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桜の蕾も綻び始め、春が来るのを今か今かと待っている。 街中が桜色に染まるのも後少しだ。 今日は中学の卒業式。 その卒業式も、もう終わりを告げようとしている。 いつも長い校長先生の話を聞くのも、小学校からずっと一緒だった友人達と学校行事で馬鹿騒ぎするのもこれで最後だと思うと目頭が熱くなってくる。 私の学校から星陵学園に進学出来たのは私と透だけだった。今までのテストでいつも真ん中より下の順位にいた透が受かったのはちょっと不思議だけど、龍ニィの教え方が上手かったのかなんなのか。 テスト結果上位にいる人たちは星陵学園は受けず、もっと大学進学に力を入れている学校を受けたみたいだった。 在学生達の『蛍の光』の演奏と共に卒業生達が体育館から退場していく。 私も、体育館から出て行くために立ち上がった。 一旦教室に戻って担任の最後の話を聞いて、筒に入った卒業証書を貰った。 玄関から出たところで後輩達がそれぞれの目当ての卒業生を待っていて、私も捕まってしまった。一番人気のある男の子の周りには凄いぐらいの女の子達が集まっていた。 私はと言えば、何故か後輩の女の子達に全部ボタンを剥ぎ取られ、更にはブレザーの上も持っていかれてしまった。 ちょっと、追いはぎに遭った気分。下にVネックのセーターを着ていたから寒くはないけどね。 いまだ続く卒業生と在校生の喧騒を横目に校門へと向かうと、校門に寄りかかるようにして透が待っていた。 「透。卒業おめでと」 「そっちこそ。卒業おめでとー。途中まで一緒に帰ろ」 「うん。そうね」 頷いて透と共に歩き出す。 数歩歩いたところで振り返り校舎を見上げる。 3年間学んだ校舎にそっと別れを告げた。 「それにしても、透も凄い事になってるね」 「ほんと、酷いもんだよ。女の子より男の方が多かったてのも泣けてくる話だよね」 透は私より酷くて、Yシャツすら持っていかれてしまったみたいで、下に来ていた長Tだけになっていた。 「じゃぁ、こっちの道だから」 途中の分かれ道、透が立ち止まって言った。 「じゃぁ、また。入学式に」 透に手を振って別れを告げると、私も自分の家へと歩き出した。 「ただいま…」 誰も居ないと分かっていても思わず言ってしまう。 母親は私の卒業式の後、仲のいい友達のお母さん達とお茶に出かけている。 家に上がると自動給湯器のスイッチを押してお風呂にお湯を溜める。 二階に上がって自分の部屋に行くと、クローゼットを開いた。 どの服を着ようかな……。 うん。これにしよう。 私が選んだのはスカートの部分がマーメードラインになっている淡いピンクのワンピース。その上には薄紅色のカーディガン。梅と桜って感じかもしれない。 それと下着を手に取ると、お風呂場へと移動した。 たっぷりと張ったお湯に赤い色をしたバスキューブを一つ落とす。 たちまち透明なお湯はミルキーピンクへと変化する。 そしてバラのいい香りがお風呂場に充満する。 私が心を落ち着かせたいときの儀式みたいなもの。 バラの香りに包まれて、ゆっくりと目を閉じた。 「あら、葵ちゃん。いらっしゃい」 「こんにちは」 何度この会話を交わした事だろう。 ……もしかしたら、これが最後になってしまうかもしれない。 ううん。弱気になっちゃ駄目。しっかりしろ。 「中学卒業、おめでとう。…龍次なら部屋に居るわよ?私これから買い物に行くけどゆっくりしていってね?」 「あ、ありがとうございます。…はい。じゃぁ、遠慮なく上がりますね」 おばさんと位置を交換するようにして。私は廊下に、おばさんは靴を履いて玄関に。 「行ってらっしゃい」 「はい。行ってきます」 こんな会話をしていると、何だかここの家の子供になった気分。 おばさんがドアの向こうに姿を消すと、私も階段を登って二階へ。 深呼吸をして扉をノックする。 「はい、どうぞ?」 中から龍ニィの声が聞こえてきて、私の心臓はドクンと大きく跳ねた。 もう一度、心を落ち着かせるように深呼吸した後扉を開けた。 「こんにちは」 「お、葵か。 卒業、おめでとさん」 「ありがと」 どうしよう…心臓が苦しいくらいにドキドキしてる。 ドキドキが私をどんどん緊張させていく。 もう、握った掌もビッショリと汗をかいている。 「どうした?葵。立ってないで座ったらどうだ?」 最初の挨拶から一向に動こうとしない私を不思議に思ったのか、龍ニィがそう言ってきた。 意を決したように、ギュっと握っている手に力を込める。 「あっ、あの…」 「ん?どうした?」 「私っ…前からずっと、龍ニィの事が好き。…龍ニィが嫌じゃなかったら、私の恋人になって…」 い、言えた…。緊張のせいでちょっと声が震えちゃったけど、それでもちゃんと言えた。 10年間ずっと、伝えたかった気持ち。 でも、龍ニィがどんな表情しているか、怖くて見れない。 思わずじっと自分の足を見つめた。 「葵。俺とお前は7つも歳が離れているんだぞ?」 龍ニィの言葉に身体が小さく震えたのが分かった。 「そんなの、知ってる。歳の差なんて関係ない」 「ただの憧れなんじゃないのか?憧れと恋は別なんだぞ。直ぐに気持ちも冷めるさ」 「憧れなんかじゃない。もう、10年も龍ニィの事を想ってるの。憧れだったらもう、とっくに違う人を好きになっててもいいはずよ」 「周りには、他にも沢山いい男が居るだろう?」 「私は龍ニィがいい。他の人なんていらない」 龍ニィの言葉にキッパリと即座に反論する。 もう、胸のドキドキは治まっていた。 それから長い沈黙があって、不意に ふぅ… と龍ニィが息を吐く音がした。 それから、前髪をかきあげて、じっと私を見つめた。 …もしかして、あきれているんだろうか?私みたいに7つも年下の子から告白されて困っているの?それとも、怒ってしまったの? 「葵」 再び聞こえてきた龍ニィの声にこんどは大きく身体が震えた。 「…本気なのか」 「冗談なんかで、こんな事言わない」 「そうか」 それだけ言うと、龍ニィは立ち上がって私の前までやって来た。 「馬鹿だな。葵は」 「なっ…」 あんまりな言葉に反論しようとして失敗した。 龍ニィの暖かい腕に包まれていたから。 「…折角、逃がしてやろうと思ったのに」 え…どういうこと… 「7つ上のおっさんじゃなくてさ、もっと気の合う同年代の男に譲ってやろうと思ってたんだぜ?」 「……龍…ニィ…?」 「…葵。空港でお前を見たときから、ずっと気になってた」 「…嘘…」 信じられない言葉に、どんどん視界がぼやけて来る。 目から熱いものが溢れて、頬を伝った。 ギュっと私を抱きしめる腕に力がこもって、胸に顔が押し付けられる。 龍ニィのシャツは私の涙を吸い取ってグチャグチャになってしまっている。 「…ほんと。俺もどうかしてるよ…中学生のお前に、欲情するなんて…な」 息が耳にかかるくらいの距離で、艶っぽい声色でそう囁かれて。 流れる涙は止まったけれど、今度は体中の血液が顔に集まった気がした。 「葵、覚悟しとけよ?結構独占欲強いから」 ふと抱きしめる腕の力が緩んだので胸から顔を上げる。 「そんなの、平気。沢山独占して?」 自然と口元に笑みが浮かんで、今日初めて笑う事が出来た。 「龍ニィ、好き…」 「俺も、好きだよ」 段々と、龍ニィの顔が近づいてきてそっと瞳を閉じた。 終 |