【6】それぞれの思惑 BACK | INDEX | NEXT
―――ピンポーン、ピンポ、ピンポピンポピポピポ、ピンポ〜〜ン

龍次が風呂上りに濡れた頭のままリビングで寛いでいると、チャイムがけたたましいくらいに鳴り響いた。
驚いて思わず持っていたビールの缶を落としそうになってしまった。

首に掛けてあるタオルでガシガシと頭を拭きながら玄関へと向かう。

「ハイハイ、今出ますよー。…ったく、んなに鳴らさなくったって出るっての……って、葵?」

扉を開けると、その向こうには葵が物凄い形相で立っていた。

「龍、入っていい?」

「あ、あぁ。入れよ」

断る理由なんて元よりないのだが、有無を言わせぬオーラを発している葵に圧倒されるかのように頷いた。

「どうしたんだ?今日は」

ソファに腰を下ろした葵に烏龍茶の入ったコップを手渡し、自分もその隣へと腰を下ろした。

「どうしたもこうしたもないわ。緊急事態よ」

そう言うとグイっとコップの中の烏龍茶を飲み干し、ダンッと割れるのではないかと心配になってしまう位の勢いでグラスを置いた。

「は?緊急事態って…何があったんだ」

緊急事態。その言葉に龍次は真剣な表情になった。

「…ひなたが…恋をしたみたいなの」

「へぇ…いい事なんじゃねぇの?どこが緊急事態なんだよ」

「その相手が、海斗なのよ?!緊急事態以外のナニモノでもないわ!」

珍しく興奮気味な葵の姿に龍次は心の中でそっと息を吐いた。

「それ、ひなたちゃんがそう言ってたのか?」

「ううん。ひなたが直接言った訳じゃないの…寧ろ、まだ気づいてないって言った方が正解かも」

「じゃぁ、葵の思い過ごしって事だってあるだろ?」

龍次は宥めるようにポンポンと背中を叩く。

「ううん。思い過ごしだったらどんなにいいか。海斗の事を話すひなたの目、あれは恋する乙女の目だったわ」

葵はその時のひなたを思い浮かべたのか、眉間に皺を寄せた。

「でも、恋愛はひなたちゃんの自由だろ?」

「そうよ。ひなたの自由だわ。でも、海斗だけは駄目。確かに、根は悪い奴じゃないけど、今まで人を愛した事がない人にはひなたは渡せない。告白して振られるだけならまだいいわよ?そうやって成長していくものなんだから。でも、海斗の場合はそれだけじゃすまないかもしれない。傷つかなくていいところで傷ついて欲しくなんてないの」

「葵…」

葵の真剣なようすに龍次も何も言えなくなってしまう。

「海斗がひなたを好きになって大切にしてくれるならそれに越した事はないわ。でも、海斗の凍りついた心を溶かすなんてかなり難しい事だわ」

「それで?葵はどうしたいんだ?」

「そうね…ひなたが自分の気持ちに気づかなければ丸く収まるんじゃないかと思うの。あのこ恋愛沙汰には疎いから自分から気づく事って無いと思うのよね。だから、ひなたが気持ちに気づくような言動はしないで貰いたいのよ。これだけで上手く行くはずはないだろうから、他の手段もこれから考えようと思うのだけど…」

言いたい事を言って気持ちが落ち着いたのか、ソファに凭れてふぅっと大きく息を吐き出した。

本当は葵だってひなたの恋を応援したいのだ。
ひなたに幸せになって欲しい。だから海斗では問題がありすぎた。
今までに何人もの女性を切って捨ててきた過去、そして彼を取り巻く女性達。

ひなたが気持ちに気づいていないのなら、態々気づかせて荊の道を歩ませる必要は無い。
葵はひなたの親友として、また姉のような気持ちで決心したのだった。







一方、透はと言えば……



「暁ー。聞いて聞いてっ」

海斗と別れた後、暁の家に来ていた。

「おー。透。どうした?」

悪巧みを考え付いた子供のような、それでいて嬉しそうな表情で透は部屋へと入ってきた。

「海斗がね、なんと!ひなたちゃんの前で居眠りしてたんだよー」

その言葉を聞いて暁は目を見開いた。

「は、海斗が?…それは、一大事だな」

言葉とは裏腹に非常に落ち着いた口調で、暁は穏やかな笑みを浮かべた。

「だろだろっ?だって、海斗がだよ?気を許した相手じゃなきゃ寝れないって奴が居眠りだよ?ビッグニュースだよね!」

嬉しそうな透に笑みを向けて暁は頷いた。

「あぁ、僕も保育園の頃からずっと一緒に居るけど女性の前で眠るなんて小学校低学年以来じゃないのかな」

「そっかそっかーー。とうとう海斗にも春が来たのか〜〜〜!!これは、親友として一肌脱がなきゃな」

ウククっと喉の奥で笑って楽しそうに言う透。
状況を楽しんでいるのか、それとも純粋に海斗を応援しようとしているのか。
恐らく前者であることは間違いないだろう。

「でもなー。とりあえず、海斗は自分の気持ちの変化に気づいてないみたいだし。まずは気づかせる事から始めないとなー」

何気にソレが一番厄介だったりする。
直接『ひなたが好きなのか?』と聞いても海斗が否定することは火を見るより明らかだった。

「それさえ出来れば後は簡単かもな…うーん。僕がそれとなく仕掛けてみるよ。駄目だったら次の手を考えなきゃならないけどね」

「え?仕掛けるってどんな風に??」

そう尋ねた透に意味深な笑みを浮かべるだけで話そうとはしなかった。
透は口が軽い。作戦が漏れるような事があっては元も子もないのだ。



それぞれの思惑が交差する夜は更けていく。

ひなたと海斗、本人達の意思とは関係なくゆっくりと回り出した歯車は、周りの人物によって大きく動き出そうとしていた。

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