【2】 BACK | INDEX | NEXT
広すぎる庭を抜けて城へ入り、彼に言わせると『無駄に広い』廊下を歩いていく。

「謁見時間が過ぎてるっつー事は、今の時間は執務室、か?」

ブツブツと独り言を言いながら、目的の場所へ向かう。
執務室は城の中でも中心部、上下左右どこから確認しても正に城の中心の場所にあった。
執務室の隣は王の寝室になっている。
王が一番過ごすであろうその二つの部屋は、空からも地上からも一番遠くにある場所にあるのだ。

廊下を歩く雷焔をすれ違う人は訝しげな目で見送った。
それはそうだろう。見知らぬ人が廊下を歩いているのだから。
見られている事など全く気にしていない雷焔は、しっかりとした足取りで廊下を踏みしめた。
あまりにも堂々とした態度に、怪訝に思いながらも声を掛ける者など一人も居ない。

はたして、お城の警備がこんなので良いのであろうか。



「全くこん中の造り変わってねぇな」

目的のドアに辿り着くと、足を止めて呟いた。

「あちこち修復はされているみたいだが…何も変わってねぇ…城を去った日から」

ふぅ、と息を吐き出して、目の前のドアを拳の裏で叩いた。

コンコン、と小気味のいい音が廊下に響いた。

「―――入れ」

程なくして聞こえて来た声に、扉を開けて身体を中に滑り込ませた。

「相手を確認しないまま、『入れ』っつーのはあまりにも無用心じゃねぇ?アイザック王サン?」

閉まった扉に凭れかかって、腕を組んで目の前に居る人物に話掛けた。

「ッ誰だ?!」

机に向かって職務をしていた人物は、部屋に入ってきた見知らぬ人物に驚きの顔を向け、腰に下げていた剣の柄に手を当てた。

「見知らぬ男が廊下を歩いていても誰も声を掛けようとしない。この国の中心人物も俺を見るまで警戒心ってモノがない。これじゃぁ、王の首を何時でも取ってくださいと言ってるようなもんだろ?…いつからこの国は平和ぼけしちまったんだ。いつか、小国にだって首を狩られるぞ」

スっと目を細めて王を見遣ると、反動をつけて扉から背中を離した。
ゆっくりとアイザックへと足を進める。

「誰だ、と聞いている」

アイザックは柄にかけていた手に力を入れると、鞘から刀身を引き出し雷焔へ向けた。

「誰だ、と言われて答える刺客なんていねぇよ」

向けられた切っ先が鼻に当たりそうな位置まで来ると足を止める。

「少しは、危機感っつーものを持つんだな。後、自分が危機に陥ったのなら、声を出して近くの者を呼べよ。居るだろ?近衛兵が。何でか知らんが、ドアの近くには居なかったがな。普通、近衛兵はドアの傍で控えているものだろ?」

溜息をついて、雷焔は目の前に向けられた剣を手で逸らした。
アイザックは力を入れて向けていた剣をいとも簡単に逸らされて、目を見開いた。

「…近衛兵には、下がっているように命じたからな」

アイザックはやっとの事で言葉を紡いだ。

「それが危機感がねぇって事。幾ら俺がこの城内に詳しいとは言え、簡単に執務室に入れるようじゃ問題だろ」

「…城内に詳しい?」

「そう…雷焔・ランドック。もちろん名前くらいは知っているだろ。現に俺を呼び出したのはアンタだし?」

ニヤリと笑みを向けて、自分の国の王だとは全く思っていない口調でそう言った。

「雷焔…ランドック…あなたが…蒼い目と紅い目…確かに、肖像画で見た姿だ」

納得したように呟くと、安堵の息を吐き出して椅子に沈み込んだ。
雷焔はその姿を見遣った後、許可も得ていないのに執務室の端にあったソファへドカリと座り足を組んだ。
これでは、どちらがこの部屋の主なのか分からない。

「なぁんで、俺を呼び出したんだ?つか、何で俺を知っている?」

「七代前のデューク王の遺言です…伝説の乙女が現れたら、あなたを呼ぶようにと。まさか、本当に生きているとは…」

「デュークの遺言?まーったくあいつは。死んでからも迷惑かけんなっつーの」

わざとらしく、大きく息を吐き出す雷焔に、アイザックは困ったように眉尻を下げた。

「それに、伝説の乙女が貴方の事を知っていたようで、この城に連れて来い、と」

「伝説の乙女が?…ふぅん。で?その伝説の乙女っつーのは?」

「あぁ、そうでした。今呼びます」

アイザックは机に置いてある器具に手を伸ばすと、ボタンを押してその器具に話しかけた。
遠くの者と話す事が出来る魔導具だ。
とても高価なものなので一般にはあまり普及していない代物だ。

「今、連れて来ますので」

魔道具から指を離して雷焔を見遣ると、薄く笑みを向けた。

先ほどから何故かアイザック王は敬語で、雷焔は全く敬語など使用していない。
本来なら王に対する不敬罪で捕まりそうなものだ。
本当に、どちらがこの国の主なのか分かったものではない。


―――コンコン


暫くして扉が叩く音がした。

「誰だ?」

「カーティスです。乙女をお連れしました」

「そうか、乙女を此処に」

扉越しに交わされるこの会話。
少しは先ほどの雷焔の言葉を気にしているようだ。
そんな様子に、雷焔は片眉を上げて扉へと視線を向けた。


「しっつれいしまぁす」

明るい声で入ってきた黒髪の少女。
その姿を目に留めると、雷焔は大きく瞳を見開いた。

「ッ…フィー、ア?」

掠れた声で呟くように言い、入ってきた少女の姿に数回瞬きをした。
呟きは少女にも聞こえたようで、にっこりと少女は笑みを浮かべた。

「パ…じゃなかった。雷焔サン。フィーアはアタシのママ。アタシは紗那だよ。そんなに似てる?」

雷焔はゆっくりと首を振る。

「いや…全然似てない、という訳ではないが見間違えるほど似てない、と思う。俺のおぼろげな記憶に間違いがなかったら、だがな」

苦笑交じりにそう言うと、雷焔は立ち上がって紗那の前へと足を進めた。

「フィーアの娘?」

「そう」

近くまで寄ってその顔を見下ろす。
にっこりと笑うその顔に、僅かに彼女の顔がダブる。
そして、紗那の纏う魔力に不思議な気持ちが沸き起こった。

「なんか、初めて会う気がしない」

紗那の頬に手を伸ばして、その輪郭を掌でなぞると、紗那は擽ったそうに目を細めた。

「まぁその気持ちは分かるよ。うん。でも、『初めまして』」

ニコニコと笑いながら差し出されたその手を反射的に握った。

「初めまして?」

「うん。『初めまして』」

クスクスと笑いながら手を握り返した紗那に不思議そうな顔を向けた。

「何で、俺を知ってるんだ?フィーアから聞いたのか?…いや、あいつは俺が死なない身体だって知らないはずだし…」

最後の方は独り言のようになった雷焔の言葉に、紗那は首を傾けた。

「うーん、企業秘密?」

「何だそれ」

「教えなーい。いつか分かるよ。雷焔サンが覚えていればね?」

いたずらっ子のような瞳を向けて、紗那は雷焔の傍から離れた。
すると、『ゴホン』と咳払いが聞こえその音の方向へと二人は顔を向けた。

「二人とも、話は済んだかな?」

そう言ったのはこの部屋の主。
すっかり二人に忘れ去られていたこの国で一番偉い人。

「うん。済んだ済んだ」
「あぁ」

二人同時に頷かれて、アイザックは溜息をついた。

「まぁ、王様は執務がたんまりあるわけだし?長居するのも悪いから退散するね?」

そう言って背中を向けた紗那にアイザックは待ったの声を上げた。

「その前に、魔王の事なんだが…」

その言葉に紗那は再びアイザックへと身体を向けた。

「あー、それ?全く問題ないよ」

「問題ない、とは?」

「アタシと雷焔サンが居れば問題なし。兵も転送装置も要らない」

そう言い切った紗那に、アイザックだけでなく雷焔も眉を顰めた。

「どー言う事だ?」

「どうもこうもないよ。行けば分かるって」

ケラケラと笑う紗那に男二人は訳が分からないと言った顔を向ける。

「じゃぁ、今すぐ行くのか?もうギルティスは復活してるだろ?」

その言葉に驚いた顔を向けたのはアイザックだ。

「復活してる?なんだって?!」

「…そんな事も気づいていなかったのか?もう水晶は割れてるはずだが?」

「うん。割れちゃってるねぇ」

冷たい口調で言った雷焔に同意するように、紗那はのほほんとした口調で返した。

「何で言わないんだ!」

焦ったように言うアイザックに雷焔は冷めた視線を向けた。

「…その位自分で気づけ。あの玉を管理しているのは王だけのはずだろう?」

その言葉にアイザックは口ごもった。


この代の王は無能、か。この国の行く末が危ぶまれるな。


そんな事を視線に乗せて、狼狽しているこの国の王を見遣った。

「お前も、復活したと分かったらさっさとギルティスんとこ行けよ」

「だーって、雷焔サンが来るの待ってたんだもん」

拗ねたように頬を膨らまして言うその口調は、まるで子供のようだ。

「だってじゃねぇよ。さっさと行くぞ」

「やだ」

「やだって、お前…」

呆れたように言う雷焔ににっこりと笑みを向けて、その腕に自分の腕を絡めた。

「寝起き襲ったら可哀想でしょー?明日にしよ。ね?」

「おい」

「いーの。雷焔サンは、これからアタシとティータイム♪」

「はぁ?」

「そんな訳で王様?また明日ねー」

ヒラリと手を振って、雷焔の腕をひっぱりながら出て行くその姿を、アイザックは呆然と見送った。



紗那に連れて来られたのは城内の食堂。
城内の一角に住んでいる兵士や女中等、城の内部で働く者達が普段利用している場所だ。
昼時をとっくに過ぎて午後の職務についている者が殆どのこの時間、食堂にはまばらに人が居るだけだ。
休日なんてものが存在しない城内の仕事は、シフト制で24時間365日誰かが働いているようになっている。
当然ながら本日休みの者も居るわけで、この食堂に全く人が居なくなるという事はない。

雷焔と紗那は紅茶とケーキをカウンターで受け取ると、食堂の隅に陣取った。


「うーん、やっぱお城の中のケーキって絶品!」

幸せそうな表情でケーキを頬張る紗那に、雷焔は溜息を付いた。

「なぁんでそんなのんきなんだ」

「えー?だって、折角雷焔サンに会えたのに、急いじゃったら直ぐサヨナラしなきゃならないでしょ?」

「まぁ、そりゃ封印したら役目は終わりだしな」

「でしょー?しかもママと違ってアタシは色々と教わる必要ないし、こうやってお茶でもしない限りあっという間に元に戻っちゃう」

「…好きにしろ」

ハァと再度溜息を吐いて、カップに口を付けた。
頬杖をついて目の前に居る紗那をしげしげと見遣った。

「それにしても、フィーアの子供、ねぇ」

「うん?正真正銘の子供だよ」

「あいつは今、幸せか?」

「うん。とーっても幸せだと思うよ?ママとパパ、何年経ってもラブラブだもん」

ニコニコと笑みを浮かべながら言う紗那の顔は、どう見ても嘘偽りが無くて。

「そうか」

そう頷いた雷焔の顔は、穏やかな中にも陰りがあって複雑なものだった。

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