【18】約束の地 BACK | INDEX | NEXT
式が滞りなく終わった後、ヴラドの部屋へと来ていた。
夜になればヴラド就任をダシに宴が始まるのだが、目の前にある問題を解決しない事には、そんなもの出る気には到底なれない。

ソファに座った四人は、リズの隣にはアスヴェル、リンネの隣にヴラドが陣取り向かい合っていた。

瞬間移動など出来ないようにしっかりと窓と扉は閉められ、扉の前にはジルが立っている。


「ふぅん…なるほど…」

話を聞き終えたアスヴェルは、何度か頷いた。

リンネは口を挟む事無く話を聞いていたが、アスヴェルをそれとなく観察していた。
魔族なのだから、自分よりははるかに長い時間を生きているのだろうが、見た目で言えば18歳である自分よりは若く見える。
見た目で判断するつもりはないが、大人な色気を醸し出すリズと幼くも見えるアスヴェルが恋人同士だというのが何だかしっくり来なかった。

「それで、ヴラドはリズの事どうするつもり?まぁ、頭首になったんだしどんな制裁したっていいよね」

にっこりと笑って言うには、なんとも言葉は不穏なもの。

「俺は、アスヴェルに任せようと思ってる」

その言葉を聞いたリズの表情が、心なしか明るいものになる。
自分の恋人に委ねられれば、最悪の状態は免れるだろうと思ったのだ。

「なるほどね。確かに、リズにとっては一番辛い制裁かもしれないね」

アスヴェルは納得したように呟いた。

「え…?それはどういう…?」

リンネもまた、アスヴェルに任されれば安心だろうと思っていた。
それなのに先ほどの言葉。
思わず声を出してしまった。

「ねぇ、リンネさん。僕とヴラドの関係って聞いたことある?」

穏やかに聞かれてリンネは首を振った。
リズの恋人だという事は聞いていたが、ヴラドとの関係など皆無だ。
仲のいい、一族の者だという風に認識していたのだが…。

「僕とヴラドはね?兄弟なんだ。ちなみに、僕がお兄さんね?」

「えええっ?!」

兄弟というまではいいが、アスヴェルが兄だとは。
リンネは驚きの声を上げる。リズもまた、知らなかったようで目を見開いてアスヴェルを見上げていた。

「えっと…おにい…さま?」

「そう…あぁ。見た目の話してる?」

思い当たったように言ったアスヴェルにコクコクと頷いた。

「ヴラド、そんな事も教えてなかったの?」

「別に、知る必要ねぇし」

むっすりと言うヴラドにアスヴェルは息を吐き出した。

「リンネさん。他の種族は知らないけど、僕ら人型の魔族はね、その人の一番魔力が強い時間で見た目が止まるんだよね。強いて言えば僕は早熟型?父さんは結構見た目が歳いってるから晩成型かなぁ…ヴラドは普通?クラシック戦線まっしぐらって感じだよね」
「あ、あの…早熟とか晩成とかクラシック戦線とかってなんですか?」

話の途中で脱線した感が否めないが、恐らく魔界での言葉なのだろうとリンネは尋ねた。
分からないことはその場で聞くのが一番だ。

「あれ?知らない?人間界で楽しまれてた馬の競走賭博なんだけど」

「いえ、知りませんが…」

「アスヴェル。話が脱線してる」

「ヴラドはせっかちだなぁ」

呆れたような息を吐き出したヴラドに、のほほんと返す。「せっかちさんは長生きしないよ?」などとついでに言う。

「あれ?リズびっくりしてる?」

「だって、初めて聞いたわ。そんな事」

「うん。言った覚えないし。一族内でもあんまり知らないんじゃないかなぁ。世襲制じゃないから、誰の家に子供が何人居ようと気にしないから」

「珍しいのね」

リズが驚くのも無理は無かった。
人型の魔族は長い時を生きる。不死と言っても過言ではない。
そのため、生殖能力に関してはかなり低いものだった。
長い時を生きるのに、子供が沢山生まれてしまってはこの世は溢れて土地が無くなってしまう。
付け加えるなら、魔族は『唯一』を抜かして自分が一番なのだから、優先順位は『唯一』『自分』『恋人』『それ以外』となる。
下手な鉄砲は数打てば当たるというが、人間に比べると回数も非常に少ないのだから中々当たらない。

「うん、珍しいよね。父さんと母さん、お互いがお互いの『唯一』なんだから、そりゃもうラブラブだったよ。あと一人や二人弟が居ても可笑しくないくらいにね」

「お互いがお互いの『唯一』ですか?それは凄く運命的ですねぇ」

リンネは今の状態を忘れ、ほわーっとした表情を浮かべた。

「魔族と人間が出会って恋に落ちるのだって、十分運命的ですよね」

リンネはそう言って、にっこりと隣に居るヴラドに笑みを向けた。
それにはヴラドも表情を崩して、リンネを抱きしめた。

「あー、そこのお二人さん。そう言う事は後でやってくれるかな?」

その声にリンネはハッと我に返ったが、ヴラドは気にせずに抱き寄せる身体をそのままにする。

「それで、話は戻るけど。リズの事なんだけどねぇ…ねぇリズ?」

「何?」

「ヴラドの小さい頃って凄く可愛かったんだよ。今でも十分可愛いけどね」

リズの処遇に対して話し出したと思ったら、既に話は脱線し始めているように思えた。
ヴラドも『可愛い』発言には眉を顰めた。

「生まれながらにしてその実力は計り知れないものだった。これで成長したらどうなるんだろうとワクワクすらしたよ。僕はね、ヴラドを初めて見たときから決めてたんだ。ヴラドを影で支えようとね。ほら、僕って血なまぐさい事嫌いじゃない?参謀役なら楽しいし、ヴラドの役にも立てるしね」

「…なぁにが血なまぐさい事は嫌いだ」

ボソリヴラドが呟く。
それを聞きとめたジルもまた苦笑いを浮かべた。
ヴラドと兄弟なだけあって、非常に冷酷な部分があるのだ。
敵には情け容赦ないところがあり、温和な笑みを浮かべながら消された者も少なくないのだ。

「それって…どういう事?」

リズはたまらず声を出した。アスヴェルの言葉の意味がいまいち理解できない。
いや、本当は本能的に察していたのだが、頭が理解したくなくて拒否しているのだ。

「ねぇリズ。僕の『唯一』とその伴侶に手を出したなんて…それが何を意味するか分かっているよね?」

あくまでも口調は穏やか。口元にも笑みを湛えているが、その眼は笑っていなかった。

ヒュっとリズが息を呑んだ音が聞こえた。

「幾ら僕の愛する恋人だとは言え、許せる事と許せない事がある…分かるよね?」

「だ、だって…私は…」

リズは立ち上がって、咄嗟にアスヴェルから離れた。
身体はガタガタと震え、その眼にも怯えの色が伺えた。

アスヴェルは立ち上がろうとはしない。ただ、組んでいる足を変えただけ。

ザァっと音がしたかと思ったら、回りの景色が一変した。
部屋に居たはずなのに、座っているソファを残して回りは何もない空間になったのだ。

「えっ?なに??」

キョロキョロと周りを見渡すリンネの頭に一つキスを落として、ヴラドは耳元で囁いた。
「俺が結界を張ったんだ。部屋を壊されたらたまんねぇからな」

「え…それって…」

戸惑いがちに言葉を吐き出すリンネを拘束する腕の力を緩めて、アスヴェルの方へと顎をしゃくった。

アスヴェルの掌に徐々に形作られていく魔力の玉。
それを見たリンネは眼を見開いた。

「何、する気ですか…?」

「何って見りゃ分かるだろ」

アスヴェルの手からあれが放たれれば、リズに待っているのは恐らく…死。

「駄目ですっ」

リンネは無我夢中でヴラドの腕を振りほどくと、リズの前に立ちはだかって両手を広げた。

「リンネッ。何やってる!」

駆け寄ろうとするヴラドをキっと睨みつける。
その瞳にヴラドもアスヴェルも気圧された。

「リズさんを殺しちゃ駄目です」

「そいつは、リンネを殺そうとしたんだぞ?!」

「私は生きてます。ヴラドさんだって、生きてます。恋人をその手で殺そうだなんて、そんな酷いことさせないでください。アスヴェルさんも、その玉を放ったら後で絶対後悔します」

目に涙を溜めながらそう訴えられてしまうと、流石のヴラドも困ってしまう。
困惑の表情でアスヴェルを見ると、アスヴェルもまたその眼から殺意が消えていた。
掌にある魔力の玉はそのままだが。

「…リンネさん、許してくれるの…?」

背後から聞こえるか細い声に、リンネは振り返った。

「初めから私は怒ってませんけど?」

そう言うリンネにリズは強張っていた身体の力が抜けていくのを感じた。
アスヴェルもまた、やる気を殺がれて掌にあった魔力がシュルルと散った。
残るはヴラドだけだが…見ると息を大きく吐き出して、ソファに深く沈みこんだ。

「生きていれば、その罪を償って前に進めます。それに、私はこれからもっともっと強くなる予定ですから。その時はリズさんにだって負けませんよ?」

にっこりと笑って言うリンネに、そこに居た誰もが白旗を上げたのだった。
一族のNo.1とNo.2を黙らせてしまうあたり、ある意味リンネ様が最強だと思うのですが。
扉に凭れて事態を静観していたジルは、心の中でそう思うのだった。






それから、数日した後。
すっかり打ち解けたリンネとリズは今では姉妹のように仲良くなっていた。
基本的にリズは強いものに魅かれる性質があった。
リンネの言葉の中に、彼女の強さを見たのだろう。
リンネとヴラドは儀式を終え、名実共に伴侶となっていた。
儀式といっても、神に誓うわけではないし、披露宴があるという訳ではない。
お互いがお互いの血を以って縛り付ける強力な契約。
二人の手首には新たな契約の印が増えたのだった。
「リンネ、本当は人間界のように結婚式なるものを挙げたかったんじゃないのか?」

丘の上にある木の下で、のんびりと過ごしていた時にヴラドはそう口にした。

「そうですねぇ、確かにウェディングドレスに憧れていた時もありましたけど…でもいいんです。神様に誓う必要はありませんから。私は私自身に、ずっとヴラドさんと共に歩む事を誓ったんですから」

「そうか」

「そうですよ」

笑みを向けるリンネの唇をそっと塞いだ。

「じゃぁ、俺はこの地でお前に誓うことにする」

唇を離して、リンネを足の間に座らせて向かい合う。
その手を取り、指にキスを落とした。

「ずっとリンネを愛してる。たとえこの身が果てても。次の世に行って記憶がなくなって、姿形が変わったとしても…必ずまた出会ってお前を愛する事を誓う」

「ヴラドさん…私も…」

ヴラドの言葉に眼に涙を溜めながら、それでも幸せそうに笑う。

「ヴラドさんが見つけやすいように、ずっと白い魔力のままでいますね?例え次の世になっても」

「それは確かに見つけやすそうだ」

「はいっ」

ククっと笑うヴラドに、リンネは自分から唇を寄せていった。

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