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ズガーン! ギルティスから放たれた風の刃が雷焔によって弾かれる。 軌道を変えたそれは天井にあたり弾け散った。 砂塵がなくなると、全くもって無傷の天井が現れる。 ニコニコしながら玉座に居る紗那によって、既にこの部屋全体に結界が張られた後なのだから。 雷焔が繰り出した一太刀は、ギルティスを掠めるが決して致命的となるものではない。 二人の力は紗那の言った通り、均衡していてどちらも決定打を与える事は出来ていなかった。 お互いの体力も、魔力もそろそろ限界に近い。 「ッ?!」 疲れからか、ギルティスが床の血溜まりに僅かに足を取られる。 その隙を見逃さず、雷焔は距離を縮めると至近距離で技を放つ。 それをまともに喰らったギルティスの体が傾くと、回し蹴りを食らわした。 床に倒れこむ身体。それを制御する術はもうない。 ギルティスの喉元に剣を当てて、ニヤリと口元に笑みを浮かべた。 「はい。そこまでー!」 パン!と一つ手を叩くと、足で反動をつけて玉座から跳ぶように降りる。 二人へと近寄ると、癒しの術を施した。 「何故私まで。これから封印するんだろう?」 雷焔が剣を収めると、ギルティスは起き上がり息を吐いた。 「ううん。封印なんてしないよ?だって、ギルティスを倒せる力があるのに、する必要ないでしょ?」 「だったら早くやれ」 「なぁにぃ?消滅させられる事がお望み?そんなのつまんなぁい」 「つまんないって、お前…」 呆れた声を出したのは雷焔だ。 戦いの後とは違う疲労感が襲い、床に尻をついた。 「ギルティスが封印されようがなんだろうが構わねぇけどな。その前に、俺の身体を元に戻せよ」 「それは、できん」 「はぁ?!どーいう事だよ!ソレ!!!」 ギルティスに詰め寄って、胸倉を掴むとユサユサと身体を揺らす。 「呪文を忘れてしまったものは仕方あるまい?それに、私の力も大分弱まっているからな。覚えていたとしても発動させる事は難しいだろうな」 掴んで居た腕を放すと、大きく息を吐き出しながらその場にうな垂れる。 「マジかよ」 「残念だったねぇ」 座り込む雷焔を見下ろして、ニコニコと笑みを浮かべる彼女からは全く残念だと言う気持ちが伝わってこない。 「お前は?そういうの出来ないわけ?」 「いっくらアタシでも、出来る事と出来ない事があるよ」 「だよな」 ふぅ、と再び息を吐いた雷焔に、ギルティスは口を開いた。 「この城の書庫に戻す術が書いてある本があったはずだ。この城はお前にやろう。好きなだけ探してみるといい」 一瞬だけ眉をしかめた後、雷焔はしぶしぶ頷く。 それしか方法が無いのならば、仕方が無い。 「さって。雷焔サンのお話はついたところで。ギルティスに質問!」 「なんだ」 「ギルティスが寂しそうで、悲しそうだったって。ママが不思議がってたんだよねー」 しゃがみ込んでギルティスと視線の高さを合わせると、首を傾げた。 ギルティスは一つ息を吐き出すと、紗那に視線を向けた。 「リズは…女の魔族はこの城に居たか?」 「ううん。この城にはギルティスだけだよ。ね?雷焔サン」 話を振られた雷焔は、思考を巡らせた後頷いた。 「あぁ…だが、250年前には…そのリズって奴かは知らないが出会ったぞ」 「そうか。あいつは強い者に魅かれるからな。居ないのも致し方あるまい…魔族はな、例外を除いて全てにおいて自分が一番なのだ。たとえそれが恋人でも肉親でも、自分に不利だと感じたら平気で裏切る」 「人間だって、あまり変わらないと思うけど?」 「そうかもしれないが、ここに来る人間はそうじゃなかった。自分を犠牲にしてでも人を守る。そういうのばかりだった。最初は確かに、この世界を征服してやろうと来た訳だが…いつしかそういった人間に会うのが楽しみになっていたのだろうな。例え自分を封印しに来ていたのだとしても。契約に縛られていない魔族と人間では、相容れる訳はないがな」 ギルティスはそこまで言うと言葉を切って、息を吐き出す。 「大分長い事生きたからな、もう疲れた。私より強い人間にも出会えたし思い残す事は無い」 そう言って、そっと目を閉じた。 「なるほどねぇ…ねぇ。お望みなら跡形も無く消滅させてもいいんだけど。でも、人間に生まれ変わりたいとか、思ったりしない?」 立ち上がって腰に手を当てると、不敵な笑みを浮かべてギルティスを見下ろす。 それに対してギルティスは、ゆっくりと首を横に振った。 「我が一族は生まれた時に呪いをかけられるのだ。死滅しても、また一族として生まれてくるようにな」 「ふっふっふっふ。じっつは秘密兵器、用意してありまーす」 笑みを浮かべながら、紗那は右手に嵌められていたグローブを外す。 すると彼女の身体から、先ほどとは比べ物にならないくらいの強大な魔力が湧き上がった。 「お前…そのグローブ、魔力制御のためだったのか」 雷焔は驚いたように目を見開いて、紗那を見つめる。 ギルティスもまた、閉じていた瞼を開けた。 「そ。右手だけつけてるなんて、ファッションか何かだと思った?だってさぁ、魔力抑えてないとか弱い女の子演出できないじゃない?」 「なるほど、と納得していいところなのか?それは」 「納得していいよ。見せたいのは私の魔力じゃなくてこっち!」 手を二人にかざして見せる。 右手の人差し指に冠の形をした指輪が嵌っているのが確認出来た。 「指輪、か?」 「そう」 にっこりと笑うと、指輪にそっとキスを落とす。 「おいでませっミリアちゃーん」 すると指輪から閃光が出、部屋いっぱいに満たす。 漸く目を開けられる位に光が収まった後、紗那の隣には一人の女性が立っていた。 紫色のウェーブが掛かった髪。大きな胸にくびれた腰。ピッタリとした服は彼女の身体を際立たせている。 雷焔とギルティスが言葉も発せずに見つめていると、真っ赤な紅が塗られた唇が、笑みを作った。 「はぁい♪」 「ミリアちゃん!良かったー。ちゃんと此処まで一緒に来れたね!」 紗那は嬉しそうにミリアの腰に抱きつくと、ミリアもその身体を抱き返した。 「そうねぇ。私もちょーっとだけ心配だったけど、力にも問題なさそうよ」 驚いている男二人をよそに、じゃれ合う二人。 先に復活したのはギルティスの方で、口を開いた。 「…その者は?」 「あー、すっかり盛り上がっちゃった。こちらミリアちゃん。冠の精だよ」 「冠?」 ようやく雷焔も復活し、言葉を発する。 ソレに対してミリアは妖艶な笑みを浮かべた。 「そうよ。紗那ちゃんの願いを叶えるために、今回はわざわざ過去まで出張してきたのよぉ」 雷焔は昨日から何度も感じている疲労感を振り払うように、何度か首を振る。 「さって。ギルティスを人間に転生させればいいのよね?サクっとやっちゃいましょうか」 腰に手を当てて不敵に微笑むと、ギルティスへと近寄る。 「そんな事、出来るのか?」 「私にとっては、他愛も無いことよ」 ギルティスの髪を一房とって、指を滑らせる。 「何か、最後に言いたい事は?」 「特には」 「あーっちょっとまって」 紗那はギルティスに近づくと、しゃがみ込んだ。 「アタシ、ギルティスの事気に入っちゃった。アタシの時代に生まれてこれたら、是非オトモダチになろうね」 首に抱きついて、頬にキスをすると、驚いているギルティスに笑みを向けてその場から離れた。 「次は幸せになれるといいわね」 「またねっ」 ミリアが手を翳すと、ギルティスは光の粒子になって跡形も無く消え去った。 「…すげぇ」 その光景を見ていた雷焔は思わず呟くと、立ち上がってミリアに近づいた。 「その力で俺の身体、戻せるんじゃないのか?」 「えぇ。永遠の命を与える事は規律違反だから出来ないけど、あなたの身体の呪いを解くことなんて簡単よ」 「だったら、解いてくれ」 『だぁめ』 詰め寄った雷焔の耳に、ステレオで声が聞こえてくる。 二人の女性を見ると、笑みを浮かべながら顔の前でバッテンを作っている。 「私、女性の願いしか叶えないことにしてるの。じゃぁねぇ」 ヒラヒラと手を振って、ミリアは姿を消した。 「紗那が言えば叶えてくれたんじゃねぇのか?」 落胆した様子を隠さない雷焔に、紗那は笑みを向ける。 「んー、多分無理かな。願い事は一つだけだし。それに」 「それに、何だ」 「未来ってさ、不変じゃないわけよ。こうやって過去に来て、アタシが何かすれば未来は簡単に変わるの。例えば、王城にあるケーキ、きっと戻った時には復活してるよね。アタシ、雷焔サンに関する未来は変えるつもりは一切ないから」 「なん、で…」 「教えてあげない。頑張って自分の力で解いてよ。そのためには多分、もっともっと強くならないと駄目だと思うけどねー。アタシよりも更にその上に」 「紗那より、上…?そんな奴、居るのか?」 「居るよ?アタシのパパでありお師匠様…っと、時間切れだ」 紗那の身体が発光し、徐々にその姿が消えかかって来ていた。 「お、おい。話はまだ…」 「じゃぁね。パ――――」 その顔に満面の笑みを浮かべたまま、紗那の姿は完全に消え去った。 この城には誰も居ない。 残されたのはたった一人、雷焔だけ。 王城へ戻って、雷焔はアイザックにもう魔王は復活しない事を告げる。 そしてあの城の所有権を代々王家に伝えていく事を約束させ、魔王の城へと戻った。 膨大な量の書物を漁らなければならない事に、うんざりするのはもう少し先の話。 終 |