【1】地獄の番犬 BACK | INDEX | NEXT
魔界には、『地獄の門』と呼ばれる異界へと繋がる門がある。
結界で覆われ、門より先へは選ばれたものしか行く事が出来ない。
門の先には沢山の財宝が眠っているとも言われ、多くの賊が門をこじ開けようとするが、誰一人開けることは出来ない。
選ばれた者が門に手を掛けるとあっさりと開くという話だ。



何時の頃からか、門の前には一人の男が居座るようになった。
じっと門を見据え、まるで開くのを待っているかのようだ。

彼の名はヴラド。魔界でも1,2を争うほどの実力の持ち主。
魔界で争い事が起きた時、彼を味方に付ければ勝利は確実とまで言われている。
それ故に、ヴラドを倒して名声を上げようと襲ってくる輩は後を絶たない。
しかし今だかつてヴラドを倒せた者は誰一人として居なかった。

その彼が何故、魔界の辺境にある地獄の門の前でじっとしているのか、その理由を知るものは居ない。

地獄の門へと賊が来るたびに力を持って追い払って居たので彼は『地獄の番犬』と誰とも無く言われるようになった。






「ヴラド!貴様の命、貰ったーーー!!!」


ヴラドの背後から、男が大声を上げながら飛び出して来た。
殺気を身に纏い、その手には鋭い剣を持っている。
そして勢いに任せて持っていた剣をヴラドへと振り下ろした。


「うっ…!!」


ヴラドは敵に背を向けたまま、顔のみを動かすと二本の指でいとも簡単に剣を受け止めた。
正確に言えば、指ではなく身体に纏った魔力が受け止めたのだ。


「き、貴様…何故…」


男は渾身の力で剣を下ろそうとするが、ヴラドの前にはそれも適わず、剣を握る両腕がブルブルと震える。
そんな様子にヴラドはニヤリと口端に笑みを作って喉を鳴らした。

「んな殺気を纏ってたら、ガキだって気づくぜ?アンタが後ろの茂みに隠れてる時から気づいていたんだよ。」

剣を捉えたまま後ろを振り返り、金色の瞳を向ける。
その瞳に睨まれ男は思わずたじろいだ。

「どうする?俺と戦うか?」

ゆら…と立ち上がり、身動きが取れなくなってしまった男と相対する。
ジリ、と一歩近寄ると男は一歩後ろへ下がる。

「ぅ…俺が気圧されるとは…噂以上…という事か…」

蛇に睨まれた蛙のように身を竦ませた男は、やっとの思いで言葉を吐き出した。
だが、それは強がりだと誰もが分かる程に声が震えてしまっていた。
その言葉にヴラドの口端が可笑しそうに釣り上がる。

「ククッ…何言ってんだ?アンタ。はっきり言って、アンタの実力は俺とは天と地との差があるぜ?強がっているだけなのか、相手の実力が分からないほど弱いのかは知らねぇが、これ以上戦う気が無いならさっさと目の前から消えろ。」

冷めた瞳でそう言われ、男の顔が怒りで真っ赤に染まる。
体をブルブルと震わせ、全身から魔力が放出された。

「貴様っ!侮辱するのも大概にしろッッ!!!!!」

男の掌から至近距離でヴラドに閃光弾が放たれ、一帯を砂塵が舞う。
視界は遮られたが、手応えを感じて男は腰に手を当てた。

「ふっ…俺の実力を甘く見るからだ……グァッ!」

傷を負わせたものだとばかり思っていたヴラドが砂塵の消えた空間から無傷で現われ、無表情のまま男の腕を鋭い魔力の塊で切り落とした。
男の表情は苦痛にゆがみ、腕が落とされた場所をもう片方の手で抑える。
指の隙間から抑えきれない血液がポタポタと滴り落ちた。

「だから言ったろ?実力の差がありすぎるってな」

「く…くそ…」

「後100年くらいすれば腕なんて生えてくるだろ。殺されたくなかったら俺の気が変わらないうちにさっさと消えるんだな。」

「お…覚えてろっ」

そう捨て台詞を吐いて男はその場から逃げ出した。

「バァカ。こんなの日常茶飯事でいちいち覚えていられるかっての。次に来る時はもっと強くなってからにするんだな」


居なくなった方向を見遣ってクククっと喉を鳴らした。

腕をグルリと回しながら門の方へと顔を向けると、数人の賊が門をこじ開けようとしているのが目に入った。

「まったく、此処に居ると腕が鈍る暇もねぇな。ま、退屈しなくていいけどなぁ?」

シニカルな笑みを浮かべて門の方へとゆっくり歩いて行った。










「ヴラド様、何時まで此処に居るつもりですか。もうあれから50年以上経っているのですよ?」

数日たったある日、いつものようにヴラドが門の前に座っていると背後から男が声を掛けた。

「ジルか。こんな辺境の地までご苦労なこって」

ジルと呼ばれた男は表情を変えず、ヴラドの前に片膝を折ってしゃがみ込んだ。

「ヴラド様は一族の次期頭首。何時までもこんなところに居るわけには参りません。」

「ハッ。次期頭首だと?んなもんてめぇらが勝手に決めただけだろうが。俺は頭首の座なんかにゃ興味ねぇよ。諦めて別の奴にでも就かせるんだな」

ヴラドは我関せずと言った風に吐き捨てた。
ジルから視線を外し、再び門へと視線を移す。
そんなヴラドの背中をジルはじっと見つめた。

「いいえ。そうは参りません。我が一族は一番実力のある者が頭首に就くというしきたり。誰もそれを覆す事など出来ません。頭首になりたくないというのであれば、頭首を狙おうとしている者に負けたらよろしいでしょうに」

ジルはやれやれと言った様子で大きく息を吐き出した。

「バカか。俺は負けるというのが何よりも嫌いだ。それは良く知っているだろうが。俺より弱いあいつらが悪いんだよ」

「それでは、やはり党首はヴラド様以外におりませんね。もうお戻りくださいませ」

「嫌だね」

「ヴラド様っっ!!!」


何時までもしつこく食い下がるジルにヴラドの身体からユラリと殺気が立ち上る。
怒りを湛えた瞳でジルを睨みつけ、魔力を持って無言の圧力を加える。
それでもジルは決してたじろぐ事などせず、膝を折ったままじっとその場にしゃがみ込み、頭を下げた。

「俺を怒らせるな、ジル。死にたいか?」

「しかし、ヴラド様…」

「しつけぇよ!俺はあの門が開く日まで此処を動くつもりはねぇ!俺が決めた事だ。誰にも邪魔はさせねぇっ!」

叫びと同時にヴラドの身体から魔力が放出され、ジルの身体を直撃した。

「グァっ…」

ジルの身体は吹き飛ばされ、近くの木に激突した。

「帰れ!」

ジルの方を見向きもせず、ヴラドはそう言い放つ。
よろ…とジルは立ち上がりヴラドに一礼するとその場を離れた。

「また来ます…」

「もう来るな」

心底嫌そうにヴラドは言い捨て息を吐いた。

「ったく、アイツもいい加減しつけぇな」

軽く毒づきながら門へと近寄り、手をついて力を込めた。
当然ながら門が開く気配はない。



早く戻って来い。俺の――――――――――――


額を門につけてそっと心の中で呟いた。

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