【11】野良猫 BACK | INDEX | NEXT

野良猫のように、周りの全てに警戒して、差し伸べられる手を振り払い傷つける。
自分が傷つかないために。




透はいつもの様に屋上に来ていた。
今日は海斗も一緒で、貯水タンクに二人凭れかかって座っていた。


屋上には他にもう一人、男子生徒が居た。
じっと入口の扉を見つめて、何をするでもなく立っているのだ。

向こうからは見えないが、透の位置からは彼の姿が丸見えだった。

「しっかし、なぁにやってんだろうね、アイツ。かれこれもう10分くらいあぁやって立ってない?」

膝に肘をついて頬杖をつくと、聞こえないくらいの声量で海斗へと話し掛けた。

「さぁな」

海斗は目を閉じたまま、興味が無い風だ。

「うっわ。冷たい言い方ー。ちょっとは他人に興味を持ったら?」

「大きなお世話だ」

薄く目を開いて透を睨みつける。
透はそんな視線をものともせず、肩を竦めると再び男子生徒へと視線を戻した。

見た目は中の上と言ったところだろうか。
スポーツマンと言った風貌で、爽やかそうな顔をしている。
見た目はともかく、ずっと立ったまま何もしないというのは端から見ればなんとも異様な光景だ。



暫くすると、扉が開く音がして女性とが一人屋上へとやって来た。
ポニーテールを左右に揺らして男子生徒の前まで来ると、二人分の距離を開けて正面で立ち止まった。
途端に男子生徒の顔が赤くなるのが透にも分った。


「へぇ…イッツ、告白タァイム…ってか。ん?」

後姿の女性とを見て、思わず透は身を乗り出しそうになってしまった。

「おい、海斗。あれ、ひなたちゃんじゃん」

声をひそめて海斗に言うと、今度は興味を示したのか、海斗は目を開けてそちらへと視線を向けた。
確かに、ポニーテールの女子生徒はひなたであった。
顔を赤くさせた男子生徒が男子生徒が何かを言っているようだ。
大きな声で話して居るわけではないので透と海斗へは聞こえてこないが、明らかに告白している様子だった。
少し間があった後ひなたは何度も頭を下げた。
後姿で顔が見えないが、恐らく断ったのだろう。
男子生徒は気にするなと言う感じで両手を顔の前で交差させて手を振った後、校舎の中へと入っていった。。

ひなたも暫くした後、校舎へと入って行った。



「へぇ…ひなたちゃん、断ったのかぁ…」

ひなたの気持ちを既に知っているはずの透はそんな事を呟いて、チラリと海斗へと視線を向けた。
既に海斗は目を閉じていて、透の視線には気付いて居ないようだ。

「そういえば、ひなたちゃんて結構人気出てきてるみたいだね。可愛いって言ってるのよく聞くよね、海斗」

「…知らん。俺には関係ないことだ」

「そー?のんびりしてると、誰かに取られちゃうよ?さっきの彼みたいに告白しようって人これからもっと増えると思うしね」

「暁といい、お前といい。俺に何をさせたいんだ」

「ん?別に、何も」

薄く目を開けた海斗に、肩を竦めて見せる。

「…さっきのも、お前が仕組んだんじゃないだろうな?」

さっきの、とは告白シーンの事をさしているのだろう。
僅かに眉間に皺を寄せて、透をじっと見遣った。

「まっさかぁ…幾ら演劇部だって、顔を真っ赤に染めて告白する振りなんて出来るわけないじゃん。偶然だよ」

「…フン」

今度は完全にコンクリートに寝転がって目を閉じてしまった海斗を見て苦笑すると、透は貯水タンクのあるところから下へと飛び降りた。
校舎へと入る扉に手をかけると、一旦立ち止まった。

「海斗!逃した後に気付いたって遅いんだからな!いい加減、自分に素直になったら?」
当然のことながら海斗からは何の反応もなく、透は校舎の中へと入っていった。

透の気配が完全に屋上から無くなると、海斗は目を開けて真っ青な空を見上げた。

「素直、か。んなもん、とっくの昔に無くしたよ……」

恐らく、海斗は自分で気付いていないのだろう。
僅かに寂しそうな笑みを浮かべて、再び目を閉じた。

















龍次の家にひなた、葵、暁、透の4人が遊びに来ていて、ひなたの恋をどうやって実らせるかを相談していた。
といっても、ひなたに発言権はないようで、3人があぁでもない、こうでもないと話し合っているのだが。
家主の龍次はと言えば、一人話には参加せず、パソコンの前に座って次のライブのフライヤーのデザインを考えていた。

「最近、海斗と話してる?」

「ううん。あれから全然学校で会う事が無いので…」

「そっか…」

「そう言えば、今日ひなたちゃん、屋上で告白されたっしょ」

「えぇっ?!どうして知っているの?」

透の言葉にひなたは驚いて、目を見開いた。

「だって、俺ら屋上に居たし。いつもの場所にね」

「また透ってばデバガメしてたわけ?…って、ら?」

葵は呆れた様に言った後、透の言葉が気になり眉を寄せた。

「そう。海斗も一緒に居たから」

「それでっ?海斗はどういう反応していたの??」

葵は若干興奮気味で、透の方へと身を乗り出した。

「…葵、ツバ飛んでるから」

「あぁ、ゴメン。で?」

「んー。ちょっと興味ありそうな感じだけど、やっぱりいつもの海斗って感じだったね」

「そう。手強いわね…」

葵は息を吐き出して、ソファへと凭れかかった。

「…あのぉ…」

皆の話が途切れたところで、ひなたが恐る恐ると言った様子で声を掛けた。

「何?ひなた」

「皆さんがそうやって応援してくれるのは凄く嬉しいんですけど…どうしても中之条君と付き合いたいとか、そういう気持ち無いです、よ?」

『何でッ?!』

言った途端に3人に詰め寄られてひなたは思わず仰け反って、小さく苦笑いを浮かべた。
「付き合うとかそう言う事よりも、家族とか友達とかとは違う意味での『好きな人』が居るっていうだけで凄く嬉しいんです。それに、中之条君にその気がないのに付き合って貰う事になったら中之条君に悪いですから…」

ひなたの答えに、3人は息を吐き出しながらそれぞれソファへと凭れた。
何とも息のあった3人だ。

「ひなたのそういう謙虚なところ、大好きよ?でも、たまには貪欲に行かなくちゃ」

「そうかなぁ…?」

「そうだよ。それに、僕的にも是非ひなたちゃんには頑張って欲しいんだよね」

首を傾げるひなたに暁は頷いて、鞄の中から鈍く銀色に光る金属を取り出して見せた。

「さ、ひなたちゃん。頑張って海斗をひなたちゃんの元まで手繰り寄せるんだよ?」

暁は笑みを浮かべて、持っている金属を小さく左右に振った。



海斗が帰宅すると、玄関に小さな靴が置いてあることに気づいた。
眉間に皺を寄せながら、玄関とダイニングを仕切っている扉を開けると、ひなたがソファに座っていた。

「お前…」

「あっ、あの…すみません、勝手に上がってしまって…」

申し訳無さそうなひなたから視線を外して、ベッドのある部屋へと入っていった。
ひなたはやっぱり帰ったほうが良いんじゃないかと思いながらも、海斗が出てくるのを待った。

暫くすると、着替えた海斗が部屋から出てきた。

「謝る位なら初めからするな。どうせ、暁が鍵を開けたんだろ?」

「あ、はい。すみません」

「だから、謝るな。…で?何の用?」

「はい、あの…どうやら、私中之条君の事が、好きみたいです」

告白時特有のあのドキドキ感も全く感じさせない言い方でひなたはさらりと言った。
ひなた自身、付き合うとか付き合わないとかそういうのを考えていなく、とりあえず想いを伝えようという位しか考えていないというのもあるのだろう。

「みたいって、他人事のように…で?俺に何を求めてる訳?他の女みたいに抱いて欲しいとか言うつもりか?」

「だっ…いえっ、そう言うつもりじゃなくて、ただ気持ちを伝えたかっただけです」
海斗の思わぬ言葉にひなたは赤面しつつ、慌てて両手を振りながら訂正した。
そんなひなたに目を細めながら視線を送りつつ、海斗はひなたの正面にあるテーブルに腰を下ろした。

「ただ気持ちを伝えたかっただけ?相手に何も求めないなら何故気持ちを伝える必要がある。俺に何かを求めているからわざわざここまで言いに来たんじゃないのか?」

「家族とか友達とかそういうのじゃなくて、誰かを好きになったの初めてなの。それが嬉しくって…そういう気持ちにさせてくれた中之条君にお礼を伝えたいって訳ではないけど…何かを求めているんじゃないよ」

ひなたの言葉に海斗はイラ付いたように、髪をかき上げた。
足を組むと、息を吐き出した。

「俺はな、愛だとか何だとか、信じてないんだよ。なぁ、相手に見返りも求めず、愛してくれる存在って誰だと思う?」

急に問われてひなたは一瞬戸惑った顔を見せたが、直ぐに口を開いた。

「それは、もちろん両親じゃないのかな?」

「俺の両親はな、賊に言う仮面夫婦ってやつだ。お互いに愛人を作っていて仕事と偽って家に帰って来ない。離婚しないのは世間体の為だ。物心付いて時から殆ど家に一人で居て、飯を作ってくれたのは通い出来ていた家政婦だった」

「え…」

海斗の口から聞かされる過去に、ひなたは言葉を失ってしまった。
そんなひなたに苦笑いを僅かに漏らしながら、更に言葉を続けた。

「母親の昔の愛人はプロダクションの社長でな、気に入られる為に俺を芸能界に入れようとしたんだよ。結局のところ、父親が反対してその話はなくなったがな。まぁ、父親の反対理由って言うのも、固い企業に勤めているから仕事に差し支えが出たら困るというところだったみたいだがな。二人は大恋愛の末に結婚したらしいが、その結末が仮面夫婦なんて笑えるな。愛だとかなんて所詮はまやかしだ…くだらない」

はき捨てるかのようにそう言い放った海斗に、思わずひなたは立ち上がって拳を握り締めた。

「でもっ…そういう人ばっかりじゃないと思う」

「現に俺の周りはそんなんばっかりだけど?居るか居ないか分らないような人間のために、安易に人の気持ちを信じるつもりはない」

海斗の言葉に、僅かに泣きそうに顔を歪めた後、海斗へと近寄ってそっと海斗を抱き締めた。
決して強くなく、優しく包み込むように。

「怖いの?人に愛される事が。信じて裏切られる事が。…中之条君て、野良猫みたい…周りをいつも警戒して、差し伸べられる手を振り払って。自分が傷つかないようにしてる。でも、いつもいつもそんなんじゃ疲れちゃうよ。あと一歩だっていい。他の人を中之条君の傍に寄らせて?もしかしたら裏切られる事だってあるかもしれない。でもそれを怖がってたら本当に中之条君を愛してくれる人を遠ざけちゃうよ。誰も傍に寄らせないで、一人のほうが良いなんて寂しすぎるよ。ねぇ、中之条君。気づいてる?時々寂しそうな顔で笑っている事」

「……」

海斗は何を言うでもなく、驚いたように僅かに目を開いてじっとひなたの言葉を聞いていた。

「暁君だって、透君だって、龍次さんだって…皆中之条君の事を愛してくれてるよ?他の人を疑ったっていい。彼らの事は疑わないで。世界中の皆が中之条君の事を傷つけたとしても、彼らは絶対に傷つけたりなんかしない」

そう言うと、ひなたはそっと身体を離し優しい笑みを湛えて海斗の顔を見下ろした。

「さっき、何を求めているんだって聞いたよね?…一つだけあった。中之条君に求めているもの。中之条君の唄が聴きたいな。今の唄じゃなくって…もっと感情豊かな歌い方の。時間掛ったって良いと思う。誰かを愛して、誰かに愛されて…色んな感情が表れている唄、聴きたいな」

海斗はひなたの言葉に反応を示さず、ひなたから顔を反らすと膝をじっと見つめた。
そんな海斗の姿に、ひなたは自分の荷物を手にとった。

「ごめんね?説教じみた事言って…じゃぁ、帰るね」

海斗に背を向けて、玄関へと向かった。


(…偉そうな事、言っちゃったかな…でも、後悔なんてしてない…中之条君とこれから先、疎遠になっちゃっても、間違った事なんて言ってないから……え…?)

靴を履くと、床に置いた荷物を手にとって立ち上がった時、背中に暖かいものが広がった。
小さなひなたの身体をすっぽりと包むように、海斗が後ろから抱き締めていた。
ひなたはどうしたら良いか分らず、ただ佇む事しか出来ない。

「…お前と居ると、調子が狂う…」

搾り出すような声が耳元で聞こえ、ひなたは顔を後ろへと向けた。
そこには、海斗の顔があった。
眉間に皺を寄せ、瞳を閉じているその顔は、何かに悩み苦しんでいるようだった。

「俺の中に土足で入り込んで、かき乱していく…お前と居ると、苦しいんだよ」

「ご、ごめんなさい…」

「だが、それ以上に……傍に居ると安らぐ…お前の傍は、陽だまりみたいだ…」

そう言った海斗の瞳から、涙が零れ落ちた。
一雫、二雫と零れ、止めどなく溢れ出し、ひなたの肩を濡らした。
それは、海斗の凍った心がひなたによって溶けた瞬間だった。

「中之条君…」

「海斗だ。ひなた…」

「海斗君…?」

海斗の腕の中、身体の向きを変えさせられ上を見上げると、海斗の顔が近づいてきた。
そっと触れるだけのキス。触れた唇から、海斗の気持ちが流れてくるようで、閉じたひなたの瞳から涙が零れ落ちた。

ひなたのファーストキスは、お互いの涙でしょっぱかった。
だけど、ひなたにとっては嬉しかった。
お互いに涙を流して、場所は玄関で。漫画に出てくるようなロマンティックなものとは決して言えないけれど、ひなたは幸せな気持ちでいっぱいだった。

海斗に力強く抱き締められ、ひなたもそっと背中に手を回した。

「…俺の傍に居てくれ…」

耳元で囁かれた海斗の言葉に、ひなたはしっかりと頷いた。

思いがけずに実った恋に、僅かな戸惑いもありながら、ひなたは胸いっぱいに幸せな気持ちが広がった。抱き締められているのに抱き締めているような不思議な感覚に陥りながら、海斗が愛しいと思った。

頬に感じる海斗の体温に、ゆっくりと瞳を閉じたのだった。




夜明けのKISS ―年末年始ネタ。『唄を聴かせて』よりちょっと未来の話

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