【9】私を魔界に連れてって♪* BACK | INDEX | NEXT |
鏡で顔を見るたびに、額にある痣を指でなぞってしまう。 そしてその度にミリアから言われた言葉を思い出していた。 『一番の願いはヴラドと生きられるだけの寿命を手に入れること。それには魔界にある命の花の力が必要』 本当に自分の願いはヴラドとずっと一緒に居る事なのだろうか。 リンネはその度に考え込んでしまう。 ミリアは何でもお見通しだと言っていたが、本当に―――? 何度考えても答えが出てくることのない問いかけに、リンネは溜息を吐いた。 「なぁに、深刻な顔してんだ?」 ドアに凭れるようにしてリンネを見ているヴラドの姿が鏡に映った。 自分の考えに没頭していてヴラドに気付かなかったリンネは僅かに驚いたようだ。 ヴラドは何時だって神出鬼没だ。何せ空間移動が得意なのだから。 こんな事ぐらいでいちいち驚いているようでは身が持たないだろう。 「あ、いえ。何でもないです」 何でもないと言いながら、リンネはじっとヴラドの顔を見詰めた。 「?どうした」 「…ヴラドさん、私が死んだらどんな気持ちですか?」 「ぁ?」 「っ…いえ、忘れてください」 リンネは逃げ出すようにヴラドの脇をすり抜けベッドの中へと潜り込んだ。 リンネは言ってはいけない事を言ってしまったらしい。 質問をした時のヴラドの表情。 何時も自信たっぷりのものとは違う。 リンネが死んだ時の事を想像したのだろうか。 僅かに眉を寄せて、瞳の奥に暗い影が差し、その顔は瞬時に悲しみの表情に染まった。 だが直ぐにその表情は元に戻ってしまった。 まるで、先ほどの表情が見間違いではないかと勘違いしてしまうくらいに。 一瞬だけ垣間見せたヴラドの表情が頭から離れない―――――― それから数日間、リンネは一人考えていた。 ミリアの言葉、自分の願い、ヴラドへの気持ち。 1年間一緒に居てリンネは自分の気持ちと向き合った事がなかった。 ヴラドに引張られる形で何となく一緒に居たと言っても過言ではなかった。 強引なヴラドに、自分の気持ちとゆっくり向き合う時間を与えられなかったと言う事もあるのだが…。 「おい、リンネ。ちょっと出かけてくる…リンネ?」 扉からヴラドが声を掛けるが、リンネは自分の世界に入っていて声が聞こえていないようだった。 数日間、ずっとこんな調子でヴラドは小さく息を吐いた。 「夜には戻る」 多分、聞こえていないだろうと思いながらそう声を掛けると、静かに扉を閉めて宿を離れた。 「私は、どうしたらいいの…いえ、どうしたいのでしょうか…」 小さくそう呟く。 ふとプレイバックのように、ヴラドの悲しそうな表情が脳裏をよぎった。 その瞬間、ズキっとリンネの胸が痛んだ。 「ヴラドさんのあの表情…思い出すだけで、胸が痛い…」 胸元のシャツをギュっと握り締めて、大きく息を吐き出す。 胸の痛みが何処から来るものなのか、それさえ分れば答えは簡単なのだが、今まで経験したこともなく、女友達もロクに居なかったリンネには、胸の痛みが現すものが何なのか思いつく事が出来なかった。 「あ、ヴラドさん…あれ?」 てっきり椅子に座って居るものだと思っていたヴラドに声を掛けるが、そこに姿は見当たらなかった。 「ヴラドさん?」 浴室、寝室、トイレとヴラドを探すが何処にも見当たらない。 「ヴラドさん…何処へ行ってしまったのでしょう…」 ポスンとベッドに座ってポツリと声を漏らした。 今までヴラドが傍を離れる事はなかった。 用事があっても大抵一緒に行動していたし、一人で何処かに行くときは必ず声を掛けて行っていた。 「…魔界に、帰ってしまった…?」 そう思った途端、襲い来る焦り、不安、喪失感。 胸が苦しくて、ヴラドが傍に居ないだけで寂しくて… 「え…」 ポツリと水が膝に一粒落ちた。 徐々に視界が歪んで、自分は泣いているのだと、リンネは理解した。 一族から落ちこぼれだと笑われた時も、友人が居なくても、病気の時に誰にも看病されずに一人ベッドに寝ていた時もリンネは涙を流す事はなかった。 誰かが傍に居なくて、寂しくて涙が出るなんて今までになかった。 「…私…ヴラドさんが必要、なのですね…居なくなってしまったら涙が出てしまうくらいに…ヴラドさんが強引だからと思っていたけど…本当は、私が傍に、居たかった…そう言う事、なんですね…」 初めて会ったときから強引にリンネとの距離を縮めて来た。 振り回されて、翻弄されて。だから気付かなかった。 何時の間にかあの自信家な魔族が、頑なに閉ざされた心の扉をそっと開けて、内側に入り込んできていたなんて。 ポタポタと膝の上に涙が落ちて、スカートの上に染みを作っていく。 溢れ落ちる涙を拭きもせずに、じっと俯いていた。 「…リンネ?」 どのくらいそうやって涙を流していただろうか。 部屋はすっかり暗くなっていて、闇にシルエットを浮かび上がらせていた。 不意にそう言葉が頭上から降ってきて、バッと顔を上げた。 「…ヴラド、さん?」 「何やってんだ?明りもつけずに…」 そう言って、ランプに火を灯したヴラドの目に飛び込んできたのは、静かに涙を流すリンネの姿だった。 「リンネ?!どうした」 慌てて傍へと駆け寄り、リンネの前にしゃがみ込んだ。 「ヴラドさん…今まで何処へ…」 「あぁ、酒場の店主に用事があって出かけて来たんだが…ぁっ?」 言葉が終わらないうちに勢い良くリンネに飛びつかれて、思わず床に尻餅を着いた。 「おい、どうした?」 「…良かった…ヴラドさんが、魔界に帰ってしまったのかと…ッ…」 ヴラドに抱きついたまま、そう言葉を紡いだ。 一旦止まりかけた涙は、再び溢れて止まらなくなり、ヴラドのシャツを濡らしていった。リンネの様子に驚きつつもヴラドは抱き上げてベッドに腰を下ろして、リンネを膝の上に座らせた。 リンネが泣き止むまで、何度も髪を優しく撫でた。 「落ち着いたか?」 「はい…すみませんでした…」 「どうして、泣いてたんだ?」 膝の上に居るリンネを抱き締めながらゆっくりと髪を梳く。 その表情は今までにないくらいに優しいものだった。 「あの…気付いたら、ヴラドさんが居なくて…それで、魔界に帰ってしまったのかと思って…寂しかったんです。ヴラドさんの傍に居たいんです…」 「それは、どういう意味だ?」 ヴラドは鈍感な訳ではなかった。 リンネの言葉から辿り付く答えは一つだけ。 ただ、はっきりとリンネの口からその言葉を聞きたかった。 「私…ヴラドさんが、好きです」 その言葉で、ヴラドは今までにないくらいに嬉しそうな笑みを浮かべて、ギュっとリンネを抱き締める腕に力を入れた。 「俺も、リンネが好きだ。いや、愛してる」 今までずっと、俺のものとか俺の女だとは言ってきたが、直接愛の言葉をヴラドから聞くことはなかった。 初めて聞いた言葉に、リンネもヴラドの背に腕を回して、胸に顔を埋めた。 「んっ…ヴラド、さん…」 「リンネ」 「ヴラドさん、好きです…」 深いキスを交わしながら、うわ言のようにリンネは愛の言葉を繰り返す。 ヴラドは積極的に求めてくるリンネに身体が狂喜に震えた。 リンネもまた、心が通い合った相手との行為に、どんどん身体が昂ぶって行った。 ヴラドの唇が首筋に落ち、赤い烙印を白い肌に散らしていく。 飽きる事無く何度も抱いたリンネの肌には、未だ痕が薄く残っていた。 服を巧みに脱がせながら、唇を下に下ろしていく。 露わになった胸の頂きは、既に硬く屹立していてまるでヴラドを誘っているかのようだった。 焦らす事無くその頂きに舌を這わせ、口に含み刺激を与える。 「はんっ…あぁ…」 リンネの口から甘い声が漏れ始め、もう片方の胸も手で優しく愛撫する。 絶えず甘い声があがり、ピクンと身体が震えた。 何時になくヴラドの愛撫は性急で、リンネの服をすっかり脱ぎ去ってしまうと下着の上から秘所をゆっくりと撫で上げた。 既にリンネは熱く潤んでいて、クチュリと湿った水音が部屋に響いた。 「あっ…ん…はぅ…」 何度も布の上から敏感な突起と溝を撫で上げられ、下着はその役目を果たせないくらいに濡れてしまっていた。 ヴラドは自分の服を全て脱ぎ去ると、そっとリンネの下着に手を掛けた。 唇を寄せて、リンネの舌を絡め取り、口内を愛撫していく。 その間に指を内部へと差し入れ、ゆっくりと注挿を始めた。 途端に喉の置くからくぐもった声が漏れた。 「あっあぁ…ヴラド、さん…っ…もぅ…」 「あぁ、イケよ」 体温が上がり、上気した身体で限界を訴えると、ヴラドは内部の指を増やし、感じるポイントを執拗に攻め立てた。 「ヴラドさん…ッ…あぁぁぁあん!!!」 リンネの身体が激しく震え、ギュっと内部の指を締め上げた。 「リンネ…入れるぞ?」 まだリンネの身体は絶頂の余韻に浸った状態で、息もあがっていた。 リンネが頷く前にヴラドはリンネの中に分け入った。 「はぅんっ…」 イったばかりの敏感な内部にヴラドの猛りが入り込んだだけで、直ぐにでもまた達してしまいそうになる。 「リンネ…好きだ…」 何度も愛を囁き、激しく挿入を繰り返す。 何時も以上に激しく突き上げられ、リンネは何も考えられなくなっていた。 「ぁっ…んっ…あぁっ…」 「リンネ、俺のモノだ…ずっと離さない…」 「ヴラドさ…ハァっ…傍に…あっ…んっ…も、イっちゃ…」 「あぁ、俺もそろそろ…っ…」 一層激しく揺さぶられ、リンネは限界を訴える。 それに答えるようにヴラドも頷いた。 何度も何度も飽きる事無く、二人は上り詰めた。 お互いの存在を確認しあうかのように。 翌朝――と言ってももう昼だが――リンネはヴラドの腕の中で目が覚めた。 今までに感じた事のない幸福感で胸が一杯になり、一粒涙が零れてシーツに吸い込まれた。 「あぁ、リンネ起きたのか…」 「はい。おはようございます」 軽いキスを受けてリンネは笑顔を向けた。 「ヴラドさん、私を魔界に連れて行ってください。命の花を探したいです」 ヴラドに抱き締められたまま、真剣な瞳を向けた。 「いいのか?魔界に行ったら、一生こっちには戻って来れないぞ?」 「はい。こっちには何にも未練はありませんから…ヴラドさんが居てくれたら、それでいいんです…」 そう言ったリンネに、ヴラドは僅かに泣きそうな顔を見せた。 その日を境に、二人の姿を目撃するものは誰一人居なかった。 |