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2月13日。バレンタインの前日が日曜日と言うこともあって、南絵はキッチンでチョコレートケーキを作っていた。
既にケーキは焼きあがっており、後は溶かしたチョコをコーティングするだけとなっていた。
片手ほどの小さなものと、通常の大きさのもの。
二つのケーキにコーティングをしたところで、和臣がキッチンへと入ってきた。

「お、南絵美味しそうに出来たじゃないか」

「うん。パパの分もあるよ」

「そうか。南絵のケーキ、楽しみにしてるよ」

「うん。こっちの大きいのがパパのだからね♪沢山食べてね」

南絵はそう言いながら、二つあるうちの大きい方のケーキを指した。
それに驚いたのは和臣だった。大きい方が修二のものだと思っていたからだ。

「大きい方を修二君にあげるんじゃないのか?」

「ううん。修二君のは小さい方だよ」

「そ、そうか。じゃぁ、明日楽しみにしてるな」

「うん」

和臣は足取りも軽くキッチンから出て行った。
どうやら、修二より大きいケーキを貰える事が余程嬉しかったようだ。

南絵の父親キラーぶりは健在だった。

「だって、修二君あんまり甘いもの好きじゃないんだもん」

と、ホワイトチョコでケーキに文字を書きながらつぶやいた。

幸いにも和臣はその場に居なかったのでこの言葉を聞くことは無かった。
南絵の世界は修二を中心に回っているのだから、ケーキを選ぶ基準も修二に合わせてだ。
和臣が思っているように【ケーキの大きさ=気持ちの大きさ】という訳ではなかった。









次の日の朝、南絵は綺麗にラッピングしたケーキを持って、学校へと向かった。
その途中で修二を見かけて走り寄った。

「修二くーん!おはよー」

ニコニコと笑みを浮かべながら修二の腕に抱きつき、見上げる。
修二も僅かに目を細めて南絵を見下ろした。

「……ハヨ」

「今日帰りにお家寄っていい?ケーキ焼いて来たんだ」

「あぁ」

「えへへ。結構自信作なんだよ」

嬉しそうに言う南絵の頭をポンと叩いて、視線を前に戻した。

少し歩いたところで、後ろから騒がしい足音が二人へと近づいてきた。
金髪にたれ目の男子学生、嵐だ。

「修二さん、おはようございます〜」

「あ、嵐君おはよ〜」

「おぅ、南絵もオハヨッス」

嵐は二人に声をかけた後、鞄の中から何やら綺麗にラッピングされたものを取り出した。

「修二さん、これ貰ってください!日頃の感謝を込めて」

男が男にバレンタインにプレゼントを渡す光景に、思わず道を歩いていた生徒たちは凝視してしまった。

―――プレゼントを受けるのだろうか?

そんな事を思いながら固唾を飲んで見守った。

「……」

修二は黙って嵐を見下ろした後、南絵を連れて歩き出した。

「修二さん、貰ってくださいよぉ」

嵐も負けじと後を追いかけ、プレゼントを振り回しながら修二の後ろをついて回る。

「嵐君、渡すの放課後にしたほうがいいんじゃないかなぁ」

修二の腕にしがみついている南絵が首を傾げながら嵐を振り返った。
そう言われた嵐は手の中のプレゼントを見つめた後、『それもそうかも』と思い鞄の中へ仕舞い込んだ。

「そういや、南絵は俺にチョコレートくれないわけ?」

「え?どうして?」

「どうしてって…いや、いい。南絵は修二さん一筋だもんな」

「うんっ」

ニッコリと笑みを浮かべて頷く南絵に嵐は深いため息をついた。






三人が教室に着くととある場所に目が行って思わず立ち止まってしまった。

「修二さん…あれ…」

「修二君の机に…」

「……」

「南絵、おっはよ〜!」

三人が入り口で立ち止まっていると、万理が席から近寄ってきた。

「あれ、凄いよねぇ。もうね、塚本君が来る前に次から次へと女の子が来て置いてったんだよ。嵐君との騒動以来人気出てるもんねぇ」

「やっぱりあれって、全部修二君宛てのバレンタインプレゼント?」

「そりゃ、塚本君の机に乗っているんだからそうでしょ」

「うぇぇぇ…あんなに食べたら修二君、虫歯になっちゃうよ?!」



問題はそこなのか?!



と思わずクラスメートは突っ込みを入れたかったがグッと堪えて我慢した。

修二の机の上には沢山の包装されたプレゼントが山積みになっており、一箇所手に取ったら崩壊しそうなぐらいだった。
修二は何も言わずに机へと向かった。



「修二君、はい。これに入れればいいよ」

南絵はロッカーから取り出した大きなトートバックを修二へと渡した。
赤と黒のチェックになっている何とも可愛らしいバックだ。

修二は頷いてバックを受け取ると、机の上のプレゼントを中へと仕舞った。



…あのバック、塚本君には似合わないな…可愛い過ぎるだろ?!



そんな事を思った人も居たようだが、何時ものごとく突込みを入れるような勇気ある者は居なかった。






放課後になって、修二がバックを手に取ると、朝より重くなっているような気がした。
僅かに首を傾げてバックを上下に揺らしてみた後、特に気にした様子も無く南絵と共に教室を出て行った。

その様子を見ていたクラスメートはプっと思わず噴出してしまった。

「バッグの中身が増えてるの気づいてないのかなぁ?」

「塚本君が教室から居なくなるたびに誰かが入れて行ったよね」

「やっぱり、本人に渡す勇気はないかぁ」

「それにしても…いつから塚本あんなに人気が出たんだよ」

「俺なんか、0個だぜ?うらやましいっ」

「馬鹿ねぇ、貰いたがってるから駄目なんじゃないの」

「なっ、なるほど…」

「あのチョコとか、全部食べるのかなぁ?」

「案外南絵ちゃんにあげるのかもよ?」

「……ありえるね」



ちなみに、朝一番に断られた嵐はと言えば、他の人同様こっそりとバッグの中に忍び込ませていたとか。
もしかしたら、プレゼントをこっそり置いていった女生徒達は直接渡す勇気が無かったのではなく、朝に嵐が無言で受け取って貰えなかったのを知って直接渡すのを諦めたのかもしれない。







「修二君、去年までは全然プレゼント貰えなかったのに、今年は凄いねぇ」

「何でか知らないけどな…罰ゲームとかじゃないのか?」

「罰ゲームって…なんでよぅ?」

「さぁ?」

「うーん?…ところで、それ全部食べるの?」

「いや。とりあえず、中を全部見た後に明日道場の子にでも上げるよ」

玄関の鍵を開けて、南絵を中へと通す。
リビングへと行くと、テーブルの上にバッグを置いた。

「えぇっ。食べないであげちゃうの?」

「流石にこれだけの甘いものは食べられないな。まぁ、可哀想とかっていうならどれか一つぐらいなら食べられるだろうけど…そしたら南絵のは食べられないな。それでもいいか?」

「いやっ。私の食べてくれなきゃ駄目だよぅ」

即答した南絵に笑みを向けて、頭をポンポンと撫でた。

「俺も、南絵のケーキ食べたいし。今お茶入れるからソファに座ってて」

「うん」

南絵はソファに座るとバックの中からラッピングされたケーキを取り出した。
ティカップを持って戻ってきた修二にそれを渡した。

「ありがとう。開けてもいいか」

「もちろんだよっ。食べて食べて」

綺麗に包みを開けると、中から出てきたチョコレートケーキをお皿の上に置いた。

「じゃぁ、頂きます」

フォークで一口分取ると、口へと運ぶ。
南絵はその姿をワクワクした様子でじっと見つめた。

「ん、あんまり甘くなくて美味しいよ」

「ホント?ホント〜?良かったっ」

「南絵も食べるか?」

「うん。あーん」

修二は自分の食べるよりも大きめにケーキを切って、大きく開けた南絵の口に入れた。
嬉しそうにケーキを食べる南絵の表情に修二の顔も思わず綻んだ。

「えへ。我ながら美味しい」

「南絵の作るものは何でも美味しいよ」

「そぉ?修二君の方が料理上手だと思うよ?」

「まぁ、一応自炊してるしな。今日はご飯食べていくのか?」

「うーん、多分ご飯までには帰らないとパパが拗ねちゃうと思うから」

「そっか…ごちそうさま」

話している間にケーキを食べ終え、入れてあった紅茶を一口飲んだ。
修二よりも南絵の方が多くケーキを食べたようだ。
修二へのバレンタインのプレゼントなのだが…二人はそんな事はちっとも気にしていないようだ。



飲んでいた紅茶のカップを置いて、南絵は修二の口に軽くキスをした。

「おまけ♪」

ニコニコと笑顔を浮かべる南絵に優しい表情を向けると、その唇を再び塞いだ。

「どっちかって言うと、こっちの方がメインだと思うけどな」

「こっちがメインなの?んー、じゃぁ沢山どうぞ」

そう言いながら、チュっとキスをする。
修二も南絵にキスを何回も返す。
軽いキスを繰り返すうちに深いキスへと変わっていった。



「ん…修ちゃん…お姫様抱っこして?」

瞳を僅かに潤ませて修二の首に抱きついた。

「仰せのままに。お姫様」

南絵を抱きかかえてベッドルームへと向かった。















「んっ…」

僅かに明るい室内のベッドの上でお互い裸になって体温を確かめ合う。
南絵の体の至るところにキスを落として紅い花びらを散らしていく。

「ゃぁんっ…んっ…」

南絵の足を開かせてぬかるんだ中心へと指が滑り込む。
熱い蜜が指を濡らし、動かすたびにクチュクチュと水音が響いた。

「あぁんっ…はぁ…」

与えられる刺激に反応するようにキュキュと内壁が指を締め付ける。

「南絵、もっと力抜かないと動かせないよ?」

「んっ…だってぇ…」

頬を紅潮させ、無意識の内に唇を舐める姿に修二は思わず喉を鳴らした。

「そろそろ、いいよね?」

「ん…」

南絵が頷いたのを見て指を引き抜くと、質量を持った熱い猛りを中心に宛がうと、ゆっくりと中へと沈めていった。

「南絵…スキだよ?」

「ぅん…私も、スキぃ…っぁ…」

キスをねだる南絵に優しいキスを降らせ、ゆっくりと律動を開始する。
徐々に徐々に早くなっていく動きに、修二の背中にしがみ付いた。

「あぁっん…ふ…っ…」

修二の律動に合わせてギシギシとベッドが音を立てる。
二人の耳にはそれが聞こえていないかのように、お互いに夢中になる。
お互いの熱が混ざり合って、まるで本当に一つになっているかのような気分になった。

「はぁっ…んっ…修ちゃ…もっ…」

与えられる刺激に耐えられなくなったように、修二の背中に爪を立てる。
宥めるようなキスを一つ。頬へと落として更に激しく、奥を突き上げる。

「あっ…んっ…あぁぁぁぁっ」

内壁の一番感じる場所を擦り上げられ、南絵の頭は真っ白になった。
そしてその後を追うように、修二もまた熱い白濁を薄い膜越しに吐き出した。










南絵が帰る前に、二人は貰ったプレゼントの中身を見ていた。
定番のチョコレートからクッキー、中には学校指定のYシャツなど、色んなものが入っていた。

「あれ?これ、嵐君からみたいだよ?」

南絵が一つの包みを開けたとき、そんな言葉を発した。

その中にはクッキーとカードが入っていた。

「ホワイトデーのお返しは、舎弟にしてくれる事でいいっすよ…だって」

南絵の言葉を聞いて修二は溜息をついた。

「舎弟って…いい加減しつこいよなぁ…友達とかならともかく、舎弟とかって要らないし」

「ところで、舎弟って何?」

「さしずめ子分ってところかな」

「ふぅん。子分になりたいなんて変なのー。これって、手作りのクッキーかなぁ?嵐君お手製?」

南絵が持ち上げた透明なビニール袋の中にはいびつな形をしたクッキーが入っていた。

「食べても良い?」

「あぁ、いいよ」

「いっただっきまーす♪」

嬉しそうにクッキーを一枚取り出すと、小さなカケラを口の中に放り込んだ。
するとみるみる南絵の眉間に皺が寄り、若干涙目になっている。

「どうした?南絵」

「…嵐君、塩と砂糖間違えてる…しょっぱ…」

慌てて紅茶の残りを飲み干した。

「明日嵐君に言わなくっちゃ…これはもう、お菓子作りの特訓しかないねぇ」

「南絵…それは別にしなくても良いと思うけど?」

「そうかなぁ?…あっ、そろそろ帰らなきゃ」

首を傾げた時、テレビの上にある時計が目に入り南絵は慌てて立ち上がった。

「家まで送るよ」

「ん?いいよ。折角家に居るんだもん。一人で帰れるよぉ」

「そうか?じゃぁ玄関まで」

玄関へと向かう南絵の後をついて行く。
靴を履いた南絵は振り返って修二に笑顔を向けた。

「じゃぁ、また明日ね」

「あぁ、気をつけて」

南絵の唇に軽くキスを落とすと、優しい笑みを向けた。



「よぉしっ。今週末は嵐君にお菓子作り教えるぞ〜!」

そんな事を言いながら気合を入れて歩き出した南絵の言葉に思わず脱力する。

「だから、それはしなくても…もう聞こえてないか…ま、いいけどね」

苦笑いしながら息を吐き出すと家の中へと入っていった。


お菓子作りの特訓とやらは修二の家でやることになるのだろう。
週末に向けて材料でも揃えて置くか…などと考えている修二はやはり南絵には甘いのだった。




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