【5】回り出した歯車 BACK | INDEX | NEXT |
(あ、中之条君と透君だ…) 授業中、窓際の席に居るひなたはふと校庭に目を向けた。 そこには、体育をしている海斗と透の姿があった。 気だるそうにしている海斗と楽しそうにしている透。実に対照的な二人だ。 体育は野球らしく、海斗がバッターボックスに入ったところだ。 ピッチャーが何球か球を放るが、海斗はまったく動く気配が無い。やる気がないのだろうか。 そのままバットを振らずに終わるのかとひなたは見守っていた。 再びピッチャーが球を放った。 今度は海斗も動きバットを振る。 見事に球はバットの芯を捕らえ遠くに飛んでいく。 海斗はそれを見ながら1塁へと走り出す。普通に走っていれば3ベースヒットになりそうなくらいのあたりだったが、やはりやる気はないのか1塁までしか進まなかった。 (うーん。体育、嫌いなのかなー??) 「…蒼井」 「あ、ハイ!」 不意に声を掛けられ思わず立ち上がった。 「何ぼうっとしているんだ。前に出てこの問題を解きなさい」 すっかりひなたは忘れてしまっていたが、今は数学の時間だ。 ぼんやりと外を眺めていれば教師に指名されるのは当然だろう。 「さっき説明したばかりだからな。ちゃんと聞いていれば答えられる問題だ」 数学の教師に嫌味を言われながら黒板へと歩いていった。 (えと…微分の問題かぁ…うーんと…) ひなたはその場で計算しながら黒板に計算内容を書いていく。 初め意地悪そうな笑みを口はしに浮かべていた数学教師も段々と笑みが消えた。 「えと、これでどうですか?」 パンパンと手を払ってひなたは教師に尋ねた。 「あぁ、正解だ。よく出来たな。席に戻れ」 「はい」 頷いて自分の席へと戻った。 こう見えてもひなたは文系教科よりも理系教科の方が得意なのだ。しかも、毎日の予習・復習は欠かさない。 英語の文を今訳せと言われるより遥かに簡単な事だったのである。 「ひなたどうしたの?ぼうっと外見ちゃって。先生に指されたときはドキドキしちゃったわ」 授業が終わった後、葵がひなたの席にやって来た。 「あ、ウン。外でね、中之条君と透君が体育やったからちょっと見てたの」 心配そうな表情を浮かべていた葵に、にっこりと笑みを向けた。 「ちょっとどころじゃ無かったと思うけど……見てたって、二人を?」 「うん。中之条君がね、遠くまでボールを飛ばしてたんだよー。凄いよねっ」 その言葉を聞いて葵の眉間に皺が寄った。 「海斗が、ね。それで、透はどうだった?」 「透君?んーーー。途中で先生に指されちゃったから見れなかったの」 「―――――そう」 そう言ったきり、葵は口元に手を当てて考え込んでしまった。 「ん??どうかした?」 急に黙ってしまった葵に、ひなたは不思議そうな顔をする。 「――――ううん。何でもないわ。それより、今日も放課後は音楽室に行くんでしょ?」 「うん」 元気に頷いたひなたに優しい笑みを向ける。 「そう。今日は私、用事があって一緒に帰れないから、暗くならないうちに帰るのよ?」 そういう葵はまるでひなたの保護者のようだ。気分は姉、もしくは母親なのかもしれない。 「うん、分かってるよー」 笑って頷くひなたの頭をポンポンと撫でた。 「あれ?」 音楽室の扉を開けると、既に先客が居た。 「中之条、君?」 中で海斗が紙を見ながら窓辺に凭れ掛っていた。 ひなたの声に紙から視線をあげる。やはりどこか冷たい印象を受ける瞳だ。色のせいだろうか。 「ぁ?…あぁ、お前か」 「えっと、入っても平気?」 遠慮がちな口調で入り口から声を掛ける。 「あぁ、好きにしたらいい」 「じゃぁ、おじゃましまーす」 ひなたは中に入って、ピアノのあるところに直行し、椅子に腰掛けた。 「中之条君は何やってるの??」 「透待ってるところ」 「その紙って何??」 「楽譜」 ひなたが色々と話し掛けてみるが、どれも返ってくる言葉は短いもので中々会話が弾まない。 そうこうしているうちに、二人の間に沈黙が落ちてきた。 (どうしよう…これ以上話し掛けない方が良いのかな?それとも話して良いのかな??) ひなたは心の中でオロオロするばかりだ。一方の海斗はと言えば、この沈黙を全く気にしていないのか楽譜を見ている。 会話の話題を思いつかなくて、ひなたはガクリと項垂れた。 「えーっと…邪魔じゃなかったらで良いんだけど…ピアノ、弾いてもいい?」 音楽室に来た本来の目的を思い出したのか、ひなたは少し弱弱しい声で尋ねた。 「……それが目的なんだろ?好きにしたら」 冷たい感じでそう言われてひなたのココロがドクンと大きく鳴った。 (な、何…今の) 急にドクドクと鼓動を早める心臓に、ひなたは不安な気持ちに襲われた。 それを振り払うかのように、にこっと笑みを向ける。 「うん。じゃぁ、弾かせてもらうね」 ピアノに向き合って座り、鍵盤の蓋を開ける。 ふぅ、と一呼吸するとゆっくりと鍵盤の上に指を乗せた。 自分の心が落ち着けるような、優しくゆったりとした曲がピアノから流れ出す。 海斗はそれを横目に、近くにあった椅子に腰を下ろした。 曲も終盤になると集中しているせいか、ひなたのココロも落ち着いてくる。 そばにいる海斗も気にならないくらいに自分の世界へと入っていた。 「ふぅ……」 一曲弾き終えてひなたは海斗の方へと視線をやった。 そこには、椅子に凭れて眠ってしまっている姿があった。 (ぁ…中之条君、眠っちゃってるのかな…あぁやって眠ってる姿は優しそうに見えるんだけどなぁ…) ひなたは自然と優しい笑みを浮かべると、再び鍵盤へ指を乗せた。 今度の曲も、決して激しくなく心地よい子守唄のような曲だった。 海斗を起こさないように気を使っての選曲だろう。 暫く曲を弾いてると、音楽室の扉が開いた。入ってきたのは透だった。 ひなたは弾く指を止めてそっと自分の唇に人差し指を当てる。 それに気づいた透は声を出さずに教室を見渡した。 その視線が未だに眠ったままの海斗を捉えた。 そっとひなたのへと透は近寄って行った。 「海斗、寝てるの?」 「うん。そうみたい」 二人はヒソヒソと小声で言葉を交わす。 「へぇ…海斗が、ねぇ……」 何か含みを感じる口調で言う透に、ひなたは首を傾げた。 「いや、こっちの話だよ。寝かしておいてあげたいのは山々だけど、起こさないとまずいんだよね」 ひなたに苦笑いを向けると、海斗に近寄り乱暴に身体を揺すった。 「あ?……透、遅い」 目覚めて開口一番、そう言う海斗に思わず溜息が漏れる。 「悪かったって。しかたないっしょ?先生に掴まっちゃったんだから」 「そりゃ、日ごろの行いが悪いからだろう?」 「まぁね。さ、もぅ行かないと」 「あぁ、そんな時間か」 軽く伸びをした海斗がひなたを見遣った。 「何だ。まだ居たのか」 「あ、はい。そろそろ帰ろうかと…」 ひなたは慌てたようにピアノを片付け始める。 「もぅ暗くなって来てるし、駅まで一緒に帰っか」 ニっと人懐っこい笑みを透に向けられ、ひなたは思わず頷いた。 「ぁ、じゃぁお願いします」 鞄を持って二人へと近寄る。 「ま、そう言うことだから。別に良いよね?海斗」 「別に、どっちだって構わない」 「んじゃ、決まり。ささ、帰りましょー」 妙に強引な透に背中を押されるように二人は音楽室から出て行った。 「……海斗が人前で居眠り…ねぇ…ちょっと面白い事になって来たかもねー」 二人には聞こえない位の声で呟くと、ウククっと楽しそうに喉を鳴らした。 |