先生って言っちゃったよ。
苦笑いを返すと、目を細められる。

こ、怖い…

「んで、こっちがお前が思ってる通りのやつ」

ぅおい!
まともに紹介出来んのかっ

「あははは。ほんっと、京介は素直じゃないなぁ」

「どこが?俺はいつだって素直だが?」

先生が素直って。ありえない。天地がひっくり返ってもありえない。

「まぁそういう事にしておいてあげるよ。俺が一番初めに紹介して貰えるなんて思ってもみなかったからね」

「別に。成り行きってやつだろ」

会話を聞いてるとやっぱり先生が素直だとは思えないんですが?
どう考えても初めから此処に来る予定だったみたいなのに、成り行きとか言っちゃってるし。
窪田さんは大して気にしていない様子なところを見ると、いつもの事なのかな?

「それじゃ、まだ仕込み途中だから。ごゆっくり」

そう言ってまた厨房へと消えていった。

「窪田さんてやっぱ長男なんですか?」

モグモグと美味しいケーキを堪能しながら、目の前で黙々とパスタを食べてる先生に声を掛ける。
その言葉に先生はチラリと目線だけ上げてきた。

「何?あいつの事が気になんの?」

妙に低い声。
今までに聞いたことない声でちょっと心臓が高鳴った。

何か怖い…でもドキドキする。
やっぱ先生の声好きだなぁ…

「や、お友達だって言うし、先せ…京介さん黙ってご飯食べてるし…話題提供?」

先生に睨まれて慌てて呼び方を変える。
僅かに目を細めて見た後、何も言わずにパスタを食べ始めた。

な、何で無視なのよ…

良く分からない気まずい雰囲気の元、黙っていると先生がご飯を食べ終えた。

「で、さっきの質問だが」

「えっ?あ、はい」

また煙草に火を付けて、煙を吐くと突然言葉を発した。

「イチは三男」

「ほぇっ?三男?」

「そ。ちなみに、全員壱って字が付いてる」

はぁ〜なるほど。

三男なのに壱って言うのは何だか可笑しな気がするけど、全員つけているというのなら納得できる。

でも先生は絶対一人っ子だよね。
そんな雰囲気出てるもん。

「先生は兄弟は居るんですか?」

念のため聞いてみる。

「はぁ…ほんっと物覚え悪いな」

可哀想な子とでも言いたげな口調で先生は大げさに溜息をついた。
何よ。ちょっとばかし間違えただけじゃない。
まぁ、まだ一回も自然に呼べてないけど。

「俺は上に兄貴が一人居る」

「えぇぇぇっ一人っ子じゃないんですかー?!」

思わず声を上げてしまうのは無理もないと思う。
絶対絶対一人っ子だと思ったんだもん。

「何だよ。兄弟居ちゃ悪いか」

「いえ。悪くはないですけどぉ」

「明らかに不満そうだな?」

「いやいやそんな事、無いですけど?…デッ」

「デッって何だよ。デッって」

可笑しそうに先生は言うが私はそれどころじゃない。
先生にデコピンされた額がジンジン痛い。
加減てもんを知らないんですか?先生は。

「かなえちゃんの言いたい事、分かるけどね」

「イチ」

厨房から出てきた窪田さんを先生はギロリと睨み付けた。
そんな先生をそ知らぬ振りして、窪田さんは私に笑いかけた。

「かなえちゃん、京介のかなりのお気に入りみたいなんで一つ教えてあげる」

「は?誰が、誰のお気に入りですか?」

「だから、かなえちゃんが京介の」

や、ありえないでしょ。すっごく苛められてるこの状況分かりませんか?
しかも窪田さん、さっき私がデコピンされたの見てたでしょ?

「イチ。余計な事言うな」

「今日連れて来て貰ってますけど、流石にそれは勘違いじゃないですか?」

「京介はね、結構物持ちがいいんだ」

「へ?それが、何か?」

私が質問してるのにお構いなしに話を進めていく。
わけわからん。

「気に入ったものはボロボロになって使えなくなるまで持っているタイプなんだよね」

「…はぁ」

何?何が言いたいの?

先生にチラリと視線送ってみるが、何故かシカト。
こっち向かずに煙草吸ってる。

「でもねぇ。愛情表現がかなーり屈折しててね」

「イチッ」

明後日の方向を向いてた先生が慌てて窪田さんを制した。

「まぁまぁ。最後まで言わせてよ」

そう言って窪田さんは先生の口を塞いだ。
…この人って、優しそうに見えて結構いい性格してるのかも…類は友を呼ぶ?

「京介の家で昔飼ってた犬がね?神経性脱毛症にかかったんだ」

「そ、それって…先生の愛情表現によって…ですか?」

「まぁ、十中八九そうだろね」

ひえぇぇぇ。どんだけ捻くれてるんだ先生はっ。
あれ?そう言えば、さっき窪田さんが私の事お気に入りだって…

「そんな話して…私に胃薬でも持ち歩いていろとでも忠告する気ですか?」

「まさか。愛想つかしても逃げられないよ?って話」

「…もっと悪い話じゃないですか」

「そうかな?案外慣れたら楽しいかもよ?」

「精神マゾだなんて冗談じゃないですっ」

ガタリと立ち上がってギャンギャン噛み付くと、窪田さんは驚いたように目を見開いた。そしてお腹を抱えて笑い出した。

な、なによ…そこまで笑われるようなこと言ってない。と思う。

「うん、いいね。京介が気に入るのも分かるわ」

「イチ。その辺にしとかねぇと本気で怒るぞ」

地を這うような声。
お腹を抱えて笑っているのだから、先生から手が離れたのは必然なわけで。

うひぃ。怖いっ。今まで聞いた中で一番怖いっ。

それでも窪田さんの笑いは収まることが無くて。
先生は立ち上がってテーブルにお金を置いた。

「かなえ、行くぞ」

「えっ?あっはい」

扉に向かって歩き出した先生の後を慌てて追いかける。

「かなえちゃん。今度は京介抜きでまたおいで?代金サービスするから」

声に振り返ると、先生の事なんて全く気にしていない様子で、先ほどとは違う笑みを浮かべている窪田さんと目が合った。
ひらひらと手を振っているのにお辞儀を返してお店を後にした。
車に乗り込んだ後も先生は不機嫌そうで。
やっぱり会話も無く黙ったまま。

先生の声が聞きたいなぁなんてささやかな私の願いなんて届かないんだ。

最も私も声を掛けるつもりも無い。
だって怖いんだもん。

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