【10】命の花 BACK | INDEX | NEXT
「ヴラド!此処で会ったのがお前の運の尽きだ!死ねぇ!」


魔界に来てリンネが「これが魔界ですか」などと魔界の空気を堪能する間もなく、男の声が辺りに響き渡り、突然炎がヴラドに向かって放たれた。

ヴラドは瞬時に防御壁を張り、難なく炎を受け止めた。

「ギャーーーッハッハッハッハ!お前は此処で死ぬんだ!この俺様の術に倒れてナァ?そして一族の頭首になるのはこの俺様だッ!!」

男の手から次々に魔術が繰り出される。攻撃する暇を与えられず、ヴラドは防戦一方だ。男は魔術を放ったと同時に魔術の剣を持って間合いを詰め、ヴラドへと切りかかった。

「ヴラドさん!」

その光景にリンネは思わず目を閉じた。

「グァッ!」

うめき声が聞こえ、そっと目をあけると、ヴラドのカウンターにより腹部に負傷を負った男が地面へと膝を付いた。

「リンネが魔界を堪能しようとしてるところを邪魔すんじゃねぇよ」

ヴラドは男を見下ろし、不機嫌そうな表情でそうはき捨てた。

「ヴラドさん、大丈夫ですか?!」

リンネがヴラドへと駆け寄ろうとした刹那、男の手からリンネに向かって魔術が放たれた。

「ッリンネ!」

「キャァッ」

男の傍に居たヴラドは、リンネに放たれた魔術を防ぐ術はなかった。
リンネの周りに砂塵が舞い、蒼白な顔をしてリンネへと駆け寄った。

砂塵が収まると、地面に座り込んでいるリンネの姿が目に飛び込んできた。
傷一つなく無事な姿を見て、ヴラドは安堵の息を吐いた。

「リンネ、大丈夫か?」

「はい…何か、魔界だと上手く魔術が扱えるようです…とっさに防御壁を張って防ぎました」

魔界の空気が合うのか、リンネは向こうに居た時より魔術のコントロールが出来るようだった。
その証拠にと掌で小さい炎を生み出した。



「てめぇ…俺の一番大事なもんに手を出したってのがどういう事か分るか?」

リンネから離れると、怒りの炎を灯した瞳で地面に這いつくばっている男を睨み付けた。全身から殺気を立ち上らせて一歩一歩男へと近寄っていく。

「ッ…助けッ」

「リンネが無事だからって許してなんかやらねぇよ。お前の行為は万死に値する。安心しろ。痛みも無く消し去ってやるから」

無表情でしかし口元には笑みを浮かべて男へと掌をかざした。

「じゃぁな」

その言葉と共に掌から魔術が放たれ、文字通り男がこの世から消えた。
その身体の一欠けらも残す事無く。

リンネはその光景を一言も声を出せずにただ見守る事しか出来なかった。



「悪い。やなとこ見せちまったな?」

「あ、えと…大丈夫です」

ヴラドの手を借りて立ち上がると、服についた汚れを叩いて落とした。

「さて、また厄介なのに見つかるとうぜぇから地獄の門に行くか」

「はい。」

ヴラドはリンネの腰を抱き寄せると、空間移動で地獄の門がある魔界の果へと飛んだ。







「これが、地獄の門ですか」

目の前にある門を見上げてリンネは呟くように言った。

「あぁ。常に結界で守られて、選ばれた者しか入れないという門だ。あの女の言う事が確かだったら、リンネはこの門の奥にある命の花まで行ける筈だ」

「私一人なんですか?」

「さぁな。取り合えず、門を開けてみれば?」

「そうですね」

リンネが門に手をかけると、重厚そうな扉はいとも簡単に、まるで意思を持っているかのように軽い手応えで開いた。

「あ、開きましたね」

開いた門の隙間から、リンネは中へと足を踏み入れた。

「ぁー、やっぱり俺は中に入れないみたいだな。一人で大丈夫か?無理そうなら、別に今のままでもいいぞ?」

「いいえ、行きます。こっちでは何とか思い通りに魔術が使えるみたいですし」

「そうか。じゃぁ此処で待ってるから、気をつけて言って来い」

「はい」

更にリンネがもう一歩を踏み出すと、門の扉はひとりでに閉まり、ヴラドが扉を押しても開く事は無かった。

「…無事に、戻って来いよ…」

閉まった扉を見つめながら呟くと、その場にドカっと座り込んだ。





「ここからは、一人…ですね」

閉まった門をじっと見詰めた後、グっと拳を握り締めて奥へと続く一本道を歩きだした。


地獄の門の向こう側の地は木々がうっそうと茂っていて、その先に何があるのか検討も付かなかった。
ただ木々の間を通る道をひたすら歩き続けた。

誰一人としてすれ違う事の無いその道は、木々に囲まれているにも関わらず、薄暗いであるとか、不気味であるとかそう言うイメージを抱かせない。
何故か安心感すら与えるものであった。


どれくらい歩いただろうか。
暫くすると、視界が急に開けて湖が出現した。

「わ…綺麗な湖…」

湖の周りには色んな種類の花が咲いていて、色鮮やかだ。
リンネは今までに見た事のない花に眼を輝かせ、歩く速度を僅かに落とした。

「あれ…?」

湖の周りを巡る道を歩いていくと、前方に何かうずくまっているのが見えた。
近寄ってみると、男の子が泣いていた。

「どうしたの?あ、怪我したんだ?」

リンネはしゃがみ込んで泣いている男の子を見ると、膝がすりむけて血が出ていた。

男の子は突然出現したリンネに驚いているのか、涙で潤んだ瞳をじっと見詰めるだけだ。
リンネは膝に手をかざすと、魔力を集中させヒーリングを施した。

「さ、これで大丈夫。立てる?」

「うん。有難う!おねぇちゃん」

泣き止んだ男の子は嬉しそうに笑って立ち上がった。

「おねぇちゃん、初めて見るけど、此処に来るのって今日が初めてなの?」

「そうよ。さっき来たばかりなの。ねぇ、命の花って何処にあるか知ってる?」

「うん!シェリル様だね。僕知ってるよ!」

得意げに言う男の子に笑みを向けながら、知らない名前が出てきた事に僅かに首をかしげる。

「シェリル様?」

「うん。命の花の精霊だよ。此処の女王様なんだ。僕がシェリル様のところまで連れて行ってあげる」

「本当?有難う」

リンネは男の子に手を引かれて湖を後にした。

向かう途中に色々と話をした。
男の子の名はイオという事。
此処には一つの国があって、争い事の無いまるで楽園のような場所だと言う事。
魔界とこの国を繋ぐ門は魔界からは勿論こちら側からも選ばれた者しか通る事が出来ないと言う事。


「此処にシェリル様が居るよ!」

着いた場所は神殿だった。
入口の両脇に女神の像が立っていて、扉は開かれていた。

「イオ君、ありがとう」

「どう致しまして!おねぇちゃんまたねー」

ニコニコと笑顔で勢い良く手を振ると、イオは森の奥へとかけて行った。
イオの姿が見えなくなると、リンネは神殿の扉を潜って中に入った。

神殿の中には聖堂があって、何人か、女神の像にお祈りをしていた。

リンネは入口の傍に居たシスターらしき人物に声を掛けた。

「あの、シェリル様に会うにはどうしたらいいのでしょうか?」

リンネの言葉に女性はにっこりと笑みを浮かべた。

「はい。私がシェリルです」

「えっ!」

国の女王ともあろう精霊が、こんな場所に居てもいいのだろうか。
リンネは驚きながらその女性を見詰めた。
腰まで届く薄紅色の髪、漆黒の瞳をした女性から放たれるオーラは黄金に輝いていて、確かに他とは違う何かを発していた。

「あ、あの。お願いがあって此処まで参りました」

「えぇ。分っていますよ。リンネさん。こちらにいらして下さい。お茶でも飲みながらお話を聞きます」

シェリルに促されてリンネは聖堂の隣の部屋へ入った。
応接室のようで、部屋にはソファとテーブルがあるだけだった。

「座ってていただけます?今お茶を用意しますわ」

「あ、お気になさらず」

リンネの言葉に笑みを浮かべると、シェリルは部屋から出て行った。

程なくしてティセットののったトレイを持ってシェリルは戻ってきた。

「さぁ、どうぞ。このお茶はとてもいい香りで美味しいのですよ?」

リンネの前にカップを置くと、ティポットから薄茶色のお茶を注いだ。
途端にいい香りが部屋に立ち込める。
リンネはカップを受け取ると、一口お茶を飲んだ。

「…美味しい…」

今まで飲んだ事の無い不思議な味。
香りが口から鼻へと抜けていった。

「さて、お話しに参りましょうか。ミリアは元気でした?」

シェリルもカップに口を付けながら穏やかな笑みを浮かべてリンネを見詰めた。

「あ、はい。とても元気でした」

「そう。それは良かったわ。リンネさんの願いは、永遠の命、でいいかしら?」

「おおむねそれで合っています」

「ねぇ、リンネさん。この国ってね、魔界とは時の流れが違うの」

シェリルの話に僅かに驚いたような目を向けた。

「此処に居れば、ほぼ永遠に近い命が手に入るわ。嫌になるくらいにゆったりと時間が流れるもの。それに、今戻ったら魔界はもう50年も経っているわね。貴女の想い人、ヴラドさんは今でも門の前で待っていてくれているのかしら」

シェリルから発せられる事実にリンネはショックを受けた。

まだ一日と経っていないのに向こうでは50年も経っているだなんて…。

ティカップを持つ手が僅かに震えて、気持ちを落ち着かせようとお茶を一口飲んだ。

「ねぇ、リンネさんさえ良ければこの国に住んでもいいのよ?此処は争い事の無い国ですもの。安心して暮らせるわ」

リンネはそっと瞳を閉じて息を吐き出した。

「私は、魔界に戻ります。ヴラドさんが私を待っていてくれてるって、信じています。それに、ヴラドさんが傍に居てくれないのなら、私が命の花を求めて此処に来た理由はありませんから」

瞳を開けると、しっかりした意思を宿してシェリルを見つめた。
その言葉にフとシェリルは笑みを浮かべた。

「ふふっ。人の信じる心の波動は気持ち良いわね」

「え?」

「命の花の栄養は強い願い。信じる心。深い愛。どれかが欠けても駄目なのよ。リンネさん。貴女の想いで綺麗に花が咲いたわ」

そう言ってシェリルが掌を上に向けると、そこに薄紅色の花びらの小さな花が出現した。

「さぁ、貴女が咲かせた花よ。受け取って?」

一輪の花を差し出されてリンネはそれを受け取った。
受け取ると命の花はリンネの手の中に吸い込まれるように消えて無くなった。

「今、貴女の願いは聞き入れられたわ。永遠の命は貴女のものよ。さぁ、早く戻りなさい。戻る頃にはきっと魔界は100年経っている事でしょうね」

「はい。有難うございました。でもシェリル様、私の願いは永遠の命なんかじゃありません」

リンネは笑って立ち上がった。
頭を下げると、リンネは部屋から出て駆け出した。
地獄の門へと向かって。





「そうね。貴女の願いは永遠の命ではないわね。でも、似たようなものだと思うのだけれど。ヴラドさんが貴女を残して死ぬなんて事、ある訳ないもの」

ふふふ。と笑みを零して、シェリルはティカップの中身を飲み干した。

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