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小鳥がさえずり、太陽の柔らかな光が部屋へと差し込んでくる。 一日の始まりにふさわしく、なんとも爽やかな朝である。 そんな中、不機嫌そうに眉間に皺を寄せてコーヒーをすすり、爽やかの『さ』の字も無い男が一人。 ご存知、塚本修二である。 いつも以上に機嫌が悪そうなオーラを発しているのは、本日の彼の睡眠時間が1時間であるからだ。 睡眠時間を削っていたのは何故かと言えば、父親の手伝いである仕事を急遽仕上げていたのである。 本来ならば、それだけしか睡眠が取れていなければ寝過ごすか、二度寝するかで学校を休むコースまっしぐらであるはずの彼である。 うまく思考回路が活動していないようだ。 そこまでして彼が学校に行こうとする理由は、嵐に他ならないだろう。 しかし、そこまでぼんやりした思考で嵐から南絵を守ることが出来るのだろうか? 学校へと向かっていると、道行く生徒はこぞって道を開けた。 それはもう、モーゼの十戒の如く。 嵐の出現を知らない生徒はほとんどいない状態だったので、誰もが嵐のせいで機嫌が悪いのだと勘違いした。 「修二君、おはよー」 修二の不機嫌オーラを感じ取ることが出来ないのか、南絵は遠目に修二を発見すると、ダッシュで駆け寄り飛びついた。 「あれ、修二君、寝不足?目の下クマが凄いよ?」 南絵の言う通り、修二の目の下にはクッキリと黒いクマが見事に出来上がっており、それもまた修二の人相を悪くする一端を担っていた。 修二が緩慢な動きで僅かに頷くと、南絵もまた頷いた。 「そっかぁ〜。授業中、寝ちゃわないといいねー」 楽しく会話をしている(つもりの)二人の背後にゆっくりと…いや急速に不穏な空気が近寄ってきた。 星陵学園期待の星(?)片瀬嵐、その人である。 「南絵、うーっす!」 「あ、嵐君おはよう…ッきゃわぁぁ!!」 嵐の声に南絵が振り向きながら挨拶すると、駆け寄ってきた嵐によって肩に担ぎ上げられてしまった。 「わぁぁぁ!下ろしてぇぇぇ」 わめきながら暴れる南絵も何のその。 嵐は挑発的な笑みを修二に投げて学園へと南絵を連れ去った。 修二、反応できず。 ゆっくりと歩き出した修二の顔を見た生徒はダッシュで学校へと向かった。 散歩していた犬は『キャィン!』と情けない声で逃げ出し、中には服従の証として腹を見せる犬もいた。 子供は泣き叫び、修二と目を合わせようなんて勇気ある人間は居なかった。 『緊急事態発生。命が惜しくば本日、塚本修二に近寄ることなかれ』 一人の生徒が送信したメールがチェーンメールのように転送に転送を繰り返され、修二が学園に着くまでに全ての生徒のケータイにこんな文章が送られた。 修二が登校すると、ざわついていた教室が一気に静まり返った。 メールの件もあるが、皆が視線を向けた先には、修二の椅子に座り隣の南絵に話し掛けている嵐の姿があった。 ゴクリ。 誰かの喉が鳴る音が聞こえてしまうくらいに静まり返った教室は妙な緊張感に包まれていた。 「修二君ー。ごめんね?先に来ちゃって」 一人何も分かっていない南絵は明るい声でそう言って立ち上がって修二の方へと向かおうとした。 これで、とりあえずは穏便に済む… 誰もがそう思った刹那。 ヒィッ! 誰かの小さな悲鳴が上がった。 修二の元へと行こうとした南絵の手首を嵐が掴んだのだ。 「ねぇ、離して?」 南絵がそう言うと、嵐は意地悪そうに口端を上げて笑みを浮かべた。 「嫌だね」 「もぅ、離してよ!」 南絵がもう片方の手を上げると今度はそっちの手も掴まれてしまった。 「昨日は簡単に殴られたが、今度はそうはいかねぇよ?…イデデデ!」 ニヤリと笑みを浮かべた嵐の顔が苦痛に歪んだ。 教室に入ってきた修二が、嵐の手首を掴んだからだ。 それも気配無く近寄って、力いっぱいに。 あまりの痛みに思わず手を離すと、南絵はすかさず修二の後ろへと隠れた。 「意地悪するの、嫌いなんだからぁ!」 南絵が目を僅かに潤ませて嵐へと言う。 そんな表情をすれば嵐の思う壺なのだが… 「そ?俺は好きだぜ?」 その言葉に南絵はピキンと体を硬直させて、更に修二の影に隠れた。 「意地悪するのが好きなんて、変態さんだー!!!」 嵐の告白、またも届かず。 ちなみに、この南絵の言葉に胸を抑えた男子生徒が何人かいたとか。 修二と嵐、戦闘開始か? 誰もがそう思ったとき、担任が教室へと入ってきた。 「ハイハイ!!!HR始めるぞー!!!」 今日こそHRを最後までやろうという教師の意地なのか、気合十分で入ってきた担任に皆の気がそれた。 嵐もそれは同様のようで、息を吐き出すと椅子へと座った。 修二も南絵の頭をポンと撫でると椅子に座った。 HRを行っている最中、担任は思った。 あそこは魔のトライアングルか?! 担任の視線の先には修二達がいるのだが、南絵の後ろには嵐が座っているのだ。 こうなることを予想できるはずもなかったのだが、自分が決めた席に授業が潰れるのではないかという嫌な予感が胸をよぎった。 担任の考えはただの危惧に終わった。 授業中、嵐は特に前にいる南絵にちょっかいを出すことなく、授業は終始平穏に終わった。 だが、休み時間になると南絵に対するプッシュは凄まじいものがあった。 修二は夕べの徹夜がたたったのか、昼休みに学校案内という口実で連れ出した嵐から南絵を庇うことが出来なかった。 こうして、南絵争奪戦は初日修二の不戦敗によって幕を開けたのだった…。 「塚本修二?ただ背がでかくて馬鹿力なだけなでくの棒じゃん?」 そんなことを嵐は言っていたとか。 |