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「ね〜、南絵。明日暇だったら何処か遊びに行かない?」

とある金曜日の授業の合間の休み時間に南絵の友人、霞がそう言った。

「あ、いいね〜。私も行きたいな」

その言葉に、近くにいた万理も手を上げた。

「え?明日?……明日は修二君の応援に行くの。ごめんねぇ?」

申し訳なさそうに顔の前で両手を合わせる南絵。

「え?塚本君の応援…?何やってるの?」

チラっと隣の席で次の授業の準備をしている修二へと視線を向ける。

「空手だよ。こういう感じ?」

てやっと掛け声をしながらひょろっとパンチを繰り出した。

『か、空手?!塚本君が?』

霞と万理の声が見事にハモリ、その声は教室内に響いた。
その事によって、それぞれ授業の準備をしたり、友人と話をしたりしていたクラスメート達の注目を浴びる事となった。

「うん。…あ、そうだ。二人とも一緒に応援に行く?終わった後修二君は打ち上げとかあるだろうし、大会終わった後遊びに行くならオッケ〜だよ。…ね、二人とも行っても大丈夫だよね?」

後の台詞は修二に向けたものだ。

南絵の言葉に修二は視線を向けて、
「…あぁ」
とだけ言うと、また視線戻して瞳を閉じた。


「…だって。一緒に行く?結構大きい体育館でやるし、観客席も沢山あると思うんだよね」

南絵の言葉に反応したのは聞き耳を立てていたクラスメート達。
口々に修二の試合のことについて話している。


「えっと、じゃぁ一緒に観に行こうかな〜」

ちょっと戸惑い気味に、それでいて好奇心がある瞳をした万理が言う。
それに賛同するかのように霞も頷いた。




放課後、南絵と修二が帰った後、クラスメート達は皆霞と万理、二人の元へと集まった。



たんなる暇人なのか、本当に応援するつもりなのか。分かっている事は、怖くて近寄れないけど、塚本修二という人物に皆興味津々なのだ。なんと言っても、謎が多すぎるから。知らない事を知りたいと思う。これは人間の本能であろう。



かくして、『塚本修二観戦ツアー』なるものが開催される事となった。





土曜日、南絵は霞と万理の二人を連れたって市民体育館へと来ていた。

観客席の中でも一番アリーナが見やすい席に座って大会が始まるのを待っている。

観客の中には見知った顔―――つまりはクラスメートなのだが―――が居る。
修二しか目に入ってない南絵は当然のことながら気づく様子もない。


開会式も終わり、いよいよ大会が始まった。





「…何か、想像してたのと違う…」

大会が始まって少し経った頃、霞が呟くように言った。

「ね。私も思った。もっと、こう、殴ったりとか蹴ったりとか、見てるほうが痛い感じのを想像してたんだけど…」

「なんかね、修二君の通ってる道場って『寸止め』が基本なんだって〜」

「へぇ…そうなんだ」

二人とも、納得したようなしてないような、複雑な表情で頷きアリーナを見つめた。



一般的に『空手』と聞いて想像するのは、TVなどでも有名な『極』という文字のつくものだろう。それを想像すれば、確かにこの大会の様子を見て戸惑うのも無理はないかもしれない。

南絵が言った通り、修二の通っている道場は『寸止め』が基本である。主に『型』というのを重視していて、組み手に至っても寸止めで行われる。


「あ、ほら。あっちでやってるのは『型』って言ってね、…なんだっけな?んと、見えない相手を想定して、攻撃したり防御したりを一人で行うんだって。ちゃんとここで突きをして、ここで防御して、ここで気合を一発!…みたいに最初から最後まで決められたモノをやるんだって」


「へぇ〜…それなら痛くなさそうだし、意外と面白いかもね〜」

南絵の言葉に万理は頷いた。

「この大会ってネ、試合というよりは、道場の各支部の門下生を集めた発表会みたいな感じなんだって。あと、昇級試験も兼ねてるらしいよ。……あ、修二君だ!」


型を行う場所に修二が姿を現した。

白い道着を身にまとい、帯の色は黒。どうやら修二は段持ちのようだ。

四角くビニールテープで囲まれた場所の中心に立つと、四隅に居る審査員に向かって一礼する。

型の名前を告げた後、修二が動いた。


素早い動きで突きや蹴りを繰り出し、見えない相手の攻撃を受ける。
一つ一つの動きが丁寧で、尚且つ力強いものだ。

1分少々で全てを遣り遂げ、正面に向かって静かに頭を下げ、退場した。



「きゃ〜〜〜!!修二君、かっこいい〜〜vv」

南絵はすっかり興奮した様子で、キャァキャァと騒いでいる。
隣に居る万理と霞はと言えば……


「……」
「……」

何も言えずにただ放心したような状態だった。


それに気づいているのか気づいていないのか、南絵は自分に視線を寄越した修二に向かって嬉しそうに手を振っている。



「ね、修二君かっこいいよね〜〜」

嬉しそうに言う南絵に、やっと二人は我に返った。

「え、あぁ、うん。かっこいいね」
「何時もと別人みたい…」


二人が驚くのは無理も無い。二人の目に映っている修二は、何時もとは別人なのだから。
190cmという身長にも関わらず、機敏に身体を動かし、大きな声を出している。
また、同じ門下生と話している姿は、何時もの『近寄るなオーラ』は出ていない。

――――さすがに、大会と言うだけあって昨日は早くに就寝したようだ。





この後行われた組み手のトーナメント戦も、長い手足から繰り出される攻撃と機敏な動き、的確な防御で見事修二が勝利した。





大会の後遊ぶ予定だったのだが、余程何時もと違う修二の姿がショックだったのかは定かでないが、霞と万理が「今日はもう帰る」と言うので、今日はこれで解散となった。


当然ながら、こっそり来ていた他のクラスメートもそれぞれ家路に着いた。

今日の事により、彼らの頭の中には「塚本修二は強かった。やはり噂は本当なんだ」という言葉が植え付けられた。
当然ながら、この事は月曜の放課後には全校生徒に広まっていることだろう。











「ただいま」

その日の夜10時過ぎ、修二が自宅に戻ると南絵がリビングでマメと遊んでいるところだった。

「あ、修二君。おかえりなさ〜い」

振っていた猫じゃらしを床に放り投げて、玄関の修二の下へと駆け寄った。

「お疲れ様。お風呂沸いてるよ?」

そう言いながら、文字通り修二に飛びついた。

首に腕を回し、身体にしがみ付いている南絵のお尻の下に腕を回し身体を支える。

「今日は泊まりに来ないんじゃなかった?」

視線を合わせるようにして南絵の顔を覗き込んだ。

「その予定だったんだけど、何か大会終わって解散になっちゃったんだよ〜。…来ちゃ駄目だった?」

「まさか。そんな訳無いだろ?」

安心させるような笑みを向け、小さく唇にキスを落とした。



「…南絵、一緒に入るか?」

南絵しか聞くことの出来ない、頭が痺れてしまうほどの艶やかなバリトン。
耳に唇が掠める程の距離で言われ、南絵の身体から力が抜けた。


「ん。一緒する〜」

額を肩口に擦り寄るように寄せた。

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