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人口が100人ほどしか居ない小さな村の外れに、広大な森が広がっている。
迷い人でない限り滅多に人が入ってこない森の最奥に、見るからに人の住んでいなそうな屋敷があった。
壁は蔦で覆われて、いかにもな雰囲気を醸し出している。
村人は恐れ、この屋敷には一切近寄ろうとはしなかった。






そんな屋敷の前に数人の男がやって来た。




「お、おい。本当にこんな場に人が住んでいるんだろうな?」

「そんなの知るか。国王陛下直々のご命令だ。何としてもここに住む人物に会わねばならん。」

「そんなこと言ってもよう…・人間以外の何かが住みついてそうだぜ…?」

男たちは屋敷を見上げ、囁き合う。
誰も勇気が出ず、屋敷の扉の前へと進む事が出来ず門の前で屋敷を見上げていた。








「おい」

不意に彼らの背後から声が聞こえた。彼らは驚き、文字通り飛び上がった。

「人んちの前で何やってる」

恐る恐る振り返った先には、赤と青のオッドアイの―――歳は二十代半ばであろうか―――人物が立っていた。

「あっ…あの…貴方は、ライエン。雷焔・ランドック殿でよろしいでしょうか?」

彼らの中でもリーダー的人物が恐々と声を掛けた。

「ぁん?確かに、俺がそうだが」

男同士でくっ付いている彼らを見渡して、ふぅ…と息を吐いた。

「城からこんな場まではるばるご苦労なこった。立ち話も何だし、入ったら?茶ぐらい出すぜ」

彼らの服には、城で働く者の中でも極一部にしか付けることを許されていない紋章があり、王から遣わされた者だということは知っている者にとっては直ぐに分かることだった。

「あっ…はい。ありがとうございます」

そう言って、彼らは雷焔の後に続いて屋敷へと入って行った。






外観と違って、中は普通の屋敷であった。といっても、彼一人住むには無駄に広い廊下には、装飾品等は一切無いが。 


客間に通された彼らは、促されるままソファに腰を下ろしたが、所在無さげにソワソワと辺りを見渡していた。


「待たせたな。で、話ってなんだよ」

雷焔はカップを乗せたトレーをテーブルの上に無造作に置いた。彼ら一人一人にカップを渡さないのは当然といった様子だ。
彼らの前のソファにドカッと腰を下ろすと、偉そうな態度でお茶を一口飲んだ。


「あっ、はい。…王からこれを預かって参りました」

恐る恐ると言った様子で雷焔に手紙を差し出す。
目を細めてそれを見遣ると、小さく息を吐き出した。

「手紙…ね。自分で来りゃいいものを」

「は…でもしかし、王は城を離れる訳にはいきませんので…」

「んなこた分かってる。いちいち人の言うことを真に受けてんじゃねぇよ」

封を開けながら呟いた言葉に返答があり、片方だけ眉が上がる。
手紙を読む視線を目の前の人物に一瞬だけ向けると、直ぐに手紙へと戻した。




「ふぅん……伝説の少女現る…ね。思ってたとおり、ギルティスの奴復活したか」


『伝説の少女』の事は王宮にしか伝わっていない門外不出の極秘事項である。
それなのに、この雷焔という男は伝説の少女の事を知り、尚且つそれの持つ意味まで知っている。…しかも、思ってたとおりとは一体…。

そう、男たちは囁き合った。 



囁きが聞こえているのかいないのか、雷焔はどこ吹く風と言った様子だ。



手紙を読み終えると、雷焔は立ち上がり、カップを片付け出した。

「あ、あの。雷焔さん…どちらに?」

「なぁに言ってんだ?あんたは。王宮に行くに決まってんじゃねぇか。召集命令だろ?…それに、個人的にギルティスには用事あるしな。…オラ、ボケッとしてないでさっさと行くぞ」

「あっ、は、はい」


慌てた様に立ち上がった男たちは、雷焔の後を追うように屋敷から外へと出た。


「さって…ココから王宮までは徒歩で約2週間。馬で1週間ってとこか…」

雷焔は腰に手を当てて思案するように呟いた。

「はい、私達も馬を飛ばして6日ほどでこちらに到着しました」

「いちいち俺の独り言に受け答えしなくていいっつの」

「は、はい。申し訳ありません」

言われた男は、思わずピシっと姿勢を正して身体を硬くした。

「ま、いいけどな。…緊急事態だし?俺、先に城に行ってるからあんたらは後から城に戻ってくるんだな。あんたら居なくてもこの書状があれば門番も入れてくれるだろ?」

そういってピラピラと王からの書状を振ってみせる。

「はい、それを見せればもちろん城の中に入れます。…しかし、先に行くとはどうやって…」

「…そりゃ、極秘だ。じゃぁな」

雷焔はニヤリと笑って書状を懐に仕舞うと、そのまま音もなく姿を消した。

「き、消えた…」

「やっぱり…人間じゃないんじゃ…」

そこにいた男たちの腰は抜け、地面に座り込んでしまった。


男たちの腰が元に戻り、馬に乗って帰路についたのはそれから数時間経ってからの事であった。



一方、雷焔はというと既に王都の入り口まで来ていた。
空間移動ができる雷焔にとっては造作のないことだった。

「相変わらず人が多いな、ここは。つーか、来るの何年ぶりだろうな」

たくさんの人で活気付いている街中をゆっくりと歩き、城へと向かう。

「ここらへんの店も、大分変わってるな…最後にここを通ったのがデュークが死んだ日だから…それから王が7代変わってるだろ?てことは…」

ブツブツと独り言を言いながら指折り数えていく。
自然と足取りが速くなり、城の前へと到着した。


「城に何か用か。謁見時間は過ぎているぞ」

門の前で立ち止まった雷焔に、門番が声を掛ける。
当の雷焔はと言えば、未だに考えているのかじっと自分の掌を見ている。

「…おい。聞こえているのか」

何も答えようとしない雷焔に、門番は不審そうな顔になり手に持っていた剣を突きつけた。

「…あぁ、分った。250年振りか…ん?」

顔を上げた途端に視界に飛び込んできた剣に首を傾げた。

「何だ?」

「それはこちらの台詞だ。城に何の用だと聞いているんだ。用がないならとっとと立ち去れ」

「あぁ、悪い。考え事してたんで気づかなかった。ほら。王からの召集命令だ。さっさと門を開けてもらえるか?」

取り出した手紙を門番の目の前にかざすと、門番は慌てて剣を納め、姿勢を正した。

「し、失礼しました。今すぐ開けますので」

開かれた門から中へと入り、城の入口へと向かった。
門から入口へは僅かに距離があり、その向かう途中には木や花が植えられている。
その間を縫うように道が出来ており、そこを通るものの目を楽しませるように出来ている。

「門から入口までの距離、無駄だと思うんだがなぁ…」

そんな事をぼやきながら、城内へと足を踏み入れた。

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