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高校三年の新学期、掲示板に貼られたクラス分けの紙を眺めていた。 私のクラスはどうやら2組のようで、直ぐに名前が見つかってほっとした。 普通科に10組もある学校だから、もしも10組だったら探し当てるまでにかなりの時間を使ってしまうんじゃないかって思う。 仲の良い友達が何人か一緒なのも嬉しい。 そうそう、問題は担任だよね。 数学の田村だったら最悪だよ。HR長いんだもん。 えっと、担任は… 「葛岡京介?」 思わず口に出してしまって慌てて口を塞いだ。 そんな名前、聞いた事がない。 もしかして、新しく赴任してくる教師だろうか? 大学受験を控えている三年の担任を新任の教師に任せるなんて…やっぱりうちの学校だわ。普通じゃない。うん。普通じゃない。 教室に着くと友達の恵美が既に椅子に座っていた。 「恵美!オヒサー」 実は昨日遊んだばかりなんだけど、そんな言葉を笑いながら恵美に言った。 「おーっす、12時間ぐらいぶりー」 恵美は凄くサバサバしてて男の子みたい。 一緒に居て疲れない相手。 「ねぇ、担任の名前見た?」 「見た見た。知らない名前だよね。新任なのかな?」 「うーん、多分そうだと思うんだけど…」 二人で首を傾げると、直ぐにチャイムが鳴って慌てて自分の席へとついた。 ……ついてない。よりにもよって、教卓の真ん前の席? 思わず溜息が漏れる。 生徒の数が多くて名前を覚え切れていない教師が多いから、多分一学期中はこの席のままって事だよね。 そう思ったら、気が重くなってもう一度溜息をついた。 暫くすると担任の葛岡先生が入ってきた。 先生の姿を見た途端、教室が少しざわついた。 私はと言えば、言葉も出ずにその教師を見詰めた。 ホントに教師なの?!頭は寝癖が付いたままボサボサだし、着ている服はヨレヨレで清潔感なんて全く無い。それに、確か現国担当だったよね?…なんで、白衣着てるの? ていうか、目がまともに見えないくらいの眼鏡って何?!今時ビンゾコ眼鏡してる人なんて居ないよ?コンタクトにしようよ。 しかも、新任教師って事は今日の始業式の後に就任式があるんだよ? まさか、その格好で出る気なんじゃ… 他の皆も考えている事は同じみたいで、チラホラと似たような言葉が聞こえてきた。 「はい。皆さん静かにしてください。HRを始めます。えー、まず私の自己紹介をしたいと思います。今日からこの学校で現国を教える事になった葛岡です。どうぞよろしく。では、出席を確認したいと思います――――」 葛岡先生は黒板にやや右上がりの字で自分の名前を書くと、パンパンとチョークの粉を叩いた。 葛岡先生が話し出した途端、私の中で危険信号が点滅しだした。 ヤバイ…どうしよう… 「―――篠崎かなえさん」 ぅわっ!私の名前呼ばないで! 名前を呼ばれた瞬間、凄く動揺して返事をするのが遅くなってしまった。 目の前に立っている為目線が合って慌てて返事をすると、葛岡先生は何事も無く次の人の名前を呼び始めた。 出来る事なら耳を塞いでしまいたい。だけど、一番前のこんな目立つ席じゃそれも出来ない… HRが終わるのをひたすら待って、終わった頃には嫌な汗が額に浮かんでいた。 「かなえ、校庭に行こう」 「あ、うん」 暫く椅子の上で固まったままで居ると、背後から恵美に声を掛けられて慌てて立ち上がった。 生徒が多いために全校生徒が集まる行事は全て校庭で行われている。 夏場の炎天下の中での集会は結構きついものがあるんだよね。 「何か凄い先生だよね。見たときビックリしたんだけど」 「うん、そうだね。頭は寝癖でボサボサだし服もヨレヨレだし。何よりも…」 「「あの白衣!」」 恵美と声がハモって思わず顔を見合わせて笑ってしまった。 学園長の話が始まった。 と言っても、学園長の話はそんなに長くない。 中学の校長に比べたら半分も話さない人で、太陽に照らされながら聞いている方としては凄く嬉しかった。 短い始業式が終わると今度は新任の就任式が始まった。 順々に教師が挨拶をしていって、最後の一人は葛岡先生だった。 ぅわ…やっぱり、あの格好なんだ。 せめて就任式ぐらいきちんとした格好をしてもいいんじゃない? それにしても、あの格好、他の教師から何か言われないのかな…? うちのクラス以外の生徒は先生を今初めて見たのだろう。 やはり、先生が現われた時、皆一斉にざわつき始めた。 先生はそんな皆の反応を気にしていない様子で、軽い自己紹介をしていた。 先生が話し始めた瞬間、また私の中で危険信号が点滅したが、直ぐにそれは収まった。 私がそれを受け入れたから。 もう、引き返す事なんて出来ないと観念したから。 見た目は決していいものではない。頭ボサボサだし、服はよれよれだし、ビンゾコ眼鏡だし。何時もだったら絶対に敬遠しているタイプ。 だけど、先生の事、好きになっちゃったの。 一目ぼれ?ううん。違う。一聞きぼれ。 こんな言葉なんてないけどね。 先生の声を聞いた瞬間に点滅した危険信号。 あれは、先生を好きになってはいけないと感じていたから。 生徒と教師、禁断の愛ってやつだし。 でも、もう危険信号は点滅しない。 先生の声が、頭から離れない―――。 |