【6】 BACK | INDEX | NEXT
日曜日、新聞のラジオ番組表を見ると、夜にケイの番組があるのを知った。
時間になって早速聞いている訳だけど…やっぱり良い声…じゃなくて。

「騙されたーーー!!!明日になったら、問い詰めてやるんだからーーーっ!!!」

ベッドの上で思わず雄叫びを上げると、階下から「静かにしなさいっ!」ってお母さんに怒られた。

一体どうなってるわけ?こんな事があっていいの??
絶対絶対、明日遠山先生を問い詰めてやるっ。


……素直に教えてくれるかなぁ…


うーん。考えていてもしょうがないか。とりあえず、寝よっと。

まだ九時過ぎだというのに、寝る準備をして布団に潜り込んだ。

ケイの声を聞きながらだんだん眠りへと落ちて行く。

なんだか、いい夢見れそう…。










今か今かと待ちに待った放課後がやって来た。
HRが終わるとバッグを持って保健室へと急いだ。
早歩きで廊下を進んでいくと、前方に人影を発見して歩調を緩めた。

この前みたいにぶつかったら大変だもんね。


「あぁ、篠崎さん良いところに」

前方に居たのは古典のおじいちゃん先生。
声を掛けられて目の前で立ち止まった。

「あ、先生。何ですか?」

「ちょっと、これ運ぶの手伝ってくれないかな。流石にこの量は重くってねぇ」

先生は大量のノートを持っていて若干ヨロ付いていた。

…これで断ったら、古典の成績下がったりするのかなぁ…

「いいですよ。職員室までですか?」

職員室だったら保健室の直ぐ傍だもん。丁度良いや。

「いや、私の準備室までお願いできるかな」

なぬっ?!準備室??ここから保健室まで正反対の校舎にあるじゃない!
何で急いでいる時に限ってこういう事態になるのぉ?

「あ、はい。半分お持ちしますぅ…」

ニッコリ笑っていったけど、絶対口が引きつってると思う。




「篠崎さん、すみませんね」

「いいえ。また何かあったらお手伝いしますよー」

愛想笑いを浮かべながら社交辞令のような台詞を言うと『お茶でも』とか勧めて来るのを断って、保健室へと今度こそ急いだ。





「たのもーー!!…違った、遠山先生居ますかー?」

「おー?篠崎、どうした?」

保健室の扉を開けると、薬品棚の中を整理していた遠山先生と目が合って中へと入った。


「先生。一つ聞きたいことがあります」

「何だ。改まって…」

扉を閉めるとこっちへと向き直った遠山先生をじっと見上げて息を吸い込んだ。

「あれのどこが『アノ見た目だから』で『女性に告白されているのがなれていない』で『照れているんだよ』なんですかーー!」

一気に台詞を吐き出して、思わず肩で息をする。

「は?何の話?篠崎、落ち着こうねー?」

ポンポンと私の肩を叩いて、近くにあった丸椅子に強引に座らせた。
私もちょっとだけ冷静になって息を吐き出した。

「だから、葛岡先生の事ですよ。葛岡先生のどこが『女性に告白されているのが慣れていない』ですか」

「アノ見た目を見れば、当然だろう」

…あぁ、そうか。大事な事を言い忘れてた。

「私、分かっちゃったんです。葛岡先生が実は、ラジオのパーソナリティの『ケイ』だって事」

そうそう。これよ。まずはこれを言わないと話が始まらないよ。

「はーぁ。で、その根拠は?」

「声です」

「声ぇ?」

何ですか、その気の抜けたような声はぁ。

「なんて言うんですか、ケイの方が甘さを含んでいてフェロモン全開ーって感じだけど、二人とも本質は一緒なんですよ。ケイの甘さを取ってもう少し声を低くしたら葛岡先生の声の出来上がりー…みたいな。似てるとかそう言うのじゃ済まされない位に一緒なんですって!」


…?何か、遠山先生の肩が震えてるんだけど…泣いてる?まさかね。


じっと遠山先生の出方を伺っていると、クックックっと笑い出して仕舞いにはお腹を抱えて笑い出した。

「なっ、何が可笑しいんですか?!」

「い、いや。悪い悪い…いやぁ、ホントいい耳してるわ。サイコー」


いやいや。サイコーじゃなくって。何が何だかさっぱりなんですけど。


「そこまで言い切れるって普通ないぜ?よっぽど京介の声を愛してんだなぁ…」

「愛してって!」

しみじみと言われて、顔が赤くなるのが自分でも分かった。
何となくワタワタしちゃって、意味もなく髪を撫で付けてみる。

「そこまで愛されてると嬉しいだろ?京介」

…へ?

遠山先生がベッドの方へと声を掛けると、カーテンが空いて人が出てきた。


「ギャーーー!!!なっ、何で葛岡先生がココにッ」


出てきたのは葛岡先生で、今まで寝ていたのか眼鏡を掛けていないその顔は、やっぱり『ケイ』だった。


やっぱり、葛岡先生ってケイなんだ!眼鏡を外したら実は良い男…なんて漫画みたいなことを地で行ってるよこの人!


「今回は俺は何もしてないぞ。篠崎がいきなり来て、いきなり話し始めたんだからなぁ?」

ニヤニヤと笑いを浮かべながら遠山先生は意地悪くそう言って、机に寄り掛かりながら腕を組んだ。

「えっ、いやっ…って、えぇ?!」

「はいはい、落ち着いて」

「今回はってどういう事ですか!」

「んー、まぁ、前回の時にベッドで寝てたのは京介でしたー。なんてな?」


なんてな、じゃない!!
こんの、腐れ保健医ーーー!!!!!


「まぁ、何て言うか…三度も熱い告白サンキュー?」

寝癖を撫で付けながらそう言う葛岡先生の声はまさしく『ケイ』そのもので…。

「あ、あの…そっちが本当の声、ですか…」

って、聞くところソコじゃないだろ、私!


「まぁ、学校では若干声変えてるな。普通に喋ってたら簡単にばれるかもしれないしな」

ゆっくりと近寄ってくる葛岡先生に何だか妙な胸騒ぎがして、思わず椅子から立ち上がってジリジリと後退する。

「しゃ、喋り方もそっちが本当なんですか…」

「あぁ、篠崎さんはこっちの喋り方と声の方が好みですか?」

ニッコリと笑顔を作りながらいつもの先生の声と口調で話す。

「や、どっちも良い声ですけど…」

「じゃぁどっちでも良いよな」

「はぁ…」

後ろに下がりすぎて、気づけば壁に背中が付いていた。


…良く分んないけど、私ピンチ?


理由なんてないけど、何となく私の中で危険信号が灯る。
ココに居ちゃいけない気がする。なのに足がこれ以上動かない。


「な、何で教師がパーソナリティなんてやっているんですか?」

「いーや、逆。パーソナリティが教師やってんの」

「そうですか…って、何でですか?そんなに儲からないんですか?」

「まさか。…こいつの親父さんに頼まれてね。とりあえず今年1年やる事になったんだよ」

そう言いながら遠山先生を親指で指す。

「遠山先生のお父さん…?」

「この学園の理事長。知らなかった?」

「ぅえぇ?!」

うっそー!初耳!!何で理事長の息子が保健医なんてやってるわけ?!

「長男で跡取の癖に、保健医なんてやってんだよ。道楽息子だと思わねぇ?」

「はぁ…」

「ちょいまち。道楽息子ってのは聞き捨てならないな。こうやって学園のために尽くしてるだろ?学園の後継ぎは弟に任せたし、何の問題もないじゃないか」

「はぁ…」

「聞きたいことは以上?」

「はぁ…」

私、さっきから「はぁ」しか言ってないし。
…って、何時の間に葛岡先生こんなに近くに来たんですか!

気づけば葛岡先生が数十センチ先まで来ていて、壁に追い詰められたような錯覚に陥る。

「なぁ、直哉。こいつって、ハムスターみたいじゃねぇ?回し車ん中でグルグル回ってる感じ」

直哉?…あぁ、遠山先生の名前か…って、ハムスター?

「あぁ、確かにそんな感じ。京介、小動物好きだよなぁ?」

「まぁな」

いやいやいや。そこで何二人ニヤリと笑っているんですか?怖いんですけど。

「あのー、二人で何の話を…」

「篠崎、俺の事好きだって言ったよな?」

「は?へ、まぁ」

行き成りなんですか?展開に全く付いていけてないんですけど…。

「いいぜ。付き合っても」

「は?」

ど、どうしてこんな展開に?!

「えっと、付き合うって、彼氏彼女の関係って事ですよね?…教師と生徒じゃまずいんじゃないかなぁ…って」

「別に、本職は教師じゃないし。問題ないだろ。いざとなったら辞めればいいし…何か不満でも?」


な、何でそんなに接近しているんですか。先生!!

壁に手をついて、私を覗き込むようにしている先生の顔はかなりの至近距離まで迫ってきていた。

「え、え??」

「相手が俺じゃ、嫌だっていうのか?」


みっ、耳元でセクシーヴォイスがっ


「そんな事ないです…」


先生の声にほだされて、気付けば肯定するような台詞が口から出ていた。


「じゃぁ決まりだな」


そう言った先生の顔が近づいてきて…


くっ、口が私の口にっ…これって、キス?!


私のファーストキスは遠山先生というギャラリーが居る前で奪われてしまったのだ。
夢見てたロマンティックなファーストキスが…こんな事で壊されようとは…


「あー、お二人さん。人前でそう言うのは止めような。しかも学校だし」

「あぁ。悪い」

葛岡先生が離れていって、ズルズルとその場にしゃがみ込んだ。


…腰抜けた…


「まぁ、そう言うわけだから。かなえサン?これからよろしく」


ニヤリと笑みを浮かべた葛岡先生は私の目には悪魔に見えた。

葛岡先生は白衣のポケットから眼鏡を取り出すと、『じゃ』と保健室から出て行った。


もしかして、もしかしなくても…葛岡先生って苛めっ子気質?!


どうやら私、大変な人に惚れてしまったようです。
性格に難アリな気がするけど、声は最高。


セイレーン…まさしく先生はセイレーンだ…


セクシーヴォイスの甘い罠は、私をがんじがらめにして離さない。


…私のこれからが、心配でなりません。



「ま、悪いのに引っかかったと思って諦めな」

私の肩をポンと叩いて、遠山先生は苦笑いしたのだった。




視線の先に ―京介側のお話し。全ての話はここから始まる。

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