【3】 BACK | INDEX | NEXT
「では王様。これから魔王のところに行ってきますねー」

これから戦いに行くのだというのに、全く緊張感の無い紗那の声が謁見の間に響いた。

前回の時は多くの兵士を伴っての出立だったというのに、今回は雷焔とたった二人。
それなのにどうしてこんなにのんきで居られるのか。

隣で聞いていた雷焔に頭痛が襲ったような気がしたが、おそらく気のせいではないだろう。

「気をつけて行ってくるのだぞ」

と答えるアイザックの言葉もなんだかピクニックに行く娘を送り出すかのよう。

雷焔は眉間を押えて、息を吐き出しながら床を眺めた。

「あ、そうそう。王様に一つだけお願いがあるんですけど」

「ん?何だ?」

「お城の食堂にあるケーキ、滅茶苦茶美味しいからアタシの時代まで残っているようにしてもらえません?」

小首傾げて言うそのお願いに、笑いながら頷いた。

「分かった…それにしても、今生の別れのような言葉だな」

「そうだよ?役目が終わったらアタシは帰るもん」

「あぁ、そうだったな」

諦めたかのような表情でやり取りを見ていた雷焔は、その言葉に内心首を傾げた。
封印した玉は城まで持ってこなければいけないはずだが…?

「それじゃぁ、王様。お元気で」

ビシっと敬礼するように額に手を当てると、紗那は笑ってアイザックへ背中を向けた。

「ささ。雷焔サンも行こう!」

「あ?あぁ」

腕を組まれひっぱられるように二人は謁見の間を後にした。







二人は魔王の城の前に立っていた。
中庭から瞬間移動で来たのだから、瞬き一つする間の出来事だ。

「おー、すごい。でっかい穴」

城の真正面にぽっかりと開いている穴を見て、可笑しそうに目を細めた。

「あぁあれ、あのまんまだったのか」

「雷焔サンが開けたんでしょ?正面突破とか面白すぎ」

ケラケラ笑う紗那の頭をポンと叩いた。

「相手がどんな戦力か分からないし、城の内部も分らないんだからそれが一番だろ」

「まぁねぇ」

尚も可笑しそうに言いながら、紗那は空いた穴から城の内部へと入って行く。

「おい。少しは警戒しろよ」

雷焔も後から続いて入ると、真っ暗な廊下が奥へと続いているのが見えた。

「だーいじょうぶだって。何にも出ないよ。まぁ、もしかしたら迷ってここに来ちゃった魔物位は居るかもしれないけど?ゴブリンとか…さすがにゴーレムは居ないかな?」

全く迷いのないしっかりした足取りで、奥へ奥へと紗那は進んで行く。

「何でそんな事分かるんだ?」

「聞いたから」

「聞いた?誰から」

「ふふ。内緒♪」

「またそれか?」

「そ」

結構城の内部まで来ているように思えるが、確かに何も襲って来る様子は無い。
実際にネズミ一匹すら出会っていない。

「こっちの道であってんの?フィーアみたいに何か感じるとか?」

「んー?感じるとかは良分からないけど、こっちだよ。アタシの庭みたいなものだし、暗くったって迷わないよ」

「庭ぁ?」

「そう。庭。あ、着いたよ」

そう言われて見ると、記憶の彼方におぼろげにある昔来た扉。
この向こうにギルティスは居たのだった。

「さて、心の準備はオッケー?」

ドアノブに手を掛けて、おちゃらけたような口調で紗那は振り返る。
ここまで来て彼女の口調は相も変わらず。
雷焔は漏れそうになる溜息を飲み込んで頷いた。

「あぁ、行こうか」


扉を開けた先に居たのは当然ながら魔王ギルティス。
玉座に座って肘置きで頬杖をついていて何とも気だるげな様子だ。

「遅い」

僅かにイライラしたような口調で言う彼は、口調だけでなく組んだ足をゆらゆらと揺らして態度でも示していた。

「うっわー。彼が魔王?めっちゃカッコいい!」

雷焔が口を開く前に、飛び上がるように言ったのは当然ながら紗那である。
これから戦おうというのに緊張感はどこへ?

「あー、なるほど。この感じはママが言った通りだねぇ」

などと一人納得したように頷きながらブツブツと呟いている紗那を無視して、雷焔はギルティスへと歩みを進めた。

「遅いはこっちのセリフだっての。250年も待たせやがって」

「少しは強くなったか?」

「さぁな」

ギルティスも立ち上がり、雷焔との距離を縮めた。

「何で前みたいな派手な出迎えがないわけ?」

「そりゃぁ、世界征服する気がないからじゃない?」

雷焔の言葉に答えたのは、のほほんとした紗那の声。
彼女はいつの間にか、ギルティスに代わって玉座に座っていた。
恐らく瞬間移動でも使ったのだろう。

「さっすがのアタシも理由なんて分からないけど。世界征服よりも雷焔サンと会うの楽しみにしてたんじゃないかなぁ?その証拠に、復活してからもなぁんにもしないで待ってたみたいだしね」

「…俺はそっちの趣味はないが?」

「安心しろ。私もない」

「まぁまぁまぁまぁ。感動の再会もそこまでにして。さっさと始めちゃってくれない?宿命の対決ってやつ」

ブラブラと足を揺らしながら玉座に深く座り込んだ紗那は全く動く様子もない。
にっこりと笑みを浮かべながら小首傾げ、さぁさぁと両手を差し出して二人をはやし立てた。

「お前は、戦おうっつー気はないのか?」

「別に二人掛かりでも私は構わないが」

対峙たまま顔だけを彼女へと向ける二人に、紗那は首を横に振った。

「いいえぇ。ご遠慮なく二人だけでどうぞ。この紗那様が参戦したらあっという間に決着ついちゃうから詰まんないでしょ」

余裕の表情で手を振る紗那に、雷焔は「なんだ、その自信は」と呆れた声を出したが、ギルティスはカッと目を見開いた。

「なん、だと?!」

言うなりギルティスは強力な魔力を紗那へと向けて放つ。
一般人であれば致命傷になっているであろうそれは、いとも簡単に紗那に防がれた。
手袋をはめた右手一本だけで。

「だから、言ったでしょ?」

変わらずの笑顔で言う彼女に、ギルティスも雷焔も驚愕の表情を浮かべる。

「確かに、雷焔サンはこの時代では最強だと思うけど、それから250年も経つんだよ?術だって進化してるし新しいものだって沢山あるの。その中でアタシ、最凶の魔導師って呼ばれてるわけよ」

「最、凶?」

「そう、最凶。今の雷焔サンじゃアタシには到底勝てないよ?それに、ギルティスも」

不敵な笑みを浮かべながら、雷焔からギルティスへと視線を移す。

「何回も封印と復活を繰り返してて、大分力が弱くなってるデショ?」

そう言われ、ギルティスの目に僅かに動揺が走ったのを見て、紗那は目を細めた。

「図星だ。まぁ、アタシが見る限り二人の力、あんまり開きが無いみたいだし…楽しい戦いになりそうだね」

だから、どうぞ?存分に戦って。
そう言われても、二人のやる気は削がれてしまっているのが現状だ。

「もー、じれったいなぁ。ギルティスは雷焔サンと戦うの楽しみだったんでしょー?それに、雷焔サンもギルティスに聞きたい事、あるんじゃないのぉ?」

その言葉には雷焔もハっとなって、ギルティスに詰め寄った。

「そうだ。俺の体、元に戻せよ」

「断る、と言ったらどうするつもりだ?」

「んな事決まってる」

そう言って、雷焔は剣の柄を取るとギルティスに向かって走り出す。
ギルティスもまた、口元に笑みを浮かべながら魔力で作った剣をその手に握り、雷焔の攻撃を受けた。

「そうこなくっちゃ」

と楽しそうに言った紗那の言葉など、二人には既に聞こえていなかった。

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