【7】聖呪 BACK | INDEX | NEXT |
洞窟の奥には部屋があり、入口からでも冠を見ることが出来た。 今までの経験から言って、何か仕掛けがあるだろうと、細心の注意を払いながらリンネは部屋に一歩を踏み出した。 「あ、取り合えず何もない見たいですね。ヴラドさん」 リンネが後ろを振り返ると、ヴラドは一歩も部屋へと入って来ていなかった。 不思議に思ってヴラドのところへ戻った。 「どうしたんですか?ヴラドさん」 「何か、俺は中に入れねぇみたいなんだよなぁ…」 そう言って部屋の入口に手を伸ばすと、バチっと火花が走りヴラドの進入を部屋が拒んだ。 「な?」 「本当ですねぇ…」 「魔族が駄目なのか、男が駄目なのか知らねぇが、俺は入れないから一人で行って来い」 無常にもヴラドはリンネの背中を押した。 「えっ」 「仕方ねぇだろ?なんなら、この仕事下りるか?」 「…いえ。最後までやります」 グっと手に力を入れるとまた部屋へと足を踏み入れた。 「危ないと思ったら直ぐに戻って来い。お前に何かあったら、暴走しそうだからな」 冗談とも付かない言葉に背中を押されて、一歩一歩冠へと近寄っていく。 どうやら部屋自体には仕掛けはないらしい。 無事に冠の前まで来ると、恐る恐る手を伸ばした。 すると、冠が眩いばかりの光を放ち、部屋一面を照らし思わずリンネは目を閉じた。 「はぁい。私を呼んだのは貴女かしら?」 声が聞こえて目を開けると、目の前に女性が立っていた。 「えと…貴女は…?」 「私はミリアよ。この冠の主ね♪」 「と言う事は、女神様…ですか」 「うふふ。厳密に言えば違うのだけれど、人間の中にはそう呼ぶ人も居るわね」 「はぁ…」 思わず気の抜けた返事をしてしまう。 女神と言えば、普通思い浮かべるのは清楚で慈悲のあるオーラを放っているものだろう。 目の前に居る女神は、大きな胸、くびれた腰。それを強調するようなぴったりとした服を着て、清楚というよりは寧ろケバイ。だが、顔は万人が美人だと表するであろう顔をしていた。 「うふふ。リンネちゃん。可愛いわねーーvvv」 ミリアは嬉しそうにリンネの頬に手を伸ばした。 「え、どうして私の名を…」 「私に分らない事なんてないわぁ。貴女の名前も、貴女の願いも全てお見通しなんだから」 「あ、そうなんですか」 「ふふふふ。とりあえず、貴女の疑問に答えちゃいましょうか。何でこの部屋にヴラドが入れないのか…とかね?」 「あ、それ聞きたいです」 「それはね…私が女の子が好きだからよー♪」 「…はぁ」 「だって、誰でも入れたら、好みじゃない男の願いまで叶えてあげなきゃならないじゃない?そんなの嫌だわーーーヴラドは中々イイ顔してるけれどね。リンネちゃんの方が私は好きなのよー。リンネちゃんの願いを叶えてあげたいってワ・ケv」 バチンと音がしそうなくらいに派手にウィンクされて、思わずリンネは半歩後退した。 それを見守っていたヴラドも、疲れたように息を吐いて脱力し、その場に座り込んだ。 「それで、リンネちゃんの願い事なんだけど、私には永遠の命を与える事は出来ないのよねぇ」 「え?」 「うふふ。恥ずかしがらなくったっていいのよー。私には全てお・見・通・しv愛しのダーリン、ヴラドと生きられるだけの寿命が欲しいんでしょ?でもね、さっき言ったとおり私には無理なの。だから、別の願いなら叶えてあげるわー。」 「え、いや、願いは違うんですが…」 「もー。照れちゃってぇ。私にはウソはつけないわよ?ウソは」 リンネが反論する暇を与えず、ミリアは捲し立てた。 この女神はとことんマイペース。そして自分の良い方へと解釈する傾向にあるらしい。 「あっと、私の願いは、一年前までに私に関わった人全ての中から私の記憶を抹消する事です。」 「うふ、それも分っていたわ。第二の願いね。それなら私には簡単な事よー」 「第二って…だから、違うんですが…」 「もー、照れちゃって。可愛い〜〜〜」 そう言いながらギューギューとリンネを抱き締める。 その光景に思わずヴラドの毛が逆立ったように見える。 女性に対して嫉妬するなんて、ヴラドの独占欲は計り知れない。 「あ、それで記憶消去の願いは…」 「うふふふ。もう終わってるわよ」 「え、もう、ですか」 「街に戻ってみたら分る事よ♪さて、リンネちゃんは可愛いから特別サービスよ♪」 そう言ってリンネに近づくと、額にキスを落とした。 「ぇ…?」 額が熱くなり、リンネの額に女神の聖冠と同じ形をした痣が浮かび上がった。 「私には一番の願いを叶えるのは無理だけど、魔界の命の花なら願いを叶えてくれるわ。これは魔界にある地獄の門の通行賞代わりよ」 「ありがとう、ございます?」 「どうして疑問系なのかしら?素直に喜んでおきなさい」 ミリアは妖艶な笑みを浮かべて、姿を消した。 「…何か、嵐のような人でしたね」 冠が取れるか試してみたが、持ち上げる事が出来なかったのでリンネはヴラドの元へと戻った。 「全くだ。仕事も終えたし、さっさと戻るぞ。調査書は任せたからな」 「はい。街に戻ったら、願いが叶ってるか分るって言ってましたね。どうやって分るんでしょうか」 「さぁ。取り合えず戻れば分るだろ」 二人はまた来た道を戻り、森まで出るとヴラドの空間移動で街まで戻った。 「あ、あの人…ライズ家の人ですね」 前方を二人に向かって歩いて来る人物を見遣り、リンネは言った。 「ぁ?メンドクセェ…さっさと追い払うぞ」 既にヴラドは臨戦体勢に入っており、掌には魔力が込められている。 はっきりとお互いの姿が認識できる距離まで相手が近寄ってきた。 視線が合ったと思ったのはリンネだけだったのだろうか。 ライズ家の追っ手と思われた人物はリンネの横を素通りした。 「ぇ…?」 信じられない、と言った表情でリンネはその人を振り返った。 「もしかして、ミリアさんが願いを本当に叶えてくれたって事なのでしょうか…」 「そうなんじゃねぇ?」 ヴラドは拍子抜けしたように、手に集中させていた魔力を分散させた。 女神の聖冠の報告書にはこう書き記された。 女神の聖冠は人の手では持ち上げる事が出来ない為に持ち帰り不可。 願いを叶えて貰えるのは女性のみ。 晴れて二人は5000ルピを手に入れ、追っ手から逃れる事もしなくて済むようになった。 リンネの額には女神のキスの贈り物である冠の痣が色濃く残っている。 ギルドに報告を終えて宿に戻ってくると、ヴラドは早速リンネを抱き締めその唇を塞ごうとした。 「ヴラドさんっ…まだ昼間ですよ?!」 「別に、昼だろうが夜だろうが関係ねぇよ。別にキスぐらい何時でもどこでもいいだろうが」 「…キス、だけですか?」 「当たり前だろ?」 ニヤリを笑うヴラドを見ていると、本当にキスだけで終わるのか疑問が残る。 それでもリンネは大人しく瞳を閉じた。 「キスだけですよ?」 「あぁ」 屈みこんで、リンネの唇と触れ合った瞬間リンネの額から激痛が走った。 「いたっ…」 額を押さえ込むリンネにヴラドは顔を覗き込む。 「どうした?」 「何か急に額が…」 見ると、リンネの額にある冠の痣が真っ赤に腫れ上がっている。 「さっきまで普通だったのに、何だ?」 額に唇を寄せようとすると、更に痛みが走る。 「ヴ、ヴラドさん…何か、キスされそうになると痛いんですけど…」 「はぁ?!何だそりゃ」 そう言いながらおもむろにリンネの胸を触った。 「いたっ…」 「触っただけじゃねぇか」 「いえ、胸ではなく額が…」 「何ィ?!じゃぁこっちは?」 「あっ、ヴラドさん何処を?!…ッ…」 突然下半身を触られ驚くが、やはり額が痛く苦痛に顔が歪んだ。 「…これじゃぁ、リンネを抱けねぇじゃねぇか…どうなってんだ」 「さぁ?」 「苦痛に歪むリンネの顔も、またそそられるもんがあるけどな?」 「えぇっ?ヴラドさん!」 至近距離まで顔を寄せてくるヴラドに焦った声を上げる。 「……冗談だ」 「その間は何ですか?」 「気にするな。それにしても…一体…」 ドカっと音を立てながら苛立たしそうにベッドに腰を下ろすと、部屋一面が光に染まった。 「はぁい♪呼ばれて飛び出てミリア様よ〜ん♪」 光とともに出てきたミリアにガクリと肩を落とす。 「誰も呼んでねぇよ」 「ミ、ミリアさん?」 「うふ♪私からのプレゼント、役になっているかしら?」 そう言いながらリンネに近寄り、そっと額の痣をなぞる。 「てめぇの仕業かッ」 「あらん。仕業だなんて…ま、その通りなんだけど?」 にっこりと笑みを浮かべてリンネを抱き寄せる。 「今のヴラドにはリンネちゃんに対してあーんな事やこーんな事、出来ないものねぇ?」 チュっとリンネの頬にキスをすると、真っ赤な口紅が頬に残った。 リンネは事態を把握できずに目を白黒させるばかりでミリアのされるがままになっている。 ヴラドは額に血管を浮き上がらせながらベッドから立ち上がると、ミリアに近寄った。 「俺のリンネに勝手な事してんじゃねぇよ。今すぐ術を解け」 ベリっと音がしそうなくらいの勢いでリンネを引き剥がすと、その身体を腕の中に収めた。 どうやら抱き締めるぐらいでは額は痛まないようだ。 「イ・ヤ」 「何だとぉ?殺されたいのか?」 「ザンネンだけど、私は死なないし、この美しい顔に傷を付ける事だって出来ないわよ?」 「やってみなけりゃ分らないだろ」 「やってみても無駄ね。だって、この身体実態じゃないもの…なんて言ったって冠の精だし♪」 ウフvと笑みを零しながらウィンクを投げる。 ヴラドは心底嫌そうな表情をしたがそれにもお構いなしだ。 「じゃぁ大人しく術を解け」 「さっきも言ったけど、イヤ…というより無理ね。私にはもう解けないもの」 「えっと、じゃぁ一生このままですか?」 ようやく事態を把握したリンネが口を開いた。 「一応解く方法はあるわよ。世界樹の葉っぱに付く朝露をヴラドがリンネに口移しで飲ませればね♪」 「…何か、乙女チックですね?」 「だって、私乙女ですもの〜♪」 身体の線を強調するかのような服を着て、ケバイ印象を与える化粧をしている女が乙女だと?! そう言いたいのをグッと堪え、ヴラドは低い声を吐き出した。 「世界樹って…あの世界樹か」 「そうよん。アノ世界樹♪」 「とんでもねぇ事思いつくな。アンタは」 「ふふ。まぁね♪もっと褒めていいわよ?」 「褒めてねぇよ!」 ヴラドはミリアとの遣り取りに疲れたのか、大きく息を吐き出すとベッドに座り込んだ。 「これは呪いよ。私からの聖なる呪い。リンネを抱きたかったら、ヴラドの愛の力と根性で解いてみせるのね」 先ほどまでの表情とは打って変わって、意地悪い笑みを浮かべる。 「ま、愛に障害は付きものって言うじゃない?障害を乗り越えた時には、更なる深い愛が待ってるわよん♪ヴラドにとって損な呪いじゃないと思うわよ」 再び何時もの表情に戻って妖艶な笑みを浮かべる。 「十分損してるっての」 「…私はこのままでも…」 ボソリ呟いたリンネの言葉に長い耳がピクリと反応する。 「あらあら。ヴラドったら愛されて無いわねぇ」 「やかましいッ!用がすんだらさっさと消えろ」 「あらん。つれない言葉。ま、いいわ。十分楽しんだしまた会いましょうね〜?あ、ちなみに。朝露取るの、ヴラドじゃなきゃ駄目だからね?」 またもやリンネの頬にキスをしてその場から姿を消した。 「もう来るな」 嫌そうに言葉を吐き出して、そのまま溜息も一緒に吐き出した。 「ぜってぇ呪い解いてやる」 グっと拳を握り締めるヴラドにリンネは不思議そうな顔をする。 「このままじゃ駄目なんですか?」 「あのなぁ…俺がリンネを抱けないなんて大問題だろ?」 「…そうですか?」 リンネの反応にガクリと肩を落とす。 「まぁいい。明日世界樹に行くぞ」 「あ、ハイ。…ところで、世界樹に何かあるんですか?」 「行ってみれば分る…」 「はぁ…」 リンネの中の一つの謎を明かしてもらう事は出来なかったが、行ってみれば分ると言うのだ。 明日になればその謎は解明するだろうと思い気にするのを止めた。 それどころか、初めて見るであろう世界樹にウキウキさえするのであった。 |