【6】 BACK | INDEX | NEXT
星陵学園にて、世間様にはこっそりと、大イベント開催中。


「おい、お前どっちにした?」

「やっぱり塚本だろ?」

「俺、片瀬にしたよ」

「マジで?!チャレンジャーだな」


こんな会話が学園内のあちこちで交わされている。
休み時間ともなれば、生徒たちは携帯でメールを交換し情報収集に余念が無かった。

久し振りのお祭り騒ぎに参加していない生徒は皆無に近かった。









「全く、学園で賭け事などと世間に知られたら大問題ですよっ」

此処は学園長室。
教頭は入ってくるなり学園長にそう捲し立てた。
一方、言われた学園長はニコニコと穏やかな笑みを浮かべて、お茶を一口すすった。

「して、教頭はどちらに入れたのですかな?」

「それはもちろん、塚本…ッ?!」

教頭はしまった!と言うかのように口をつぐんだ。

「ほっほっほっほっほ…私も、塚本君だと思いますよ?」

学園長は相変わらずのニコニコ顔で、教頭にお茶を勧めた。


どうやら、このイベントに参加しているのは生徒だけではないようだ。






「塚本に一口な」

「はいよ。3年3組の斎藤、塚本に一口…っと」

名簿にメモをして、100円を受け取り、箱に入れた。

「結構、集まったなー、やっぱり修二がダントツの人気か」

イベントの主催者は修二の友人、連達であった。
イベント、というか修二と嵐をネタにした賭け事なのだが…。
賭け事をしているなどと世間に知られたら大変な事になるだろう。

それは皆心得ているようで、学校外ではこの話には一切触れる事はなかった。


「へぇ…人をダシにして、面白い事やってるな?」

不意に背後から声を掛けられて、連はビクっと肩を揺らした。
声に恐る恐る振り返ると、そこにはにっこりと笑みを浮かべた修二の姿があった。

「しゅ、修二…」

「それ、どっちが勝ってもお前らが儲かる仕組みになってんだろう?…後で奢れよ?」

目を細めて口元だけで笑う修二に、連はコクコクと素早い動きで頷いた。
それに修二も頷いて、教室へと向かって歩き出した。


「あ、塚本君、頑張ってねー」

最近、覚醒バージョンで学園に来ているせいか、他の生徒からよく話し掛けられるようになった。
といっても、こういった応援の声が多いのだが。
修二はその声に反応を示さず、教室へと入っていった。


南絵の傍に嵐が居て、何やら話し掛けているようだった。
何も気付いていない南絵はニコニコと話を聞いて、時たま相槌を打つように頷く。

「南絵」

「ん?なぁに?」

嵐は真剣な表情をして南絵へと身を乗り出した。

「ングッ」

あと数センチで南絵と嵐の顔が近づくというところで、修二は後ろから嵐の口を塞いだ。
「言ったろ?二度も同じ手にはのらないと」

口だけでなくその大きな手で鼻も塞いだまま背後から話し掛けた。

「んーんー!!!」

嵐は真っ赤になってもがき、修二の手をバンバンと叩いた。

「あぁ、悪い。鼻まで塞いだら息が出来ないよな」

全く悪いと思ってないのがアリアリと分る口調で、修二は手を離すと自分の席に着いた。

今の、絶対わざとだ!!!


遠巻きに見ていた生徒達は口元を引きつらせた。








「ねぇ。修二君と嵐君て仲が悪いの?」

その日の放課後、急に南絵がそんな事を言い出した。

「ん?仲悪いように見える?」

修二は笑みを向けて、南絵へと屈みこんだ。

耳聡くそれを聞きつけたクラスメートは、帰ろうとしたのを止めて、会話へと耳を傾けた。

「えーっと、良く分んないけど…二人が喧嘩してるって話聞いたからー」

「別に、喧嘩している訳じゃないとは思うけどね」

「そうなの?じゃぁ、仲良しさんなんだねー?結構話してるもんね!」

ニコニコと笑いながら言う南絵に反論を示したのは当然ながら嵐だ。

「おい、南絵!何ボケた事言ってやがる。俺とコイツが仲良い訳ねぇだろっ」

噛み付かんばかりの勢いで捲し立てる嵐に、南絵は戸惑ったような顔を見せた。

「えー、じゃぁやっぱり喧嘩してるの?駄目だよ?仲良くしないとー」

「コイツから南絵を奪おうとしてんのに仲良くなんて出来るか!」

嵐の言葉を分っていないのか、小首かしげて嵐を見上げた。
いい加減、分っても良さそうなものだが…

「奪うって何の事?」

「南絵を俺の彼女にしたいんだよっっ!!!!」

放課後の校舎に嵐の声が響き渡るくらいの大きな声でどなるように嵐は言った。
クラスメートだけでなく、騒ぎを聞きつけてきた他の生徒が廊下から見守る中の大告白大会だ。

南絵の誘導尋問にひっかかった嵐は、叫んだ後ハっとした表情になり、ギャラリーを見渡した。
南絵は意図的に誘導尋問をした訳ではないのだが、結果的にはそうなってしまった。

ゴクリと喉を鳴らした生徒たちが、南絵を見詰めた。
一体どんな言葉が出てくるのだろうか。

「ほえっ?!」

間の抜けた第一声に、皆脱力感を覚えた。
嵐だけでなく、見守っていた生徒達もだ。
唯一、修二だけが平然とした顔をしている。南絵のぼけ具合は今に始まった事ではないのだから。
寧ろそれが可愛い。と思っている修二は重症だろう。

「それって、嵐君が私を好きって事?」

「……それ以外の何がある」

いい加減疲れてきたのか、嵐はたっぷりと間を置いた後うめく様に言葉を発した。

「そうだったんだぁ…全然気付かなかった…私、修二君のお嫁さんになるから嵐君の彼女にはなれないやぁ」

ね?とにっこり笑って修二を見上げる南絵の表情には告白してきた相手を振ったという罪悪感など微塵も感じさせなかった。
南絵の世界は修二を中心に回っているのだし、幸せそうな顔をして笑う南絵を見ていると、それも許せてしまう気分になるのだから不思議だ。

南絵の言葉によって、二人の戦いに終止符が打たれたと誰もが思った。

「ちっくしょ〜!こうなったら、力づくで奪ってやる!!!」

やけを起こした嵐は、拳を振りかざして修二に襲い掛かった。


キャァッ とどこからとも無く悲鳴が上がる。

修二の顔目掛けて振られた拳は、虚しく宙を舞った。
体勢を立て直し、再度殴りにかかるがこれもまた宙を舞う。

「クソッ、男なら避けるな!!いいから戦えー!!」

左脚に力を入れて右足を振り上げる。

「…当ったら痛いだろうが」

修二は避けながら、例え当っても痛く無さそうな声色で言う。
その言葉にカチンと来た嵐は、雄叫びを上げながら力いっぱい拳を振り上げた。

「馬鹿にしやがって―――」

しかし、気合虚しくまた拳は空気を切っただけだった。
そして嵐が振り返った瞬間、視界の端に影がよぎった。


ヒッ


ギャラリーは悲鳴を上げる事も出来ず、息を飲んだ。


やられるっ…!!

嵐は瞬間的に目を閉じてしまった。
風圧で嵐の髪が僅かに揺れたが、覚悟していた痛みは襲ってこなかった。
恐る恐る目を開けると、修二の足の甲が嵐のコメカミから一センチも無いところでピタリと止まっていた。

修二がゆっくりと足を下ろすと、ヘナリと床へと座り込んだ。


……完全に俺の負けだ…


嵐が負けを認めた瞬間であった。

それもそうだろう、修二が止めなければ完全に嵐はふっとんでいただろうから。
当てるよりも止めるほうのが難しいのだ。
当てるつもりなら力を込めて振り切ればいい。
だが、勢いのある蹴りを止めるとなればそうとうな筋力が必要になるのだ。

修二ははなから嵐に当てるつもりは無かったのだ。
武道の精神に反するし、師匠との約束を破る事になる。
そして何よりも、南絵の前で暴力を振るうなどしたくは無いのだから。



嵐は南絵を奪う事も出来ず、更には強いと自負していた喧嘩すらも修二には適わなかった。
こうして、二人の戦いは修二の完全なる勝利にて幕を閉じた。



「……塚本修二、惚れた…」

皆がわらわらと去った後、誰も居なくなった教室でそう嵐が呟いたとか。





この騒ぎの後の事はといえば。



「やーっぱ、修二が勝利したか。ま、当然だよなぁ。南絵ちゃん他の男は眼中にないもんな。片瀬のおかげで儲かったからいいけどなー」


イベントを仕掛けた連達は臨時収入が入ってホクホク顔だ。
そのお金で、修二と南絵にご飯を奢る事になるのだが…



修二は通常通りの生活に戻った。
あの爽やかさは幻だったんじゃないかと噂されるくらいに、いつもと変わりなく、無口で、無愛想。


「いつものあの怖い感じと、この前の爽やかな感じのギャップがたまらないよねー」

などと一部の女生徒に想いを寄せられている。らしい。



そして、騒ぎの元凶の嵐は――――――



「修二さん、舎弟にしてください!!!!」

朝からそう言って修二にまとわりつき、不機嫌そうな修二の顔が、益々不機嫌そうに見える。

「修二君、オハヨー」

南絵は変わらず、挨拶をしながら修二の腕に抱きついた。

ズルズルと引きずられるように修二と登校する南絵とその周りをチョロチョロと動き回る嵐は、朝の新しい光景となった。



「休みの日まで修二君の家に押しかけないでよぉぉぉ」

修二のライバルだった男は、今度は南絵とある意味ライバルになったようだ。

嵐を呼ぶ男、片瀬嵐はやはり嵐を呼ぶ男だった。



Sweetest! ―2月14日。バレンタインデー。登校した修二と南絵が見たものとは*

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