【3】magic circle BACK | INDEX | NEXT |
「はぁ…リンネさん、また貴女だけですか。」 「はい…すみません…」 魔術学園に通うリンネは地下室から戻った後、学校へと来ていた。 今は召喚の術を習う時間。 簡単な小動物を召喚する方法と魔方陣を教師から教わり、生徒はそれぞれ実技を行っていた。 他の生徒はウサギやら鼠やら何かしらを召喚出来たが、ただ一人、リンネだけは何も召喚する事が出来なかった。 「貴女は一人残って召喚の練習をしなさい。結果は来週見せてもらいますから」 教師は溜息と共にそう言葉を放つと、授業の終わりを告げた。 生徒は皆それぞれの召喚した動物を帰還させ、家路へと着いた。 「ふぅ…やはり、私は魔導士には向いていないのでしょうか…」 一人残されたリンネは息を吐いた。 「落ち込んでばかりも居られないですね。練習あるのみです」 暗い空気を振り払うようにわざと明るい声を出し、召喚の呪文を唱え始めた。 「何度やっても駄目ですね…何がいけないのでしょうか」 既に数十回召喚を繰り返し、大分体力が削られてきている。 魔力も大分少なくなってきているようだ。 「後一回が限度でしょうか…後一回やったら家に帰ることにしましょう…」 そう呟くと、ギュっと拳を握って気合を入れた。 さぁ、呪文を…という時になって、ふと自分のノートが気になった。 何かに誘われるようにフラフラと手を伸ばし、迷いも無くあるページを開いた。 そこには魔方陣と呪文が記されていた。 地下室で見つけた門外不出の魔導書。 そこには沢山の古代文字と一つの魔方陣が書かれていた。 そして最後のページにはリンネにも読める文字が書かれていた。 グラン家に伝わる秘密の魔方陣。 何が召喚されるのかはグラン家にも誰一人として知る者は居ない。 選ばれた者のみが何かを召喚出来ると言われ、召喚出来た者は今まででたった一人だと伝えられている。 文字からして、恐らく父親が書いたものだと推測できた。 リンネは家の地下室でこれを見つけたとき、妙に胸が高潮し内緒でノートにこれを書き写したのだ。 簡単な召喚すら出来ない自分がこの魔方陣を使って召喚出来るとは思っていない。 しかし、何故か魔方陣が気になって仕方なかった。 リンネはノートに書いてある魔方陣を床へと描いていく。 不器用ではあるが几帳面であるリンネの描く魔方陣は、道具を使って書いたかのように綺麗なものであった。 そしてそっと召喚の呪文をその口で紡ぐ。 ゆっくりと、丁寧に。 「…やっぱり、駄目でしたか…今日は帰りましょう…」 何も起こらなかった魔方陣を見て小さく溜息をつくと、道具を片付けようと魔方陣に背を向けた。 その刹那。 リンネの背後から強い光が発せられ、部屋一面を白く染めた。 「えっ…」 その光が眩しいのか、薄く目を細めて光へと視線を向ける。 光の中心には薄っすらと人の影らしきものが見える。 徐々に光が収まっていき、その人影がはっきりと見えるようになった。 「あなた…は…?」 「お前、俺を呼ぶならもっとでかい声で呼べよ。危うく聞き逃すところだったろ?」 リンネの言葉を無視し、その人影は早口にそう捲し立てた。 光の中から姿を現したのは銀髪に金目の人型の魔族だった。 「え、あ、はい。」 小動物すら召喚する事の出来ないリンネが始めて呼び出したのは人型の魔族。 これは類を見ない事だった。 人型の魔族を呼び出すには術士の実力が高くないと出来ない高等技術を必要とするのだ。大抵、魔族を使役している魔導士は動物の形をしたものを連れている。 人型の魔族を連れている魔導士など僅かしか居ない。 「お前、良く俺を呼び出せたなぁ?魔力は大きいみたいだが、人型を使役できるほどの実力じゃねぇだろ?」 「…私にも、どうして呼び出せたのか分りません。貴方は、私が初めて召喚できた人です。動物すら呼び出せない私が…」 そう言ってリンネは俯いてしまった。 「俯くな!俺を呼び出せるなんてそう無い事だぞ?俺を呼び出せたのは1000年生きてきた中でお前が二人目だ。もっと自分に自信を持て」 魔方陣の中、不敵な笑みを浮かべながらリンネにそう言った男をマジマジと見詰めた。 「あ、はい…ありがとうございます」 そう言って、リンネは笑みを向けた。 その笑みを見て、僅かに男の耳が赤くなったような気がする。 「へぇ?お前の魔力、白なんだ?その歳で珍しいな…それに…っし。決めた。お前と契約を結んでやるよ。俺みたいな魔族を使役に出来るなんて自慢できるぜ?」 どこまでも尊大な言い方にリンネは小さく噴出した。 「契約、ですか?それってどうやれば…」 「俺の真名をお前に教えれば契約成立。お前、名は?」 「リンネ、です。」 「リンネ…か。いい響きだ。どうする?俺と契約を結ぶか?」 「えと…はい。よろしくお願いします」 僅かに考えた後リンネはゆっくりと頭を下げた。 「じゃぁ、俺の傍に寄れよ。他の奴に聞かれたらまずいからな」 「はい」 その言葉にリンネはゆっくりと近寄り僅かに光を放つ魔方陣へと足を踏み入れた。 「俺の名は―――――――だ。これを人前で呼ばれると困るからな。他の奴からはヴラドと呼ばれてる。お前もそう呼んでくれ」 「はい。分りました」 にっこりと笑って頷いた。 その表情にヴラドは目を細めて口端を笑うように上げた。 「決めた。お前、今日から俺の女な?」 「えっ?」 リンネがその言葉を理解するより早く、腰に回ってきたヴラドの腕によって抱き寄せられ深く口付けされた。 「…んっ…」 我が物顔に口内を蹂躙する舌とは裏腹に、とても、優しい口付けだった。 「可愛いだけじゃなくて色っぽい表情も出来るのな?益々気に入った」 唇を離したヴラドは、リンネの唇を親指の腹で拭いながらニっと笑みを向けた。 「あの…、俺のものって、どういう意味ですか?」 ヴラドからの口付けの後、リンネはそう言葉を発した。 この場合は普通、『行き成り何を!』とかそう言う台詞が出てくるのではないだろうか?寧ろ言うべきではなかろうか。 しかし、ヴラドはそんな反応も気に入ったのか、益々楽しそうに口端を上げた。 「俺のもの。つまりは俺の女・俺の伴侶。」 息が掛るくらいに間近に顔を近づけて、そう耳元で囁いた。 『分ったか?』とでも言うように、顔を離すと片眉をあげた。 「えっと、すみません。お断りします」 リンネは即座に頭を下げて断った。 「はぁ?この俺がそう言ったら絶対なんだよ。断りの言葉なんて聞く耳もたねぇな」 断られたのがさも意外という様にヴラドは腕を組んでリンネを見下ろした。 「明日、お父様の命令でお見合いをするのです。顔すら見たこともありませんが、その人と結婚する事になるでしょう。だから、私はヴラドさんのものにはなれないんです。」 そう言い切ってヴラドを見詰めたリンネの瞳の奥に、暗い影のようなものが見えた気がした。 「何で父親の言いなりになってんだよ。見たこともねぇ相手と結婚だと?ふざけんな。お前は俺のもんなんだよ。誰にも邪魔はさせねぇ」 「あの、でも…私、魔導士の一族の中で一番の落ちこぼれなんです…せめて、こういうところだけでも、お父様のお役にたちたいと…」 金色の瞳を光らせリンネの手首を掴むヴラドに、リンネは俯いて、小さい声でそう言った。 「落ちこぼれ?この俺を召喚しておいて落ちこぼれだと?ハッ。笑わせんな。…行くぞッ」 ヴラドは手首を掴んだまま扉へと向かって歩き出した。 「あっ、あのっ…どちらへ」 「決まってんだろ?お前の家だよ。」 「えっ…じゃぁ、私の荷物を…」 慌てたように荷物を見遣るリンネに舌打ちして、リンネの荷物を掴むとそのまま教室から一瞬にして姿を消した。 『空間移動』 呪文もなしにそれをやってのけたヴラドは、『この俺を』と自信たっぷりに言うだけあり相当な実力の持ち主なのだろう。 「あ、あれ…ここは、私の部屋?」 一瞬のうちに周りの景色が変わり、気付けば家の自分の部屋へと来ていた。 驚いたようにキョロキョロと辺りを見渡しているリンネにヴラドは息を吐いた。 「空間移動。そんなんも分らねぇのか?」 「あ、はい。まだ習っていないものですから…あ、そういえば…ヴラドさんて私の使い魔なんですよね?契約をしたことですし…どうして主人である私の言葉に逆らえるのですか?」 机の上に自分の荷物を置きながらそうヴラドに尋ねた。 ヴラドはというと、天蓋付きのベッドの端に腰を下ろして、偉そうな態度でリンネを見詰めている。 「契約の仕方が違うからな。普通、魔方陣によって呼び出された魔族は、自分よりも実力のある者としか契約を結ばない。魔族はプライドが高いからな。幾ら契約とは言え、自分よりも弱い奴に従うのはゴメンだ。そう言う場合は召喚した相手を殺すか脅すかして魔界へと返してもらう。だが、俺とリンネの契約の場合は俺が契約したかったから契約してやったんだ。力の差がありすぎて、契約だけでは俺を縛る事は出来ない。リンネが俺に命令できるのは、俺の真名を念じた時だけだ。」 「あ、そうだったんだ…」 納得した様子のリンネに頷いて、ベッドから立ち上がった。 そのままリンネを促して部屋から廊下へと出る。 「で?父親は何処に居る?」 「えと、多分書斎じゃないかと思います」 「じゃぁ、行くぞ。見合いの話断れ。いいな?」 そう言って、リンネに有無を言わせず書斎へと案内させる。 無駄に広い廊下を歩いて、リンネの部屋がある二階から三階へと登り、廊下の一番奥の部屋の前で立ち止まった。 戸惑っている様子のリンネに目もくれず、ヴラドは構わず扉をノックすると、返事も聞かずに扉を開けた。そしてリンネを部屋へと押しやった。 リンネを中へ入れたがヴラドは部屋に入る様子もなく、リンネが自分で見合いを断るのを見守る姿勢だ。 「何だ。リンネか。書斎には勝手に入ってくるなと言ってあるだろう?私に何の用だ。」 書斎の机で書き物をしていたライズは、部屋へと入ってきたリンネに冷たい目線を投げた。 「あの…明日のお見合いの事なんですが…」 「何だ?見合いの話しは朝ので終わったと言ってあるだろう?他に何が聞きたいんだ」 手元の書類に視線を戻して、リンネの方を見向きもせずにそう言い放った。 「あの、私…明日のお見合い、受けたくありません…」 「何だと?!私に逆らうつもりか。我が一族の恥さらしのお前が。何も出来ないお前にせめてもの役割を与えようという私の気持ちが分らないのか!」 強い口調で罵られ、リンネの瞳が大きく見開かれた。 今にも泣きそうに瞳を揺らして、それでもライズから視線を外そうとはしなかった。 「申し訳ありません…でも…」 更に言い募るリンネに、ライズはかっとなり椅子から立ち上がり、リンネの前へと足を踏み鳴らして歩み出た。 「このっ…!お前は私の言う事を聞いていればいいんだ!!」 怒鳴り声を上げ、リンネに向かって上げた手を振り下ろした。 「おい。勝手に俺のもん、傷つけようとしてんじゃねぇよ」 リンネに掌が当る瞬間、ライズの背後から声がして、手首を掴まれ更に後ろに捻り上げられた。 ライズの顔は苦痛に歪み、後ろへと振り返った。 「ヴラドさん…」 突然現われたヴラドに、リンネは安堵の溜息を漏らした。 「だ、誰だ貴様!」 「ぁー?俺か?俺はリンネと契約を交わした使い魔だ」 自信たっぷりな笑みを浮かべてライズの腕を放し突き飛ばした。 「クッ…使い魔、だと?落ちこぼれのリンネに、馬鹿な…」 「ついでに言うとだな、数百年続いているあんたの一族がたった一度しか呼び出せていない魔族、ヴラドだ。名前くらい聞いたことがあるだろ?」 「ヴラド!?まさか…そんな…」 名前を聞いて、ライズはよろめいて数歩後ろに下がった。 机に手をついて、目の前のヴラドを見上げた。 「あんた達が呼び出せなかったこの俺をリンネは呼び出したんだ。落ちこぼれだなんて言わせねぇぞ…」 「もしお前が本当にヴラドだとしても、リンネが魔術の使えない落ちこぼれだという事実は変わらない!明日の見合いは何としても受けてもらうッ!!!!」 言葉の最後にライズは掌から光の玉をヴラドへと打ち込んだ。 ヴラドは余裕の表情でそれを片手で受け止め、光の玉を難なく消滅させた。 「へぇ?この俺に盾突こうってのか?そんなに死にてぇんだな?あぁ?」 何の感情もないような金色の瞳が、ライズを射抜いた。 ビクっと僅かに身体を震わせてライズもヴラドを見返した。 ゆっくりとした動作でライズへ向けて掌が向けられる。 掌から、先ほどライズが放ったのと同じ…いや、それ以上の威力がある光の玉が徐々に作り上げられていく。 ヴラドにとってこの術を作り上げるのは一瞬だ。だが恐怖を煽る為にわざとゆっくりとした動作をしてみせているのだ。 「死ぬ前に、何か言う事はあるか?」 既に魔術は完成しており、いつ手から光の玉が放たれてもおかしくない状態だ。 「ぁ…」 ヴラドの身体から立ち上っている殺気に、冗談ではないのだと察したライズはガタガタと身体を震わせた。 「ヴラドさん、止めてくださいっ」 二人の遣り取りをただ呆然と見ていたリンネだったが、ハッと我に帰りヴラドの腰に抱きついた。 「ヴラドさん、もういいんです。お願いですからお父様を殺さないで下さい…」 そう懇願するリンネをヴラドは見下ろした。 「悪いが、お前の言う事は聞かない。俺はあいつが気に入らねぇ…!!!」 「止めてくださいっ」 『――――――――』 咄嗟にリンネは心の中でヴラドの真名を叫んだ。 その途端、ヴラドの身体が僅かに硬直し、見る見る掌から光の玉が収縮して行った。 「俺の真名を呼ぶほど、そんなにこの男が大切なのか」 「私を此処まで育てていただいた恩がありますから…」 「見合い、受けるつもりなのか?」 「それは……」 見合いの話になり、リンネの表情が強張った。 ライズには逆らえないが、見たこともない男と結婚するなど、普通の女性なら嫌なのは当然だろう。 「フン…まぁ、いい。行くぞ」 そう言うと、ヴラドはリンネを小脇に抱えて書斎から出て行った。 ライズは緊張の糸が切れたのか、ズルズルと床に座り込んだ。 |